『大和物語(やまとものがたり)』「生田川(いくたがわ)」の現代語訳・品詞分解・敬語・和歌・解説です。
摂津の国の女が、年齢も顔立ちも愛情もまったく同じ二人の男に求婚されます。どちらとも決められず、親の提案で水鳥を射させても決着がつかないため、女は生田川に身を投げ、二人の男もあとを追います。二人の男の「同じ」点、親のことばの敬語(「給ふ」の識別)、「なむ」「らむ」の識別、「生田」の掛詞がよく問われます。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞などのラベルを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
二人の求婚者
- よばふ
- 求婚する
「なむ」の結びは「ける」(連体形)。
現代語訳そして、その男たちは、年齢も、顔立ちも、人柄や身分の程度も、まったく同じくらいであった。
- ほど
- 身分・人柄などの程度
「男ども」の「ども」は複数を表す接尾語。
二人の男は、年齢・顔立ち・人柄が同じくらいで、さらに女への愛情も同じだった。
現代語訳(女は)自分をより深く思ってくれる人の妻になろうと考えるが、二人の思いの深さも、まるで変わらない。
- 心ざし
- 愛情
- あふ
- 結婚する
「まさらむに」の「む」は婉曲(下に「人」を補える)、「あはめ」の「め」は意志の「む」の已然形で、「こそ」の結び。「愛情がまさっているほうの人と結婚しよう」ということ。愛情を重んじる女の考えがわかる。
現代語訳日が暮れるといつも二人そろってやって来て、贈り物をよこすと、まったく同じように贈ってくる。
- おこす
- (向こうからこちらへ)送ってよこす。反対の意味の語は「やる」。
現代語訳どちらが上だとも決めようがない。女はすっかり思い悩んだ。
- 思ひわづらふ
- 思い悩む
「いづれまされりと言ふべくもあらず」の根拠は、前の「その男ども、年齢……ただ同じやうにおこす」の部分に書かれている。
現代語訳この(二人の)人の愛情がいいかげんであるなら、どちらとも結婚しないつもりだが、
- おろかなり
- いいかげんだ。おろそかだ
「この人の心ざしのおろかならば」は、もし二人の思いが浅くいいかげんなものだったら、という仮定。
「まじけれ」は打消意志の助動詞「まじ」の已然形。「どちらとも結婚するつもりはない」。
現代語訳こちらの男もあちらの男も、月日を重ねて(女の)家の門口に立ち、あれこれと思いの深さを示したので、(女は)どうしてよいかわからなくなった。
- 見ゆ
- ここは、見せる
- しわぶ
- どうしてよいか困りはてる
「これ」は津の国の男(うばら)、「かれ」は和泉の国の男(ちぬ)。
「しわびぬ」は、どちらと結婚するか決めかねて困りはてたということ。愛情のまさるほうと結婚しようと思っていたのに、二人がまったく同じように愛情を示してきたから。
親の提案
現代語訳(女の)親がいて、「このように見ていてつらい様子で年月を過ごして、人の嘆きをむだに背負うのも気の毒だ。
- 見苦し
- 見ていてつらい
- いたづらなり
- むだに
「見苦しく」は、相手を非難することばではなく、見ていてつらい、という同情の気持ち。
「人の嘆き」は、二人の男の、恋がかなわない嘆き。
現代語訳どちらか一方と結婚してしまえば、残る一人も(あなたを)思い切るにちがいない。」と言うと、
- 一人一人
- どちらか一人
「一人一人」は「どちらか一人」の意(「それぞれ」ではない)。
「いま一人が」の「が」は連体修飾格(「もう一人の」)。
「絶えなむ」の「な」は強意の助動詞「ぬ」の未然形、「む」は推量で、「きっと絶えるだろう」。
現代語訳女は、「私もそのように思うのですが、お二人のお気持ちがまったく同じなので、迷ってしまったのです。
- ここ
- ここは、私
「ここ」は自分(女)のこと。「さ」は、親の「一人一人にあひなば、いま一人が思ひは絶えなむ」ということばを指す。
現代語訳では、どうしたらよいのでしょう。」と答える。そのころ、女は生田川の川べりに平張(の仮小屋)を張って住んでいた。
- そのかみ
- そのころ。その時
- つら
- ほとり
- 平張
- 幕を張りめぐらし、屋根を平らに張った仮小屋
- 打つ
- (幕などを)張る
現代語訳それで、二人の求婚者を使いをやって呼び寄せ、親が言うには、
- よばひ人ども
- 求婚者たち
現代語訳「どちらさまもお心ざしが同じですから、この至らない娘は迷いに迷っております。
「幼き者」は娘(女)のこと。親がへりくだって言っている。
「侍る」は丁寧語。話し手の親から、聞き手の二人の男への敬意。
- まれ
- 「いかにまれ」で、どうであっても
「このことを定めてむ」は、娘の結婚相手を決めてしまおうということ。「て」は強意の助動詞「つ」の未然形、「む」は意志。
現代語訳ある方は遠い所からいらっしゃる人である。またある方は、ここ(地元)に住んではいるものの、その苦労はこのうえない。
- います
- いらっしゃる
- いたつき
- 苦労
「遠き所よりいまする人」は和泉の国の男(ちぬ)、「ここながら」の人は津の国の男(うばら)。「ここ」は津の国のことで、「遠き所」と対になっている。
「いまする」は「来」の尊敬語(いらっしゃる)。話し手の親から和泉の国の男への敬意。
地元にいる男も、遠くから通う男に劣らず、苦労はこのうえない、ということ。
現代語訳どちらも気の毒なことです。」と言うときに、(男たちは)たいそう喜び合った。
- かしこし
- たいそう。はなはだしく
「喜び合へり」の主語は二人の男。今日、結婚相手が決められると聞いたので喜んだ。
現代語訳「申し上げたいと存じますのは、この川に浮かんでおります水鳥を、射ていただきたいということです。
「申さ」は謙譲語、「給ふる」は下二段の「給ふ」で謙譲の補助動詞(「〜ております・存じます」)、「侍る」は丁寧語、「射給へ」の「給へ」は四段の「給ふ」で尊敬の補助動詞。どれも話し手の親から二人の男への敬意。
現代語訳それを射当てなさった人に、(娘を)さしあげましょう。」と言うときに、
- 奉る
- さしあげる
「給へらむ」の「ら」は完了の助動詞「り」の未然形、「む」は仮定。「奉らむ」の「ら」は四段動詞「奉る」の活用語尾、「む」は意志。
「奉らむ」は、娘をさしあげようということ。
生田川に身を投げる
現代語訳その時、どちら(が勝ち)とも言うことができないので、(女は)思い悩んで、
水鳥を射ることでも、どちらがまさっているとも決められなかったので、女は思い悩んだ。
現代語訳この世に生きているのがつらくなった。いっそ身を投げてしまおう。津の国の生田川は、「生く」という名だけで、(私を生かしてはくれないの)だったなあ。
- 住みわぶ
- 住むのがつらくなる
「住みわびぬ」「わが身投げてむ」と短く言い切る初句切れ・二句切れの歌。生きる気力を失った女の絶望が表れている。
「生田」の「いく」に「生く」が掛けられている(掛詞)。生田川は「生きる」という名がついているのに、自分は生きていられない、名ばかりだったのだ、という嘆き。
現代語訳と詠んで、この平張は川に面して建ててあったので、(女は)ざぶんと(川に)落ちて沈んでしまった。
- 臨く
- (川に)面する
- づぶりと
- ざぶんと
「づぶりと」は水に落ちる音を表す擬声語。
現代語訳親があわて騒いで大声をあげているうちに、この求婚していた男二人が、すぐに同じ所に飛びこんでしまった。
男たちがすぐに同じ所へ飛びこんだのは、どこまでも女について行こうとする、純粋で一途な愛情の表れ。
現代語訳一人は(女の)足をつかまえ、もう一人は手をつかまえて死んでしまった。
「足」「手」は、川に身を投げた女の足と手。
三つの墓
現代語訳その時、(女の)親はひどく騒いで、(娘を川から)引き上げて泣き、大声で嘆いて葬った。男たちの親もやって来た。
- 葬りす
- 葬る
思いもよらない事態に、女の親はひどく取り乱し、ただ泣き悲しんでいる。
現代語訳この女の塚のわきに、(男たちの)塚も築いて葬ろうとすると、津の国の男の親が言うには、
男たちの親が女の墓のそばに墓を作ろうとしたのは、死んだわが子を、恋い慕った女のかたわらに葬ってやりたいという親心からと考えられる。
現代語訳「同じ国の男こそ、同じ場所(に葬るの)がふさわしい。ほかの国の者に、この国の土をけがさせてよいはずがあろうか、いや、ない。」
- をかす
- けがす
「こそ〜せめ」の「め」は適当の助動詞「む」の已然形で、「同じ所に葬るのがよい」。
「異国の人」は和泉の国の男。「いかでか〜べき」は反語。ほかの国の者を葬って、地元の土をけがされたくない、という気持ち。
現代語訳と言って(埋葬を)さまたげる時に、和泉の国のほうの親は、和泉の国の土を舟で運んで、
津の国の男の親が、和泉の国の男をこの地に葬ることをさまたげた。
「ここ」は、津の国の女の墓のかたわら。和泉の国の親は、故郷の土を運んできて、その土にわが子を葬った。
現代語訳そういうわけで、女の墓を中にして、左右に、男たちの墓が今もあるということだ。
- あり
- 「ある」の撥音便「あん」の「ん」を書かない形
「あなる」は、ラ変「あり」の連体形「ある」の撥音便「あん」の「ん」が書かれない形に、伝聞の助動詞「なり」の連体形が付いたもの。「あるということだ」。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①津の国
②和泉
③年齢
④一人一人
⑤平張
⑥幼き
⑦異国解答を見る
①つのくに
②いずみ
③としよわい
④ひとりびとり
⑤ひらばり
⑥おさなき
⑦ことくに本文で使われている意味を答えよ。
①よばふ
②心ざし
③あふ
④おこす
⑤おろかなり
⑥いとほし
⑦いたつき
⑧かしこく(いとかしこく喜び合へり)
⑨やがて解答を見る
①求婚する
②愛情
③結婚する
④(こちらへ)送ってよこす
⑤いいかげんだ・おろそかだ
⑥気の毒だ
⑦苦労
⑧たいそう・はなはだしく
⑨すぐに
B 文法
次の傍線部を文法的に説明せよ。
①それをよばふ男二人なむありける(「なむ」)
②いま一人が思ひは絶えなむ(「なむ」)
③このことを定めてむ(「てむ」)解答を見る
①係助詞(強意)。結びは「ける」。
②「な」=助動詞「ぬ」(強意)の未然形、「む」=助動詞「む」(推量)の終止形
③「て」=助動詞「つ」(強意)の未然形、「む」=助動詞「む」(意志)の終止形「心ざしのまさらむにこそはあはめ」について、①二つの「む(め)」の意味と活用形を答えよ。②現代語訳せよ。
解答を見る
①まさらむ=婉曲の「む」の連体形、あはめ=意志の「む」の已然形(「こそ」の結び)
②愛情がまさっているほうの人と結婚しよう。水鳥を射させる場面の親のことばについて、①「申さ」「思ひ給ふる」「浮きて侍る」「射給へ」「奉ら」の敬語の種類をそれぞれ答えよ。②「給ふる」と「(射)給へ」の「給ふ」の違いを説明せよ。③二つの「らむ」(「給へらむ」「奉らむ」)を文法的に説明せよ。
解答を見る
①申さ=謙譲語、給ふる=謙譲語、侍る=丁寧語、給へ=尊敬語、奉ら=謙譲語
②「給ふる」は下二段活用の謙譲の補助動詞、「射給へ」は四段活用の尊敬の補助動詞。③給へらむ…「ら」は助動詞「り」(完了)の未然形で、「む」は仮定を表す連体形。奉らむ…「ら」は四段動詞「奉る」未然形の活用語尾で、「む」は意志(終止形)。「左右になむ、男の墓ども今もあなる」の「あなる」を文法的に説明し、現代語訳せよ。
解答を見る
「あ」は、ラ変「あり」の連体形「ある」が撥音便で「あん」となり、「ん」を書かなかった形。「なる」は伝聞の助動詞「なり」の連体形。訳=(左右に)男たちの墓が今も残っているそうだ。
C 内容・和歌
「いづれまされりと言ふべくもあらず」について、①二人の男は、どのような点が同じだったのか。本文から読み取れることをすべて挙げよ。②このあと、水鳥を射る場面でも決着がつかなかったのはなぜか。
解答を見る
①年齢・顔立ち・人柄(身分)・女への愛情・訪れ方や贈り物のしかた。②一人は頭のほうを、もう一人は尾のほうを射当てて、弓の腕前にも差がつかなかったから。
「この人の心ざしのおろかならば、いづれにもあふまじけれど」について、①現代語訳せよ。②このあと女が「しわびぬ」となったのはなぜか。
解答を見る
①もし二人の思いが浅くいいかげんなら、どちらの妻にもなるまいと思うのだが
②より深く思ってくれる人の妻になろうと考えていたのに、二人がそろって同じように思いの深さを示してきたから。親のことば「かく見苦しく年月を経て、人の嘆きをいたづらに負ふもいとほし」について、①「人の嘆き」とは、だれのどのような嘆きか。②あとの女のことば「ここにもさ思ふに」の「さ」は何を指すか。
解答を見る
①二人の男の、恋がかなわない嘆き。②親の言った「一人一人にあひなば、いま一人が思ひは絶えなむ」ということ(どちらか一方と結婚すれば、残る一人も思い切るだろう、という考え)。
「あるは遠き所よりいまする人あり。あるはここながらそのいたつき限りなし」について、①二つの「ある(は)」はそれぞれだれを指すか。②「いまする」の敬語の種類と、だれからだれへの敬意かを答えよ。③このあと「いとかしこく喜び合へり」とあるが、だれが、なぜ喜んだのか。
解答を見る
①前者=和泉の国の男(ちぬ)、後者=津の国の男(うばら)
②尊敬語。親から和泉の国の男への敬意。③二人の男が、今日、女の結婚相手が決められることになったから。「住みわびぬわが身投げてむ津の国の生田の川は名のみなりけり」について、①何句切れか。②「生田」に掛けられている語を答えよ。③「名のみなりけり」とはどういうことか。
解答を見る
①初句切れ・二句切れ
②生く
③生田川には「生きる」という名がついているのに、自分は生きていくことができない、名ばかりであったのだ、ということ。「このよばふ男二人、やがて同じ所に落ち入りぬ」について、①男たちはどのような気持ちからこうしたのか。②あとの「一人は足をとらへ、いま一人は手をとらへて」の「足」「手」はだれのものか。
解答を見る
①女の行くところへどこまでもついて行こうとする、一途な愛情から。②(川に身を投げた)女
「異国の人の、いかでかこの国の土をばをかすべき」について、①「異国の人」とはだれか。②現代語訳せよ。③これを聞いた和泉の国の男の親はどうしたか。
解答を見る
①和泉の国の男
②ほかの国の者に、この国の土をけがさせてよいはずがあろうか、いや、ない。③和泉の国の土を舟で運んで持って来て、その土にわが子を葬った。