屈原は戦国時代の末期、楚の王族に生まれた。王の信任が厚かったが、同輩が嫉妬し讒言(おとしめるために悪口をいうこと)したため、王の信頼を失い、追放された。
本文解説
屈原既放、游於江潭。
屈原既に放たれて、江潭に游ぶ。
屈原は追放され、川のほとりをさまよっていた。
行吟沢畔、顔色憔悴、形容枯槁。
行沢畔に吟ず。顔色憔悴し、形容枯槁す。
沢のほとりを歩きながら詩を口ずさんでいた。顔色はやつれ、姿はやせ衰えていた。
・行吟…歩きながら詩を吟じる
漁父見而問之曰、「子非三閭大夫与。」
漁父之を見て問ひて曰はく、「子は三閭大夫に非ずや。」
漁師が彼を見て言った。「あなたは三閭大夫ではありませんか。」
・漁父…漁師のおやじ
・非~与…「~に非ずや」~ではないか。
・三閭大夫は楚王の支族の家族を管理する長官を指すとされる。
屈原曰、「然。」
屈原曰はく、「然り。」
屈原は言うことには「そのとおりだ。」と。
漁父曰、「何故至於斯。」
漁父曰はく、「何の故に斯に至れる。」
漁師は言うことには「どうしてこのような境遇になったのですか。」と。
屈原曰、「挙世皆濁、我独清。衆人皆酔、我独醒。是以見放。」
屈原曰はく、「世を挙げて皆濁れるに、我独り清めり。衆人皆酔へるに、我独り醒めたり。是を以て放たる。」と。
屈原が言うことには、「世の中は皆濁っているが、自分だけは清い。人々は皆酔っているが、自分だけは目覚めている。だから追放された。」と。
・挙世…世の中の人すべて
・独…~だけ
・是以「是を以て」こういうわけで、だから。
・見~…「~る・らる」~れる(受身)
世の中の人は生き方が汚く、私利私欲にまみれて道理が分からなくなっている。その中で自分だけは清らかで、道理をわきまえていたから、世の中に受け入れらず追放されたと主張する。
漁父曰、「聖人不凝滞於物、而能与世推移。」
漁父曰はく、「聖人は物に凝滞せずして、能く世と推移す。
漁父が言うことには、「賢者は物事にこだわらず、世間の風潮に合わせて移り変わることができるものだ。
・凝滞…こだわる
世皆濁、何不淈其泥而揚其波。
世皆濁らば、何ぞ其の泥を淈して其の波を揚げざる。
世の中が濁っているなら、どうしてその泥をかき上げて濁し、濁った波を立てないのか。
何不~…「何ぞ~ざる」どうして~しないのか、(~すればよいのに)
衆人皆酔、何不餔其糟而歠其醨。
衆人皆酔はば、何ぞ其の糟を餔らひて、其の濺を歠らざる。
人々が皆酔っているなら、どうしてその酒のかすを食べ、しぼりかすをすすらないのか。
何故深思高挙、自令放為。
何の故に深く思ひ高く挙がりて、自ら放たれしむるを為すや
どうして理想にこだわり、自分から追放されるようにさせたのか。」と。
漁父は「理想にこだわり、自分だけ潔白・正義を貫こうとしてはいけない。世間と妥協し、世間が汚れているなら自分も同じように汚れて生きるべきだ」と主張する。
屈原曰、「吾聞之、新沐者必弾冠、新浴者必振衣。」
屈原曰く、「吾之を聞けり、『新たに沐する者は必ず冠を弾き、新たに浴する者は必ず衣を振るふ』と。
屈原が言うことには、「私はこういう聞いています、『髪を洗ったばかりの者は、必ず冠をはじいて塵を落とし、体を洗ったばかりの者は、必ず衣服をふるって埃を落とす』と。
安能以身之察察、受物之汶汶者乎。
安くんぞ能く身の察察たるを以つて、物の汶汶たるを受くる者ならんや。
どうしてこの清らかな身で、世の濁りを受け入れられようか、いやできない。
安~乎…「安くんぞ~んや」どうして~か、いや~ない。(反語)
・察察…清潔、潔白
・汶汶…汚れている
寧赴湘流、葬於江魚之腹中、安能以皓皓之白、而蒙世俗之塵埃乎。」
寧ろ湘流に赴きて、江魚の腹中に葬らるとも、安くんぞ能く皓皓の白きを以つて、而も世俗の塵埃を蒙らんや。」と。
いっそ湘江の流れに身を投じて魚の餌になろうとも、どうしてこの清潔な身を、世俗の塵埃をかぶることができましょうか、いや、できません。」と。
寧A…「寧ろA」いっそAしても。比較選択を表し、「寧」の後にくるAの方がまだよい、ということを示す。
屈原は、「俗世間の汚い人々に交じって自分も汚れるようなことはできず、そんなことをするぐらいなら、川に身を投げて死んだ方がましだ。最後まで正義と潔白を守るべきだ」といっている。
※実際、屈原は追放された後、川に身を投げて死んでいる。
・皓皓…真っ白いこと
漁父莞爾而笑、鼓枻而去。
漁父 莞爾として笑ひ、枻を鼓して去る。
漁父はにっこり笑い、櫓の音をならして去っていった。
莞爾…にっこり笑うこと。
乃歌曰、「滄浪之水清兮 可以濯吾纓 滄浪之水濁兮 可以濯吾足 」
乃ち歌ひて曰はく、
滄浪の水清まば 以つて吾が纓を濯ふべし
滄浪の水濁らば 以つて吾が足を濯ふべし と。
そこで、歌って言うには、
「滄浪の水が清んでおれば、冠のひもを洗えばよい。
滄浪の水が濁っておれば、足を洗えばよい」
漁父は屈原の潔癖すぎる生き方を哀れんでいる
遂去、不復与言。
遂に去りて復た与に言はず。
かくてそのまま漁父は立ち去り、二人はもう、ともに語ることはなかった。
不復~…「復た~ず」二度と~しない。

