花山寺におはしまし着きて、御髪おろさせ 給ひてのちにぞ、
(花山天皇が)花山寺にご到着なさって、御髪をお剃りになった後に
・御髪下ろす…髪を剃って出家なさる。
粟田殿は、「まかり出でて、大臣にも、変はらぬ姿いま一度見え、かくと案内申して、必ず参り 侍ら む。」と申し 給ひければ、
粟田殿は「退出いたしまして、父の大臣(兼家)にも、出家する前の変わらない姿をもう一度見せ、こうこうと事情を申し上げて、必ず(ここに帰って)参りましょう。」と申し上げなさったので、
・大臣…粟田殿(藤原道兼)の父、藤原兼家。
・変わらぬ姿…出家する前の姿。
※粟田殿は本当は自分は出家をするつもりがないので、言い訳をしてこの場から去ろうとしている。
・案内…事情。
「朕をば謀るなり けり 。」とてこそ泣かせ 給ひけれ。
「私をだましたのだなあ。」とおっしゃってお泣きになった。
・粟田殿が自分をだまして退位させようとしていたことに気づいた。
あはれに悲しきことなりな。日ごろ、よく、御弟子にて候は むと契りて、すかし申し 給ひ けむが恐ろしさよ。
気の毒で悲しいことですなあ。日ごろ、(粟田殿が)よく、(花山天皇が出家なさったときには)御弟子としてお仕え申し上げようと約束して、だまし申し上げなさったとかいうことの恐ろしいことですよ。
・契る…約束する。
・すかす…だます。
東三条殿は、もしさることやし給ふと危ふさに、さるべくおとなしき人々、なにがしかがしといふいみじき源氏の武者たちをこそ、御送りに添へられ たりけれ。
東三条殿(父大臣・兼家)は、もしや粟田殿も出家なさるのではないかと危惧して、適当な思慮分別を持った人々や、だれそれという立派な源氏の武者たちを、護衛として添えられていた。
・さること…粟田殿も花山天皇と一緒に出家してしまうこと。
・さるべし…適当だ、ふさわしい。
京のほどは隠れて、堤の辺よりぞうち出で参りける。寺などにては、もし、おして人などやなし奉るとて、一尺ばかりの刀どもを抜きかけてぞまもり申しける。
京の町中の間は隠れ、(賀茂川の)堤の辺りから姿を現してお供いたしたそうです。寺などでは、もしかして無理に誰かが粟田殿を出家させ申し上げはしないかと用心して、一尺ほどの刀を抜きかけてお守り申し上げたということです。
・おして…無理に、しいて。
・人などやなし奉る…誰かが無理に粟田殿を出家させ申し上げる。