司馬遷『史記』「鴻門之会」のうち、樊噲が酒宴の場に乗り込み、項王と対面する場面を解説します。
この場面では、沛公の危機を知った樊噲が、命をかけて宴席に入り、項王をにらみつける勇壮な姿が描かれます。
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本文解説
於是張良至軍門、見樊噲。樊噲曰、「今日之事何如。」
是に於いて張良軍門に至り、樊噲を見る。樊噲曰はく、「今日の事何如。」と。
そこで張良は陣営の門まで行き、樊噲に会った。樊噲が言うことには、「今日の会談の様子はどうですか。」と。
・於是…「是に於いて」そこで。
・樊噲…沛公の部下。
・何如…どのようか、どんな様子か。
良曰、「甚急。今者項荘抜剣舞。其意常在沛公也。」
良曰はく、「甚だ急なり。今者項荘剣を抜きて舞ふ。其の意常に沛公に在るなり。」と。
張良が言うことには、「非常に切迫している。今、項荘が剣を抜いて舞っている。そのねらいは常に沛公を殺すことにある。」と。
「其意常在沛公也」の「其意」は、項荘が剣舞をする本当のねらいを指す。つまり、沛公を殺すことである。
噲曰、「此迫矣。臣請、入与之同命。」
噲曰はく、「此れ迫れり。臣請ふ、入りて之と命を同じくせん。」と。
樊噲は、「それは大変だ。私は会談の場に入り、わが君である沛公と生死をともにしたい。」と言った。
・請ふ~(せ)ん…~したい、~させてください。
・「之」…沛公を指す。
「入与之同命」…沛公と生死をともにするということ。樊噲が、命をかけて沛公を救おうとしていることがわかる。
噲即帯剣擁盾入軍門。交戟之衛士、欲止不内。樊噲側其盾、以撞衛士仆地。
噲即ち剣を帯び盾を擁して軍門に入る。交戟の衛士、止めて内れざらんと欲す。樊噲其の盾を側てて、以つて衛士を撞きて地に仆す。
樊噲はすぐに剣を腰につけ、盾を抱えて陣営の門に入った。戟を持った番兵は、樊噲を止めて中に入れまいとした。樊噲は盾を斜めに立て、それで番兵を突いて地面に倒した。
・即…「すなはチ」すぐに。
・内る…中に入れる。
○樊噲は武装したまま宴席へ入ろうとし、止める衛士を盾で突き倒した。樊噲の行動力と武勇が強く描かれている。
噲遂入、披帷西嚮立、瞋目視項王。頭髪上指、目眦尽裂。
噲遂に入り、帷を披きて西嚮して立ち、目を瞋らして項王を視る。頭髪上指し、目眦尽く裂く。
樊噲はそのまま中へ入り、とばりを押し開いて西を向いて立ち、目を怒らせて項王をにらんだ。髪の毛は逆立ち、まなじりはことごとく裂けていた。
○西を向く=項王のいる方を向いている。
「頭髪上指、目眦尽裂」…樊噲が項王に対して非常に怒っている様子を、髪が逆立ち、まなじりが裂けるほどだと誇張して描いている。
王按剣而跽曰、「客何為者。」
項王剣を按じて跽きて曰はく、「客何為る者ぞ。」と。
項王は剣のつかに手をかけ、立てひざになって身構え、「お前はどういう者か。」と言った。
・客…「かく」と読む。
・何為~…「何為る~」どういう~か。
張良曰、「沛公之参乗樊噲者也。」
張良曰はく、「沛公の参乗、樊噲といふ者なり。」と。
張良が言うことには、「沛公の護衛役である樊噲という者です。」と。
・参乗…護衛のために車に同乗する者。
項王曰、「壮士。賜之卮酒。」則与斗卮酒。
項王曰はく、「壮士なり。之に卮酒を賜へ。」と。則ち斗卮酒を与ふ。
項王は、「勇ましい男だ。この男に大杯の酒を与えよ。」と言った。そこで大杯に入った酒を与えた。
・壮士…勇敢な者、勇ましい男。
○樊噲は項王を激しくにらみつけたが、項王はその勇壮さを気に入り、「壮士」と評価した。
噲拝謝起、立而飲之。
噲拝謝して起ち、立ちながらにして之を飲む。
樊噲は礼をして感謝し、立ち上がって、立ったままそれを飲んだ。
項王曰、「賜之彘肩。」則与一生彘肩。
項王曰はく、「之に彘肩を賜へ。」と。則ち一の生彘肩を与ふ。
項王が、「この男に豚の生肩肉を与えよ。」と言った。そこで一切れの豚の生肩肉を与えた。
・彘肩…豚の肩肉。
樊噲覆其盾於地、加彘肩上、抜剣切而啗之。
樊噲其の盾を地に覆せ、彘肩を上に加へ、剣を抜き、切りて之を啗ふ。
樊噲は自分の盾を地面に伏せ、その上に豚の肩肉を置き、剣を抜いて切り、それを食べた。
○大杯の酒を一気に飲み、生の豚肉を豪快に食べる樊噲の姿から、勇猛で豪胆な人物像が強調されている。
予想問題
問1 「於是」「即」の読みと意味を答えよ。
問2 「今日之事何如。」を書き下し文にせよ。また、現代語訳せよ。
【現代語訳】今日の会談の様子はどうですか。
問3 「其意常在沛公也」とはどういうことか。
問4 「入与之同命」の「之」は誰を指すか。また、この句の意味を答えよ。
問5 「頭髪上指、目眦尽裂。」は樊噲のどのような様子を表しているか。
問6 「客何為者。」を書き下し文にせよ。また、現代語訳せよ。
【現代語訳】お前はどういう者か。