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『史記』荊軻①風蕭蕭として易水寒し 書き下し文・現代語訳

燕の太子丹は秦王の幼馴染で秦の人質であったが、秦王に冷遇されるようになる。そして燕に逃げ帰って、秦に復讐しようとしていた。秦は他国の侵略を続け燕の国境近くまできていた。太子丹は荊軻に秦王の暗殺を要請した。

於是太子予求天下之利匕首、得趙人徐夫人匕首、取之百金。

是に於いて太子(あらかじ)め天下の利なる()(しゆ)を求めて、趙人徐夫人の冑首を得、之を百金に取る。

かくて太子は以前より天下の鋭利なあいくちを求めて、趙の人徐夫人のあいくちを手に入れた。

・利…するどい、鋭利。

・匕首…あいくち、つばのない短刀。

使工以薬焠之、以試人、血濡縷、人無不立死者。

工をして薬を以つて之を(にら)がしめ、以つて人に試みるに、()(いとすぢ)(うるほ)せば、人 立ちどころに死せざる者無し。

刀工に命じてこれに毒薬を塗り焼きを入れてしみ込ませ、人を試すと、血が糸筋のようににじみ、みんなたちまちのうちに死んでしまった。

・使AB…「AをしてBしむ」AにBさせる。

・無不~…「~ざるは無し」~ない者はいない。(=みんな~する)

乃装、為遣荊卿。

(すなは)ち装して(ため)に荊卿を遣はさんとす。

そこであいくちの外装を整えて荊軻に与え、刺客として遣わそうとした。

燕国有勇士秦舞陽、年十三殺人、人不敢忤視。乃令秦舞陽為副。

燕国に勇士(しん)()(やう)なるもの有り。年十三にして人を殺し、人敢へて()()せず。乃ち秦舞陽をして副と為さしむ。

燕の国に秦舞陽という勇士がいた。十三歳のときに人を殺し、誰も彼を正視しようとはしなかった。そこで秦舞陽を介添え役とした。

○太子丹は秦舞陽を恐怖することのない勇士だと評価していた。

荊軻有所待、欲与俱。其人居遠未来。而為治行。

荊軻 待つ所有り、(とも)(とも)にせんと欲す。其の人遠きに居りて未だ来たらず。(しか)るに(かう)(をさ)むるを為す。

荊軻には待ち人があり、その人と共にいこうとしていた。その人は遠方に住んでおり、まだやって来ない。それなのに荊軻の旅支度はできていた。

・所~…「~する所」~するもの(対象)。

頃之、未発。太子遅之、疑其改悔。

之を(しばら)くするも、未だ発せず。太子之を遅しとし、其の改悔せしを疑ふ。

しばらくしても、(荊軻は)出発しなかった。太子は遅いと思い、荊軻が心変わりしたのではないかと疑った。

○出発するのが遅いので、太子は荊軻が暗殺をやめようとしているのではないかと疑った。荊軻を信じ切れずにいる。

乃復請曰、「日已尽矣。荊卿豈有意哉。丹請得先遣秦舞陽。」

(すなは)()()ひて()はく、「日(すで)に尽く。荊卿 豈に意有りや。丹請ふ、()づ秦舞陽を遣はすを得ん。」と。

そこで再び言うことには「もう日数は過ぎてしまった。荊卿には何か考えがおありでしょうか。丹(=私)としては、どうか秦舞陽をまず派遣させていただきたい。」と。

○日已尽矣…今にも秦に攻撃されそうな状況で、もう待つことのできる日数は過ぎてしまったということ。

※ここの「豈」は反語ではなく、疑問。

荊軻怒、叱太子曰、「何太子之遣。往而不返者、豎子也。

荊軻 怒り、太子を𠮟(しつ)して曰はく、「何ぞ太子の遣はすや。往きて返らざる者は、(じゆ)()なり。

荊軻は怒り、太子丹を𠮟りつけて言うことには「どういうわけで太子は(秦舞陽を)派遣しようとなさるのか。行ったきりで戻ってこない者は、青二才です。

・豎子…青二才、未熟者。

○自分は暗殺を成功させて帰国しようとしているのであり、行って戻ってこないような青二才(=秦舞陽)とは違うのだ、ということ。荊軻は人を殺したことを威張っているような秦舞陽を侮蔑している。

且提一匕首、入不測之彊秦、僕所以留者、待吾客与俱。

且つ一冑首を(ひつさ)げて、()(そく)の強秦に入る。僕の留まる所以(ゆゑん)の者は、吾が(かく)を待ちて与に俱にせんとすればなり。

いったい一振りのあいくちをひっさげて、何が起こるか計り知れない強国の秦に入るのだ。私が留まっている理由は、私の友人の待っていっしょに行動しようと思ったからです。

今太子遅之。請辞決矣。」遂発。

今太子之を遅しとす。請ふ、()(けつ)せん。」と。遂に発す。

今、太子は出発が遅いとお思いです。それでは、お別れしましょう。」。こうして出発することになった。

太子及賓客知其事者、皆白衣冠以送之。至易水之上、

太子及び賓客(ひんかく)の其の事を知る者、皆白き衣冠して以つて之を送り、易水の(ほとり)に至る。

太子やその食客の事情を知る者は、みな白装束で荊軻を見送り、易水のほとりに到着した。

○白装束…葬送の服装。秦王を暗殺しようというのだから、生きて戻れるはずがない、その覚悟を認め激励している。

『史記』荊軻②

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