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曳尾於塗中『荘子』書き下し文・現代語訳
漢文
荘子、釣於濮水。~ 荘子、釣於濮水。 荘子、濮水に釣る。 荘子は濮水で釣りをしていた。 楚王使大夫二人往先焉。 楚王、大夫二人をして往きて先んぜしむ。 楚王が大夫を二人(王の意を伝えるために)先行させた。 〇使AB…使役「AをしてBしむ」AにBさ... -
『売油翁』 欧陽脩
漢文
陳康粛公善射~ 陳康粛公善射。当世無双。 陳()なり。 陳康粛公堯咨は弓の達人で、当代に並ぶ者がなかった。 善…熟練している、得意である 公亦以此自矜。 公()る。 公自身も、このことを誇りにしていた。 亦…~もまた 自…「自()ら」と読む場合は「自然と... -
蘇軾『医薬談笑』現代語訳・書き下し文
漢文
欧陽文忠公嘗言、 欧陽文忠公 嘗て言ふ、 欧陽文忠公は、以前言った。 嘗…「かつテ」かつて、以前。 「有患疾者。 「疾ふ者有り。 「病気にかかった者がいた。 疾…病気。疾病。 医問其得疾之由、 医 其の疾を得を問ふに、 医者がその病気になった理由を聞... -
鴻門之会(剣舞)①沛公旦日~の現代語訳・書き下し文・解説
司馬遷『史記』
ここまでの流れ 前221年秦が天下を統一した。(秦の始皇帝は有名) しかし、やがてその圧政に人々は苦しむようになり、前209年、二代目皇帝のときに反乱がおきた。(陳勝・呉広の乱)秦を倒そうとする多くの将の中でも次第に、沛公(劉邦)と項羽の二人が... -
『更級日記』冒頭(あこがれ) あづまぢの道のはてよりも~
更級日記
あづまぢの道のはてよりも、なほ奥つかたに生ひ出でたる人、 東海道の道の果てである常陸の国よりも、さらに奥のほう(上総国)で育った人(私)は、 あづまぢの道…東海道 なほ…さらに ~人…作者(藤原孝標女)のことをこう呼んでいる。 いかばかりかは... -
『源氏物語』光る君の誕生・桐壺③はじめよりおしなべての~
『源氏物語』
はじめよりおしなべての上宮仕へし たまふ べき きは に()。 (この若宮の母君・桐壺更衣は)始めから並々の(宮仕えの女官がする、帝の)おそば勤めをなさるような(軽い)身分ではなかった。 ・おしなべて…並一通り、ごく普通の ・際()…身分 ○普段か... -
『伊勢物語 東下り①』の現代語訳・解説・テスト
『伊勢物語』
昔、男あり けり() 。 昔、男がいた。 〇この「男」は在原業平がモデルであるとされています。 その男、身を要なきものに思ひなして、京にはあら じ()。 その男はわが身を(世間には)必要でないものと思い決めて、都にはいるまい、東国の方に住むにふ... -
『源氏物語』若紫(北山の垣間見・小柴垣のもと)①現代語訳・テスト対策
『源氏物語』
光源氏は、わらわ病(マラリヤのようなもの)にかかり、まじないや祈祷(当時の治療法)をしたがなかなか治らなかった。北山の寺にすぐれた僧がいると聞き、治療のため北山にやってきた。 窮屈な普段の生活から解放された光源氏は、小柴垣を巡らした家に女... -
『源氏物語』光る君の誕生②上達部、上人なども~
『源氏物語』
上達部、上人などもあいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。 上達部や殿上人たちなども、不快げに目を背けて、まったく見ていられないほどのご寵愛ぶりである。 ・あいなし…不快げに、つまらなさそうに ・側む…目を背ける ・まばゆし…...