『和泉式部日記(いずみしきぶにっき)』「夢よりもはかなき世の中を」①の現代語訳・品詞分解・解説です。教科書によっては「薫る香に」の題でも載っています。
亡き恋人の為尊親王(ためたかしんのう)を思って嘆き暮らす作者のもとへ、親王に仕えていた小舎人童(こどねりわらわ)が訪ねてくる場面です。「世の中」の意味、「遠ざかる昔の名残」の指すもの、童の言葉に出てくる敬語(だれからだれへ)がよく問われます。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞などのラベルを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
作者の嘆きと初夏の景色
現代語訳(作者は)夢よりもはかなかった(亡き宮様との)男女の仲を、嘆き悲しんで日々を過ごすうちに、四月も十日過ぎになったので、木の下はだんだんと暗くなっていく。
- 世の中
- 男女の仲。ここでは作者と為尊親王との恋愛関係をいう。
- もてゆく
- だんだん…になってゆく。
作者和泉式部の恋人であった為尊親王が、前年の六月に亡くなっている。作者はその悲しみから抜け出せずにいる。
「夢よりもはかなき世の中」には、恋があっけなく終わってしまったむなしさと深い悲しみがこもる。
旧暦の四〜六月は夏で、ここは初夏。草木が茂り、木の下は次第に暗くなる。勢いよく茂る自然と、亡くなった親王の命のはかなさが対照をなしている。
現代語訳築地の上の草が青々としているのも、世の人はとりわけ目を留めないけれど、しみじみともの思いにふけって眺めているうちに、
- 眺む
- (もの思いに沈んで)ぼんやりと見る。
- ことに
- 特に。とりわけ。
「あはれと眺むる」のは、亡くなった為尊親王をしのび、しみじみと思いに沈んでいるありさま。生き生きとした草と、もう会えない親王とが対照的に映っている。
小舎人童の訪れ
現代語訳近くの透垣のあたりに人の気配がするので、誰だろうと思っていると、亡き宮様にお仕えしていた小舎人童なのであった。
- 透垣
- 板や竹を間をあけて並べた垣根。向こうが透けて見える。
- 故宮
- 亡くなった為尊親王。
- 候ふ
- お仕えする(謙譲語)。
- 小舎人童
- 貴人に仕えて雑用をする少年。
※「候ふ」には丁寧語の用法もあるが、ここでは謙譲語。
現代語訳ふとしみじみともの思いにふけっていたところへ(童が)やって来たので、「どうして長いこと顔を見せなかったのか。遠ざかってゆく昔をしのぶよすがとも思っているのに。」などと(侍女に)言わせると、
- などか
- どうして…か。疑問を表す。
- 名残
- あとに残る面影。思い出のよすが。
- 言はすれば
- 「すれ」は使役「す」の已然形。作者はじかに話さず、侍女に言わせている。
「あはれにもののおぼゆるほど」は、亡き宮をしのんで、しみじみと悲しく思われるときをいう。
「遠ざかる昔の名残」は小舎人童をさす。為尊親王の死から時がたち、思い出が日ごとに遠のいていく中で、童は親王を思い出させてくれるよすがとなっている。
「などか久しく見えざりつる」には、童が来たことをうれしく思い、なぜもっと早く来なかったのかという作者の気持ちがこもる。
※貴人が言伝てや手紙を従者にさせるのはふつうのことで、ここのようにわざわざ使役で表すことはあまりない。
童の言葉
現代語訳「これといった用事がなくては、なれなれしいのではないかと、遠慮しておりますうちに、近ごろは山寺に出歩いておりまして(ご無沙汰してしまいました)。
- そのことと候はでは
- これといった用事がございませんと。
- つつまし
- 遠慮される、気が引ける。
- 日ごろ
- ここ数日、このごろ。
- なれなれしきさまにや
- 下に「候はむ」などが省略されている。
- まかり歩きてなむ
- 「なむ」は強意の係助詞で、下に「候ふ」などの結びが省略されている。
「つつましう候ふうちに」は、小舎人童が作者を訪ねるのを遠慮している様子。
ここでの「まかる」は、謙譲語Ⅱ(丁重語)と呼ばれる用法で、「行く」を丁寧に言ったもの。敬意は聞き手である作者(和泉式部)に向く。呼び方・説明は教科書によって異なる。
現代語訳(宮様の死後は)たいそう頼るあてもなく、所在なく思われてなりませんので、(亡き宮様の)お身代わりとしてもお世話申し上げようと、帥宮様のもとに参上してお仕えしております。」と語る。
- たよりなし
- 頼りにするものがない。ここでは、主人(為尊親王)を亡くして生活の支えを失ったことをいう。
- つれづれなり
- 手持ちぶさたで暇だ、所在ない。
- 見奉る
- ここでは、お世話申し上げる、お仕えする。
- 帥宮
- 敦道親王。為尊親王の弟。
「御代はり」は故宮(為尊親王)の代わり。童は、亡き兄宮の代わりとして、弟の帥宮に仕えている。
「参りて候ふ」の「参る」は、小舎人童が帥宮のもとへ行くこと。
思ひ給うらるれば…「給う」は、ハ行下二段「給ふ」の未然形「給へ」がウ音便になった形。
下二段の「給ふ」は謙譲語で、「〜ております・〜させていただく」の意になる。敬意は聞き手(ここでは作者)に向く。
※最後の「候ふ」は謙譲語(お仕えする)で、帥宮への敬意ととることもある。
作者の返事
- あなれ
- ラ変動詞「あり」の連体形「ある」が撥音便で「あん」となり、その「ん」を書かない形が「あ」。「あるなれ」→「あんなれ」→「あなれ」。
「いとよきこと」は、小舎人童が帥宮に仕えるようになったことをさす。作者はこれに「よいことのようだ」と応じ、続けて帥宮の評判を口にする(②)。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①築土
②透垣
③故宮
④小舎人童
⑤帥宮
⑥四月解答を見る
①ついひじ
②すいがい
③こみや
④こどねりわらわ
⑤そちのみや
⑥うづき次の語句の意味を答えよ。
①世の中(ここでは)
②眺む
③もてゆく
④つつまし
⑤つれづれなり
⑥名残解答を見る
①男女の仲
②もの思いにふけりながらぼんやり見る
③だんだん…になってゆく
④遠慮される・気が引ける
⑤手持ちぶさたで暇だ・所在ない
⑥あとに残る面影・思い出のよすが
B 文法・敬語
「四月十余日にもなりぬれば」の「ぬれ」と、「小舎人童なりけり」の「なり」「けり」を、それぞれ文法的に説明せよ。
解答を見る
ぬれ=完了の助動詞「ぬ」の已然形。なり=断定の助動詞「なり」の連用形。けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形(小舎人童だと気づいた驚きを表す)。
「など言はすれば」の「すれ」を文法的に説明せよ。また、だれがだれに言わせたのか。
解答を見る
すれ=使役の助動詞「す」の已然形。作者(和泉式部)が、取り次ぎの侍女(従者)に言わせた。
傍線部の敬語について、種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。
①故宮に【候ひ】し小舎人童
②つつましう【候ふ】うちに
③見【奉ら】むとて
④思ひ【給う】らるれば解答を見る
①謙譲語。作者から故宮へ
②丁寧語(補助動詞)。小舎人童から作者へ
③謙譲の補助動詞。小舎人童から帥宮へ
④謙譲の補助動詞(下二段活用の「給ふ」)。小舎人童から作者へ「いとよきことにこそあなれ」について、①「あなれ」をもとの形に直せ。②「なれ」を文法的に説明せよ(「こそ」との関係にも触れること)。
解答を見る
①あるなれ(「ある」の撥音便「あん」の「ん」が表記されない形)。②推定の助動詞「なり」の已然形。係助詞「こそ」の結び。
C 内容
「夢よりもはかなき世の中を、嘆きわびつつ」について、①「世の中」は何をさすか。②作者が嘆き暮らしているのはなぜか。
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①作者と為尊親王との男女の仲(恋)。②恋人だった為尊親王が前年の六月に亡くなり、その悲しみから抜け出せずにいるから。
「あはれと眺むる」とあるが、作者はどのようなことを思ってもの思いにふけっているのか。直前の自然のようすと対比して説明せよ。
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生い茂る初夏の木や草とは対照的に、もう会えない亡き為尊親王のことを思い出している。
「遠ざかる昔の名残」とは何をさすか。また、「などか久しく見えざりつる」にはどのような気持ちが表れているか。
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名残=故宮(為尊親王)に仕えていた小舎人童(亡き親王をしのぶよすがとなる存在)。気持ち=童が来てくれたことをうれしく思い、もっと早く来てほしかったという気持ち。
①「つつましう候ふうちに」は、だれのどのような様子か。②「御代はり」とはだれの代わりか。③小舎人童は、どこへ参って仕えているか。
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①小舎人童が、作者を訪ねるのを遠慮している様子。②故宮(為尊親王)の代わり。③帥宮(敦道親王)のもと。