『沙石集(しゃせきしゅう)』「兼盛と忠見(歌ゆゑに命を失ふこと)」の現代語訳・品詞分解・解説です。
天徳の歌合で、同じ「初恋」の題で歌を詠んだ平兼盛(たいらのかねもり)と壬生忠見(みぶのただみ)。勝負の行方と、敗れた忠見のその後を語る説話です。「いかで〜べき」の訳、帝の様子から勝敗が決まったこと、忠見が病に倒れた理由が問われます。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
歌合の題
現代語訳天徳の歌合の時に、平兼盛と壬生忠見が、ともに随身として左方・右方に加わった。
- 天徳の御歌合
- 天徳四年(960年)に行われた内裏歌合。
- 歌合
- 歌人が右と左の組に分かれて、歌の優劣を競う催し。
- 随身
- 貴人に付き従って警護する官人。
- ついてけり
- 「ついて」は「つきて」のイ音便。「て」は完了の助動詞「つ」の連用形、「けり」は過去の助動詞。
現代語訳「初恋」という題をいただいて、忠見は、名歌を詠み出したと思って、(忠見は)兼盛もどうしてこれほどの歌を詠めようか、いや詠めまいと思ったのだった。
- 給はる
- 「受く」の謙譲語。「いただく」。作者から帝への敬意。(「給はす」は「お与えになる」の意の尊敬語)
- 初恋
- 恋のはじめ。
- 名歌
- すぐれた歌。
- いかで
- ここは反語の副詞。「どうして〜か、いや〜ない」。
- べき
- 可能の助動詞「べし」の連体形。「ぞ」の結びは「思ひける」。
「いかで〜べき」は反語。「べき」は可能で、「どうしてこれほどの歌を詠むことができようか、いや、できないだろう」の意。
二首の歌
現代語訳恋をしているという私の評判は、早くも立ってしまったことだ。人知れず思い始めたのに。
- てふ
- 「といふ」が変化した語。「恋をしているという」。
- 名
- 評判、うわさ。
- まだき
- 早くも。
- 思ひそむ
- 恋し始める。
- こそ
- しか…「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、係助詞「こそ」の結び。已然形で言い切る形で、「〜のに」という逆接の気持ちを含む。
三句切れ。「人知れずこそ思ひそめしか」は倒置で、「こそ〜しか」が上の句へ続くので逆接(思い始めたのに)になる。
※忠見の歌。『百人一首』にも収められている。
現代語訳さて、(歌が)すでに帝の御前で読み上げられて、判者が判定なさったところ、
- 御前
- 帝の前。
- 講ず
- 歌を読み上げる。
- 判ず
- 勝ち負けを判定する。
- 判ぜられける
- 「られ」は尊敬の助動詞「らる」の連用形。判者に対する敬意。
現代語訳兼盛の歌について、隠していたけれど、顔色に出てしまったことだ。私の恋は。物思いをしているのかと人が尋ねるほどに。
- つつむ
- 隠す。
- 色
- 顔色、表情。
- 出でにけり
- 「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」は詠嘆。
- や
- 疑問の係助詞。結びは連体形の「思ふ」。
- まで
- 程度を表す副助詞。「〜ほどに」。
※兼盛の歌。『百人一首』では、初句が「忍ぶれど」となっている。
帝の判定
現代語訳判者たちは、(両方の歌が)名歌であったので判定に困って、帝のお考えをうかがったところ、
- 判者
- 歌合で優劣を判定する人。
- 判じ煩ふ
- 判定に困る。
- 天気
- 天皇のご意向。ここは帝のお考え。
- 伺ふ
- 「問ふ」の謙譲語。「おうかがいする」。作者から帝への敬意。
判者が帝のお考えをうかがったのは、両方とも名歌で、勝敗をつけることができなかったから。
現代語訳帝は、忠見の歌を二、三度お詠みになった。兼盛の歌は何度もお詠みになったとき、帝のお気持ちは左にあるとして、兼盛が勝った。
- 両三度
- 二、三度。
- 多反
- 何度も。
- 御詠あり
- お詠みになる。「御」は帝への敬意を表す。
- をば
- 格助詞「を」+係助詞「は」。
帝が忠見の歌は二、三度、兼盛の歌は何度もお詠みになったので、帝のお気持ちは兼盛の側(左方)にあると判断された。
※実際の天徳四年内裏歌合の記録では、二十番「恋」の勝負は左が忠見、右が兼盛で、本文とは左右が逆になっている。
忠見の最期
現代語訳忠見は、つらく思われて心がふさがって、食事をとれない病気になってしまった。
- 心憂し
- つらい、情けない。
- おぼゆ
- ここは「思われる」。
- ふさがる
- ここは気持ちが晴れず、ふさぎこむ。
- 不食の病
- 食事がとれなくなる病気。
- つきてけり
- 「て」は完了の助動詞「つ」の連用形。
忠見が病気になったのは、自信のあった自分の歌が負けたことに、ひどく落胆したから。
- 頼みなし
- 頼りにできない。ここは回復の見込みがない。
- 由
- ここは話、様子。
- とぶらふ
- 訪れる、見舞う。
現代語訳「特別な病気ではありません。歌合のとき、名歌を詠み出したと思っておりましたのに、あなたの『ものや思ふと人の問ふまで』(の歌)に、「あっ」と思って、
- 侍り
- ここは補助動詞(丁寧)で、「〜ございます」。忠見から兼盛への敬意。
- 殿
- あなた様。ここは兼盛をさす。
- あは
- 感動詞。「あっ」。
「殿」は兼盛。忠見は、兼盛の歌「ものや思ふと人の問ふまで」を聞いて「あっ」と思った。
現代語訳情けなく思われてから、胸がふさがって、このように思い悩んでしまいました。」と言って、ついに亡くなってしまった。
- あさまし
- 驚きあきれる。情けない。ここは、情けない(あきれるほどだ)の意。
- しより
- 「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「より」は起点を表す格助詞。「〜てから」。
- みまかる
- 亡くなる。
- 思ひ侍りぬ
- 「侍り」は丁寧の補助動詞で、忠見から兼盛への敬意。
編者の評
現代語訳執心は無益なことだけれども、(歌の)道に執着する習いは、しみじみと心を打たれることだ。二首とも名歌として『拾遺集』に入っているのではないか。
- 執心
- ある物事に執着する心。
- 由なし
- 無益だ、つまらない。(ほかに「理由がない」「方法がない」の意味もある)
- 執す
- 執着する。
- 習ひ
- 習慣、ならわし。
- あはれなり
- しみじみと心を動かされる。
- こそ
- あはれにこそ…「あれ」などが省略されている。
- 侍る
- 補助動詞(丁寧)。編者から読み手への敬意。
- にや
- 断定の「なり」の連用形+疑問の係助詞「や」。下に「あらむ」などが省略されている。
編者は、執着心を持つことは無益だが、忠見が歌の道に執着する習慣を持っていたことは、しみじみと心を打たれることだと評価している。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①歌合
②随身
③両三度
④執心解答を見る
①うたあわせ
②ずいじん
③りょうさんど
④しゅうしん次の語句の意味を答えよ。
①給はる
②名(「わが名」)
③まだき
④天気
⑤つつむ
⑥心憂し
⑦みまかる
⑧由なし解答を見る
①いただく
②評判・うわさ
③早くも
④帝(天皇)のご意向
⑤隠す
⑥つらい・情けない
⑦亡くなる
⑧無益だ・つまらない
B 文法・敬語
「いかでこれほどの歌詠むべき」を現代語訳し、「べき」の意味を答えよ。
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訳=どうしてこれほどの歌を詠むことができようか、いや、できないだろう。べき=可能の助動詞「べし」の連体形。
「判ぜられけるに」の「られ」を文法的に説明せよ。
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尊敬の助動詞「らる」の連用形。
「人知れずこそ思ひそめしか」の「しか」を文法的に説明せよ。また、この句の表現上の特徴を答えよ。
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しか=過去の助動詞「き」の已然形(係助詞「こそ」の結び)。表現上の特徴=倒置。
次の傍線部の敬語の種類と、敬意の方向を答えよ。
①天気を【伺ひ】ける
②かく思ひ【侍り】ぬ解答を見る
①謙譲語。作者から帝へ
②丁寧の補助動詞。忠見から兼盛へ
C 内容
「つつめども色に出でにけり」を現代語訳せよ。
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隠していたけれども、顔色に出てしまったことだ。
判者たちが「天気を伺ひける」のはなぜか。また、その結果、兼盛の勝ちとされたのはなぜか。
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前者=二首ともすぐれた歌で、判者には勝ち負けを決められなかったから。後者=帝が兼盛の歌を、忠見の歌(二、三度)よりもずっと多く口ずさまれたので、帝のお心は兼盛の歌にあると判者が受け取ったから。
「不食の病つきてけり」とあるが、そうなったのはなぜか。
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自信のあった自分の歌が負けたことに、ひどく落胆したから。(さらに兼盛の歌のすばらしさに驚きあきれ、胸がふさがったことも理由となる。)
「あはと思ひて」とあるが、忠見は何を聞いて「あっ」と思ったのか。
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兼盛の歌(「ものや思ふと人の問ふまで」の歌)。
編者は忠見をどう評価しているか。「執心」「道」の語を使って説明せよ。
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何かに執心するのは無益でよくないことだが、命を落とすほど歌の道に打ち込んだ忠見のありかたには、しみじみと心を動かされると評価している。