司馬遷『史記』高祖本紀のうち、「大丈夫当如此也(大丈夫当に此くのごとくなるべきなり)」の書き下し文・現代語訳・解説です。
後に漢の初代皇帝となる劉邦(高祖)は、どのような生まれで、どのような若者だったのでしょうか。始皇帝の行列を見たときに漏らした一言からは、どんな人物像が見えてくるでしょうか。
書き下し文・現代語訳・解説
白文高祖、沛豊邑中陽里人。
書き下し高祖は、沛の豊邑の中陽里の人。
現代語訳高祖(劉邦)は、沛県の豊邑にある中陽里の出身である。
- 高祖
- 漢の初代皇帝、劉邦。
- 沛
- 地名。今の江蘇省の沛県のあたり。
白文姓劉氏、字季。父曰太公、母曰劉媼。
書き下し姓は劉氏、字は季。父は太公と曰ひ、母は劉媼と曰ふ。
現代語訳姓は劉氏、字は季という。父は太公と呼ばれ、母は劉媼と呼ばれた。
- 字
- 実名とは別に、成人のときにつける呼び名。
- 季
- 兄弟のなかで一番末の子。
- 太公
- 父に対する尊称。
- 媼
- 年をとった女性に対する尊称。
白文其先、劉媼嘗息大沢之陂、夢与神遇。
書き下し其の先、劉媼嘗て大沢の陂に息ひ、夢に神と遇ふ。
現代語訳その昔、劉媼が大きな沢の堤で休んでいたとき、夢の中で神に出会った。
- 其先
- その昔。「先」は以前の意。
- 息ふ
- 休息する。
- 陂
- 堤。土手。
白文是時、雷電晦冥。太公往視、則見蛟竜於其上。
書き下し是の時、雷電して晦冥なり。太公往きて視れば、則ち蛟竜を其の上に見る。
現代語訳そのとき、雷鳴がとどろき稲妻が走って、あたりは真っ暗になった。太公が行って様子を見ると、(劉媼の)上に蛟竜がいるのが見えた。
- 晦冥
- 真っ暗なこと。
- 視る
- 注意してよく見る。
- 見る
- 見える。目に入る。
- 其
- 劉媼を指す。
- 蛟竜
- 水中にすむという、うろこのある竜。
白文已而有身。遂産高祖。
書き下し已にして身る有り。遂に高祖を産む。
現代語訳まもなく劉媼は身ごもり、そのまま高祖を産んだ。
- 已而
- やがて。ほどなく。
- 有身
- 身ごもる。
- 遂
- そのまま。こうして。
白文高祖為人、隆準而竜顔、美須髯、左股有七十二黒子。
書き下し高祖人と為り、隆準にして竜顔、須髯美しく、左の股に七十二の黒子有り。
現代語訳高祖は、鼻筋が高く通り、眉の骨が竜のように丸く突き出た顔立ちで、あごひげとほおひげが美しく、左の太ももには七十二個のほくろがあった。
- 為人
- 生まれつきの性質。
- 隆準
- 高い鼻。
- 竜顔
- 竜のように眉の骨が丸く突き出した顔立ち。天子の相をいう。
- 須髯
- あごひげとほおひげ。
白文仁而愛人喜施、意豁如也。常有大度。
書き下し仁にして人を愛し施しを喜み、意豁如たり。常に大度有り。
現代語訳情け深く、人を大切にして施しを好み、心は広々としていた。いつも大きな度量を備えていた。
- 仁
- 情け深い。思いやりがある。
- 豁如
- 心が広く大きいさま。「如」は「~のさま」を表す。
- 大度
- 大きな度量。
白文不事家人生産作業。
書き下し家人の生産作業を事とせず。
現代語訳家の者がする生業や仕事には、まったく取り組まなかった。
- 事とす
- 従事する。
- 家人
- 家の者。家族。
- 生産作業
- 農作業など、暮らしを立てるための仕事。
白文及壮、試為吏、為泗水亭長。廷中吏、無所不狎侮。
書き下し壮に及び、試みられて吏と為り、泗水の亭長と為る。廷中の吏をば、狎侮せざる所無し。
現代語訳三十歳になって、試しに登用されて役人となり、泗水の亭長を務めた。役所に勤める役人たちを、(高祖は)一人残らず見くびった。
- 壮
- 三十歳。元気盛んな年ごろ。
- 試みらる
- 試しに採用される。
- 亭長
- 宿駅の長。
- 狎侮
- 軽んじて侮る。
白文好酒及色。常従王媼・武負貰酒。
書き下し酒及び色を好み、常に王媼・武負に従ひて酒を貰す。
現代語訳酒と女色を好み、いつも王媼や武負の店で、つけにして酒を買っていた。
- 色
- 女色。
- 貰す
- つけで買う。掛け買いをする。
- 王媼・武負
- ともに酒屋の女主人。「負」も年配の女性の呼び名。
白文酔臥、武負・王媼、見其上常有竜、怪之。
書き下し酔ひて臥すに、武負・王媼、其の上に常に竜有るを見て、之を怪む。
現代語訳高祖が酔って寝ると、武負と王媼は、いつもその上に竜がいるのを見て、不思議に思った。
- 其
- 高祖を指す。
- 怪む
- 不思議に思う。
白文高祖毎酤留飲、酒讐数倍。
書き下し高祖酤ひて留まり飲む毎に、酒の讐るること数倍す。
現代語訳高祖が酒を買って店に居続けて飲むたびに、酒の売り上げは数倍にもなった。
- 酤ふ
- 酒を買う。
- 讐る
- 売れる。「讐」は売れること、売り上げの意。
白文及見怪、歳竟、此両家常折券弃責。
書き下し怪を見るに及び、歳の竟りに、此の両家常に券を折り責を弃つ。
現代語訳この不思議な出来事を目にしてからは、年末になると、二軒の店はいつも借用証を破り捨てて、貸し代金の取り立てを取りやめた。
- 折券
- 借用証を破り捨てる。当時の借用証は木や竹の札に書いた。
- 弃責
- 借金の取り立てをやめる。「責」は「債」、「弃」は「棄」の古い字体。
- 此両家
- 王媼と武負の二軒の酒屋。
白文高祖常繇咸陽。縦観、観秦皇帝。
書き下し高祖常て咸陽に繇す。縦観して、秦の皇帝を観る。
現代語訳高祖は以前、咸陽で労役についた。そのとき自由に見物して、秦の皇帝(始皇帝)を目にした。
- 常て
- 以前に。「いつも」の意ではない。
- 繇す
- 労役につく。
- 縦観
- 気ままに見物する。
- 咸陽
- 秦の都。
- 観る
- 眺める。
白文喟然太息曰、「嗟乎、大丈夫当如此也。」
書き下し喟然として太息して曰はく、「嗟乎、大丈夫当に此くのごとくなるべきなり。」と。
現代語訳(高祖は)大きくため息をついて言った。「ああ、一人前の男子たる者は、このようでなければならないなあ。」と。
- 喟然
- ため息をつくさま。
- 太息
- 大きなため息。
- 大丈夫
- りっぱな男子。「夫」は濁らず、「ダイジョウフ」と読む。
- 此くのごとし
- このようである。「此」は、秦の皇帝のこと。
テストで問われるポイント
- 「字」=実名とは別につける呼び名。「季」は末っ子、「太公」は父の尊称、「媼」は老女の尊称。
- 両親が一般名称で紹介されている=庶民の生まれ。
- 蛟竜・竜顔・七十二の黒子=高祖の神秘性(天子となる運命)。
- 「壮」=三十歳。
- 「不事家人生産作業」=家の仕事に従事しない(定職を持たないならず者)。
- 「無所不狎侮」=狎侮せざる所無し。二重否定。主語は高祖。
- 「折券弃責」の理由=売り上げの増加と、竜が現れるという不思議な出来事。
- 視(よく見る)・見(見える)・観(眺める)の違い。
- 「大丈夫当如此也」=男子たる者はこのようでなければならない。始皇帝への素直な憧れ。
- 項羽の「彼可取而代也」との比較。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①嘗て
②遇ふ
③往く
④為人
⑤臥す
⑥留まる
⑦歳の竟はり解答を見る
①かつて
②あう
③ゆく
④ひととなり
⑤ふす
⑥とどまる
⑦としのおわり次の語の本文中での意味を答えよ。
①息ふ
②陂
③晦冥
④壮
⑤貰す
⑥弃責
⑦嘗て
⑧繇す
⑨縦観
⑩太息解答を見る
①休息する
②堤、土手
③真っ暗なこと
④三十歳
⑤つけで買う
⑥借金の取り立てをやめる
⑦以前に(「いつも」ではない)
⑧労役につく
⑨気ままに見物する
⑩大きなため息次の語の本文中での意味を答えよ。
①已にして
②仁
③事とす
④家人
⑤吏
⑥負(「武負」の「負」)
⑦怪しむ
⑧大丈夫
⑨毎(「高祖毎酤留飲」の「毎」)解答を見る
①やがて、ほどなく
②情け深い、思いやりがある
③従事する
④家の者、家族
⑤役人
⑥年をとった女性(老婦人)
⑦不思議に思う
⑧りっぱな男子、一人前の男
⑨~するたびに「視」「見」「観」の意味の違いを、それぞれ答えよ。
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視=注意してよく見る。見=見える、目に入る。観=眺める。
B 書き下し文・現代語訳
「夢与神遇」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:夢に神と遇ふ。
現代語訳:夢の中で神に出会った。「已而有身。遂産高祖。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:已にして身る有り。遂に高祖を産む。
現代語訳:まもなく(劉媼は)身ごもり、そのまま高祖を産んだ。「不事家人生産作業」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:家人の生産作業を事とせず。
現代語訳:家の者がする生業や仕事には取り組まなかった。「廷中吏、無所不狎侮」を書き下し文にし、主語を補って現代語訳せよ。
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書き下し文:廷中の吏をば、狎侮せざる所無し。
現代語訳:(高祖は)役所の役人たちを、一人残らず見くびった。(軽んじ侮らない者はいなかった。)「高祖毎酤留飲、酒讐数倍」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:高祖酤ひて留まり飲む毎に、酒の讐るること数倍す。
現代語訳:高祖が酒を買って居座り飲むたびに、店の酒の売れ行きは何倍にもなった。「及見怪、歳竟、此両家常折券弃責」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:怪を見るに及び、歳の竟はりに、此の両家常に券を折り責を弃つ。
現代語訳:この不思議な出来事を目にしてからは、年末になると、二軒の店はいつも借用証を破り捨てて、貸し代金の取り立てを取りやめた。「嗟乎、大丈夫当如此也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:嗟乎、大丈夫当に此くのごとくなるべきなり。
現代語訳:ああ、一人前の男子たる者は、このようでなければならないなあ。
C 内容の読み取り
「姓劉氏、字季。父曰太公、母曰劉媼。」から、高祖はどのような生まれの人物だと分かるか。
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高祖も両親も固有の名前でなく一般的な呼び名で書かれているので、庶民の生まれだと分かる。
「字」とは何か。
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実名とは別に、成人のときにつける呼び名。実名は親や君主、師などが呼ぶもので、それ以外の人は字で呼んだ。
蛟竜が現れて身ごもったという話や、「竜顔」「七十二の黒子」は、高祖がどのような人物だと伝えるためのものか。
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天子となる運命をもって生まれた、特別な人物(神秘的な人物)だと伝えるため。
高祖の風貌と性格について、本文に即して説明せよ。
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風貌:鼻筋が高く、眉の骨が竜のように丸く突き出た顔立ちで、あごひげとほおひげが美しく、左の太ももに七十二個のほくろがあった。
性格:情け深く、人を大切にして施しを好み、心が広くて度量が大きかった。「見其上常有竜」の「其」は誰を指すか。また、「及見怪」の「怪」は何を指すか。
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其=高祖。怪=酔って寝る高祖の上にいつも竜が見えるという不思議な現象。
「不事家人生産作業」から、高祖のどのような一面が分かるか。
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家の仕事を手伝わず、定職も持たない、ならず者のような一面。
王媼と武負が「折券弃責」したのは、なぜか。二つ答えよ。
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①高祖が店で飲むと、酒の売り上げが数倍になったから。
②酔って寝る高祖の上にいつも竜が見えるという、不思議なことがあったから。「大丈夫当如此也」の「此」は、何を指すか。本文から抜き出して答えよ。
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秦皇帝(秦の皇帝)
「大丈夫当如此也」には、高祖のどのような気持ちがこめられているか。また、項羽が始皇帝を見て言った「彼可取而代也」と、気持ちはどう違うか。
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高祖は、始皇帝のようになりたいという素直な憧れを表している。項羽は、始皇帝に取って代わってやるという、敵意を含んだ激しい気持ちを表している。