まだ端におはしましけるに、この童隠れの方に気色ばみけるけはひを御覧じつけて、「いかに。」と問はせ 給ふに、
(帥の宮は)まだ縁先にいらっしゃる時に、この童が、物陰から合図をする様子をするのを見つけなさって、「どうだったか。」とお尋ねになると、
御文をさし出でたれば、御覧じて、
同じ枝に鳴きつつをりし時鳥声は変はらぬものと知らずや
と書かせ給ひて、
(童が)お手紙を差し出すと、ご覧になって、
亡き宮と私は、同じ一つ枝に鳴いているほととぎすのようなもの(同じ母から生まれた)です。声(心)は変わらないものとお分かりになりませんか。
とお書きになって、
〇同じ枝…亡き宮と帥の宮は、同じ母から生まれた兄弟であること。
〇変はらぬもの…私(帥の宮)と亡き宮は同じ声で鳴いている、つまり私があなたを想う気持ちは亡き宮とかわりません、ということを示している。
・知らずや…知らないのか。お分かりになりませんか。
賜ふとて、「かかること、ゆめ人に言ふな。好きがましきやうなり。」とて入らせ 給ひぬ。
(帥の宮は童に)お渡しになろうとして「こういうことは、決して人に言うな。好色めいているように見える。」と言って、お入りになった。
〇かかること…亡くなった兄宮の恋人とやりとりをしていること。
〇な…禁止(~するな)。「ゆめ~な」…決して~するな。
・好きがまし…色好みらしい、好色らしい。
持て来たれば、をかしと見れど、常はとて、御返り聞こえさせず。
(童が作者のもとへ手紙を)持ってきたので、興味深いと思ってみるが、いつも返事をするのは(よくない)と思って、お返事を差し上げない。
和泉式部の日記とされているが、知るはずのない帥の宮側の様子が書かれている。また、今回の場面にはないが、作者自身のことを「女」と表現している。このように、物語のように第三者的な視点から表現しているのが『和泉式部日記』の特徴。