『源氏物語』若紫②尼君、髪をかき撫でつつ~ 現代語訳・解説

尼君、髪をかき撫でつつ、「梳ることをうるさがり 給へ尊→若紫 ど、をかしの御髪や。

尼君は、(女の子の)髪をかきなでながら、「(あなた:女の子は)櫛ですくことを嫌がりなさるけれども、きれいな御髪ですこと。

給へ…尊敬の補助動詞。尼君から女子(若紫)への敬意。

いとはかなうものし給ふこそ、あはれに  後ろめたけれ(「こそ」の結び)

本当にたわいなくていらっしゃるのが、不憫で気がかりです。

はかなし…たわいない

後ろめたし…心配だ

かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。

これくらいになれば、全くこんなふう(に幼稚)でない人もありますのに

かばかり…これぐらいの年齢(十歳ぐらい)

〇かからぬ人…女の子(若紫)のように幼稚ではない人

故姫君は、十ばかりにて殿におくれ 給ひ尊→故姫君  過去「き」体  ほど、いみじうものは思ひ知り給へ 完了(存続)「り」用  過去「き」体  ぞ  かし念押しの終助詞 

亡くなった姫君は、十歳ほどで殿に先立たれなさった頃には、しっかりと物の道理をわきまえていらっしゃいましたよ。

故姫君…尼の娘で、女子(若紫)の母。

おくる…先立たれる。

おくれ給ひ…尊敬の補助動詞。尼君から故姫君。

ものは思ひ知り…ものごとの分別がある、しっかりと物の道理をわきまえている

ぞかし…「ぞ」は強意。「かし」は念押しの終助詞。「~よ、ね」のような意味。

ただ今おのれ見捨て 奉ら謙→若紫 ば、いかで世に おはせ尊→若紫  (意志「む」体)とす  らむ(現在推量「らむ」終)  。」とて、いみじく泣くを見  給ふ尊→光源氏  も、すずろに悲し。

たった今にでも私(尼君)が(あなたを)お見捨て申し(て死んでしまっ)たならば、どうやってこの世に生きておいでになろうとするのでしょうか。」と言って、(尼君が)ひどく泣くのをご覧になるにつけても、(光源氏は)わけもなく悲しい。

見捨て奉ら…謙譲の補助動詞。尼君から女子(若紫)への敬意。

いかで…どうなって、どのように

世におはす…世を生きておいでになる。「おはす」は「あり」の尊敬語。

すずろに…むやみに、わけもなく。形容動詞「すずろなり」の連用形。

幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。

(その女子・若紫)幼心にも、やはり(しんみりして)じっと(尼君を)見つめて、伏し目になってうつむいた時に、(顔に)こぼれかかってくる髪の毛が、つやつやとしてみごとに美しく見える。

さすがに…そうはいってもやはり

  生ひたた (婉曲「む」体) ありかも知ら (打消「ず」体) 若草をおくらす露ぞ消え (婉曲「む」体) そら なき「ぞ」の結び()

これからどこで生い立っていくのかも分からない若草のようなこの子を後に残して消えていく露の身の私は、消えようにも消える空もありません。(死ぬにも死にきれませんよ。)

○尼君の歌。若草に女の子(若紫)、露に自分(尼君)をたとえている。女の子のことが心配で、死ぬにしねないという心情・

あくらす…先立つ。あとに残して死ぬ。

またゐたる大人、「げに。」とうち泣きて、

また(そこに)座っていた年配の女房が、「本当に(そうです)。」と泣いて、

  初草の生ひゆく末も知ら (打消「ず」体) まにいかでか露の消え (意志(推量・適当)「む」体) とす  らむ(現在の原因推量「らむ」終)

若草の成長していく将来のことも分からないうちに、どうして露は消えようとしているのでしょうか。(いや、消えようとしてはいけません、それまでは生きていらっしゃいませ。)

いかでか…どうして~(疑問・反語)

○初草…女の子(若紫) 露…尼君 を意味している。

と 聞こゆる謙→尼君 ほどに、

と申し上げているところに、

聞こゆる…謙譲語。作者から尼君への敬意。

僧都あなたより来て、「こなたはあらは (断定「なり」用) や 侍ら丁→尼君  (推量「む」体) 。今日しも端に おはしまし尊→尼君 けるかな。

(尼君の兄の)僧都が向こうから来て、「こちらは(外から)まる見えではございませんか。今日に限って端近にいらっしゃいましたね

あらはなり…まる見えだ

侍らむ…「侍り」…「あり」の丁寧語。僧都から尼君への敬意。

今日しも…今日に限って。「しも」は強意の係助詞。

○光源氏が近くに来ていて、気を付けなければいけない今日にかぎって、外から見られやすいところにいた。

おはしましけるかな…尊敬語。僧都から尼君。

この上の聖の方に、源氏の中将の、瘧病まじなひにものし 給ひ尊→光源氏 けるを、ただ今なむ聞きつけ 侍る(丁→尼君 

ここの上の聖の所に、源氏の中将(光源氏)が、瘧病のまじないにいらっしゃったことを、たった今聞きつけました。

給ひ…尊敬の補助動詞。僧都から光源氏への敬意。

侍る…丁寧の補助動詞。僧都から尼君への敬意。 「なむ」の結びで連体形。

いみじう忍び 給ひ尊→光源氏 ければ、知り 侍ら丁→尼君 で、ここに 侍り丁→尼君 ながら、御とぶらひにも まうで謙→光源氏 ざりける。」と のたまへ尊→僧都 ば、 

(光源氏は)たいそうお忍びで(人目をさけて)いらっしゃったので、(私は)知りませんで、ここにおりながら、お見舞いにも参りませんでした。」とおっしゃると、

忍び給ひ…尊敬の補助動詞。僧都から光源氏への敬意。

知り侍らで…丁寧の補助動詞。僧都から尼君への敬意。「で」は打消の接続助詞。

侍りながら…丁寧の本動詞。「ながら」は逆接の接続助詞。

御とぶらひ…お見舞い

まうでざりける…謙譲語「まうづ」の連用形、「参上する」。僧都から光源氏への敬意。

のたまへば…尊敬語、「おっしゃる」。作者から僧都への敬意。

「あないみじや。いとあやしきさまを人 (疑問の係助詞)     見  (完了「つ」終)   らむ(現在推量「らむ」体)。」とて、簾下ろし (完了)

(尼君は)「あら大変。本当に見苦しい様子を誰かが見てしまったかしら。」と言って、簾を下ろしてしまった。

あやしきさま…見苦しい、みっともない様子。けだるげに読経する姿や、雀の件、歌のやりとりなど。

人…光源氏のお供の人など

「この世にののしり 給ふ尊→光源氏 光源氏、かかるついでに見 奉り謙→光源氏  給は尊→尼君  (勧誘「む」終) や。

(僧都は)「世間で評判が高くていらっしゃる光源氏を、このような機会に拝見なさいませんか。

ののしる…評判がたかい、うわさになる

見奉り給はむや…「奉り」は謙譲の補助動詞。僧都から光源氏への敬意。「給は」は尊敬の補助動詞。僧都から尼君への敬意。

世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、齢延ぶる人の御ありさまなり(断定)

俗世を捨ててしまった法師の心地にも、すっかりこの世の心配事を忘れ、(見ただけで)命が延びると思われるほどの(美しい)ご容姿なのです。

人の御ありさま…光源氏のご様子

※「齢延ぶる」は「御ありさま」にかかる。

いで御消息 聞こえ謙→光源氏  む。」とて立つ音すれば、帰り 給ひ尊→光源氏  ぬ。

さあ、ご挨拶を申し上げましょう。」と言って(僧都が座を)立つ音がするので、(光源氏は)お帰りになった。

いで…さあ

御消息…手紙や口上でのおたより。(この後の場面で、僧都の弟子が 光源氏の部下の惟光 を呼び、口上でおたよりする)

聞こえ…謙譲語「申し上げる」。僧都から光源氏への敬意。

立つ音すれば…簾を下してしまったので目には見えないが。音が聞こえた。

帰り給ひぬ…動作主は光源氏。

 あはれなる人を見 つる(完了「つ」体) かな、かかれば、このすき者どもは、かかる歩きをのみして、よくさるまじき(不可能(打消推量)「まじ」体)   人をも見つくるなりけり、

何とも可憐な人を見たことだなあ、こうだから、この色好みの人たちは、ただもうこのような忍び歩きをして、めったに見つけられないような人をもうまく見つけるというわけなのだな、

あはれなる人…女の子(若紫)のこと。

かかれば…ちょとした忍び歩きで、こんなかわいい子を見つけることもあるのだから

このすき者ども…この色好みの人たち ※源氏の周囲の色好みの人々をひろく指している。(惟光などをさすという考え方もあります)。

よく…「見つくるなりけり」にかかる。

さるまじき人…「さり(さ+あり)」+「まじ」+「人」。見つけることができそうにない人

たまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよ、とをかしう思す。

「たまに出かけてさえ、このように思いもかけないことを目にするものだよ」と、おもしろくお思いになる。

だに…類推の副助詞「さえ」

思す…尊敬語。作者から光源氏。

さても、いとうつくしかりつる児かな、何人  なら(断定「なり」未)     (推量「む」体)、かの人の御代はりに、明け暮れの慰めにも見ばや、と思ふ心深う付きぬ。

それにしても、実にかわいらしい子であったなあ、どういう人なのだろう、あのお方(=藤壺女御)のお身代わりとして、明け暮れの心の慰めにでも見たいものだ、と思う心が(光源氏の中に)深くとりついてしまった。

何人…どういう素性の人

かの人…藤壷女御。

見ばや…見たい。「ばや」は未然形接続で希望の終助詞。

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