心やましきをばさるものにて、かかるやつれをそれと知られぬるが、いみじうねたきこと限りなし。
不愉快なのは言うまでもないとして、このような忍び姿をそれと知られてしまったのが、ひどく無念なことはこの上もない。
・心やまし…不愉快だ、気にくわない。
・さるものにて…言うまでもないこととして。もっともなこととして。
榻などもみな押し折られて、すずろなる車の筒にうちかけたれば、またなう人わろく、悔しう何に来つらむと思ふにかひなし。
榻なども全部押し折られて、なんの関係もない車の車輪の轂(車輪の中心部)に(轅を)掛けてあるので、この上なくみっともなく、悔しくてなんで(こんなところへ)来てしまったのだろうと思うが(いまさら)どうにもならない。
・すずろなり…何の関係もない。
ものも見で帰らむとし給へど、通り出でむ隙もなきに、「事なりぬ。」と言へば、
(六条御息所は)見物もしないで帰ろうとなさるが、通り抜ける隙間もないうちに、「行列が来た。」と言うので、
さすがにつらき人の御前渡りの待たるるも心弱しや、笹の隈にだにあら
ねばにや、つれなく過ぎ給ふにつけても、なかなか御心づくしなり。
そうはいってもやはりやはり冷淡な人(光源氏)のお通りが待たれるのも心の弱いことよ、(笹の生い茂った物陰であれば馬も止まるのだろうが)笹の隈でさえもないからだろうか、(光源氏が馬も止めず)何気なく通り過ぎなさるにつけても、(なまじちらっとお姿を拝見したばかりに)かえってもの思いをなさることである。
・さすがに…そうはいってもやはり
・つらし…薄情だ、冷淡だ。
・だに…さえ。類推の副助詞。
・なかなか…かえって
・心づくし…もの思いをする
○古今和歌集に「笹の隈檜隈川に駒とめてしばし水かへ影をだに見ん(檜隈川で馬を止めて水を飲ませている間に、愛する人の姿を見ていたい)」という歌がある。御息所がいるのは笹の陰でさえない車の陰だからであろうか、光源氏が見てもくれない、と嘆いている。
げに、常よりも好みととのへたる車どもの、我も我もと乗りこぼれたる下簾の隙間どもも、さらぬ顔なれど、ほほ笑みつつ後目にとどめ給ふもあり。
なるほど、例年よりも趣向をこらした数々の車の(女房が)、我も我もとこぼれそうに乗っている下簾の隙間隙間に対しても、(光源氏は)素知らぬふりではあるが、(車の主をそれと知ると)ほほ笑みながら流し目でご覧になることもある。
大殿のはしるければ、まめだちて渡り給ふ。
左大臣家の(車)ははっきりしているので、まじめな顔つきでお通りになる。
・しるけれ…形容詞「しるし」已然形。
御供の人々うちかしこまり心ばへありつつ渡るを、おし消たれたるありさまこよなう思さる。
(光源氏の)お供の人々が(葵の上の車の前を)かしこまって敬意を払って通り過ぎるので、(六条御息所は)圧倒された(自分の)様子をこの上もなく(みじめに)お思いになる。
影をのみみたらし川のつれなきに身のうきほどぞいとど知らるる
影を宿しただけで流れ去る御手洗川のようにその姿を遠くから見るだけの源氏の君のつれなさゆえに、川面に浮かぶようなわが身の憂さ(不幸)がいっそう思い知らされたことです。
と、涙のこぼるるを人の見るもはしたなけれど、目もあやなる御さま容貌のいとどしう出で栄えを見ざらましかばと思さる。
と、涙がこぼれるのを人が見るのもきまりが悪いが、まぶしいほどの(光源氏の)お姿、ご容貌がますます晴れの場で一段と見栄えのするのをもし見なかったとしたら(後悔しただろう)とお思いになる。
・はしたなし…きまりが悪い。
・目もあやなり…まばゆいほどに立派だ。目をまわすほどひどい。
・いどどし…ますます、いっそう~だ。
「見ざらましかば」…反実仮想。下に「口惜しからまし」などの省略がある。
これ以降、六条御息所はいっそうもの思いに沈むようになる。妊娠している葵の上は物の怪に悩まされる。光源氏は、葵の上の気配が六条御息所のものであることに気づく。葵の上は出産後亡くなってしまう。生き霊となって葵の上に取り憑いた六条宮御息所は、光源氏への未練を断ち切り、斎宮となった娘について伊勢に下向する。