ここでは、忠度の願いを受け取った俊成の返答、忠度との別れ、そしてのちに『千載集』へ忠度の歌が「よみ人知らず」として収められるまでを扱います。
前回までの内容
忠度は、自分の死と平家一門の滅亡を覚悟しながらも、歌人として自分の和歌を一首でも勅撰和歌集に残したいと願い、自選の秀歌百首余りをまとめた巻物を俊成に託しました。
現代語訳・敬語・助動詞・解説
三位これを開けて見て、「かかる忘れ形見を賜りおき 候ひ ぬるうへは、ゆめゆめ疎略を存ず まじう 候ふ。御疑ひある べからず。
三位殿はこれを開けて見て、「このような忘れ形見をいただいた上は、決しておろそかにはお思い申しません。お疑いなさいますな。
・賜る…いただく。(「受く」の謙譲語)※「お与えになる」という尊敬の用法もある。
・ゆめゆめ~打消…決して~ない。
・疎略…おろそかなこと。
俊成は何を約束したのか。
忠度から託された巻物を「忘れ形見」と受け止め、忠度の願いを決しておろそかにしないと述べている。忠度の歌を勅撰和歌集に入れるという願いを受け止めた。
さてもただ今の御渡りこそ、情けもすぐれて深う、あはれも殊に思ひ知られて、感涙おさへがたう 候へ。」とのたまへば、
それにしても、ただ今おいでになったことこそ、風雅への思いも格別に深く、しみじみとした情趣も特に感じられて、感動の涙を抑えきれません。」とおっしゃるので、
・情け…ここでは、風雅を理解する心、和歌への思い。
・あはれ…しみじみとした情趣、感動。
なぜ俊成は「感涙おさへがたう候へ」と言ったのか。
平家一門が都落ちし、忠度自身も死を覚悟している中で、危険を冒してまで都へ戻り、和歌への最後の願いを託しに来た忠度の風雅への思いの深さに心を打たれた。
薩摩守喜んで、「今は西海の波の底に沈まば沈め、山野にかばねを曝さば曝せ、浮き世に思ひおくこと候はず。さらば暇 申して。」とて、馬に打ち乗り、甲の緒を締め、西を指いてぞ歩ませ たまふ。
薩摩守は喜んで、「今は西海の波の底に沈むなら沈んでもよい、山野に死骸をさらすのならさらしてもよい、はかないこの世に思い残すことはございません。それではお別れ申し上げて。」と言って、馬にうち乗り、甲の緒を締め、西に向かって馬を歩ませなさる。
「沈まば沈め」「曝さば曝せ」
「沈め」「曝せ」は命令形を使った放任の表現で、「沈むなら沈んでもかまわない」「さらすならさらしてもかまわない」という意味。
「浮き世に思ひおくこと候はず」
俊成が忠度の願いを受け止め、歌を勅撰集に入れることを約束してくれたためです。歌人としての最大の心残りがなくなり、忠度は自分がこの先どのような最期を迎えてもかまわないという心境になっている。
三位後ろをはるかに見送つて立たれ たれば、忠度の声とおぼしくて、「前途程遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す。」と、高らかに口ずさみたまへば、
三位殿は忠度の後ろ姿をはるかまで見送って立っていらっしゃると、忠度の声と思われて、「行く先ははるかに遠い、思いを雁山の夕方の雲に馳せる。」と、高らかに口ずさみなさったので、
○「前途程遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す。」…『和漢朗詠集』の一節。遠く離れていき、もはや二度と会うことはないだろうという惜別の思いが表れている。
俊成卿いとど名残惜しうおぼえて、涙をおさへてぞ入りたまふ。
俊成卿はいっそう名残惜しく思われて、涙を抑えて中へ入られた。
○俊成も、忠度とこれが最後の別れになることを感じ取っています。
その後世静まつて、「千載集」を撰ぜられけるに、忠度のありしありさま、言ひ置きし言の葉、今さら思ひ出でてあはれなりければ、
その後、世の中が穏やかになって、『千載集』をお撰びになった時に、忠度が以前訪れてきた時の様子や、言い残していった言葉を、あらためて思い出してしみじみと感慨深かったので、
○忠度が予想したとおり、戦乱の後に勅撰和歌集『千載集』が編纂されました。
かの巻物のうちにさりぬ べき歌いくらもありけれども、勅勘の人なれば、名字をばあらはされず、「故郷の花」といふ題にて詠まれ たりける歌一首ぞ、「よみ人知らず」と入れられける。
あの巻物の中に、勅撰集に入れるのにふさわしい歌がいくらもあったけれども、忠度は天皇のおとがめを受けた人であったので、名前を明らかになさらず、「故郷の花」という題で詠まれた歌一首だけを、「よみ人知らず」としてお入れになった。
・さりぬべき…ふさわしい、適当だ。
・勅勘…天皇のおとがめ。
なぜ忠度の名前を出せなかったのか。
忠度は平家の武将であり、朝廷に敵対した「勅勘の人」となっていた。そのため俊成は、忠度の願いを完全な形ではかなえられず、名前を伏せて「よみ人知らず」として一首を『千載集』に入れた。
さざなみや志賀の都は荒れに しを昔ながらの山桜かな
志賀の昔の都は荒れはててしまったが、長等山の山桜は昔のままに咲いていることだ。
・「さざなみや」…「志賀」にかかる枕詞。
・「ながら」…「昔ながらの」と「長等山」の掛詞。
歌の内容
かつて都があった志賀の地は荒れ果ててしまったのに、長等山の山桜だけは昔と変わらず咲いている、という歌です。変わってしまった人の世と変わらない自然が対比されている。
その身朝敵となりに しうへは、子細に及ばずといひながら、恨めしかりしことどもなり。
忠度自身が朝敵となってしまった以上は、あれこれ言ってもしかたがないことではあるが、残念なことであった。
○作者の心情。忠度ほどの優れた歌人の歌が、本人の名前を出すことができず「よみ人知らず」として入集したことを残念に思っている。
テスト予想問題
問1 「ゆめゆめ疎略を存ずまじう候ふ」を現代語訳せよ。
問2 忠度が「浮き世に思ひおくこと候はず」と言えるのはなぜか。
問3 「前途程遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す。」にはどのような心情がこめられているか。
問4 忠度の「今は西海の波の底に沈まば沈め~」と「前途程遠し~」には、それぞれどのような心情が表れているか。
後者には、俊成と二度と会えないだろうという別れを惜しむ気持ち。