司馬遷『史記』廉頗藺相如列伝のうち、「完璧帰趙」の中心となる場面、「怒髪衝冠(どはつしょうかん)」の書き下し文・現代語訳・解説です。
秦の宮殿に璧を届けた藺相如は、秦王に城を渡す気がないことを見抜きます。そこで相如は、どうやって璧を取り戻し、どのように秦王に向き合ったのでしょうか。
書き下し文・現代語訳・解説
白文秦王坐章台見相如、相如奉璧奏秦王。
書き下し秦王章台に坐して、相如を見る。相如璧を奉じて秦王に奏む。
現代語訳秦王は章台という建物に座って、相如を引見した。相如は璧を両手で捧げ持って、秦王に献上した。
- 章台
- 秦の宮殿の名。
- 奏す
- 申し上げる。差し上げる。
白文秦王大喜、伝以示美人及左右。左右皆呼万歳。
書き下し秦王大いに喜び、伝へて以て美人及び左右に示す。左右皆万歳と呼ぶ。
現代語訳秦王は大いに喜び、(璧を)次々に手渡して、愛妾や側近たちに見せた。側近たちは皆、万歳と叫んだ。
- 美人
- 愛妾。
白文相如視秦王無意償趙城、乃前曰、「璧有瑕、請指示王。」
書き下し相如、秦王の趙に城を償ふに意無きを視て、乃ち前みて曰はく、「璧に瑕有り。請ふ王に指し示さん。」と。
現代語訳相如は、秦王には趙へ城を引き渡す気がないとわかり、そこで進み出て言った、「璧にはきずがございます。どうか王にお示しいたしましょう。」と。
- 償ふ
- 代償として与える。
- 乃ち
- そこで。
- 瑕
- 玉の欠点。きず。
白文王授璧。相如因持璧卻立倚柱、怒髪上衝冠。
書き下し王璧を授く。相如因りて璧を持ち、卻立して柱に倚り、怒髪上りて冠を衝く。
現代語訳王が璧を相如に手渡すと、相如はそのまま璧を持って、後ずさりして柱に寄りかかって立ち、怒りで髪の毛が逆立って冠を突き上げるほどであった。
- 因りて
- そこで。それをきっかけに。
- 卻立
- 後ずさりして立つ。「卻」は「却」と同じで「しりぞく」。
- 倚る
- もたれかかる。
- 怒髪上衝冠
- 怒りのあまり髪の毛が逆立ち、冠を突き上げるほどであること。激しい怒りの形容。
白文謂秦王曰、「大王欲得璧、使人発書至趙王。
書き下し秦王に謂ひて曰はく、「大王璧を得んと欲し、人をして書を発して趙王に至らしむ。
現代語訳秦王に向かって言った、「大王は璧を手に入れようとして、人に手紙を持たせて趙王のもとへ届けさせました。
白文趙王悉召群臣議。皆曰、『秦貪、負其彊、以空言求璧、償城恐不可得。』議不欲予秦璧。
書き下し趙王悉く群臣を召して議せしむ。皆曰はく、『秦は貪にして、其の彊きを負み、空言を以て璧を求む。償城恐らくは得べからざらん。』と。議、秦に璧を予ふるを欲せず。
現代語訳趙王は家臣たちをすべて呼び集めて相談させました。皆が言うには、『秦は欲深く、自分の強さをたのんで、口先だけで璧を求めている。代償の城は、おそらく手に入らないだろう。』と。相談の結果は、秦に璧を渡さないということでした。
- 貪
- 欲が深い。
- 負む
- たのみにする。
- 空言
- 口先だけのでたらめ。
白文臣以為、布衣之交尚不相欺、況大国乎。且以一璧之故逆彊秦之驩、不可。
書き下し臣以為らく、布衣の交はりすら、尚ほ相欺かず。況んや大国をや。且つ一璧の故を以て彊秦の驩に逆ふは、不可なりと。
現代語訳私が思いますに、庶民のつきあいでさえ、お互いにだましたりはしません。まして大国ならなおさらです。そのうえ、たった一つの璧のために、強国である秦の好意にそむくのは、よくありません。
- 以為らく
- 思うことには。
- 布衣
- 庶民。身分のない者。
- 尚ほA、況んやBをや
- AでさえB。まして~ならなおさらだ。(抑揚)
- 驩
- よしみ。好意。
白文於是趙王乃斎戒五日、使臣奉璧、拝送書於庭。何者、厳大国之威以修敬也。
書き下し是に於いて趙王乃ち斎戒すること五日、臣をして璧を奉ぜしめ、書を庭に拝送す。何となれば、大国の威を厳れて以て敬を修むればなり。
現代語訳そこで趙王は五日間身を清めて慎み、私に璧を捧げ持たせ、手紙を(秦の)宮廷に謹んで届けさせました。なぜなら、大国の威光を恐れて、敬意を表すためです。
- 斎戒
- 心身を清め、慎むこと。大事に当たる前に行う。
- 拝送す
- 謹んで届ける。
- 厳る
- 恐れ敬う。
- 何者
- なぜなら。理由を述べるときに使う。
- 修む
- 整える。尽くす。
白文今臣至、大王見臣列観、礼節甚倨。得璧伝之美人、以戯弄臣。
書き下し今臣至るに、大王臣を列観に見、礼節甚だ倨れり。璧を得るや之を美人に伝へ、以て臣を戯弄す。
現代語訳ところが、私が参りますと、大王は正式な宮殿ではなくありふれた建物で私に会われ、その礼儀もたいへん横柄でした。しかも璧を受け取ると愛妾たちに回して、私をからかっておられます。
- 列観
- ありきたりの(正式でない)建物。「列」は並ぶ、「観」は物見やぐら。
- 倨る
- おごり高ぶる。
- 戯弄す
- からかう。もてあそぶ。
白文臣観大王無意償趙王城邑、故臣復取璧。大王必欲急臣、臣頭今与璧倶砕於柱矣。」
書き下し臣、大王の趙王に城邑を償ふに意無きを観る。故に臣復た璧を取れり。大王必ず臣に急にせんと欲せば、臣が頭は今、璧と倶に柱に砕けん。」と。
現代語訳私は、大王が趙王に城を渡すお気持ちがないことを見抜きました。それで璧を取り返したのです。大王がどうしても私を追いつめようとなさるなら、私の頭はこの場で、璧もろとも柱にぶつかって砕け散りますぞ。」と。
- 城邑
- 城と町。
- 急にす
- 追い詰める。強く迫る。
- 矣
- 文末の置き字。断定・強調の気持ちを表す。
白文相如持其璧睨柱、欲以撃柱。
書き下し相如其の璧を持ちて柱を睨み、以て柱に撃たんと欲す。
現代語訳相如はその璧を手にして柱をにらみつけ、(璧を)柱に打ちつけようとした。
テストで問われるポイント
- 相如が璧を取り戻した方法=「璧に瑕有り」と言って、璧を秦王から受け取った。
- 相如が秦王に城を渡す気がないと見てとった(「無意償趙城」)。
- 「怒髪上衝冠」=怒りのあまり髪が逆立ち、冠を突き上げる。
- 「却立倚柱」=後ずさりして、柱を背にして立つ。
- 「布衣之交尚不相欺、況大国乎」=庶民のつきあいでさえだまさない、まして大国ならなおさら。(抑揚)
- 秦王の無礼=ありきたりの建物(列観)で会った。璧を愛妾に回して見せ、使者をからかった。
- 「欲急臣」の「急」=せまる。
- 「臣頭今与璧倶砕於柱矣」=私の頭を璧とともに柱で砕く、という脅し。
テスト予想問題
A 語句・読み
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
「卻立」「倚る」「睨む」「戯弄」解答を見る
きゃくりつ・よる・にらむ・ぎろう
「怒髪上衝冠」とはどのような状態を表しているか。
解答を見る
怒りのあまり髪の毛が逆立ち、冠を突き上げるほどである。激しく怒っている様子。
「欲急臣」の「急」とはどうすることか。
解答を見る
せまる。強く迫る。(璧を返すよう迫る、の意。)
B 書き下し文・現代語訳
「布衣之交尚不相欺、況大国乎」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:布衣の交はりすら尚ほ相欺かず、況んや大国をや
現代語訳:庶民のつきあいでさえ、お互いにだましたりはしない。まして大国ならなおさらである。「臣頭今与璧倶砕於柱矣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:臣が頭は今、璧と倶に柱に砕けん
現代語訳:私の頭は、この場で璧もろとも柱にぶつかって砕け散るでしょう。「何者、厳大国之威以修敬也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:何となれば、大国の威を厳れて以て敬を修むればなり
現代語訳:なぜかというと、大国の威光を恐れ、敬意を表すためである。
C 内容の読み取り
相如が秦王から璧を取り戻すために言った言葉を、本文から抜き出して書き下し文にせよ。また、その言葉は実際にはどのような意図で言ったものか。
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「璧有瑕、請指示王」(璧に瑕有り、請ふ王に指し示さん)。意図:璧に本当にきずがあるわけではなく、璧を秦王の手から取り戻すための口実。
相如が、秦王に城を渡す気がないと判断したのは、秦王のどのような様子を見たからか。
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璧を受け取って大喜びし、愛妾や側近に回し見せ、側近たちも万歳を叫ぶだけで、約束の十五城のことを話題にもしなかった様子。
相如は、秦王のどのような態度を無礼だと言っているか。二つ答えよ。
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①正式な場ではなく、ありきたりの建物(列観)で使者の自分に会ったこと。②璧を手に入れると、それを愛妾たちに回して見せ、自分をからかったこと。
趙王が相如を秦への使者に選んだ決め手になった相如の言葉を、本文(前回の場面)から抜き出せ。
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「城不入、臣請完璧帰趙」。城が手に入らなかった場合は、璧を傷つけずに趙へ持ち帰ると約束した言葉。
璧を秦に渡すことについて、趙の群臣はどのような意見だったと相如は言っているか。
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秦は欲が深く、強さをたのんで、空言(実行する気のない約束)で璧を求めている。代償の城はおそらく手に入らないので、璧を渡すべきでないという意見だった。
相如が柱の近くに立ち、璧を柱に打ちつけようとしたのは、秦王にどのようなことを知らせるためか。
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もし力ずくで璧を奪おうとするなら、璧を砕いてしまい、自分の命も捨てるという覚悟があること。