項王即日因留沛公~
項王即日因留沛公、与飲。
項王即日因りて沛公を留めて、与に飲す。
項王はその日、そこで沛公を引き留めて、いっしょに酒を飲んだ。
・因…「よリテ」そこで
項王・項伯東嚮坐、亜父南嚮坐。亜父者范増也。
項王・項伯は東嚮して坐し、亜父は南嚮して坐す。亜父とは范増なり。
項王と項伯は東を向いて座り、亜父は南を向いて座った。亜父とは范増のことである。
〇位置関係に注意。「嚮」は「向く」の意味。項王・項伯は「東嚮(東を向く)」なので、西側にいる。
※項伯・范増は項王側の人物。
沛公北嚮坐、張良西嚮侍。
沛公は北嚮して坐し、張良は西嚮して侍す。
沛公は北を向いて座り、張良は西を向いて控えた。
・侍…おそばに控える
・張良は沛公側の人物。
范増数目項王、挙所佩玉玦、以示之者三。
范増数項王に目し、佩ぶる所の玉玦を挙げて、以つて之に示す者三たびす。
范増はたびたび項王に目くばせをして、腰に帯びた飾り玉を持ち上げて、項王に何度も示した。
・数…「しばしば」たびたび、何回も
〇挙所佩玉玦…「玉玦」はまが玉、飾り玉のこと。「玦」が「決断」の「決」と同じ音であり、范増は項王に対し「沛公を殺す決断をしてください」と合図している。
〇范増は、沛公は生かしておいたら脅威になると考え、今のうちに殺すべきだと考えていた。
項王黙然不応。
項王黙然として応ぜず。
項王は黙ったまま応じなかった。
〇范増の合図にたいして、項王は沛公を殺す決断をしなかった。
范増起出召項荘謂曰、「君王為人不忍~
范増起、出召項荘、謂曰、
范増起ち、出でて項荘を召して、謂ひて曰はく、
范増は席を立って、外に出て項荘を呼び寄せ、言うことには
〇范増は項王の説得をあきらめ、項荘に指示を出し沛公を殺そうとした。
「君王為人不忍。
「君王人と為り忍びず。
「君王(項王)は残忍なことができないお人柄だ。
・君王…項王のこと。
・為人…「人と為り」…人柄、人格
・不忍…残忍なことができない。
若入前為寿。
若入り前みて寿を為せ。
お前は中に入り、進み出て杯を勧め、健康を祝福せよ。
・若…「なんぢ」あなた、お前
寿畢、請以剣舞、因撃沛公於坐殺之。
寿畢はらば、請ひて剣を以つて舞ひ、因りて沛公を坐に撃ちて之を殺せ。
祝福が終わったら、願い出て剣で舞をして、それによって沛公をその席で殺してしまえ。
〇范増は、項荘に対し、剣で舞をするふりをして沛公を殺せと指示した。
不者、若属皆且為所虜。」
不者んば、若が属皆且に虜とする所と為らんとす。」と。
もしそうしなければ、お前たちはみな今にも(沛公に)捕虜にされてしまうだろう。」と。
・不者…「しからずンバ」そうしなければ。「不然」と同じ。ここでは「沛公をここで殺さなければ」ということ。
・若属…お前の一族、仲間
・且…再読文字「且に~んとす」(今にも)~しようとする、~するだろう。
・為所虜…「虜とする所となる](沛公に)捕虜にされる。
〇「為A所B」…受身「AのBする所と為る」AにBされる。
※ここではAが省略されているが、補うなら「沛公」が入る。
荘則入為寿。
荘則ち入りて寿を為す。
項荘はそこで中に入り、杯を勧め、健康を祝福した。
寿畢曰、「君王与沛公飲。
寿畢はりて曰はく、「君王沛公と飲す。
祝福が終わって言うことには「君王は沛公とお酒を飲んでおられます。
軍中無以為楽。請以剣舞。」
軍中以つて楽を為す無し。請ふ剣を以つて舞はん。」と。
(しかし)軍中では音楽を演奏する手段がありません。(そのかわりに)どうか私に剣舞をさせてください。」と。
・請…願望「請ふ~(せ)ん」どうか私に~させてください。
項王曰、「諾。」
項王曰はく、「諾。」と。
項王が言うことには、「よろしい。」と。
項荘抜剣起舞。
項荘剣を抜き起ちて舞ふ。
項荘は剣を抜いて立って舞った。
項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公。
項伯も亦剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以つて沛公を翼蔽す。
項伯もまた剣を抜いて立ち上がって舞い、常に自分の体で親鳥が雛を翼でかばうように、沛公を守った。
〇項伯は項王の部下であるが、以前沛公の部下の張良に命を助けられた恩があったため、沛公を守ろうとした。
荘不得撃。
荘撃つを得ず。
項荘は(沛公を)撃つことができなかった。
・不得…「~を得ず」~できない。