『蜻蛉日記(かげろうにっき)』「うつろひたる菊」の現代語訳・品詞分解・和歌・解説です。
息子の道綱を産んだばかりの作者が、夫の藤原兼家がほかの女性に送ろうとしていた手紙を見つけてしまう場面です。三首の和歌の掛詞・縁語、だれの動作かという主語の判別、「さ」の指す内容、色あせた菊に歌をさした作者の気持ちがよく問われます。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。下のボタンで、用言・助動詞・助詞などのラベルを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
見つけた手紙
現代語訳さて、九月ごろになって、(夫が私の家から)出ていった後に、(そこに)文箱があるのを手なぐさみに開けて見ると、
- 九月
- 陰暦の九月。
- 手まさぐり
- 手先でもてあそぶこと。なんとなく手にとってみること。
「出でにたる」の主語は兼家(作者の家から帰っていった)、「開けて見れば」の主語は作者。当時は夫が妻の家に通う結婚の形で、兼家は作者の家に泊まっては帰っていく。
- 遣る
- 送る。
「人」は、兼家が新しく通い始めたほかの女性。「遣らむとしける」の主語は兼家。
現代語訳驚きあきれて、せめて「(手紙を)見てしまったよ」とだけでも(夫に)知られようと思って、(手紙の余白に歌を)書きつける。
- あさまし
- 驚きあきれる。「あさましさ」は名詞。
- だに
- 最小限を表す副助詞。「せめて〜だけでも」。
作者が驚きあきれたのは、子どもが生まれたばかりなのに、夫がほかの女性へ手紙を書いていたから。
「知られむ」は、兼家に、作者がその手紙を見てしまったことを知られよう、ということ。「れ」は受身、「む」は意志。
「書きつく」は、見つけた手紙の端に、次の歌を書きつけたということ。
現代語訳疑わしいことだ。ほかの人に送ろうとしている手紙を見ると、ここ(私のところ)へのお通いは途絶えようとしているのだろうか。
- とだえ
- (訪れが)途切れること。
掛詞:「疑はし」の「はし」に橋、「ふみ」に文(手紙)と踏みが掛けてある。「とだえ」に「(橋の)途絶え」と「江」を見る説もある。
縁語:「渡せ」「踏み」「とだえ」が「橋」の縁語。橋を渡る・踏む・橋が途絶える、という連想でつながる。
「ならむとすらむ」は、ラ四「なる」の未然形+推量「む」の終止形、サ変「す」の終止形+現在推量「らむ」の連体形(「や」の結び)。「途絶えようとしているのだろうか」。
浮気を知っていることを兼家にわからせて責めながら、自分のもとへの訪れが途絶えるのではないかと不安に思う気持ち。
現代語訳などと思っているうちに、思ったとおり、十月の末ごろに、三晩続けて(夫が)姿を見せないときがある。
- むべなし
- もっともだ、思ったとおりだ。「むべなう」はウ音便。
- つごもり
- 月の末。「つごもりがた」は月末ごろ。
- しきる
- 続く。
「むべなう」とあるのは、ほかに女性ができた以上、兼家の訪れが途絶えるだろうと、作者が予想していたから。
当時は、男性が三晩続けて女性のもとへ通うことで結婚が成立した。兼家が三晩続けて来なかったことで、作者は兼家がほかの女性と結婚したのだと察した。
現代語訳(やって来た夫は)何くわぬ顔で、「しばらく(あなたの心を)試していたら(日がたってしまったのだ)。」などと、意味ありげな口ぶりである。
- つれなし
- 平然としている、そしらぬ顔だ。「つれなう」はウ音便。
- 気色あり
- 思わせぶりなことを言う。
「しばし試みるほどに」は、兼家が、しばらく来ないでいて作者の気持ちが変わらないか試していた、という言いわけ。
町の小路の女
現代語訳私の家から、夕方、「宮中にどうしても行かなくてはならないのだった。」と言って出ていくので、
- 夕さりつかた
- 夕方ごろ。
- 内裏
- 宮中。
- のがる
- まぬがれる。「のがるまじかりけり」は「(宮中へ行くのを)避けられないのだった」。
「これ」は、作者の家。
「出づる」の主語は兼家。宮中の用事は、作者の家を出るための口実だった。
※教科書によっては「内裏の方ふたがりけり」(宮中の方角がふさがっていた=方角が悪いので方違えをする)となっている。
現代語訳(私は)納得がいかず、召使いにあとを追わせて(行き先を)確かめさせると、「町の小路にあるどこそこに、(車を)お止めになりました。」と言って(使いの者が)帰ってきた。
- 心得で
- 納得できずに。「で」は打消の接続助詞。
- 見す
- 見させる。
- 小路
- 「町の小路」は京の小路の名。
「心得で」「人をつけて見すれば」の主語は作者。「来たり」の主語は、作者が兼家の後をつけさせた使いの者。
「とまり給ひぬる」の「給ひ」は尊敬語で、使いの者から兼家への敬意。「なむ」の結びは「ぬる」(連体形)。
現代語訳やはりそうだったと、ひどくつらいと思うけれど、(夫に)どう言ったらよいかもわからずにいるうちに、
- さればよ
- 思ったとおりだ、やはりそうだった。
- 心憂し
- つらい、いやだ。
「さればよ」の「さ」は、兼家が嘘をついて新しい女性のもとへ行っていたこと。「さればよと」は「いみじう心憂しと」と並んで「思へども」にかかる。
「言はむやうも知らで」は、兼家に何と言えばよいかもわからないということ。怒りと不安が入りまじり、うろたえている作者の気持ち。
- 暁
- 夜明け前のまだ暗いころ。
門をたたいたのは兼家。
現代語訳あの人が来たらしいと思うが、腹立たしくて(門を)開けさせないでいたところ、(夫は)あの女のものらしい家へ行ってしまった。
- 憂し
- つらい、いやだ。
- おぼし
- (〜と)思われる。
- ものす
- ここは「行く」。
「さなめり」は「さ」+断定「なり」の連体形「なる」の撥音便「なん」の「ん」を書かない形「な」+「めり」。「さ」は兼家が訪ねて来たことで、「兼家が来たのであるようだ」。
「開けさせねば」の主語は作者。召使いに門を開けさせなかった。
「例の家とおぼしきところにものしたり」は、門を開けてもらえなかった兼家が、そのまま町の小路の女のものらしい家へ出かけていったということ。
嘆きつつ
- つとめて
- 翌朝。
「なほもあらじ」は、門を開けなかったのをいいことに女のもとへ行った兼家に対し、このまま黙ってはいられないという作者の気持ち。
現代語訳あなたが来ないのを嘆きつつ、ひとり寝をして夜明けを待つ時間がどれほど長いか、おわかりでしょうか。いいえ、おわかりにならないでしょう。
- 久し
- 長い。
掛詞:「あくる」に、夜が明くると門(戸)を開くるが掛けてある。
「かは」は反語。「ご存じでしょうか、いや、ご存じないでしょう」。門が開くまでの少しの間さえ待てなかったあなたには、ひとりで夜明けを待つ長さはわからないだろう、と責めている。
現代語訳と、いつもよりは体裁を整えて書いて、色の変わった菊にさしてやった。
- ひきつくろふ
- きちんと整える。
- うつろふ
- (花の)色が変わる、色あせる。心変わりする、の意もある。
「例よりはひきつくろひて書きて」は、いつもより改まった書き方をして、まじめに怒っていることを示し、兼家に反省を求めたもの。
「移ろひたる菊」は、ほかの女性へ移っていった兼家の心をほのめかしている。色あせた菊に歌をさすことで、心変わりへの皮肉を伝えた。
兼家の返事
現代語訳(夫からの)返事は、「夜が明けるまで、門が開くまでも待ってみようとしたけれど、急ぎの用の召使が来合わせたので(帰ったのです)。
- 試む
- ためす。ここは、(門が開くまで)待ってみる。
- とみなり
- 急だ。
「試みむとしつれど」の主語は兼家。夜明けまで、門を開けてもらえるまで待っていようとした、という言いわけ。
「なむ」は強意の係助詞で、結びが省略されている。「(宮中へ行かなくてはならず、)帰ってしまったのです」などを補う。
- ことわりなり
- もっともだ。
「ことわりなり」は、ひとり寝のつらさを訴えて兼家を責める作者の怒りをもっともだ、と言っている。
現代語訳なるほど、本当にそのとおりだ。冬の夜(が明けるの)ではない真木の戸も、なかなか開かないのはつらいことだよ。」
- げに
- なるほど、本当に。「げにやげに」は、すぐ前の「いとことわりなりつるは」と同じことを言っている。
- 真木
- 杉やひのきなどの良い木材。「真木の戸」は、その木で作った戸。
- わびし
- つらい。
作者の歌の「あくる」をそのまま使い、なかなか明けない冬の夜はつらいが、なかなか開かない戸もつらいものだ、と返した。作者の真剣な訴えを、しゃれでかわした歌。
作者の不満
- さても
- それにしても。
- ことなしぶ
- 何事もないふうをよそおう。
「ことなしびたる」の主語は兼家。浮気を知られても、気にするふうもなく平然としている。
※教科書によっては「ことなしびたり。」となっている。
現代語訳しばらくは、人目を忍ぶ様子で、「宮中に(行く)。」などと(言い訳を)言いながら(通って)いるのが当然なのに、
- 忍ぶ
- 人目を避ける。
「内裏に」は、女のもとへ行くときに「宮中に(行く)」と言いわけすること。せめてしばらくは隠そうとするのが当然なのに、兼家はそれさえしない。
「ぞ」の結びは「べき」だが、下に「を」が続いているので、結びが流れている(結びの消滅)。
- いとどし
- いっそうはなはだしい。「いとどしう」はウ音便。
- 心づきなし
- 気に入らない、不愉快だ。
言いわけをして隠そうとする気づかいさえない兼家に対し、このうえなく不愉快で、情けないと思う作者の気持ち。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①九月
②十月
③三夜
④内裏
⑤真木
⑥返り事解答を見る
①ながつき
②かんなづき(かみなづき)
③みよ
④うち
⑤まき
⑥かえりごと本文で使われている意味を答えよ。
①むべなし
②つれなし
③つごもり
④手まさぐり
⑤とみなり
⑥ものす
⑦心づきなし
⑧いとどし解答を見る
①思ったとおりだ・もっともだ
②平然としている・そしらぬ顔だ
③月の末
④手先でもてあそぶこと
⑤急だ
⑥(ここは)行く
⑦気に入らない・不愉快だ
⑧いっそうはなはだしい
B 文法
「見てけりとだに知られむ」について、①「れ」「む」の意味を答えよ。②「だに」の意味を答えよ。③だれに何を知られようというのかを補って、現代語訳せよ。
解答を見る
①れ=受身、む=意志
②せめて〜だけでも(最小限)
③(夫の兼家に、私がその手紙を)見てしまったよ、ということだけでも知られよう。「ここやとだえにならむとすらむ」の「ならむ」「すらむ」を文法的に説明し、全体を現代語訳せよ。
解答を見る
ならむ=動詞「なる」(ラ四)の未然形に、推量「む」の終止形が付いたもの。すらむ=動詞「す」(サ変)の終止形に、現在推量「らむ」が付いたもので、「らむ」は「や」の結びなので連体形。訳=ここ(私のところ)への訪れは途絶えようとしているのだろうか。
C 和歌
「疑はしほかに渡せるふみ見ればここやとだえにならむとすらむ」について、①掛詞を二つ挙げ、それぞれ何と何が掛けられているか答えよ。②「橋」の縁語をすべて抜き出せ。③この歌にこめられた作者の気持ちを説明せよ。
解答を見る
①「疑はし」の「はし」に「橋」、「ふみ」に「文」と「踏み」。②渡せ・踏み(ふみ)・とだえ
③浮気を知っていると兼家にわからせて責める気持ちと、自分のもとへの訪れが途絶えてしまうのではないかと不安に思う気持ち。「嘆きつつひとり寝る夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る」について、①「あくる」の掛詞を説明せよ。②「かは」に注意して現代語訳せよ。③作者はこの歌を「例よりはひきつくろひて書きて、移ろひたる菊にさし」て送った。色あせた菊にさしたのはなぜか。
解答を見る
①(夜が)明くると、(門を)開くるが掛けてある。②あなたが来ないのを嘆きつつ、ひとり寝をして夜明けを待つ時間がどれほど長いか、おわかりでしょうか。いいえ、おわかりにならないでしょう。③色の変わった菊によって、ほかの女性へ移っていった兼家の心を、皮肉をこめてほのめかすため。
兼家からの返事について、①「来あひたりつればなむ」の「なむ」を文法的に説明し、あとに省略されている内容を補え。②「ことわりなり」とは何がもっともだというのか。③「げにやげに」の歌は、作者の歌にどのように答えているか。
解答を見る
①強意の係助詞。結びが省略されていて、「(宮中へ行かなくてはならず)帰ってしまったのです」などの内容を補う。②ひとり寝のつらさを訴えて兼家を責める作者の怒り。③作者の歌の「あくる」をそのまま受けて、なかなか開かない戸を待つのもつらいと言い返し、作者の真剣な訴えを軽くかわしている。
D 内容
次の動作の主語を答えよ。
①出でにたる
②開けて見れば
③遣らむとしける
④出づるに
⑤人をつけて見すれば
⑥来たり
⑦ことなしびたる解答を見る
①兼家
②作者
③兼家
④兼家
⑤作者
⑥(作者が兼家の後をつけさせた)使いの者
⑦兼家「むべなう、十月つごもりがたに、三夜しきりて見えぬ時あり」について、①作者が予想していたのはどのようなことか。②兼家が三晩続けて来なかったことは、何を意味しているか。
解答を見る
①ほかの女性ができた兼家が、自分のもとへ通って来なくなること。②当時は男性が三晩続けて通うと結婚が成立したので、兼家がほかの女性(町の小路の女)と結婚したこと。
①「さればよ」、②「さなめり」の「さ」が指す内容をそれぞれ答えよ。また、③「例の家とおぼしきところにものしたり」を、だれがどうしたのかがわかるように現代語訳せよ。
解答を見る
①兼家が嘘をついて、新しい女性のもとへ行っていたこと。②兼家が訪ねて来たこと。③(兼家は)門を開けてもらえないので、町の小路の女のものらしいあの家へ出かけていった。
本文の最後の一文(「しばしは」〜「限りなきや」)について、作者は兼家にどうしてほしかったのか。また、なぜ不愉快に思っているのかを説明せよ。
解答を見る
せめてしばらくは、女のもとへ行くときに「宮中へ行く」などと言いわけをして、人目を忍んでほしかった。それなのに兼家は、浮気が知られても平然として、隠そうとする気づかいさえ見せないから。