『源氏物語』若紫の巻、「尼君、髪をかき撫でつつ」から「思ふ心深う付きぬ」までの現代語訳・品詞分解・敬語・解説です。若紫①「北山の垣間見」の続きです。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
尼君の嘆き
現代語訳尼君は少女の髪を手でなでながら、「髪をくしけずるのをめんどうがられるけれど、なんときれいな髪でしょう。
- 梳る(けづる)
- 髪をすく。
- うるさがる
- いやがる、わずらわしがる。
- 御髪(みぐし)
- 髪。「御」は尊敬の語(相手=若紫への敬意)。
「うるさがり給へ」の主語は少女。「給へ」は尼君から少女への敬意。
- はかなし
- 幼い/たわいない。
- ものし給ふ
- 「ものす(〜である/〜なさる)」+「給ふ(尊敬)」=(あなたは)〜でいらっしゃる。
- うしろめたし
- 気がかりだ/心配だ。 ※「こそ」の結びで已然形「うしろめたけれ」。
- かばかり
- これくらい(=十歳くらい)。
- かからぬ人
- このようでない人(=もっとしっかりした子)。
- ぬ
- 打消の助動詞「ず」連体形。
- ものを
- 〜のに。
「かからぬ人」は、少女のように幼くはない、物事をわきまえた人。次の「故姫君」の話がその例になっている。
現代語訳亡くなった姫君は、十歳ほどで父君に先立たれたとき、もうたいそう物事をわきまえておられましたよ。
- おくる
- (人に)先立たれる。
- ものは思ひ知る
- 物の道理をわきまえる/分別がある。
- ぞかし
- 「ぞ」「かし」はどちらも文末で念押しを表す終助詞(〜よ、ね)。
- 殿
- 故姫君の父君。
「故姫君」は尼君の亡くなった娘で、少女(若紫)の母。少女ぐらいの年齢のときには、もう大人びていた。
ここから、尼君は少女の祖母で、少女の母はもう亡くなっていることがわかる(光源氏は親子だと思っていた)。
「おくれ給ひ」「思ひ知り給へ」の「給ふ」は、尼君から故姫君への敬意。
現代語訳今この私があなたを残して死んだなら、どうやってこの世で生きていこうとなさるのでしょうね。」と言って、さめざめと泣く姿を見て、光源氏もわけもなく悲しくなる。
- 見捨て奉る
- 「見捨てて先に死ぬ」。「奉る」は謙譲の補助動詞。
- いかで
- どのように。
- 世におはす
- この世に生きていらっしゃる(「おはす」=「あり」の尊敬語)。
- すずろなり
- むやみに/わけもなく。
「いみじく泣く」のは尼君。それを「見給ふ」、「すずろに悲し」と感じているのは、垣間見(のぞき見)している光源氏。
「見捨て奉ら」の「奉ら」は謙譲の補助動詞で、尼君から少女への敬意。「おはせ」(尊敬語)も尼君から少女への敬意。
現代語訳少女も子ども心にさすがに尼君をじっと見つめ、目を伏せてうつむくと、こぼれかかる髪がつややかに輝いて見える。
- さすがに
- そうはいってもやはり。
- うちまもる
- じっと見つめる。
「うちまもりて」「うつぶしたる」の主語は少女。幼いながら、泣く尼君をじっと見つめている。
二首の歌
現代語訳(尼君の歌)育っていく先も見えない若草のようなこの子をあとに残す露のような私は、消えようにも消えられません。
- おくらす
- 先立つ/後に残して死ぬ。
- 生ひたたむありか
- 成長していく先(落ち着き先)。
尼君の歌。若草はこれから成長する若紫、露ははかない命の尼君のたとえ。幼い若紫を残して死ねない心情。
「消えむそらなき」の主語は露、つまり尼君自身。少女が心配で、消える(死ぬ)にも消えられないということ。
「若草」と「露」は、草に露が置くという関係で結びついた縁語。「消え」も「露」の縁語。
- げに
- 本当に(そのとおりです)。
ここで歌を返すのは、そばにいたもう一人の女房。少女に代わって尼君に答えている。
現代語訳(女房の歌)初草のようなこの子が育っていく先を見届けないうちに、どうして露のあなたが消えようとなさるのですか。
- いかで
- どうして〜
「初草」は若紫、「露」は尼君のたとえ。
「いかでか…らむ」は「どうして露が消えようとするのか(消えないでほしい)」と問いかける形。「か」は係助詞で、結びは連体形「らむ」。反語ととる説もある。少女の成長を見届けるまでは生きていてほしいという願い。
僧都の登場
現代語訳と申し上げているところへ、向こうから僧都がやって来て、「こちらは外から丸見えではありませんか。今日に限って縁側近くにお出ましとは。
- あらはなり
- 丸見えだ。
- 侍ら
- 丁寧の補助動詞「〜ございます」(僧都→尼君)。
- 今日しも
- 今日に限って。「しも」=強意の副助詞。
僧都は尼君の兄。
光源氏が来ている今日に限って、外から見えやすい場所にいたのですねと言っている。
「と聞こゆる」の「聞こゆる」は謙譲語で、作者から尼君への敬意(女房が尼君に歌を申し上げている)。
「おはしまし」は尊敬語で、僧都から尼君への敬意。「端」は外から見えやすい縁側近くのこと。
現代語訳この上の聖のもとに、源氏の中将が瘧病のまじないにお見えになっているのを、今しがた耳にしました。
僧都は、光源氏が近くに来ていることを知らせに来た。
「源氏の中将」は光源氏のこと。「ものし給ひ」の「給ひ」は僧都から光源氏への敬意、「侍る」は僧都から聞き手の尼君への敬意。「なむ」の結びで連体形「侍る」。
現代語訳ひどくお忍びでいらしたものですから気づかず、ここにいながら、お見舞いにも伺わずにおりました。」とおっしゃるので、
- 忍ぶ
- 人目を避ける。
- とぶらひ
- お見舞い。
- まうづ
- 参上する(謙譲語)。
「忍び給ひ」の主語は光源氏、「知り侍らで」「まうでざりける」の主語は僧都自身。丁寧語だけで尊敬語がないことが手がかり。
「まうで」は僧都から光源氏への敬意(謙譲語)、「のたまへ」は作者から僧都への敬意(尊敬語)。
「知り侍らで」の「侍ら」は丁寧の補助動詞、「ここに侍りながら」の「侍り」は「あり・をり」の丁寧語の本動詞(おります)。
現代語訳尼君は「まあ困った。こんな見苦しいところを、どなたかに見られたかしら。」と言って、簾を下ろした。
- あやし
- 見苦しい/みっともない。
- あやしきさま
- ここまでの少女とのやりとりなどのこと
「あないみじや」と言って簾を下ろしたのは尼君。「人」は、光源氏の供など、誰か外の人のこと。
現代語訳「世に名高い光源氏を、この機会に(あなたも)拝見なさってはいかがです。
- ののしる
- 評判が高い
僧都が尼君に、光源氏を拝見するよう誘っている。「見奉り給はむや」の主語(見る人)は尼君で、僧都ではない。「奉り」は謙譲語で僧都から光源氏(見られる人)への敬意、「給は」は尊敬語で僧都から尼君(見る人)への敬意。
「かかるついで」は、光源氏が北山の聖のもとに来ているこの機会のこと。「ののしり給ふ」の「給ふ」は僧都から光源氏への敬意。
現代語訳世を捨てた法師の私でさえ、浮き世の憂さを忘れて寿命が延びる気がするほどの、あのお方(光源氏)のお姿ですよ。
- 人の御ありさま
- 光源氏のご様子。
- 齢延ぶる
- (見る人の)寿命が延びる。「御ありさま」にかかる。
僧都は、光源氏は見ると寿命が延びるほど美しい、といっている。
現代語訳では、ご挨拶を申し上げてこよう。」と言って立ち上がる気配がしたので、光源氏は引き返された。
- いで
- さあ。
- 御消息
- ご挨拶。訪ねて来意を告げること。
「帰り給ひぬ」の主語は光源氏。僧都が挨拶に来る前に立ち去った。
「立つ」のは僧都。「聞こえ」は僧都から光源氏への敬意(謙譲語)。
少女への思い
- あはれなる人
- 若紫のこと。
ここから「とをかしう思す」までは光源氏の心の中の言葉。
現代語訳こういうことがあるから、あの色好みの連中はこうした忍び歩きばかりして、思いもよらぬ人をうまく見つけ出すのだな。
- このすき者ども
- 光源氏の周囲にいる色好み・風流な人たちのこと。
- さるまじき人
- そうあるはずのない(めったにいない)ような、思いがけない人。「まじ」は打消当然。
「かかれば」は、ちょっとした忍び歩きで、このような可憐な人を見つけることもあるのだから、ということ。
現代語訳たまに出歩いただけでも、こんなに思いがけないことを目にするものだよ、と光源氏は興味深く思われる。
- たまさか
- まれに。
- だに
- 〜さえ(類推の副助詞)。
「だに」には、たまに出かけただけでもこんな思いがけない人に出会えたのだから、いつも出歩けばなおさらだろう、という気持ちがこもる。
「をかしう思す」のは光源氏。色好みの者たちの話のとおりの体験を自分もしたことを、おもしろく思っている。
現代語訳あの方(藤壺の宮)の代わりに、朝に夕に眺めて心の慰めにしたい、という思いが深く心に食い込んだ。
- かの人
- 光源氏が恋い慕う藤壺の宮。
- 未然形+ばや
- ~たい。
光源氏は、少女を藤壺の身代わりとしてそばに置き、心の慰めにしたいと思うようになった。
テスト予想問題
A 読み・語句
「御髪」「僧都」「消息」「瘧病」の読みを、現代仮名遣いのひらがなで答えよ。
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御髪:みぐし 僧都:そうず 消息:しょうそこ 瘧病:わらわやみ
「いとはかなうものし給ふ」の意味を答えよ。
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たいそう幼くて(子どもっぽくて)いらっしゃる。
「かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを」について、「かばかり」が指す内容と、「かからぬ人」とはどのような人かを答えよ。
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かばかり=十歳くらいの年齢。 かからぬ人=少女のように幼くはない、物事をわきまえたしっかりした人。
「このすき者ども」とは、どのような人々か。
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色好みの人たち。恋に熱心で、忍び歩きをする男たち。
B 文法・敬語
「いとはかなうものし給ふこそ、あはれに後ろめたけれ」について、「後ろめたし」の意味と、「こそ」の結びの語・活用形を答えよ。
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意味=気がかりだ。心配だ。 結び=「後ろめたけれ」(形容詞「後ろめたし」の已然形)。
「いかで世におはせむとすらむ」を現代語訳せよ。また、「らむ」の意味を答えよ。
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訳=どうやってこの世に生きていらっしゃるおつもりなのだろうか。「らむ」=現在推量。
「今日しも端におはしましけるかな」の「しも」の品詞と意味を答えよ。
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強意の副助詞。(「今日に限って」の意)
「見奉り給はむや」の「奉り」「給は」について、敬語の種類と、誰から誰への敬意かを答えよ。
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奉り=謙譲語。僧都から光源氏へ。 給は=尊敬語。僧都から尼君へ。
「たまさかに立ち出づるだに」の「だに」の意味と、込められた気持ちを答えよ。
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「だに」=〜さえ(類推)。たまに出かけただけでもこんな人に出会えたのだから、しきりに出歩けばなおさらだろう、という気持ち。
「見ばや」の「ばや」の意味を答えよ。
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自分の願望(〜たい)。「見ばや」で「見たい」。
C 現代語訳・内容・和歌
「故姫君は、十ばかりにて殿におくれ給ひしほど」について、「故姫君」とは誰か、また「おくる」の意味を答えよ。さらに、尼君は故姫君と少女をどのように比べているか。
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故姫君=尼君の娘で、少女の母。おくる=(親しい人に)先立たれる。故姫君は少女くらいの年にはもう物事の分別があったのに、少女は幼い、と比べている。
「見給ふも、すずろに悲し」の主語は誰か。また、「すずろに」の意味を答えよ。
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主語=光源氏。すずろに=わけもなく。むやみに。
尼君の歌「生ひたたむ……」で、「若草」「露」はそれぞれ何のたとえか。また、どのような心情が詠まれているか。
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若草=少女(若紫)。露=尼君。幼い少女を残しては、死ぬに死ねないという心情。
女房の歌「初草の……」は、誰にどのようなことを願った歌か。
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尼君に、少女の行く末を見届けるまでは生きていてほしいと願った歌。
「こなたはあらはにや侍らむ」を現代語訳せよ。
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こちらは丸見えではございませんか。
「かの人」とは誰か。また、「かの人の御代はりに、明け暮れの慰めにも見ばや」から、光源氏は少女をどうしたいと思っているか。
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藤壺の宮。少女を藤壺の身代わりとして、そばに置いて毎日見て、心の慰めにしたいと思っている。