『おくのほそ道』「旅立ち(漂泊の思ひ)」の現代語訳・品詞分解・解説です。
「月日は百代の過客にして」で始まる、『おくのほそ道』の冒頭の章段です。旅こそが人生だと考える芭蕉が、旅への思いを抑えきれずに住まいを人に譲り、千住で親しい人々と別れて旅立つまでが描かれます。対句・掛詞・縁語などの表現と、二つの句の季語・切れ字がよく問われます。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
人生は旅である
現代語訳月日は、いつまでも歩みをやめずに旅を続ける旅人であり、去っては来る年もまた旅人である。
- 百代
- 永遠。限りなく長い年月。
- 過客
- 旅人。
- 行きかふ
- 去っては来る。行き来する。
冒頭の三文(「月日は」〜「旅に死せるあり」)は『おくのほそ道』全体の序にあたり、「人生は旅である」という芭蕉の人生観を表している。
「月日は百代の過客にして」と「行きかふ年もまた旅人なり」は対句。李白の文章「春夜宴桃李園序」の「光陰は百代の過客なり」をふまえている。
現代語訳舟の上で一生を送る船頭や、馬の口を引いて年老いていく馬子は、日々が旅であり、旅をわが家としている。
- 生涯を浮かぶ
- (舟の上で)一生を過ごす。
- 馬の口とらふ
- 馬のくつわを取って引く。
- 栖
- 住まい。
「舟の上に生涯を浮かべ」る人は船頭、「馬の口とらへて老いを迎ふる者」は馬子。どちらも毎日が旅である人の例。
「舟の上に生涯を浮かべ」と「馬の口とらへて老いを迎ふる」は対句。「浮かべ」は「舟」の縁語(「過ごし」と言わずに、舟に関係のある「浮かべ」を使っている)。
- 古人
- 昔の人。ここでは、旅に生きた昔の詩人たち(西行・宗祇・李白・杜甫など)。
「死せる」の下に「人」を補って、「旅の途中で死んだ人が多くいる」と訳す。
旅への思いと旅じたく
現代語訳私も、いつの年からだったか、ちぎれ雲が風に誘われて流れていくように、さすらいの旅に出たいという思いがおさまらず、海辺をさまよい歩いて、
- 予
- 私。
- 片雲
- ちぎれ雲。
- 漂泊
- あてもなくさすらうこと。
- さすらふ
- さまよい歩く。
旅人として、月日・年 → 船頭・馬子 → 古人 → 「予(私)」と、話が外側から自分自身へと近づいていく。
「いづれの年よりか」の「か」の結びは省略されている(「ありけむ」などが補える)。
「片雲の風に誘はれて」は、ちぎれ雲が風に吹かれて漂うように、というたとえ。「漂泊の思ひ」は、さすらいの旅に出たいという抑えきれない気持ち。
現代語訳去年の秋、隅田川のそばのあばら家に帰り、蜘蛛の古い巣を払って(暮らすうちに)、しだいに年も暮れ、
- 去年
- 昨年。
- 江上の破屋
- 川(隅田川)のほとりのあばら家。芭蕉の住まい(芭蕉庵)。
- やや
- しだいに。
「海浜にさすらへ」は、前の年の旅(須磨・明石などの海辺)をさす。
「蜘蛛の古巣を払ひて」は、長く留守にしていた家に戻り、また住み始めたことを表す。
現代語訳立春となって霞の立ちこめる空を見るにつけ、白河の関を越えようと、人をそわそわさせるそぞろ神が身に取りついて心をかき乱し、
- そぞろ神
- 人をそわそわと落ち着かない気持ちにさせる神。
- 白河の関
- 奥州(東北地方)の入り口にあった関所。古くから歌に詠まれた名所(歌枕)。
「春立てる」の「立て」は、「(年が明けて)春が立つ」と「霞が立つ」の掛詞。
「霞の空に、」の読点で、意味は下の「そぞろ神の…心を狂はせ」に続く。白河の関を越える時期を言っているのではない。
現代語訳道祖神に招かれているようで何も手につかず、ももひきの破れをつくろい、笠のひもを付けかえて、
- 道祖神
- 旅の安全を守る神。
- 取るもの手につかず
- 何をしても手につかない。
- 緒
- ひも。
「そぞろ神の…心を狂はせ」と「道祖神の…取るもの手につかず」、「ももひきの破れをつづり」と「笠の緒つけかへて」は、それぞれ対句。旅に出たくてたまらない心と、旅じたくの様子を述べている。
現代語訳足の三里に灸をすえるとすぐに、松島の月(はどんなにすばらしいだろうか)がまず気にかかって、
- 三里
- ひざ頭の下の外側のくぼみ。ここに灸をすえると脚が丈夫になるといわれた。
「据うるより」の「より」は即時(〜するとすぐに)。後の「宵より集ひて」の「より」は起点(〜から)。
「かかり」は「月」の縁語(月が空に「かかる」)。
旅で訪ねたい地として、白河の関と松島の二つが挙げられている。どちらも古くからの歌枕。
- 住める方
- 住んでいた家(芭蕉庵)。
- 杉風
- 芭蕉の門人。
- 別墅
- 別荘。別宅。
芭蕉庵から杉風の別宅に移るのは、旅に備えた仮の旅立ち。本当の出発は後半の三月二十七日。
季語は「雛」(春)、切れ字は「ぞ」。
「草の戸」は、芭蕉がひとりで住んでいた粗末な庵。「雛の家」は、新しく住む家族持ちの人が、雛祭りに雛人形を飾って華やぐ家。
「草の戸も」の「も」は、冒頭の「月日は百代の過客にして…」をふまえる。月日が移り変わるように、この庵も住む人が替わる、という感慨を詠んでいる。
- 表八句
- 連句の最初の八句。「草の戸も」の句はその第一句(発句)。
- 庵
- 芭蕉庵。
千住での別れ
現代語訳陰暦三月も終わりに近い二十七日、明け方の空はぼんやりとかすみ、月は有明の月で光が弱まっているので、
- 弥生
- 陰暦の三月。
- 末の七日
- 下旬の七日、つまり二十七日。
- 朧々たり
- おぼろにかすんでいる。
- 有明
- 有明の月。夜が明けても空に残っている月(陰暦十六日以降の月)。
「弥生も末の七日」の「も」には、春も終わろうとしているという、過ぎゆく春を惜しむ気持ちがこもる。
「月は有明にて光をさまれるものから」は、『源氏物語』帚木巻の一節をふまえた表現。
「ものから」は、ここでは「〜ので」と順接で訳す(「〜けれども」と逆接にとる説もある)。
現代語訳富士山の峰がかすかに見えて、上野や谷中の桜の梢を、またいつ見られるだろうかと思うと心細い。
- 花
- 桜の花。
- 梢
- 枝の先。
「またいつかは」の下には「見ん」などが省略されている(係助詞「かは」の結びの省略)。
生きて帰れるかもわからない長い旅への不安が、「心細し」に表れている。
現代語訳親しい人たちはみな前の晩から集まって、舟に乗って(私を)送ってくれる。
- むつまじ
- 親しい。
- 限り
- (〜の人々)すべて。
- 宵
- 日が暮れてまもないころ。ここでは出発の前の晩。
「むつまじき限り」は、後の「人々は途中に立ち並びて」の「人々」と同じ人たち。
現代語訳千住という所で舟から上がると、この先三千里もの長い旅に出るのだと思うと胸がつまり、幻のようにはかないこの世の別れ道に立って、別れの涙を流す。
- 前途三千里
- これから先の、はるかに遠い道のり。
- ちまた
- 分かれ道。
「前途三千里の思ひ胸にふさがりて」は、長い旅に出るという感慨で胸がいっぱいになること。旅立つにあたっての作者の思いを表した言葉。
「幻のちまた」は、幻のようにはかないこの世の分かれ道。この世ははかないものと思いながらも、別れの涙をおさえられないのである。
季語は「行く春」(春)、切れ字は「や」。
「行く春」は、過ぎ去ろうとしている春。陰暦三月の終わりのころ。
鳥や魚までが春の終わりを惜しんで泣いているように詠み(惜春)、それに重ねて、見送りの人々との別れを惜しむ気持ち(惜別)を表している。
現代語訳この句を旅の記録の書き始めとして(歩き出したが)、道はなかなかはかどらない。
- 矢立て
- 携帯用の筆記用具。墨つぼに筆を入れる筒をつけたもの。「矢立ての初め」で、旅の記録の書き始め。
- なほ
- 依然として。やはり。
「草の戸も」の句は旅立ちの前、仮住まいに移るときの句なので、旅の記録の最初の句は「行く春や」となる。
「行く道なほ進まず」なのは、見送りの人々と別れがたく、あいさつなどが続いて足が進まないから。
現代語訳人々は道の途中に立ち並んで、(私の)後ろ姿が見える間は(見送ろう)と思って、見送っているのであろう。
- 後ろ影
- 後ろ姿。
「後ろ影の見ゆるまでは」の下には「見送らん」などが省略されている。
「見送るなるべし」は、人々がまだ見送っているのだろうと、作者が推し量って言ったもの。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①過客
②栖
③去年
④杉風
⑤弥生
⑥有明解答を見る
①かかく
②すみか
③こぞ
④さんぷう
⑤やよい
⑥ありあけ次の語句の意味を答えよ。
①片雲
②やや
③別墅
④朧々たり
⑤むつまじ
⑥ちまた解答を見る
①ちぎれ雲
②しだいに
③別荘・別宅
④おぼろにかすんでいる
⑤親しい
⑥分かれ道
B 文法
次の傍線部「る」を文法的に説明せよ。
①旅に死せ【る】あり
②老いを迎ふ【る】者
③取【る】もの手につかず
④住め【る】方は人に譲り解答を見る
①完了の助動詞「り」の連体形
②ハ行下二段活用動詞「迎ふ」の連体形の活用語尾の一部
③ラ行四段活用動詞「取る」の連体形の活用語尾
④完了の助動詞「り」の連体形次の傍線部「より」の意味を答えよ。
①三里に灸据うる【より】
②宵【より】集ひて解答を見る
①即時(〜するとすぐに)
②起点(〜から)「月は有明にて光をさまれるものから」を単語に分けて文法的に説明し、現代語訳せよ。
解答を見る
月=名詞、は=係助詞、有明=名詞、に=断定「なり」の連用形、て=接続助詞、光=名詞、をさまれ=「をさまる」(ラ行四段)の已然形、る=存続「り」の連体形、ものから=順接の確定条件を表す接続助詞。訳=月は有明の月で、その光が弱まっているので。
C 現代語訳・内容
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」を現代語訳せよ。また、この文から読み取れる芭蕉の人生観を簡潔に答えよ。
解答を見る
訳=月日は、果てしない時を旅していく旅人であり、行っては来る年もまた旅人である。人生観=人生は旅である。
「舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者」とは、どのような人か。また、この部分に用いられている修辞を二つ、どの語句に用いられているかとあわせて説明せよ。
解答を見る
人=船頭と馬子。修辞=①対句(「舟の上に生涯を浮かべ」と「馬の口とらへて老いを迎ふる」)。②縁語(「浮かべ」が「舟」の縁語)。
「春立てる霞の空に」の「立て」に用いられている修辞を、二つの意味を示して説明せよ。また、この「空に、」は、意味の上で下のどこに続くか。
解答を見る
修辞=掛詞。「(年が明けて)春が立つ(立春になる)」と「霞が立つ」の二つの意味を表す。続く所=「(そぞろ神のものにつきて)心を狂はせ」。
「草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」について答えよ。
①季語と季節、切れ字を答えよ。②「草の戸」と「雛の家」は、それぞれどのような家か。③「草の戸も」の「も」は、本文中のどの一文をふまえていると考えられるか。解答を見る
①季語=雛 季節=春 切れ字=ぞ
②草の戸=芭蕉がひとりで住んでいた粗末な庵。雛の家=新しく住む家族持ちの人が雛人形を飾り、華やかになった家。
③月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。「行く春や鳥啼き魚の目は涙」について答えよ。
①季語と切れ字を答えよ。②作者のどんな思いが詠みこまれているか、説明せよ。解答を見る
①季語=行く春 切れ字=や
②過ぎ去っていく春を惜しむ気持ち(惜春)に重ねて、見送りの人々と別れるのを惜しむ気持ち(惜別)がこめられている。「行く道なほ進まず」とあるが、それはなぜか。また、「後ろ影の見ゆるまではと」の下に省略されている言葉を、文語で答えよ。
解答を見る
理由=見送りの人々と別れがたく、あいさつなどが続いてなかなか先へ進めないから。省略=見送らん(見送らむ)