『更級日記(さらしなにっき)』「後の頼み」の現代語訳・品詞分解・敬語・解説です。
『更級日記』の終わり近くの場面です。夫を亡くし、年老いた作者は、来世で極楽に生まれ変われるか不安に思いながらも、阿弥陀仏が「後に迎えに来よう」と告げた夢だけを頼みにしています。後半は、久しぶりに訪ねてきた甥に詠んだ「姨捨(おばすて)」の歌です。夢の範囲、敬語の向き、「けり」と形容詞の活用語尾の識別、歌の心情がよく問われます。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞などのラベルを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
阿弥陀仏の夢
現代語訳そうはいってもやはり、命はつらいことがあっても尽きることなく、生きながらえているようだけれど、
- さすがなり
- そうはいってもやはり。
- 憂し
- つらい。
- 長らふ
- 生きながらえる。
現代語訳来世のことも、思いどおりにはならないのだろうなあと不安に思うけれど、頼みにしていることが一つだけあった。
- 後の世
- 来世。死んだ後の世。
- 後ろめたし
- 気がかりだ。不安だ。
「後の世も、思ふにかなはずぞあらむかし」は、来世で極楽に生まれ変わりたいという願いも、思うようにはかなわないだろう、ということ。
「頼むこと」は、このあとに書かれる、阿弥陀仏が「後に迎へに来む」と言ってくれた夢のこと。
現代語訳天喜三年十月十三日の晩に見た夢で、(私の)住まいの軒先の庭に、阿弥陀仏が立っていらっしゃった。
- 端
- 軒先。
「夢に」は、あとの「人はえ聞きつけずと見るに」の「と見るに」にかかる。「夢に〜と見る」(夢で〜という様子を見る)という形。
「給へ」は尊敬の補助動詞で、作者から阿弥陀仏への敬意。この文章の敬語は、すべて作者から仏への敬意である。
現代語訳お姿ははっきりとは見えず、霧一枚をへだてたように透けて見えていらっしゃるのを、無理をして霧の切れ目からのぞき申し上げると、
- せめて
- 強いて。無理に。
- 絶え間
- ここは、霧の切れ目。
「隔たれる」の「る」は存続の助動詞「り」の連体形(四段動詞の已然形に付く)。
「奉れ」は謙譲の補助動詞で、作者から阿弥陀仏への敬意。
現代語訳蓮の花の台座が地面から浮き上がっていて、その高さは三、四尺、仏のご身長は六尺ほどで、金色に光り輝いていらっしゃって、
- 蓮華の座
- 仏の座る、蓮の花の形の台座。
- 尺
- 長さの単位。一尺は約三十センチ。
現代語訳お手は、片方を広げたようにして、もう片方では印を結んでいらっしゃるのを、
- 印
- 仏が手の指で作る、さまざまな形。「印を作る」は印を結ぶこと。
現代語訳ほかの人の目には見つけ申し上げることもなく、私一人が拝見しているのだが、やはりひどく恐ろしかったので、
- 異人
- ほかの人。
- 気恐ろし
- なんとなく恐ろしい。
「さすがに」は、自分一人だけが仏のお姿を拝見できるのはありがたいけれど、それでもやはり、ということ。
「気恐ろしければ」の「けれ」は、形容詞「気恐ろし」の已然形の活用語尾。過去の助動詞「けり」ではない(「ありける」「言はれにける」の「ける」は過去の助動詞)。
現代語訳簾の近くまで寄っても、拝見することができないので、仏が、「それでは、今回は帰って、後でまた迎えに来よう。」とおっしゃる声が、
- え〜打消
- 〜できない。
- さは
- それでは。
「え見奉らねば」は、拝見することができないので、という意味。
仏の言葉の「後に迎へに来む」が、作者にとっての「後の頼み」になった。「む」は意志。
「のたまふ」は尊敬の本動詞で、作者から阿弥陀仏への敬意。
現代語訳私の耳にだけ聞こえて、ほかの人には聞き取れないでいる、という夢を見て、はっと目が覚めると、十四日であった。
- うちおどろく
- はっと目を覚ます。
夢の内容は、「夢に」のあとの「居たる所の」から、「人はえ聞きつけず」まで。
「後の頼み」は、来世で極楽に生まれ変わることへの頼み。阿弥陀仏が迎えに来てくれるという夢を、作者は心の支えにした。
訪ねてきた甥と「姨捨」の歌
現代語訳甥たちなども、同じ所に住んで朝夕顔を合わせていたが、このようにしみじみと悲しいことがあった後は、それぞれ別の所に住むようになって、
- 一所
- 同じ所。
「かうあはれに悲しきこと」は、作者の夫の死。夫が亡くなったあと、一緒に暮らしていた甥たちも別々の所に住むようになった。
現代語訳だれも顔を見せることがめったになかったのに、とても暗い夜、六番目にあたる甥がやって来たので、珍しく思って、
- 難し
- めったにない。
- 六郎にあたる甥
- (兄弟のうち)六番目にあたる甥。
「難う」「めづらしう」はウ音便、「暗い」はイ音便。
現代語訳月も出ないで闇に暮れている姨捨山のように、暗く寂しく暮らしている私のところに、どうして今夜、訪ねて来たのだろう。
- 姨捨
- 信濃国(長野県)更級郡の山。月の名所として和歌に詠まれる。
- 何とて
- どうして。
『古今和歌集』の「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」をふまえた歌。古今集の歌は美しい月が照っているのに心が慰められないと詠むが、この歌では月さえ出ていない。
「月も出でで闇にくれたる姨捨」は、夫を亡くし、家族とも離れて、世の中から見捨てられたように暗く寂しく暮らしている作者自身のたとえ。
「何とて」と疑問の語があるので、「らむ」は「どうして〜のだろう」と原因を推し量る意味で訳す。
『更級日記』という書名は、この歌と、ふまえた古今集の歌の「更級」にちなむと考えられている。
「言はれにける」の「れ」は自発。思わず口にしてしまった、ということ。
ほかの『更級日記』の場面:あこがれ・門出 / 継母との別れ / 源氏の五十余巻
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①天喜
②蓮華
③金色
④異人
⑤簾
⑥姨捨解答を見る
①てんぎ
②れんげ
③こんじき
④ことひと
⑤すだれ
⑥おばすて次の語の意味を答えよ。
①後の世
②後ろめたし
③せめて
④異人
⑤うちおどろく
⑥何とて解答を見る
①来世
②気がかりだ・不安だ
③強いて・無理に
④ほかの人
⑤はっと目を覚ます
⑥どうして
B 文法・敬語
次の傍線部を、それぞれ文法的に説明せよ。
①頼むこと一つぞありける(ける)
②いみじく気恐ろしければ(けれ)
③とぞ言はれにける(ける)解答を見る
①③=過去の助動詞「けり」の連体形(係助詞「ぞ」の結び)。②=形容詞「気恐ろし」の已然形の活用語尾。
次の敬語は、尊敬・謙譲・丁寧のどれか。本動詞・補助動詞の別と、だれからだれへの敬意かもあわせて答えよ。
①阿弥陀仏立ち給へり(給へ)
②せめて絶え間に見奉れば(奉れ)
③後に迎へに来むとのたまふ声(のたまふ)解答を見る
①尊敬語の補助動詞
②謙譲語の補助動詞
③尊敬語の本動詞。いずれも作者から阿弥陀仏への敬意。次の助動詞の意味を答えよ。
①霧一重隔たれるやうに(る)
②後に迎へに来む(む)
③とぞ言はれにける(れ)解答を見る
①存続
②意志
③自発
C 現代語訳・内容
「後の世も、思ふにかなはずぞあらむかし」には、作者のどのような不安が表れているか。また、「頼むこと」とは何か、三十字程度で答えよ。
解答を見る
来世で極楽に生まれ変わりたいという願いも、思うようにはかなわないのではないかということ。/頼むこと=阿弥陀仏が夢に現れ、「後に迎えに来よう」と言ってくれたこと。
「さすがにいみじく気恐ろしければ」の「さすがに」は、どのような気持ちを受けているか。また、「え見奉らねば」を現代語訳せよ。
解答を見る
自分一人だけが仏のお姿を拝見できるのはありがたいけれど(それでもやはり)、という気持ち。/訳=拝見することができないので。
作者が見た夢は、本文のどこからどこまでか。その部分の初めと終わりを五字ずつ抜き出せ。また、「うちおどろきたれば」を現代語訳せよ。
解答を見る
初め=居たる所の 終わり=聞きつけず。/訳=はっと目を覚ましたところ。
「かうあはれに悲しきこと」とは何か。また、「月も出でで闇にくれたる姨捨に何とて今宵訪ね来つらむ」を現代語訳せよ。
解答を見る
作者の夫の死。/訳=月も出ないで闇に暮れている姨捨山のような私のところに、どうして今夜訪ねて来たのだろう。
「月も出でで…」の歌がふまえている『古今和歌集』の歌「わが心慰めかねつ( )や姨捨山に照る月を見て」の空欄を補え。また、「月も出でで闇にくれたる姨捨」は、だれのどのような境遇をたとえたものか。
解答を見る
更級 /作者の、夫を亡くし家族とも離れて、世の中から見捨てられたような暗く孤独な境遇。