『沙石集(しゃせきしゅう)』「いみじき成敗(せいばい)」の現代語訳・品詞分解・解説です。
中国の貧しい餅売りの夫が、銀貨六枚の入った袋を拾います。正直な妻の言葉に従って持ち主に返したところ、持ち主はお礼が惜しくなり、「七枚あったはずだ」と言いがかりをつけました。争いを裁くことになった国守は、どのような判決を下したのでしょうか。会話の話し手、係り結び(結びの流れ・結びの省略)、何度も出てくる「正直」という言葉に注意して読みましょう。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
銀貨を拾った餅売り
現代語訳中国に、身分の低い貧しい夫婦がいた。餅を売って生計を立てていた。
- 唐土
- 中国。
- いやし
- 貧しい。身分が低い。
- 渡る
- 「世を渡る」で、暮らしを立てる。
「唐土」と同じ意味で、話の終わりに「宋朝」という言葉が使われている。
現代語訳夫が道ばたで餅を売っていたときに、だれかが袋を落としたのを見ると、(中に)銀貨が六枚入っていた。
- 軟挺
- 銀貨。
現代語訳妻は、心がまっすぐで欲のない者で、「私たちは商売をして暮らしているので、何も不自由はありません。
- 商ふ
- 商売をする。
- 過ぐ
- 暮らす。
- こと欠く
- 不自由する。
「商うて」は「商ひて」のウ音便。具体的には「餅を売り」のこと。
現代語訳この持ち主はどれほど嘆いて探しているでしょう。気の毒なことです。持ち主を探してお返しなさい。」と言ったので、
- 主
- 持ち主。
- いかばかり
- どれほど。
- いとほし
- 気の毒だ。
「らん」は、疑問の副詞「いかばかり」を受けて連体形で結んでいる。
夫婦が持ち主を探したのは、自分たちは暮らしに困っておらず、落とした人を気の毒に思ったから。
持ち主の言いがかり
現代語訳(夫は)「もっともだ。」と言って、広く知らせて回ったところ、持ち主という者が現れて、これを受け取ってあまりにうれしくて、
- あまねし
- 広く。
- 触る
- 知らせる。
- まことに
- ほんとうに。もっともだ。
現代語訳「三枚はお礼に差し上げましょう。」と言って、今にも分けようとしたときに、
- すでに
- 今にも。まさに。
持ち主は、初めはうれしさのあまり、半分の三枚をお礼に渡そうとした。
- 思ひ返す
- 考え直す。
- 煩ひ
- 面倒なこと。もめごと。
持ち主が「思ひ返し」たのは、お礼に三枚渡すのが惜しくなったから。
現代語訳「七枚あったのに、六枚しかないのはおかしい。一枚はお隠しになったのではないか。」と言う。
「七つこそありしに」は、「こそ」の結びが已然形「しか」になるはずのところ、接続助詞「に」が続いたため連体形「し」になり、文が終わらずに続いている(結びの流れ)。
「六つあるこそ不思議なれ」は、「こそ」の結びが形容動詞「不思議なり」の已然形「不思議なれ」。
「隠されたるにや」は、「や」の下に「あらん」が省略されている(結びの省略)。「一枚はお隠しになったのではないか」と、拾った夫を疑うふりをして、お礼を渡さずにすませようと言いがかりをつけている。
現代語訳(夫が)「そんなことはない。もとから六枚だった。」と言い争ううちに、
- さる
- そのような。
- 論ず
- 言い争う。
「さることなし。もとより六つこそありしか」は夫(拾い主)の言葉。「こそ」の結びは「しか」(過去の助動詞「き」の已然形)。
- 国守
- 国の長官。
- ことわる
- 筋道を明らかにする。裁く。
「ことわらしむ」は、(国守に)裁定させる。「しむ」は使役。
裁判になったのは、持ち主は七枚あったと言い、夫はもとから六枚だったと言って、決着がつかなかったから。
国守の裁き
現代語訳国守は人を見る目が確かで、この持ち主は不誠実な者だ、この男は正直者だと見てとったものの、
- 眼
- ものを見抜く力。
- さかし
- 賢い。しっかりしている。
- 不実なり
- 誠実でない。うそつき。
現代語訳(それでも)はっきりしなかったので、その妻を呼び出して、(夫とは)別の所で、事件の詳しいいきさつを尋ねたところ、
- 不審なり
- 疑わしい。はっきりしない。
- 召す
- お呼びになる。
- 子細
- 詳しい事情。
妻を夫とは別の所で問いただしたのは、夫婦が口裏を合わせられないようにして、夫の言い分が本当かどうかを確かめるため。
現代語訳夫の申し立てと少しも違わない。この妻はこのうえない正直者だと見て取って、
- 状
- 申し立て。言い分。
- たがふ
- 違う。
- きはめたる
- この上ない。
妻の話が夫の言い分と少しも違わなかったので、国守は夫婦が正直であることを確かめた。
現代語訳あの持ち主がうそをついていることは確かだったので、国守が判決で言うことには、
- 判
- 判決。
- いはく
- 「言ふ」のク語法。言うことには。
「かの主不実のこと確かなりければ」は、「主」の下に「が」、「こと」の下に「は」を補って読む。
現代語訳「この件は確かな証拠がないので、判断しにくい。ただし、どちらも正直者と見える。
国守は、持ち主がうそをついていると見抜いていながら、あえて「ともに正直の者」と言っている。持ち主の「七枚あった」という言葉を正直なものと認めてしまうことで、持ち主が反論したり、言ったことを取り消したりできないようにしている。
「主の言葉も正直に聞こゆれば」と、ここでも持ち主の言葉を「正直」と言って、反論を封じている。
現代語訳(持ち主は)七枚入っているという銀貨を探し出して受け取るがよい。こちらは六枚なのだから、ほかの人のものであろう。」と
- の
- 人のもの。
「人の」の「の」は、「人のもの」という意味を表す(体言の代わり)。
「にこそ」の下に「あらめ」が省略されている(結びの省略)。「別の人のものであろう」。
持ち主の言葉どおりなら袋には七枚入っているはずなので、六枚入りのこの袋は別の人が落としたもの、という理屈になる。
- 六つながら
- 六つ全部。
- 給はる
- お与えになる。
- 宋朝
- 宋の国。ここは中国のこと。
- いみじ
- すばらしい。見事だ。
- 成敗
- 裁き。裁定。
- ほめののしる
- 盛んにほめる。
- ののしる
- 大声を出して騒ぐ。「ほめののしる」で、盛んにほめる。
「ぞ」の結びは「ける」(過去の助動詞「けり」の連体形)。
人々が「いみじき成敗」とほめたのは、欲を出してうそをついた持ち主は何も得られず、正直な夫婦が銀貨を手に入れるという結末になる裁きだったから。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①唐土
②銀
③軟挺
④国守
⑤眼
⑥宋朝解答を見る
①もろこし
②しろかね
③なんてい
④くにのかみ
⑤まなこ
⑥そうちょう次の語の意味を答えよ。
①いやし
②いとほし
③あまねし
④ことわる
⑤さかし
⑥給はる(給はりけり)解答を見る
①貧しい・身分が低い
②気の毒だ
③広く行き渡っている(あまねく=広く)
④筋道を明らかにする・裁く
⑤賢い・しっかりしている
⑥お与えになる
B 文法
次の各文の係助詞と、その結びの語を抜き出し、結びの活用形を答えよ。
①「六つあるこそ不思議なれ。」
②「もとより六つこそありしか。」
③「いみじき成敗とぞ、あまねくほめののしりける。」解答を見る
①こそ・不思議なれ(已然形)
②こそ・しか(已然形)
③ぞ・ける(連体形)「一つは隠されたるにや」「別の人のにこそ」の下に省略されている語をそれぞれ答え、「一つは隠されたるにや」を現代語訳せよ。
解答を見る
省略=あらん(あらむ)/あらめ。 訳=一枚はお隠しになったのではないか。
「七つこそありしに」で、「こそ」の結びはどのようになっているか。説明せよ。
解答を見る
「こそ」の結びは已然形「しか」になるはずだが、接続助詞「に」が続いたため、連体形「し」となり、結びが成立していない(結びの流れ)。
次の傍線部の品詞名を答えよ。
①欲【なき】者にて
②三つをば【奉ら】ん
③不実のこと【確かなり】ければ
④【ただし】、ともに正直の者と見えたり
⑤軟挺を尋ねて取る【べし】解答を見る
①形容詞
②動詞
③形容動詞
④接続詞
⑤助動詞
C 内容
次の会話はそれぞれだれの言葉か。
①「我らは……返したまへ。」
②「三つをば奉らん。」
③「さることなし。もとより六つこそありしか。」解答を見る
①妻
②持ち主(落とし主)
③夫(拾い主)持ち主が「思ひ返して」、「七つこそありしに、六つあるこそ不思議なれ」と言ったのはなぜか。
解答を見る
お礼に三枚を渡すのが惜しくなり、言いがかりをつけて渡さずにすませようとしたから。
国守は、夫が正直であることをどのようにして確かめたか。
解答を見る
夫の妻を呼んで、夫とは別の所で詳しい事情を尋ね、その話が夫の言い分と少しも違わないことを確かめた。
国守がうそつきだと見抜いている持ち主のことを、判決の中で「正直の者」と言ったのはなぜか。
解答を見る
持ち主の「七枚あった」という言葉をうそと決めつけず、正直なものとして認めてしまえば、六枚入りのこの袋は持ち主のものではないことになり、持ち主は言い返すことも、言ったことを撤回することもできなくなるから。
宋朝の人が国守の裁きを「いみじき成敗」とほめたのはなぜか。
解答を見る
欲を出してうそをついた持ち主は何も得られず、正直な夫婦が銀貨を手に入れるという、正直者が報われる裁きだったから。