項王曰、「壮士。能復飲乎。」
項王曰はく、「壮士なり。能く復た飲むか。」と。
項王がいうことには「勇壮な者だ。もっと酒を飲めるか。」と。
・能~…~できる。
・~乎…~か。(疑問)
樊噲曰、「臣死且不避。卮酒安足辞。
樊噲曰はく、「臣死すら且つ避けず。卮酒安くんぞ辞するに足らんや。
樊噲が言うことには「私は死でさえも避けない。大杯の酒など、どうして断るほどのことがあろうか、いや断るまでもない。
・A且B…「Aすら且B」AでさえBである。
・安~…「安くんぞ~んや」どうして~か、いや~ない。(反語)
〇項王の「もっと酒を飲めるか」という問いに対し、樊噲は自分は死ぬことでさえ恐れていないのだから、酒なんか断るはずがない、という勇敢な返事をした。
ここから沛公を殺させないようにするための樊噲の説得がはじまる。
夫秦王有虎狼之心。殺人如不能挙、刑人如恐不勝。天下皆叛之。
夫れ秦王虎狼の心有り。人を殺すこと挙ぐる能はざるがごとく、人を刑すること勝へざるを恐るるがごとし。天下皆之に叛く。
そもそも秦王は、虎や狼のような残忍な心を持っていた。人を殺すのは、あまりに多くて数えきれないほどであり、人を刑するのは、あまりに多くて処刑のし残しがないかと心配するほどであった。天下の人々は皆、秦王に背いた。
・虎狼之心…虎や狼のような残忍な心。
・不勝…「勝へず」…しきれない。できない。
※秦王が残忍な人物で、多くの人を殺したことで、反乱がおきたことを説明している。
懐王与諸将約曰、『先破秦入咸陽者王之。』
懐王諸将と約して曰はく、『先に秦を破りて咸陽に入る者、之に王とせん。』と。
懐王は諸将と約束して言うことには『先に秦を破って咸陽(秦の首都)に入った者は、その地の王にする。』と。
今沛公先破秦入咸陽、毫毛不敢有所近。封閉宮室、還軍覇上、以待大王来。
今、沛公 先に秦を破りて咸陽に入る。毫毛も敢へて近づくる所有らず。宮室を封閉し、還りて覇上に軍し、以つて大王の来たるを待てり。
いま沛公は、先に秦を破って咸陽に入った。(秦のものを)ほんの少しも自分のものにしようとはしなかった。秦の宮室を封印をして、引き返して覇上に陣をしいて、大王(項王)が来るのを待っていた。
・毫毛…ほんの少し。小さなもの。
・所近…自分の身に近づける→自分のものにする
〇本来は先に攻め入った沛公に関中の地の王となる正当性があるが、沛公は自分のものにしようとはしなかったと述べている。
故遣将守関者、備他盗出入与非常也。労苦而功高如此。未有封侯之賞。
故らに将を遣はし関を守らしめしは、他盗の出入と非常とに備へしなり。労苦して功高きこと此くのごときに、未だ封侯の賞有らず。
わざわざ将を派遣して函谷関を守らせたのは、他からの盗賊の出入りと、非常事態とに備えたからです。苦労して功績が大きいことこのようであるのに、まだ(沛公を)諸侯に封ずる賞はない。
・故…「ことさらニ」わざわざ。
・封侯之賞…ほうびとして土地を与えて諸侯に封ずる賞。
〇この前の場面で、項王は沛公の軍が関を守っていて進むことができなかったことに激怒していた。それは他の盗賊や非常時に備えたからだと言い訳をしている。実際は嘘で、沛公はそのまま誰も入れずに、王になるつもりであった。
〇項王を上にたてて、沛公はまだほうびをもらっていないと、王になる意志がないことを示そうとしている。
而聴細説、欲誅有功之人。此亡秦之続耳。窃為大王不取也。」
而も細説を聴きて、有功の人を誅せんと欲す。此れ亡秦の続きなるのみ。窃かに大王の為に取らざるなり。」と。
しかし、つまらない者の言うこと(=曹無傷の告げ口)を信じて、有功の人(=沛公)を殺そうとされる。これでは滅んだ秦と同じとなるだけです。はばかりながら、私は、大王のなさり方には賛成しかねます。」と。
・而…逆接のときは「しかモ」「しかルニ」などと読む。
・細説…つまらない者の言うこと。曹無傷が項王に「沛公が関中の地で王になろうとしている」と告げ口をしたことを指す。
・誅…殺す。
・有功之人…沛公
・耳…「のみ」断定、強調のはたらき。
・窃…「ひそかニ」はばかりながら、失礼ながら。
〇功績がある沛公を殺すことは、滅んだ秦と同じであると説得している。
項王未有以応。曰、「坐。」
項王未だ以つて応ふる有らず。曰はく、「坐せよ。」と。
項王は返答できなかった。言うことには「座れ。」と。
〇樊噲の主張に反論することができず、「座れ」としか言えなかった。
樊噲従良坐。坐須臾、沛公起如廁。因招樊噲出。
樊噲良に従ひて坐す。坐すること須臾にして、沛公起ちて厠に如き、因りて樊噲を招きて出づ。
樊噲は張良のそばに座った。座ってしばらくして、沛公は立って便所に行き、ついでに樊噲を呼んで出た。
・須臾…「しゅゆニシテ」短い時間。
〇沛公はトイレにいくことを理由に席を立ち、そのまま逃げて行った。