『玉勝間(たまかつま)』「師の説になづまざること」の現代語訳・品詞分解・解説です。教科書によっては「師の説と違へること多く」という題で載っています。
国学者の本居宣長が、自分は師の説と違うことを言い、師の説の誤りを指摘することも多いが、それこそが師の教えなのだ、と述べる文章です。学問は多くの人の手を経て詳しくなっていくものだという考えと、「これ」「こ」「そ」などの指示語が何を指すかに注意して読みましょう。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞・敬語の種類と向きを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
師の教え
- おのれ
- 私。自分。
- 古典
- 古い書物。ここでは日本の古典。
- 違ふ(たがふ)
- 食い違う。
現代語訳師の説によくない点があるのを、見分けて指摘することも多いのを、
- わろし
- よくない。
- わきまふ
- 見分ける。是非をはっきりさせる。
- あるまじきこと
- あってはならないこと。
世間の人が「あってはならない」と思っているのは、宣長が師の説と違う説を立て、師の説の誤りを指摘すること。弟子が師の説を批判するのは失礼だ、と考えるから。
「多かめれ」は「多かるめれ」→「多かんめれ」の「ん」を書かない形。
現代語訳これはつまり、わが師の考え方そのものであって、師が常々おっしゃって教えてくださったのは、
- すなはち
- つまり。とりもなおさず。
「これ」は、前の「師の説のわろきことあるをば、わきまへ言ふこと」。
「わが師」は賀茂真淵。「られ」は尊敬で、作者(宣長)から師への敬意。
現代語訳「後になって、よい考えが出てきたとしたら、そのときは師の説と違うからといって、決して遠慮してはならない」とお教えになった。
- はばかる
- 遠慮する。
「な〜そ」は「〜してはいけない」という禁止。
遠慮するなと言っているのは、よい考えが出てきたときに、師の説と違う自分の説を述べること(師の説の誤りを指摘すること)。
「なん」の結びは「し」(連体形)。
現代語訳これはまことに尊い教えで、私の師が、たいそうすぐれていらっしゃる点の一つである。
- よに
- たいそう。非常に。
「こ」は、師の教えの言葉「後によき考への…なはばかりそ」。
「師の」の「の」は主格(「師が」)。師に対する宣長の尊敬の気持ちが表れている。
学問は詳しくなっていくもの
現代語訳だいたい昔のことを研究するのは、とても一人や二人の力で、すっかり明らかにしきれるものではない。
- おほかた
- だいたい。総じて。
- 明らめ尽くす
- すっかり明らかにする。
「さらに〜ず」で「決して〜ない」。
現代語訳また、すぐれた学者の説であっても、数多い説のうちには、誤りがないなどということがどうしてあろうか、いや、きっとある。
- よき人
- すぐれた学者。
「ならんからに」は「〜であるとしても」(逆接の仮定)。
「などか〜ん」は反語。「どうして誤りがないことがあろうか、いや、ある」。
「混じらで」(混じらないで)+「えあらず」(いられない)で、二重否定。「必ずまじる」ということ。
- 意(こころ)
- 精神。考え方。
「おの」は、自分の説を立てた学者本人(前の「よき人」)。
学者が心の中で思っている内容は「今はいにしへの意…あるべくもあらず」。
現代語訳これをさしおいて(ほかに正しい説が)あるはずがない」と思い込んでいることでも、
- おく
- さしおく。除く。
- 思ひ定む
- 確信する。
「これ」は、その学者自身の説。
- 思ひのほかなり
- 意外だ。
- また人
- ほかの人。別の人。
- わざ
- こと。もの。
現代語訳多くの人の研究を経るにつれて、以前の考えのうえに、さらによく考えを深めていくので、
- まにまに
- 〜につれて。
- さきざき
- 以前。
「あまたの手を経る」は、多くの学者が研究を重ねること。
現代語訳順を追ってより詳しくなっていくものだから、師の説だからといって、必ずしもこだわって守るべきものというわけでもない。
- なりもてゆく
- だんだん〜になっていく。
- なづむ
- こだわる。
師の説にこだわらなくてよい理由:古い時代の研究は一人二人で明らかにしきれず、すぐれた学者の説にも誤りがあり、多くの人の研究を経て次第に詳しくなっていくものだから。
現代語訳その説がよいか悪いかを考えもせず、ただひたすら古い説を守り続けるのは、学問の道ではつまらないやり方である。
- ひたぶるなり
- ひたすらだ。
- 言ふかひなし
- つまらない。取るに足りない。
「言ふかひなきわざ」と言っているのは、よいか悪いかを問わず、ひたすら古い説を守ること。
師の説の誤りを言うこと
現代語訳また、自分の師などのよくないところをはっきり指摘するのは、まことに恐れ多いことではあるけれども、
- 言ひ表す
- はっきりと言う。公にする。
- 畏し(かしこし)
- おそれ多い。
現代語訳しかしそれを言わずにおけば、世間の学者はその説に惑わされて、いつまでたっても正しい説を知る機会がない。
- 期(ご)
- 時。機会。
おそれ多くても師の説の誤りを言うべき理由:言わないと、世の学者がその誤った説に迷わされ、いつまでも正しい説を知ることができないから。
現代語訳師の説だからといって、よくないと知りながら、言わずに包み隠して、うわべをよいように取りつくろっているようなのは、
- よさまなり
- よいようだ。体裁がよい。
- 繕ひをり
- 取りつくろっている。
師の説の誤りを知っていながら、言わずに隠し、うわべをよく見せようとすること。
「道」は学問の道。誤りを隠すのは、師という人だけを大事にして、学問の進歩を考えない態度だということ。
宣長の決意
現代語訳私宣長は、学問の道を尊び、昔のことを大切に思って、ひたすら道が明らかになることを願い、
作者が自分の名を出して「宣長は」と言い、自分の考えをはっきり示している。
- 旨(むね)
- いちばん大切なこと。
宣長がいちばん大切にしているのは、昔の精神(いにしへの意)が明らかになること。
現代語訳個人として師を敬うべき道理に欠けるようなことになっても、それをどうしても気にかけてはいられない場合があるのを、
- わたくし
- 個人的なこと。
- 理(ことわり)
- 道理。
- 顧みる
- 気にかける。
「え〜ず」で不可能。「しも」は強意。「どうしても気にかけていられない」。
現代語訳それでもやはりよくないと言って非難したい人は、非難するがよい。それはしかたのないことだ。
- そしる
- 非難する。
- せんかたなし
- どうしようもない。しかたがない。
「そしりてよ」の「てよ」は「つ」の命令形。非難したい人は非難すればよい、という学問の道を貫こうとする強い決意が表れている。
「そ」は、師を尊ぶ道理に欠けるとして、宣長が人から非難されること。
現代語訳私は、人に非難されないように、よい人になろうとして、学問の道を曲げ、昔の精神をゆがめて、
ここの「よき人」は、人から非難されないようにふるまう好人物のこと(前の「よき人」=すぐれた学者とは違う)。
- さてあり
- そのままでいる。
「さてあるわざ」は、学問の道や昔の精神を曲げたまま、そのままでいること。
「なん」のあとには「ある」などの結びが省略されている。
現代語訳これこそが私の師の考えであるから、かえって師を尊ぶことにもなるのではないか。それはどちらでもかまわない。
- かへりて
- かえって。逆に。
- いかにもあれ
- どうであってもよい。
「これ」は、師の説の誤りであっても正し、学問の道や昔の精神を曲げないこと。
師の説の誤りを正すことがかえって師を尊ぶことになるのは、「よい考えが出たら師の説と違っても遠慮するな」という師の教えに従うことになるから。
「や」のあとには「あらん」などの結びが省略されている。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①古典(おのれ古典を説くに)
②意(いにしへの意)
③畏く
④期
⑤旨
⑥理解答を見る
①いにしえぶみ
②こころ
③かしこく
④ご
⑤むね
⑥ことわり次の語の本文中での意味を答えよ。
①わきまへ
②おほかた
③なづみ
④ひたぶるに
⑤言ふかひなき
⑥よさまに
⑦えしも顧みざる
⑧せんかたなし解答を見る
①見分けて(是非をはっきりさせて)
②だいたい・総じて
③こだわって
④ひたすらに
⑤つまらない・取るに足りない
⑥体裁よく・よいように
⑦どうしても気にかけていられない
⑧どうしようもない・しかたがない
B 文法
「思ふ人多かめれど」の「多かめれ」を、単語に分けて文法的に説明せよ。
解答を見る
多か=ク活用の形容詞「多し」の連体形「多かる」が撥音便「多かん」になり、「ん」が書かれていない形。めれ=婉曲の助動詞「めり」の已然形。
次の助動詞の意味と活用形を答えよ。
①「後によき考への出で来たらんには」の「ん」
②「我は人にそしられじ」の「れ」と「じ」
③「そしらん人はそしりてよ」の「てよ」
④「よき人にならんとて」の「ん」解答を見る
①仮定・連体形
②れ=受身・未然形、じ=打消意志・終止形
③強意(完了の「つ」)・命令形
④意志・終止形次の文の末尾には結びの語が省略されている。省略されている語を補い、全体を現代語訳せよ。
①さてあるわざはえせずなん。
②かへりては師を尊むにもあるべくや。解答を見る
①補う語=ある。訳=そのままでいるなどということは、とてもできないのだ。
②補う語=あらん。訳=かえって師を尊ぶことにもなるのではないだろうか。
C 現代語訳・内容
「いとあるまじきことと思ふ人多かめれど、これすなはちわが師の心にて」について、①世間の人は何を「あるまじきこと」と思っているのか。②「これ」の指す内容を本文中から抜き出せ。
解答を見る
①弟子である宣長が、師の説と違う説を述べ、師の説の誤りを指摘すること。
②「師の説のわろきことあるをば、わきまへ言ふこと」「必ずしも師の説に違ふとて、なはばかりそ」を、何を遠慮するなというのかを補って現代語訳せよ。
解答を見る
必ずしも師の説と違うからといって、(よい考えが出てきたときに、自分の説を述べて師の説の誤りを指摘することを)遠慮してはならない。
「よき人の説ならんからに、多くの中には、誤りもなどかなからん」を現代語訳せよ。
解答を見る
たとえすぐれた学者の説だとしても、多くある説のうちには、誤りがないなどということがどうしてあろうか、いや、必ずある。
「師の説なりとて、必ずなづみ守るべきにもあらず」と筆者が言うのはなぜか。筆者が学問をどのようなものと考えているかにふれて説明せよ。
解答を見る
昔のことの研究は一人二人の力では明らかにしきれず、すぐれた学者の説にも誤りがある。学問は多くの人が研究を重ね、前の考えをさらに考え深めることで、次第に詳しくなっていくものだと考えているから。
「ただ師をのみ尊みて、道をば思はざるなり」とあるが、①どのような行為についてこう言っているのか。②その行為をすると、どのようなことになると筆者は考えているか。
解答を見る
①師の説の誤りを知りながら、言わずに隠して、体裁よく取りつくろっていること。
②世の学者がその誤った説に迷わされ、いつまでも正しい説を知ることができなくなる。「そしらん人はそしりてよ。そはせんかたなし」について、①「そ」の指す内容を説明せよ。②ここには筆者のどんな思いが込められているか。
解答を見る
①学問の道を優先するあまり、宣長には個人として師を尊ぶ道理が欠けていると、人から非難されること。
②人に非難されてもかまわない、学問の道を曲げずに貫こうという強い決意。「これすなはちわが師の心なれば、かへりては師を尊むにもあるべくや」とあるが、師の説の誤りを正すことが、なぜ「師を尊む」ことになるのか。説明せよ。
解答を見る
師自身が「よい考えが出てきたら、師の説と違っても遠慮するな」と教えていたので、師の説の誤りを正すことは、その師の教えに従うことになるから。