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『平家物語』忠度の都落ち①現代語訳・解説

 源義仲は平家を越中(富山県)の倶利伽羅谷で破り、都へ攻め上る。平家は都を捨てて西へ向かった。平家である忠度も都から去ったはずであった。

 薩摩守忠度は、いづくより(疑問)帰ら(尊敬「る」用)  たり完了「たり」用)  けん(過去推量「けむ」体)、侍五騎、童一人、我が身ともに七騎取つて返し、五条の三位俊成卿の宿所におはし尊敬語 作者→忠度て見たまへ尊敬語 作者→忠度ば、門戸を閉ぢて開かず。

 薩摩守忠度は、どこから帰ってこられたのだろうか、侍五騎と童一人、わが身と合わせて七騎で引き返し、五条の三位俊成卿の屋敷にいらっしゃってご覧になると、門の扉を閉じていて開かない。

・いづくよりや帰られたりけむ…作者の感想が挿入されている。

「忠度。」と名のりたまへ尊 作→忠度ば、「落人帰り来たり。」とて、その内騒ぎあへり。

「忠度(が参りました)。」と名乗りなさると、「落人が帰ってきた。」と言って、屋敷の内は騒ぎ合っている。

・落人…戦に負けて逃げていく人のこと。平家は義仲に追われて都を出た。

○敗れて都から逃げていった落人の忠度が帰ってきたので、忠度が暴れまわるのではないかと恐れて騒いでいる。

薩摩守馬より下り、みづから高らかにのたまひ(尊敬 作者→忠度)けるは、「別の子細候は(丁寧 忠度→人々)ず。三位殿に申す(謙譲 忠度→俊成)べきことあつて、忠度が帰り参つ(謙譲 忠度→俊成)候ふ(丁寧 忠度→人々)。門を開か尊敬「る」未ずとも、この際まで立ち寄ら(尊敬「す」用) たまへ(尊敬 忠度→俊成)。」とのたまへ尊 作→忠度ば、

薩摩守は馬から下り、自ら声高らかにおっしゃることには「(私が参ったのは)特別な事情があるわけではありません。三位殿(俊成)に申し上げたいことがあって、忠度が帰って参りました。門をお開けにならないとしても、この門の近くまでお立ち寄りください。」とおっしゃると、

・のたまふ…おっしゃる(「言ふ」の尊敬語)

・別の子細候はず…特別な事情があるわけではありません。「候ふ」は丁寧語で、忠度から、屋敷内の人々に対する敬意。

○忠度は、対面がかなわないとしても、せめて俊成に声の聞こえるところに来てもらって、話をしたいと思っている。

俊成卿、「さることあるらん(現在推量「らむ」終)。その人ならば苦しかるまじ(打消推量「まじ」終)。入れ申せ(謙譲 俊成→忠度)。」とて、門を開けて対面あり。事の体何となうあはれなり。

 俊成卿は、「(忠度が帰って来られたのは)しかるべき事情があるのだろう。その人(忠度)ならば差し支えはないだろう。お入れ申し上げろ。」と言って、門を開けてお会いになった。その場の様子は、すべてにわたってなんとなく感慨深いものである。

・さること…忠度が戻って来た事情。

○忠度の人柄を知っている俊成は、忠度が自身の死を覚悟し最後のあいさつに来たことを感じ取り、門を開けて対面した。

『平家物語』忠度の都落ち②

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