司馬遷『史記』廉頗藺相如列伝のうち、「澠池之会(めんちのかい)」の書き下し文・現代語訳・解説です。
強国の秦が、友好を結ぶという名目で趙王を呼び出しました。会見の席で、秦王は趙王に恥をかかせようとします。藺相如は、それにどう立ち向かったのでしょうか。
書き下し文・現代語訳・解説
白文秦王使使者告趙王、欲与王為好、会於西河外澠池。
書き下し秦王使者をして趙王に告げしめ、王と好を為し、西河の外の澠池に会せんと欲す。
現代語訳秦王は使者を趙王のもとに送って、「王と友好を結びたい。西河の外の澠池で会見したい」と告げさせた。
- 使者をして告げしめ
- 使者に告げさせて。(使役)
- 好を為す
- 友好を結ぶ。「好」は「よしみ」で、親しい交わり。
- 西河の外の澠池
- 黄河の南にある土地。趙と秦の境に近い。
白文趙王畏秦、欲毋行。
書き下し趙王秦を畏れ、行くこと毋からんと欲す。
現代語訳趙王は秦を恐れて、行かずにおこうと思った。
- 畏る
- 恐れる。おじけづく。
- 毋し
- ~ない。禁止や否定を表す。「母」と形が似ているので注意。
白文廉頗藺相如計曰、「王不行、示趙弱且怯也。」
書き下し廉頗・藺相如計りて曰はく、「王行かずんば、趙の弱くして且つ怯なるを示すなり。」と。
現代語訳廉頗と藺相如が相談して言った、「王様が行かれなければ、趙が弱く、そのうえ臆病でもあると、示すことになります。」と。
- 王不行
- 「王行かずんば」で、王が行かなければ。(仮定)
- 怯
- 臆病。
白文趙王遂行。相如従。
書き下し趙王遂に行く。相如従ふ。
現代語訳趙王はとうとう出かけることにした。相如がお供をした。
白文廉頗送至境、与王訣曰、
書き下し廉頗送りて境に至り、王と訣して曰はく、
現代語訳廉頗は見送って国境まで行き、王に別れを告げて言った、
- 訣す
- 別れを告げる。
白文「王行、度道里、会遇之礼畢還、不過三十日。
書き下し「王の行、道里を度るに、会遇の礼畢はりて還るまで、三十日を過ぎざらん。
現代語訳「王様のご出発から、道のりを見積もりますと、会見の礼が済んで戻られるまで、三十日を過ぎることはないはずです。
- 道里
- 道のり。行程。
- 度る
- 推し量る。見積もる。
- 会遇の礼
- 会見の儀式。
- 畢はる
- 終わる。
白文三十日不還、則請立太子為王、以絶秦望。」
書き下し三十日にして還らずんば、則ち請ふ太子を立てて王と為し、以て秦の望みを絶たん。」と。
現代語訳三十日たってもお戻りにならなければ、そのときは太子を立てて王とし、そうして秦の望みを断ちたいと存じます。」と。
- 則ち
- そのときは。(仮定の後を受ける)
- 請ふ
- ~したいと願う。
- 太子
- 跡継ぎの子。
- 秦の望み
- 秦の野望。ここでは、趙王を人質にして趙を思いのままにしようというたくらみ。
白文王許之。遂与秦王会澠池。
書き下し王之を許す。遂に秦王と澠池に会す。
現代語訳王はこれを承知した。こうして秦王と澠池で会見した。
白文秦王飲酒酣曰、「寡人窃聞趙王好音。請奏瑟。」趙王鼓瑟。
書き下し秦王酒を飲み酣にして曰はく、「寡人窃かに趙王音を好むと聞く。請ふ瑟を奏せよ。」と。趙王瑟を鼓す。
現代語訳秦王は酒を飲んで宴がたけなわになったころ、言った、「私は内々に、趙王が音楽をお好きだと聞いている。どうか瑟を演奏してくださらぬか。」と。趙王は瑟を弾いた。
- 酣
- 宴会が盛り上がっている最中。
- 寡人
- 諸侯の謙称。「徳の少ない人」の意味。
- 窃かに
- こっそりと。内々に。自分の行為をへりくだって言う。
- 請ふ
- ~してほしい、と相手に頼む。
- 瑟
- 二十五本ほどの弦を張った、大きな琴。
- 鼓す
- 弾く。打ち鳴らす。
白文秦御史前、書曰、「某年月日、秦王与趙王会飲、令趙王鼓瑟。」
書き下し秦の御史前み、書して曰はく、「某年月日、秦王趙王と会飲し、趙王をして瑟を鼓せしむ。」と。
現代語訳秦の記録係の御史が進み出て、こう書きつけた、「某年某月某日、秦王は趙王と酒宴をともにし、趙王に命じて瑟を弾かせた。」と。
- 御史
- 記録を担当する役人。
白文藺相如前曰、「趙王窃聞秦王善為秦声。請奉盆缻秦王、以相娯楽。」
書き下し藺相如前みて曰はく、「趙王窃かに秦王善く秦声を為すと聞く。請ふ盆缻を秦王に奉じ、以て相娯楽せん。」と。
現代語訳藺相如が前に出て言った、「趙王がひそかに耳にしましたところ、秦王は秦の歌をお上手に歌われるとのこと。盆缻を秦王に献上いたしますので、ともに楽しみたく存じます。」と。
- 秦声
- 秦の地方の歌。民謡。
- 盆缻
- 素焼きの酒器。これを打ち鳴らして拍子をとる。
- 相娯楽せん
- ともに楽しもう。「相」は互いに。
白文秦王怒不許。於是、相如前進缻、因跪請秦王。秦王不肯撃缻。
書き下し秦王怒りて許さず。是に於いて相如前みて缻を進め、因りて跪きて秦王に請ふ。秦王缻を撃つことを肯ぜず。
現代語訳秦王は腹を立てて聞き入れない。すると相如は進んで缻を差し出し、ひざをついて秦王に願った。それでも秦王は缻を打とうとはしなかった。
- 因りて
- そのまま。それをきっかけにして。
- 跪く
- ひざをついてかしこまる。
- 肯ぜず
- 承知しない。よしとしない。
白文相如曰、「五歩之内、相如請、得以頸血濺大王矣。」
書き下し相如曰はく、「五歩の内、相如請ふ、頸血を以て大王に濺ぐことを得ん。」と。
現代語訳相如は言った、「私と王様とは五歩の内、すぐそばにおります。この相如が、自分の首から出る血を大王にそそぎかけてみせましょうか。」と。
- 頸血
- 首の血。
- 濺ぐ
- 注ぎかける。ふりかける。
- 請ふ
- ~させてほしい。ここでは「~してみせましょうか」と、相手にうかがう形をとった脅し。
白文左右欲刃相如。相如張目叱之。左右皆靡。
書き下し左右相如を刃せんと欲す。相如目を張りて之を叱す。左右皆靡く。
現代語訳側近たちが相如に斬りかかろうとした。相如は目をかっと見開いてどなりつけた。側近たちは皆ひるんで退いた。
- 刃す
- 刃物で斬る。
- 叱す
- どなりつける。
- 靡く
- ひるんで引き下がる。たじろぐ。
白文於是、秦王不懌、為一撃缻。
書き下し是に於いて、秦王懌ばざるも、為に一たび缻を撃つ。
現代語訳そこで秦王は、気が進まないながらも、趙王のために一度だけ缻を打った。
- 懌ぶ
- 喜ぶ。「不懌」は、不愉快に思う、気が進まないの意。
白文相如顧召趙御史、書曰、「某年月日、秦王為趙王撃缻。」
書き下し相如顧みて趙の御史を召し、書せしめて曰はく、「某年月日、秦王趙王の為に缻を撃つ。」と。
現代語訳相如はふり返って趙の御史を呼び、書かせて言った、「某年某月某日、秦王は趙王のために缻を打った。」と。
- 書せしむ
- 書かせる。(使役)
白文秦之群臣曰、「請以趙十五城為秦王寿。」藺相如亦曰、「請以秦之咸陽為趙王寿。」
書き下し秦の群臣曰はく、「請ふ趙の十五城を以て秦王の寿を為せ。」と。藺相如も亦曰はく、「請ふ秦の咸陽を以て趙王の寿を為せ。」と。
現代語訳秦の家臣たちが言った、「どうか趙の十五の都市を、秦王のご長寿を祝う贈り物として差し出していただきたい。」と。すると藺相如も言った、「それなら、秦の都の咸陽を、趙王のご長寿を祝う贈り物として差し出していただきたい。」と。
- 寿を為す
- 長寿を祝って贈り物をする。
- 咸陽
- 秦の都。
白文秦王竟酒、終不能加勝於趙。趙亦盛設兵以待秦。秦不敢動。
書き下し秦王酒を竟ふるまで、終に勝ちを趙に加ふること能はず。趙も亦盛んに兵を設け、以て秦を待つ。秦敢へて動かず。
現代語訳秦王は宴が終わるまで、とうとう趙を屈服させることができなかった。趙のほうでも、軍備をしっかりと整えて、秦に備えていた。秦は思い切って動くことができなかった。
- 竟ふ
- 終える。
- 勝ちを加ふ
- 勝利を相手に押しつける。優位に立つ。
- 兵を設く
- 軍隊を配置する。軍備を整える。
テストで問われるポイント
- 秦王の申し出=友好を結ぶための会見。趙王は秦を恐れて行くまいとした。
- 「王不行、示趙弱且怯也」=王が行かなければ、趙が弱く臆病だと示すことになる。
- 「立太子為王、以絶秦望」=万一のとき、太子を王に立てて、趙王を人質にしようとする秦の野望を絶つ。
- 秦王が瑟を請うた意図=趙王を臣下のように扱い、御史に記録させておとしめること。
- 相如が盆缻を請うた意図=同じ屈辱を秦王にも与え、趙王の面目を保つこと。盆缻は瑟より品のない楽器。
- 「五歩之内、相如請、得以頸血濺大王矣」=秦王を殺し、自分も死ぬ覚悟の脅し。
- 趙の御史に「秦王為趙王撃缻」と記録させ、対等の立場を示した。
- 「十五城」に対して「咸陽」で対抗した。
- 「不能加勝於趙」=趙を屈服させることができなかった。
- 「秦不敢動」の理由=宴で趙に勝てなかったこと、趙が軍備を整えていたこと。
テスト予想問題
A 語句・読み
次の語の読みを、送り仮名を含めて現代仮名遣いで答えよ。
「度る」「畢はる」「酣」「懌ばず」「窃かに」解答を見る
はかる・おわる・たけなわ・よろこばず・ひそかに
次の語の、ここでの意味を答えよ。
「好」「道里」「訣す」「靡く」解答を見る
好=よしみ。友好。 道里=道のり。 訣す=別れを告げる。 靡く=ひるむ。たじろぐ。
「寡人」とは、誰が自分をさして言う言葉か。また「寡」とは何が少ないという意味か。
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諸侯(王)が自分をさして言う言葉。徳が少ないという意味で、へりくだった言い方。
「瑟」と「盆缻」は、それぞれどのようなものか。
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瑟=二十五本ほどの弦を張った大きな琴。 盆缻=素焼きの酒器で、打ち鳴らして拍子をとるもの。
B 書き下し文・現代語訳
「趙王畏秦、欲毋行。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:趙王秦を畏れ、行くこと毋からんと欲す
現代語訳:趙王は秦を恐れて、行かずにおこうと思った。「三十日不還、則請立太子為王、以絶秦望。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:三十日にして還らずんば、則ち請ふ太子を立てて王と為し、以て秦の望みを絶たん
現代語訳:三十日たってもお戻りにならなければ、そのときは太子を立てて王とし、そうして秦の野望を断ちたいと存じます。「五歩之内、相如請、得以頸血濺大王矣。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。また、この言葉で相如が示した覚悟を説明せよ。
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書き下し文:五歩の内、相如請ふ、頸血を以て大王に濺ぐことを得ん
現代語訳:私と王様とは五歩の内におります。この相如が、首の血を大王にそそぎかけてみせましょうか。(秦王を殺し、自分も死ぬ覚悟だということ)「秦王竟酒、終不能加勝於趙。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:秦王酒を竟ふるまで、終に勝ちを趙に加ふること能はず
現代語訳:秦王は宴が終わるまで、とうとう趙を屈服させることができなかった。「請以趙十五城為秦王寿。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:請ふ趙の十五城を以て秦王の寿を為せ
現代語訳:どうか趙の十五の都市を、秦王のご長寿のお祝いとして差し出していただきたい。
C 内容の読み取り
趙王が会見に行くことを決意したのは、なぜか。
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廉頗と藺相如が、趙王が行かなければ趙が弱くて臆病だと天下に示すことになる、と説得したから。
「立太子為王、以絶秦望」とあるが、太子を王に立てることが、なぜ「秦望」を絶つことになるのか。「秦望」の内容にふれて説明せよ。
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秦の野望は、趙王を人質にして趙を思いのままに動かすことである。万一のとき、すでに新しい王を立てておけば、人質にとる意味がなくなり、王不在の混乱にもつけこまれないから。
秦王が趙王に瑟を弾かせ、御史に記録させたのは、どのような意図からか。
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趙王を臣下のように扱い、秦のほうが上だという記録を残して、趙王に恥をかかせるため。
相如が秦王に盆缻を打つよう求めたのは、なぜか。
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秦王が趙王にさせたのと同じ屈辱を、秦王にも味わわせて、趙王の面目を保ち、両国の王が対等であることを示すため。
秦王が「怒不許」とあるが、なぜ怒ったのか。
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大国の王である自分が、弱い国の臣下から、品のない盆缻を打つよう頼まれ、趙王と同じ立場に置かれたから。
秦王がいやいやながら缻を打ったのは、なぜか。
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相如が「五歩の内」で秦王を殺す覚悟だと脅し、斬りかかろうとした側近たちも、相如に叱りつけられてひるんでしまったから。
相如が趙の御史を呼んで記録させたのは、何のためか。
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秦の御史の記録に対抗し、秦王が趙王のために缻を打ったと残させて、趙王の面目を守るため。
秦が趙に手出しできなかった理由を、本文から二文抜き出せ。
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「秦王竟酒、終不能加勝於趙。」「趙亦盛設兵、以待秦。」
この会見で、廉頗と藺相如が果たした役割を、それぞれ答えよ。
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廉頗:趙に残って軍備を整え、秦を牽制した。(国境で別れの取り決めもした。)
藺相如:趙王に付き従い、命がけで秦王に立ち向かい、趙王の面目を守った。