『史記』荊軻③「図窮まりて匕首見はる」|書き下し文・現代語訳・解説・テスト予想問題

目次
  1. 書き下し文・現代語訳・解説
  2. 蒙嘉の取り次ぎ
  3. 咸陽宮での謁見
  4. 荊軻の言いつくろい
  5. テスト予想問題

司馬遷『史記』刺客列伝「荊軻(けいか)」から、「図窮まりて匕首見はる」前半の書き下し文・現代語訳・解説です。

易水のほとりで人々と別れた荊軻は、副使の秦舞陽(しんぶよう)とともに秦に入りました。荊軻は、秦王のお気に入りの家臣に贈り物をして取り次ぎを頼み、ついに秦王との謁見の場に臨みます。

前の場面は荊軻②、続きは荊軻④です。

書き下し文・現代語訳・解説

蒙嘉の取り次ぎ

本文(訓読文)

白文遂至秦、持千金之資幣物、厚遺秦王寵臣中庶子蒙嘉。

書き下し遂(つひ)に秦に至り、千金の資幣物(しへいぶつ)を持ちて、厚く秦王の寵臣(ちようしん)中庶子(ちゆうしよし)の蒙嘉(もうか)に遺(おく)る。

現代語訳こうして荊軻はついに秦に着き、千金もの値打ちのある贈り物をたずさえて、秦王のお気に入りの家臣である中庶子の蒙嘉に、手厚く贈り物をした。

遂
とうとう。ついに。
資幣物
贈り物。
遺
「おくル」。贈る。
寵臣
君主にかわいがられている家臣。
中庶子
官職名。

秦王に近づくには、まず秦王が信頼している家臣に取り次いでもらう必要があります。荊軻は、秦王のお気に入りである蒙嘉に高価な贈り物をして、秦王との謁見の手はずを整えてもらおうとしたのです。

白文嘉為先言於秦王曰、「燕王誠振怖大王之威、不敢挙兵以逆軍吏。

書き下し嘉為(ため)に先(ま)づ秦王に言ひて曰はく、「燕王誠(まこと)に大王の威(ゐ)に振怖(しんぷ)し、敢(あ)へて兵を挙げて以て軍吏(ぐんり)に逆らはず。

現代語訳蒙嘉は荊軻のために、前もって秦王に申し上げた。「燕王は心から大王のご威光を恐れおののいており、兵を挙げて秦の軍勢に逆らおうなどとはいたしません。

為
(荊軻の)ために。
振怖
震えおののく。
威
威光。
軍吏
軍の役人。ここでは秦の軍隊。

白文願挙国為内臣、比諸侯之列、給貢職如郡県而得奉守先王之宗廟。

書き下し願(ねが)はくは国を挙げて内臣(ないしん)と為り、諸侯(しよこう)の列に比(ひ)し、貢職(こうしよく)を給(きふ)すること郡県(ぐんけん)のごとくにして、先王の宗廟(そうべう)を奉守(ほうしゆ)するを得んと。

現代語訳(燕王は、)できることなら国をあげて秦の臣下となり、諸侯の仲間に加えていただき、秦の郡や県と同じように貢ぎ物を納めて、そのうえで燕の先王たちの宗廟だけはお守りしていきたい、と願っております。

内臣
国内の臣下。秦の家来。
比
並ぶ。仲間に加わる。
貢職
貢ぎ物。
郡県
秦が直接治めている地方。
先王
燕の先代の王たち。
宗廟
祖先をまつる霊廟。
奉守
大切に守る。

秦に従う家来の国になりながら、燕の先王の宗廟だけは守って、燕という国を残させてほしい、という願いです。ここの「先王」は、秦ではなく燕の先代の王たちのことです。

白文恐懼不敢自陳、謹斬樊於期之頭、及献燕督亢之地図、函封、燕王拝送于庭、使使以聞大王。

書き下し恐懼(きようく)して敢へて自ら陳(の)べず、謹(つつし)んで樊於期(はんおき)の頭を斬り、及び燕の督亢(とくかう)の地図を献じ、函封(かんぷう)して、燕王庭(てい)に拝送(はいそう)し、使ひをして大王に以聞(いぶん)せしむ。

現代語訳(燕王は)恐れ多さに自分から申し上げることはせず、謹んで樊於期の首を斬り、あわせて燕の督亢の地図を献上しようと、それらを箱に入れて封をし、燕王みずから宮廷で拝礼して使者を送り出し、使者に命じて大王に申し上げさせることにいたしました。

恐懼
恐れかしこまる。
陳
申し述べる。
樊於期
もと秦の将軍。燕に亡命していた。
督亢
燕の肥えた土地(今の河北省易県の東南一帯)。
函封
箱に入れて封をする。
拝送
拝礼して丁重に送り出す。
以聞
(君主に)申し上げる。

白文唯大王命之。」

書き下し唯(た)だ大王之に命(めい)ぜよ。」と。

現代語訳どうか大王様、ご命令をお下しください。」と。

唯
どうか。ひたすら。「ただ大王だけがお命じください」と、限定の意味で説明することもある。

咸陽宮での謁見

本文(訓読文)

白文秦王聞之大喜、乃朝服設九賓、見燕使者咸陽宮。

書き下し秦王之を聞きて大いに喜び、乃(すなは)ち朝服(てうふく)して九賓(きうひん)を設け、燕の使者を咸陽宮(かんやうきゆう)に見(み)る。

現代語訳秦王はこれを聞いて大いに喜び、そこで礼服を着て、九賓の最高の儀礼を整え、燕の使者を咸陽宮で引見した。

朝服
朝廷での礼服を着る。
九賓
九人の接待役を並べて客を迎える、最高の儀礼。
見
会う。引見する。
咸陽宮
秦の都・咸陽の宮殿。

秦王は、燕が国をあげて従うと申し出てきたうえに、憎い樊於期の首と、燕の肥えた土地の地図まで差し出してきたので、大いに喜び、最高の礼で燕の使者を迎えたのです。

白文荊軻奉樊於期頭函、而秦舞陽奉地図匣。以次進、至陛。

書き下し荊軻樊於期の頭の函(かん)を奉(ほう)じ、而(しか)して秦舞陽地図の匣(かふ)を奉ず。次(じ)を以て進み、陛(へい)に至る。

現代語訳荊軻は樊於期の首を入れた箱をうやうやしく捧げ持ち、秦舞陽は地図を入れた箱を捧げ持った。正使・副使の順に進んで、玉座へのぼる階段のところまで来た。

奉
両手で捧げ持つ。
匣
箱。
以次
順序に従って。正使の荊軻が先、副使の秦舞陽が後。
陛
玉座のある壇へのぼる階段。

白文秦舞陽色変振恐。群臣怪之。

書き下し秦舞陽色(いろ)変じ振恐(しんきよう)す。群臣之を怪(あや)しむ。

現代語訳そのとき、秦舞陽は顔色が変わり、がたがたと震えだした。秦の家臣たちはこれを不審に思った。

色
顔色。
振恐
震えて恐れる。
怪
不審に思う。

荊軻の言いつくろい

本文(訓読文)

白文荊軻顧笑舞陽、前謝曰、「北蕃蛮夷之鄙人、未嘗見天子。故振慴。

書き下し荊軻顧(かへり)みて舞陽を笑ひ、前(すす)みて謝(しや)して曰はく、「北蕃(ほくばん)蛮夷(ばんい)の鄙人(ひじん)、未だ嘗(かつ)て天子に見(まみ)えず。故に振慴(しんせふ)す。

現代語訳荊軻は振り返って舞陽を見て笑い、進み出てわびて言った。「この者は北方の未開の地の田舎者で、天子の御前に出たことなど、今まで一度もございません。ですから、こうして震えおののいているのです。

謝
わびる。
北蕃蛮夷
北方の未開の地。燕をへりくだっていう。
鄙人
田舎者。ここでは秦舞陽。
見
「まみゆ」。お目にかかる。
振慴
震えおののく。

白文願大王少仮借之、使得畢使於前。」

書き下し願はくは大王少しく之を仮借(かしやく)し、使ひを前に畢(を)ふるを得しめよ。」と。

現代語訳どうか大王様、少しばかり大目に見てやって、御前で使者としての役目を果たさせてやってください。」と。

少
少しばかり。
仮借
大目に見る。許す。
畢使
使者としての役目を果たす。
前
(秦王の)御前。

続きは、いよいよ暗殺の場面の荊軻④です。

テスト予想問題

A 語句

  1. 「寵臣」の読みと意味を答えよ。

    解答を見る

    ちょうしん/君主にかわいがられている家臣。

  2. 「未嘗見天子」の「見」の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。

    解答を見る

    まみえ(終止形は「まみゆ」)/お目にかかる。

  3. 「仮借」の読みと意味を答えよ。

    解答を見る

    かしゃく/大目に見ること。

B 書き下し文・現代語訳

  1. 「燕王誠振怖大王之威、不敢挙兵以逆軍吏」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

    解答を見る

    書き下し文:燕王誠に大王の威に振怖し、敢へて兵を挙げて以て軍吏に逆らはず。
    現代語訳:燕王は心から大王のご威光を恐れおののいており、兵を挙げて秦の軍に逆らおうなどとはいたしません。

  2. 「唯大王命之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

    解答を見る

    書き下し文:唯だ大王之に命ぜよ。
    現代語訳:どうか大王様、ご命令をお下しください。

  3. 「北蕃蛮夷之鄙人、未嘗見天子」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

    解答を見る

    書き下し文:北蕃蛮夷の鄙人、未だ嘗て天子に見えず。
    現代語訳:(この者は)北方の未開の地の田舎者で、これまで一度も天子にお目にかかったことがありません。

  4. 「願大王少仮借之、使得畢使於前」を書き下し文にし、現代語訳せよ。

    解答を見る

    書き下し文:願はくは大王少しく之を仮借し、使ひを前に畢ふるを得しめよ。
    現代語訳:どうか大王様、少しばかり大目に見て、御前で使者の役目を果たさせてやってください。

C 内容の読み取り

  1. 荊軻が、蒙嘉に「千金之資幣物」を贈ったのはなぜか。

    解答を見る

    蒙嘉は秦王のお気に入りの家臣なので、秦王に取り次いでもらい、謁見できるように取り計らってもらうため。

  2. 「得奉守先王之宗廟」の「先王」とは、どこの国の王か。

    解答を見る

    燕の国の先代の王たち。

  3. 秦王が「朝服設九賓」して燕の使者を迎えたのはなぜか。

    解答を見る

    燕が国をあげて秦に従うと申し出、そのしるしに樊於期の首と督亢の地図まで差し出してきたので、大いに喜んだから。

  4. 「秦舞陽色変振恐」とあるが、秦舞陽が顔色を変えて震えたのはなぜか。

    解答を見る

    秦王の前に進み出る本番になって、秦王暗殺という事の重大さを実感し、怖じ気づいたから。

  5. 荊軻が「北蕃蛮夷之鄙人、…使得畢使於前」と言ったのはなぜか。

    解答を見る

    秦舞陽(「鄙人」)がおびえて顔色を変えたのを秦の群臣に怪しまれたので、田舎者が天子の前で緊張しているだけだと言いつくろい、暗殺の計画を見破られないようにするため。