光源氏二十一歳のとき、桐壺帝(源氏の父)が譲位して、朱雀帝(源氏の腹違いの兄)が即位した。
これにともない、斎宮(伊勢神宮に仕える皇女)と斎院(賀茂神社に仕える皇女)も交替する。葵祭(賀茂神社の祭礼)に先立って行われる新斎院の御禊(斎院が賀茂川で身を浄める儀式)の行列に、光源氏はお供することになった。光源氏を一目見ようと大勢の人々が集まる。
六条御息所は光源氏と恋愛関係にあったが、疎遠になっていた。源氏への執着を捨てきれない御息所は、斎宮になった娘に付いて伊勢に下ろうかと悩むが、源氏の晴れ姿を見ようとお忍びでやって来る。
大殿には、かやうの御歩きもをさをさし給はぬに、御心地さへなやましければ思しかけざりけるを、
大殿(=葵の上)は、このようなお出かけもほとんどなさらないうえに、(懐妊中で)ご気分までもお悪いので(御禊の行列の見物をすることは)思いもおかけにならなかったが、
・~に(は)…~は。~におかれては。主語に敬意を示す表現。
・大殿…光源氏の正妻である葵の上。妊娠中であるが、光源氏との関係は冷めている。
・かやうの御歩き…祭り見物などの外出。
・をさをさ~打消…ほとんど~ない
・さへ…までも(添加の副助詞)
・なやまし…気分が悪い、だるい。
・思しかけざりける…葵の上が、御禊の行列の見物に出かけることを考えてもいらっしゃらない、ということ。
若き人々、「いでや、おのがどちひき忍びて見侍らむこそ、はえなかるべけれ。
若い女房たちが、「はてさて、私たちだけがひっそりと見物しましても見ばえがよくないでしょう。
・おのがどち…自分たち同士。
○女房たちは、自分たちだけでこっそりと見物するのはつまらないので、自分たちの主人であり、光源氏の妻である葵の上といっしょに、盛大に見物したいと思っている。
おほよそ人だに、今日の物見には、大将殿をこそは、あやしき山がつさへ見奉らむとすなれ。
(光源氏と縁のない)世間一般の人でさえ、今日の物見には、源氏の大将殿を、卑しい山里に住む者までも拝見しようとするそうです。
・だに…~さえ。類推の副助詞。
遠き国々より、妻子を引き具しつつもまうで来なるを、御覧ぜぬは、いとあまりも侍るかな。」と言ふを、
遠方の国々から妻子を連れてまで参上するそうですのに、(葵の上らが)御覧にならないのは全くあんまりでございますよ。」と言うのを、
○源氏と縁のない人でさえも、源氏の姿を、卑しい山里に住む者までも見ようとしているのだから、光源氏と関係が深く、それなりの身分である自分たちは、必ず見物に行くべきであると言っている。
大宮聞こしめして、「御心地もよろしき隙なり。候ふ人々もさうざうしげなめり。」とて、にはかにめぐらし仰せ給ひて見給ふ。
大宮(葵の上の母)がお聞きになって、「(葵の上の)ご気分も悪くない折です。お仕えする女房たちも物足りなそうな様子です。」とおっしゃって、急に(おでかけの準備をするように)お触れをまわして、(葵の上は)物見をなさることになった。
・聞こしめす…お聞きになる(「聞く」の尊敬語)
・隙…時間的なすき間、空間的なすき間、どちらも指す。ここでは普段よりも気分がよい時間的なすき間のこと。
・さうざうしげな…形容動詞「さうざうしげなり」の連体形撥音便の無表記。
←さうざうし…物足りない。