『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』「袴垂と保昌(はかまだれとやすまさ)」の現代語訳・品詞分解・解説です。教科書によっては「袴垂、保昌にあふこと」という題で載っています。
冬の夜、着物を奪おうとした盗賊の首領・袴垂(はかまだれ)が、笛を吹きながら一人で歩く男に目をつけます。ところが男は少しも動じず、袴垂のほうがすっかり圧倒されてしまいます。男の正体は、摂津の前の国司・藤原保昌でした。話の大部分は袴垂の目から語られているので、「思ふ」「おぼゆ」の主語と、会話の中の敬語に注意して読みましょう。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
夜道の笛吹く男
- 大将軍
- かしら。首領。
- いみじ
- 程度がはなはだしい。ここは「ひどい・とんでもない」の意。
現代語訳十月のころ、(袴垂は)着る物が要るようになったので、着物を少しばかり手に入れようとして、盗みに都合のよさそうな所をあちこち探り歩いていたところ、
- 十月
- 陰暦十月。冬の初め。
- 用
- 入用。必要。
- 設く
- 用意する。手に入れる。
- さるべき
- 適当な。ふさわしい。
陰暦の十月は冬。寒くなって袴垂にも着物が必要になった時期で、その寒い夜中に一人で笛を吹いて歩く男の特異さも際立つ。
「さるべき所々」は、着物を盗むのに都合のよいあちこちの場所。
現代語訳着物を何枚も重ねて着た人が、指貫の股立ちを帯に挟みこみ、絹の狩衣らしいものを着て、
- ぬし
- 人。
- 指貫
- 袴の一種。すそをひもでくくる。
- 稜
- 袴の左右のわきのあいた所。股立ち。
- 狩衣めく
- 狩衣のように見える。
「衣あまた着たりけるぬし」が、袴垂がねらいを定めた相手(のちに保昌とわかる)。
現代語訳たった一人で笛を吹きながら、先を急ぐでもなく、のんびりと歩いて行くので、
- やる
- 「行きやる」でどんどん進む。
- 練り行く
- ゆっくり歩いて行く。
「行きもやらず練り行けば」は、急いで先へ進むこともなく、ゆっくりと歩いて行くので、ということ。
現代語訳ああ、この人こそ、私に着物を得させようとして出てきた人であるようだと思って、
- あはれ
- 感動詞。ああ。
「我」は袴垂自身。
「なめり」は、断定「なり」の連体形「なる」が撥音便「なん」になり、その「ん」が表記されない形+推定「めり」。〜であるようだ。
相手が自分に着物を与えるために現れたと考えるところに、自分に都合よく物事を受け取る袴垂の性格がうかがえる。
※上の「こそ」に対して、結びは已然形「めれ」にならず終止形「めり」で終わっている。
現代語訳走りかかって着物をはぎ取ろうと思うけれども、妙になんとなく恐ろしく感じられたので、
- あやし
- 不思議だ。妙だ。
- ものの
- なんとなく。
- おぼゆ
- (自然に)思われる。感じられる。
現代語訳あとについて二、三町ほど行ったが、(その人は)自分に人がついて来ていると思っている様子もない。
- 気色
- 様子。
- 添ふ
- つき従う。あとについて行く。
この「我」は保昌。袴垂が、笛を吹く男の心の中を推し量って言ったもの。「思ひたる」の主語も保昌。
現代語訳(男が)いっそう笛を吹きながら行くので、(袴垂は)試してみようと思って、わざと足音を立てて駆け寄ったところ、
- 足を高くして
- 足音を高く立てて。
「試みん」は、男が平然としているのは、自分に気づいていないためか、気づいていても恐れていないためかを試してみようということ。
現代語訳笛を吹いたまま振り向いたその人の様子には、とても襲いかかれそうにないと感じられたので、走って離れた。
「べく」は打消の語と呼応して可能。「襲いかかることができそうにも思われなかった」。
走って逃げたのは袴垂。
「こは何者ぞ」
現代語訳このように何度も、あれこれとやってみるが、(その人は)少しもあわてている様子がない。
- あまたたび
- 何度も。
- とさまかうざま
- あれこれと。
- つゆ
- 下に打消の語を伴って、少しも(〜ない)。
「とさまかうざまにする」は、あとをつけたり、わざと足音を立てて走り寄ったりして、男の様子をうかがったり襲いかかろうとしたりすること。
現代語訳(袴垂は)めったにない人だなあと思って、十町あまりついて行く。
- 希有なり
- めったにない。不思議だ。
- 具す
- ついて行く。連れ立つ。
「希有の人かな」は、何をされても少しも動じない男(保昌)の様子に対して、袴垂が驚き感心したもの。
現代語訳(袴垂は)そうかといって、このままついて行くだけでよいものか、いや、そうはいかないと思って、刀を抜いて飛びかかったそのときに、
- さりとて
- そうかといって。
「さりとてあらんやは」は、そうかといってこのままでいてよいものか、いや、よくない、ということ。何もせずにただついて行くわけにはいかない、という袴垂の気持ち。
現代語訳そのとき、(その人は)笛を吹くのをやめて、振り返って、「おまえは何者だ。」と問うので、
- たび
- とき。おり。
現代語訳(袴垂は)気も遠くなって、我を忘れて、思わずひざまずいてしまった。
- つい居る
- ひざまずく。
- 我にもあらず
- 我を忘れる。茫然とする。
「られ」は自発。保昌の気迫に押されて、袴垂は自分でも思わずひざまずいてしまった。
現代語訳また、「どんな者だ。」と問うので、もう今となっては、逃げたところでまさか逃がしてはくれまいと感じたので、
- よも
- 下に「じ」を伴って、まさか〜ないだろう。
「よも〜じ」は「まさか〜ないだろう」。逃げても逃がしてはもらえないと観念した袴垂は、このあと正直に名乗っている。
現代語訳「追いはぎでございます。」と言うと、「何という者だ。」と問うので、「通り名を、袴垂と言われております。」と答えると、
- 引剝ぎ
- 追いはぎ。
- 字
- 通称。呼び名。
二つの「候ふ」は丁寧語。会話の話し手の袴垂から、聞き手の保昌への敬意。盗賊の首領が丁寧語を使っているところに、すっかり気おされた袴垂の様子が表れている。
「言はれ」の「れ」は受身。
現代語訳「そういう者がいると聞いているぞ。物騒で、とんでもないやつだな。」と言って、
- 危ふげなり
- 危なっかしい。物騒だ。
「さいふ者」の「さ」は、袴垂と呼ばれる追いはぎ。
「希有のやつかな」は、袴垂が、相手がどんな人物かもわからずに襲いかかろうとしたことにあきれて言ったもの。「やつ」は人をいやしめて言う語で、「希有の人かな」とは気持ちが違う。
現代語訳「いっしょについて参れ。」とだけ声をかけて、また同じように笛を吹いて行く。
- まうで来
- 「来」の謙譲語。参る。「来」は命令形で「こ」と読む。
「まうで来」は、保昌が自分の動作の受け手である自分自身に敬意を表した言い方(自敬表現)。相手を威圧する効果がある。
保昌の家で
現代語訳(袴垂は)鬼に魂を奪われたようにぼうっとして、ついて行くうちに、(その人の)家にたどり着いた。
- 神
- 魂。
「鬼に神取られたるやうにて」は、袴垂が魂を抜かれたように茫然としていることのたとえ。
- 摂津の前司保昌
- 摂津の国の前の国司、藤原保昌。
- 前司
- 前の国司。
「けり」は、男の正体がわかって初めて気づいた驚きを表す詠嘆。
現代語訳(保昌は袴垂を)家の中に呼び入れて、綿の厚く入った着物を一着お与えになって、
- 賜はる
- お与えになる。
「賜はり」は「与ふ」の尊敬語で、お与えになる。主語は保昌。(「受く」の謙譲語「いただく」の意味もあるので注意)
現代語訳「着物が必要なときは、参上して申せ。気心も知れないような人に襲いかかって、おまえ、けがをするな。」
- 心
- 気心。素性。
- 過ち
- 失敗。けが。
「参りて申せ」も、保昌が自分に対して謙譲語を使った自敬表現。
保昌は、着物が必要なら自分のところへ来いと言い、袴垂にこれ以上罪を犯させず、罪のない人が襲われることも防ごうとしている。
- むくつけし
- 気味が悪い。
「こそ」の結びは、過去の助動詞「き」の已然形「しか」。
ここから、袴垂自身が体験を語る形になり、自分が直接体験した過去を表す「き」(し・しか)が使われている。
現代語訳実に並々ならぬ人の様子であった、と、(袴垂は)捕らえられた後に語ったということだ。
「いみじかりし人」は保昌。盗賊を圧倒する気迫と、着物を与えて諭す度量の大きさをもった並々ならぬ人物として、袴垂が語っている。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①指貫
②狩衣
③稜
④希有
⑤字
⑥引剝ぎ解答を見る
①さしぬき
②かりぎぬ
③そば
④けう
⑤あざな
⑥ひはぎ次の語の意味を答えよ。
①いみじ(いみじき盗人)
②あまた
③あやし
④気色
⑤具す
⑥むくつけし解答を見る
①ひどい・とんでもない
②たくさん
③不思議だ・妙だ
④様子
⑤つき従う・ついて行く
⑥気味が悪い
B 文法・敬語
「我に衣得させんとて出でたる人なめり」の「なめり」を文法的に説明し、全体を現代語訳せよ。
解答を見る
なめり=「な」は断定「なり」の連体形「なる」が撥音便で「なん」となり、「ん」を書かない形。「めり」は推定の助動詞の終止形。 訳=私に着物を得させようとして出てきた人であるようだ。
次の傍線部の助動詞の意味を答えよ。
①取りかかる【べく】もおぼえざりければ
②我にもあらでつい居【られ】ぬ
③袴垂となん言は【れ】候ふ解答を見る
①可能
②自発
③受身「ともにまうで来」「参りて申せ」の謙譲語は、だれがだれを敬ったものか。また、このような敬語の使い方を何というか。
解答を見る
保昌から保昌(自分自身)への敬意。自敬表現。
「とありしこそ、あさましく、むくつけく、恐ろしかりしか」について、①「しか」を文法的に説明せよ。
②ここで過去の助動詞「き」が使われているのはなぜか。解答を見る
①過去の助動詞「き」の已然形(係助詞「こそ」の結び)。
②袴垂が、自分が直接体験したことを語っているから。
C 内容
「さるべき所々うかがひ歩きけるに」の「さるべき所々」とは、どのような所か。
解答を見る
着物を盗むのに都合のよい、あちこちの場所。
「これこそ、我に衣得させんとて出でたる人なめり」の「我」と、「我に人こそつきたれと思ひたる気色もなし」の「我」は、それぞれだれをさすか。
解答を見る
前者=袴垂。後者=保昌(笛を吹く男)。
「希有の人かな」と「希有のやつかな」は、それぞれだれが、相手のどのような点に対して言ったものか。
解答を見る
「希有の人かな」=袴垂が、何をされても少しも動じない保昌の様子に驚いて言ったもの。「希有のやつかな」=保昌が、相手がどんな人物かもわからずに襲いかかろうとした袴垂にあきれて言ったもの。
「さりとてあらんやは」「今は逃ぐともよも逃がさじ」をそれぞれ現代語訳せよ。
解答を見る
そうかといって、このままでいてよいものか、いや、よくない。/今となっては、逃げてもまさか逃がしてはくれないだろう。
「衣の用あらん時は、参りて申せ。心も知らざらん人に取りかかりて、汝、過ちすな。」という言葉から、保昌のどのような考えがわかるか。
解答を見る
袴垂にこれ以上罪を犯させたくない、また罪のない人が袴垂に襲われるのを防ぎたいという考え。
「いみじかりし人のありさまなり」とあるが、だれのどのようなありさまをいっているのか。説明せよ。
解答を見る
保昌の、盗賊の袴垂をも動じずに圧倒し、さらに着物を与えて罪を犯さないよう諭すような、度量の大きなありさま。