国語
鴻門之会(剣舞)①沛公旦日~の現代語訳・書き下し文・解説
司馬遷『史記』
ここまでの流れ 前221年秦が天下を統一した。(秦の始皇帝は有名) しかし、やがてその圧政に人々は苦しむようになり、前209年、二代目皇帝のときに反乱がおきた。(陳勝・呉広の乱)秦を倒そうとする多くの将の中でも次第に、沛公(劉邦)と項羽の二人が...『史記』鴻門之会(こうもんのかい)・剣舞➁現代語訳・書き下し文
司馬遷『史記』
項王即日因留沛公~ 項王即日因留沛公、与飲。 項王即日因に飲す。 項王はその日、そこで沛公を引き留めて、いっしょに酒を飲んだ。 ・因…「よリテ」そこで 項王・項伯東嚮坐、亜父南嚮坐。亜父者范増也。 項王・項伯は東嚮して坐し、亜父は南嚮して坐す。...『源氏物語』若紫(北山の垣間見・小柴垣のもと)①現代語訳・テスト対策
『源氏物語』
光源氏は、わらわ病(マラリヤのようなもの)にかかり、まじないや祈祷(当時の治療法)をしたがなかなか治らなかった。北山の寺にすぐれた僧がいると聞き、治療のため北山にやってきた。 窮屈な普段の生活から解放された光源氏は、小柴垣を巡らした家に女...蘇軾『医薬談笑』現代語訳・書き下し文
漢文
欧陽文忠公嘗言、 欧陽文忠公 嘗て言ふ、 欧陽文忠公は、以前言った。 嘗…「かつテ」かつて、以前。 「有患疾者。 「疾ふ者有り。 「病気にかかった者がいた。 疾…病気。疾病。 医問其得疾之由、 医 其の疾を得を問ふに、 医者がその病気になった理由を聞...『史記』鴻門之会(鴻門の会)③樊噲 頭髪上指 現代語訳・解説
司馬遷『史記』
於是張良至軍門、見樊噲。樊噲曰、「今日之事何如。」 是()。」と。 そこで張良は陣営の門まで行き、樊噲に会った。樊噲がいう事には「今日の会談の様子はどうですか。」と。 ・於是…「是いて」そこで 〇樊噲…沛公の部下。 ・何如…どのようか、どんな様子...『史記』鴻門之会(鴻門の会)④現代語訳・書き下し文
司馬遷『史記』
項王曰、「壮士。能復飲乎。」 項王曰はく、「壮士なり。能()た飲むか。」と。 項王がいうことには「勇壮な者だ。もっと酒を飲めるか。」と。 ・能~…~できる。 ・~乎…~か。(疑問) 樊噲曰、「臣死且不避。卮酒安足辞。 樊噲曰はく、「臣死すら且()す...『史記』廉頗と藺相如①書き下し文・現代語訳
司馬遷『史記』
既罷帰国。 既に罷()めて国に帰る。 (会合を)終えて国に帰った。 以相如功大、拝為上卿。位在廉頗之右。 相如の功の大なるを以て、拝して上卿と為す。位は廉頗の右に在り。 相如の功績が大きいことを理由に(相如を)任命して上卿とした。位は廉頗の右(...鶏口牛後 書き下し文・現代語訳
漢文
秦人恐喝諸侯、求割地。 秦人諸侯を恐喝して、地を割かんことを求む。 秦は諸侯をおどして、領土を割くことを求めた。 有洛陽人蘇秦。 游説秦恵王不用。 洛陽して用ゐられず。 洛陽の人で、蘇秦という者がいた。秦の恵王に意見を説いたが採用されなかった...鶏口牛後② 書き下し文・現代語訳
漢文
蘇秦者、師鬼谷先生。 蘇秦は、鬼谷先生を師とす。 蘇秦という者は、鬼谷先生を師匠としていた。 初出游、困而帰。 妻不下機、嫂不為炊。 初め出游し、困(がず。 初めて遊説に出たとき、困窮して帰ってきた。妻は、はたおり機から下りて出迎えようともせず...買履忘度(韓非子)
漢文
鄭人有且買履者。 鄭人を買はんとする者有り。 鄭の人に履物を買おうとする者がいた。 ・有~者…~者がいた。「有~」は英語の"There is ~"のようなもの。 ・且…再読文字「且に~んとす」(今にも)~しようとする。 先自度其足而置之其坐。 先りて之を其...
