『大鏡(おおかがみ)』「貫之と躬恒(つらゆきとみつね)」の現代語訳・品詞分解・敬語・解説です。
『古今和歌集』が選ばれていたころ、醍醐天皇に召された紀貫之と凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)が、その場で見事な歌を詠んだという話です。身分の低い躬恒を近くに召して褒美を与えた帝と、それに歌で応えた躬恒のやりとりが語られます。主語と敬語の向き、二首の歌の掛詞、「さばかりの者」がだれのことかがよく問われます。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
貫之の歌
現代語訳(醍醐天皇の)延喜の御代に『古今和歌集』をお選びになったころ、貫之は言うまでもなく、忠岑や躬恒なども、御書所に呼び出されてお仕えしていたときに、
- 延喜の御時
- 醍醐天皇の御代。
- 『古今』
- 『古今和歌集』。
- 抄す
- (多くの歌から)選び出す。
- さらなり
- 言うまでもない。もちろんだ。
- 御書所
- 宮中の書物を管理する所。
ここから最後の「思ひ給へしか」までが夏山繁樹の語り。地の文の敬語は繁樹からの敬意になる。
「召されて」は、尊敬語「召す」に受身の「る」が付いた形。貫之たちが(帝に)呼び出されて、ということ。
現代語訳(その日は)四月二日だったので、(ほととぎすは)まだ声をひそめて鳴く時期で、(帝は)たいそうおもしろがっていらっしゃいます。
- 忍び音
- ほととぎすが声をひそめて鳴く、その年のはじめの鳴き声。
- 興ず
- おもしろがる。
「いみじく興じおはします」の主語は帝。ほととぎすが盛んに鳴くのはふつう五月なので、四月二日の忍び音はめずらしく、趣深いものとされていた。
- 召し出づ
- お呼び出しになる。
- 仕うまつる
- ここでは「詠む」の謙譲語。お詠み申し上げる。
主語は帝。「しめ」は使役で、帝が貫之に歌を詠ませた。「給へ」は四段活用の尊敬の補助動詞。
現代語訳ほかの年の夏は、どんなふうに鳴いていたのだろうか、ほととぎすは。今夜ほど、不思議なほど心ひかれる(鳴き声の)ことはない。
- こと夏
- ほかの年の夏。
- あやし
- 不思議だ。ここでは、不思議なほど心ひかれる。
三句切れで、「ほととぎす」は倒置になっている。帝が興じている今夜のほととぎすの声を、これまでにないすばらしさだとほめた歌。
躬恒の歌
現代語訳そのこと(貫之の歌)でさえ、見事なことだと存じておりましたのに、
- けやけし
- 際立っている。すばらしい。
「それ」は、貫之が詠んだ「こと夏は」の歌のこと。「だに」は類推で、それでさえすばらしいと思ったのに(次の躬恒の話はなおさらだ)と続く。
「思ひ給へ」の主語は繁樹。「給へ」は下二段活用の謙譲の補助動詞で、繁樹から聞き手への敬意を表す。
現代語訳同じ(帝の)御代に、管弦のお遊びがあった夜、(帝が)御前の階段の下に躬恒をお呼びになって、
- 御遊び
- 管弦の遊び。
- 御階
- 御殿に上る階段。
躬恒が階段の下に召されたのは、身分が低く、殿上に上がることを許されていなかったから。
現代語訳「月を弓張というのは、どういう意味か。そのわけを歌に詠め。」とご命令があったので、
- 弓張
- 弓張月。弓を張ったような形の半月。
- 心
- 意味。わけ。
- 由
- 理由。わけ。
- 仰せ言
- 天皇のご命令。
帝の言葉。「これが由」の「これ」は、月を弓張ということ。「仕うまつれ」は「(そのわけを)歌に詠め」という命令。
「仕うまつれ」は謙譲語だが、帝が自分への敬意を表すために使っている(自敬表現)。
現代語訳照る月を弓張と言うのは、山のあたりをめがけて、(弓で矢を)射るように(月が)入っていくからなのだなあ。
- 山辺
- 山のあたり。
「いれ」は「入れ(月が山に入る)」と「射れ(矢を射る)」の掛詞。月が山のあたりをめがけて沈んでいくのを、弓で矢を射るようすに見立て、弓張と呼ぶわけを答えている。
現代語訳と申し上げたところ、(帝は)たいそう感心なさって、大袿をお与えになり、(躬恒は)それを肩に掛けるとすぐに、
- 大袿
- 褒美として与えるため、大きめに仕立てた袿。
- 賜ふ
- 「与ふ」の尊敬語。お与えになる。
- ままに
- 〜するとすぐに。
「申し」「うち掛くる」の主語は躬恒、「感ぜさせ給ひ」「賜ひ」の主語は帝。「させ」は尊敬で、「させ給ひ」は最高敬語。
現代語訳白雲がこちらのほうに下りてとどまっているのは、空を吹く風が吹いてきたからに違いない。(白い大袿がこの私の肩にかかっているのは、帝のお恵みによるものなのでしょう。)
- 天つ風
- 空を吹く風。
「白雲」は白い大袿、「天つ風」は帝のお恵みをたとえている。肩に掛けた大袿を、帝のもとから下りてきた白雲に見立てて、お礼の気持ちを詠んだ歌。
掛詞は、「かた」=方・肩、「おり」=下り・織り、「きぬ」=来ぬ・着ぬ。「白雲」と「天つ風」は空に関わる縁語、「織り」と「着」は衣に関わる縁語。
繁樹の感想
「いみじかりしものかな」は、帝の躬恒への扱いと、それに即座に歌で応えた躬恒の歌のうまさを、繁樹がほめている言葉。
現代語訳(帝が)あれほどの(低い身分の)者を、近くにお呼び寄せになって、ご褒美をお与えになるはずのことではないけれども、
- さばかり
- それほど。その程度。
- 勅禄
- 天皇からの褒美。
- 賜はす
- お与えになる。
「さばかりの者」は躬恒のこと。帝が近くに呼び寄せて、じきじきに褒美を与えるような身分ではない、身分の低い者ということ。
現代語訳(それを)非難申し上げる人がいないのも、帝が重々しくていらっしゃり、また躬恒が和歌の道で(大家と)認められていたからだと存じました。
- そしる
- 非難する。
- 重し
- 重々しい。威厳がある。
- 許す
- (世間が)認める。
非難する人がいなかった理由は、帝が重々しい方であったことと、躬恒が和歌の道で(大家として)認められていたことの二つ。
『大鏡』のほかの話:鶯宿梅 / 雲林院の菩提講① / 三舟の才 / 弓争ひ / 花山天皇の出家① / 道真左遷① / 道真左遷② / 道長の豪胆(肝試し) / 時平の大臣 / 最後の除目 / 宣耀殿の女御
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①忍び音
②弓張
③大袿
④御階
⑤勅禄
⑥天つ風
⑦山辺解答を見る
①しのびね
②ゆみはり
③おおうちき
④みはし
⑤ちょくろく
⑥あまつかぜ
⑦やまべ次の語の本文中での意味を答えよ。
①さらなり
②興ず
③けやけし
④(御)遊び
⑤由
⑥ままに
⑦そしる解答を見る
①言うまでもない・もちろんだ
②おもしろがる
③際立っている・すばらしい
④管弦の遊び
⑤理由・わけ
⑥〜するとすぐに
⑦非難する
B 文法・敬語
次の助動詞の意味と活用形を答えよ。
①『古今』抄せ「られ」し折
②歌仕うまつら「しめ」給へ「り」
③いかが鳴き「けむ」
④いればなり「けり」
⑤吹きてき「ぬ」「らし」解答を見る
①尊敬・連用形
②しめ=使役・連用形 り=完了・終止形
③過去推量・連体形
④詠嘆・終止形
⑤ぬ=完了・終止形 らし=推定・已然形①次の助詞の用法を答えよ。
「この宵ばかり」の「ばかり」 「それをだに」の「だに」 「このかたにしも」の「し」
②「あやしきぞなき」「天つ風こそ吹きてきぬらし」「許されたるとこそ、思ひ給へしか」の係り結びについて、結びの語とその活用形を答えよ。解答を見る
①ばかり=程度 だに=類推 し=強意
②なき(連体形) らし(已然形) しか(已然形)次の敬語の種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。
①御書所に召されて「候ひ」けるほどに
②これが由「仕うまつれ」
③いみじう感ぜさせ「給ひ」て
④大袿「賜ひ」て
⑤思ひ「給へ」しか解答を見る
①謙譲語。繁樹から帝へ
②謙譲語。帝から帝へ(自敬表現)
③尊敬語。繁樹から帝へ
④尊敬語。繁樹から帝へ
⑤謙譲語。繁樹から聞き手(世継たち)へ「歌仕うまつらしめ給へり」の「給へ」と、「けやけきことに思ひ給へしに」の「給へ」について、それぞれ活用の種類・活用形と敬語の種類を答えよ。
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前者=ハ行四段活用の已然形、尊敬の補助動詞。後者=ハ行下二段活用の連用形、謙譲の補助動詞。
C 現代語訳・内容
「いみじく興じおはします。貫之召し出でて、歌仕うまつらしめ給へり。」を、主語を補って現代語訳せよ。また、何をおもしろがっていたのか、なぜおもしろがったのかを説明せよ。
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訳=(帝は)たいそうおもしろがっていらっしゃる。(帝は)貫之をお呼び出しになって、歌を詠んで差し上げさせなさった。
説明=ほととぎすの忍び音。ほととぎすがふつう鳴くのは五月なので、四月二日に聞く忍び音はめずらしく趣深かったから。「こと夏はいかが鳴きけむほととぎすこの宵ばかりあやしきぞなき」を現代語訳せよ。
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ほかの年の夏はどのように鳴いていたのだろうか、ほととぎすは。今夜ほど不思議なまでに心ひかれる(鳴き声の)ことはない。
「それをだにけやけきことに思ひ給へしに」を現代語訳せよ。また、「それ」が指す内容と、「思ひ」の主語を答えよ。
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訳=そのことでさえ、見事なことだと存じておりましたのに。
「それ」=貫之が帝に召されて詠んだ「こと夏は」の歌。主語=夏山繁樹(語り手)。①「これが由仕うまつれ」を、「これ」の内容を明らかにして現代語訳せよ。②躬恒が「御前の御階のもと」に召されたのはなぜか。
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①月を「弓張」と呼ぶのはなぜか、その理由を歌に詠んでみよ。
②躬恒は身分が低く、殿上に上がることを許されていなかったから。「照る月を弓張としもいふことは山辺をさしていればなりけり」について、①掛詞を抜き出し、何と何が掛けられているかを漢字を用いて答えよ。②躬恒は帝の問いにどのように答えたのか、説明せよ。
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①「いれ」が、月が山に「入れ」と、矢を「射れ」の二つの意味を持つ掛詞。
②月が山のあたりをめがけて入っていくようすが、弓で矢を射るのに似ているから「弓張」というのだ、と答えた。「白雲のこのかたにしもおりゐるは天つ風こそ吹きてきぬらし」について、①「白雲」「天つ風」はそれぞれ何をたとえているか。②この歌の掛詞を三つ挙げ、何と何が掛けられているか答えよ。
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①白雲=(帝からいただいた)白い大袿 天つ風=帝のお恵み
②「かた」=方・肩 「おり」=下り・織り 「きぬ」=来ぬ・着ぬ「さばかりの者に、近う召し寄せて勅禄賜はすべきことならねど、そしり申す人のなきも、…」について、①「さばかりの者」とはだれのことで、どのような者か。②非難する人がいなかったのはなぜか。本文に即して二つ答えよ。
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①躬恒。帝が近くに呼んで褒美を与えるような身分ではない、身分の低い者。
②帝が威厳のある重々しい方だったから。/躬恒が歌人として世間から高く評価されていたから。