『雨月物語(うげつものがたり)』「浅茅が宿(あさじがやど)」②(窓の紙、松風をすすりて〜日高くさし昇りぬ)の現代語訳・品詞分解・解説です。
七年ぶりに再会した妻とともに眠った勝四郎が、夜明けに目覚めると、家は屋根もなく草に埋もれ、妻の姿はありません。勝四郎の心情がどのように変わっていくか、そして妻の墓と辞世の歌から何がわかるかに注意して読みましょう。
原文の読み方
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現代語訳・品詞分解・解説
夜明けの目覚め
現代語訳窓の破れ紙が松風を吸いこむように鳴って、一晩中涼しいうえに、長い道中に疲れてもいたので、勝四郎はぐっすりと眠った。
- 夜もすがら
- 一晩中。
- 長手(ながて)
- 長い道のり。
- 熟く(うまく)
- ぐっすりと。
「すすりて」は、松風が窓の破れ紙を鳴らして吹きこむ様子をたとえた表現。
現代語訳夜明け前の空がしだいに明けていくころ、夢うつつの心にもなんとなく寒かったので、
- 五更(ごこう)
- 夜明け前。今の午前三時から五時ごろ。
- 現(うつつ)なし
- 正気でない。夢うつつだ。
- すずろなり
- なんとなく。
現代語訳夜具をかぶろうと探る手に、何であろうか、さやさやと音がするので目が覚めた。
- 衾(ふすま)
- 夜具。掛けぶとん。
- かづく
- かぶる。
「何物にや」の「に」は断定の助動詞「なり」の連用形。「音するに」の「に」は接続助詞。
さやさやと鳴ったのは、床のすき間から生えた荻や薄が風にそよいだ音。
現代語訳顔にひやりと何かがこぼれかかるので、雨が漏ったのかと思って見ると、
顔にこぼれかかったのは、雨ではなく、生い茂った草からこぼれ落ちた朝露。
現代語訳屋根は風にまくり上げられてなくなっているので、明け方の月が白っぽく空に残っているのも見える。
- 有明月(ありあけづき)
- 夜が明けても空に残っている月。
- しらむ
- 白っぽくなる。
現代語訳家は戸もあるのかないのかわからない。簀垣が朽ちて崩れたすき間から、荻や薄が高く生え出ていて、
- 荻(おぎ)・薄(すすき)
- 秋の野の草。
「戸もあるやなし」は、戸もあるのかないのかわからないほど壊れている、ということ。
- ひつ
- ぬれる。
現代語訳壁には蔦や葛が這いかかり、庭は雑草に埋もれて、秋でもないのに、まるで野原のような荒れた家だったのだ。
- 葎(むぐら)
- 生い茂る雑草。荒れた家の象徴。
- 野ら
- 野原。
「秋ならねども」は、季節は夏なのに、秋の荒れ野のようだ、ということ。
消えた妻
現代語訳それにしても、そばで寝ていたはずの妻は、どこへ行ってしまったのか、見あたらない。これは狐などが化かしたのだろうかと思ってみると、
- さてしも
- それにしても。
- いづち
- どこへ。
「しわざにや」のあとには「あらん」などが省略されている。
- たがふ
- 違う。
現代語訳広く造った奥のあたりから、端のほう、稲倉まで、自分の好みどおりに造ったままの様子である。
- 奥わたり
- 奥のあたり。
- 稲倉(いなぐら)
- 稲を納める倉。
広い家や稲倉があることから、もとは豊かな農家だったことがわかる。
現代語訳呆然として、足の踏み場さえ忘れたようであったが、よくよく考えてみると、
- あきる
- 呆然とする。あっけにとられる。
- つらつら
- よくよく。つくづく。
「足の踏所さへ忘れたる」は、昨夜いっしょだった妻がいないうえ、家がすっかり荒れ果てていることに気づき、呆然としている様子。
現代語訳「妻はもう死んでしまい、今は狐や狸が代わりに住みついて、このように野原同然の家になっているので、
- まかる
- 死ぬ。(「死ぬ」を遠回しに言う)
- 狐狸(こり)
- 狐や狸。
現代語訳得体の知れない化け物が化けて、生きていたころの妻の姿を見せたのであるにちがいない。
- 鬼(もの)
- 化け物。妖怪。
- ありし形(かたち)
- 生前の姿。ここでは生きていたころの妻の姿。
「ぞ」の結びは「べき」(連体形)。
現代語訳あるいはまた、私を慕う妻の魂が帰ってきて、語り合ったのだろうか。
- 魂(たま)
- たましい。
昨夜の妻は、化け物か、それとも自分を慕う妻の魂か、と勝四郎は考えている。
現代語訳京で思っていたことが少しもはずれていなかったことよ。」と思うと、まったく涙さえ出ない。
- つゆ〜ず
- 少しも〜ない。
「思ひしこと」は、妻はもう戦乱の中で死んでしまったのではないかという、京にいたときからの思い。それが少しもはずれなかった、ということ。
あまりの衝撃に、涙さえ出ないでいる。
現代語訳「わが身一つはもとの身にして」の古歌のように、自分だけが昔のままだと思いながら歩き回ると、
「わが身一つはもとの身にして」は、在原業平の歌(月やあらぬ…)の一節をふまえる。家は荒れ果て、妻もいなくなり、自分一人だけが昔のままだという嘆き。
妻の墓と辞世の歌
現代語訳昔寝室であった所の床板を取りのけ、土を積んで塚とし、雨露を防ぐ備えもしてある。
- 臥所(ふしど)
- 寝室。
- 簀子(すのこ)
- 板を並べた床。
- 塚
- 土を盛った墓。
- まうけ
- 備え。用意。
この塚は、妻(宮木)の墓。
現代語訳昨夜の妻の霊はここから出てきたのかと思うと、恐ろしくもあり、また慕わしくもある。
- 夜(よべ)
- 昨夜。
- なつかし
- 慕わしい。心ひかれる。
「ここもとよりや」のあとには「来たりけん」などが省略されている。
昨夜の妻がこの世の者でなかったことが恐ろしく、一方で、幽霊になってまで自分に会いに来た妻の心が慕わしい。
- 水向け
- 墓に水を供えること。
- 具(ぐ)
- 道具。器。
- ものす
- (ここでは)置く。
現代語訳那須野紙でひどく古びて、文字もところどころ消えて読み取りにくいものが貼ってあり、それはまさしく妻の筆跡である。
- 那須野紙(なすのがみ)
- 紙の名。
- むら消え
- ところどころ消えること。
「那須野紙の」の「の」は同格。「那須野紙で、ひどく古びて…見定めがたいもの」。
現代語訳戒名というものも亡くなった年月も書かずに、一首の和歌に、死に臨んだ心を哀れにも詠みこんであった。
- 法名(ほうみょう)
- 死者につける仏教の名。戒名。
- 三十一字(みそひともじ)
- 和歌。
- 末期(いまわ)
- 死にぎわ。
「あはれに」は形容動詞「あはれなり」の連用形。
現代語訳それでもいつかは帰ってくださるだろうと思う自分の心にだまされて、よくも今日まで生きながらえてきた命であることよ。
- さりとも
- そうはいっても。いくらなんでも。
- はかる
- だます。
「さりともと思ふ心」は、そうはいってもいつかは夫が帰ってくるだろうと思う心。
約束を信じて待ち続けたが、ついに夫に会えないまま死んでいく無念さと、自分の心にだまされてきたという自嘲がこめられている。
現代語訳ここで初めて妻が死んだことをはっきり悟って、大声で叫んで倒れ伏した。
勝四郎が妻の死を確かに悟ったのは、妻の筆跡で書かれた辞世の歌を見たから。それまでは、死んでいるだろうと思いながらも確信できずにいた。
現代語訳それにしても、妻が何年の何月何日に亡くなったのかさえ知らない情けなさよ。
- あさまし
- 情けない。
妻がいつ亡くなったのかさえ知らない、自分の情けなさを嘆いている。
現代語訳ほかの人なら知っているかもしれないと、涙をおさえて外に出ると、日は高く昇っていた。
「人は知りもやせん」は、ほかの人なら(妻がいつどのように死んだのか)知っているかもしれない、ということ。
前の場面:『雨月物語』浅茅が宿①
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①熟く
②五更
③衾
④有明月
⑤葎
⑥臥所
⑦簀子
⑧末期解答を見る
①うまく
②ごこう
③ふすま
④ありあけづき
⑤むぐら
⑥ふしど
⑦すのこ
⑧いまわ次の語の本文中での意味を答えよ。
①夜もすがら
②すずろに
③かづか
④あきれ
⑤つらつら
⑥まかり
⑦まうけ
⑧はかられ解答を見る
①一晩中
②なんとなく
③かぶろ(う)
④呆然とし・あっけにとられ
⑤よくよく・つくづく
⑥死ん(で)
⑦備え・用意
⑧だまされ
B 文法
「秋ならねども野らなる宿なりけり」の助動詞をすべて抜き出し、意味を答えよ。
解答を見る
なら=断定、ね=打消、なる=断定、なり=断定、けり=詠嘆
「何物にやさやさやと音するに目さめぬ」の二つの「に」を文法的に説明せよ。
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「何物に」の「に」=断定の助動詞「なり」の連用形。「音するに」の「に」=順接の確定条件を表す接続助詞。
C 現代語訳・内容
「さやさやと音する」「顔にひやひやと物のこぼるる」とあるが、①音の正体、②こぼれてきた物の正体はそれぞれ何か。
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①床のすき間から生えた荻や薄が風にそよぐ音。
②草からこぼれ落ちた朝露。「あきれて足の踏所さへ忘れたるやうなりし」とあるが、このときの勝四郎の様子を説明せよ。
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昨夜いっしょに寝た妻がいなくなり、家もすっかり荒れ果てていることに気づいて、呆然としている気持ち。
「あやしき鬼の化してありし形を見せつるにてぞあるべき」を、「ありし形」がだれのどのような姿かを明らかにして現代語訳せよ。
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得体の知れない化け物が化けて、生きていたころの妻の姿を見せたのであるにちがいない。
「思ひしことのつゆたがはざりしよ」とあるが、①「思ひしこと」とは何か。②全体を現代語訳せよ。
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①妻はもう戦乱の中で亡くなっているだろう、という京にいたときからの思い。
②思っていたことが少しもはずれなかったことよ。「わが身一つはもとの身にして」には、勝四郎のどのような心情がこめられているか。
解答を見る
わが家はすっかり荒れ、妻もこの世にいないのに、自分だけが昔と変わらずに取り残されているという嘆き。
「夜の霊はここもとよりやと恐ろしくもかつなつかし」について、何が「恐ろし」く、何が「なつかし」いのか。説明せよ。
解答を見る
恐ろしい=昨夜いっしょに過ごした妻が、この世の者ではなかったこと。 なつかしい=死んで霊になってまで自分に会いに来てくれた、妻の心。
「さりともと思ふ心にはかられて世にも今日まで生ける命か」について、①「さりともと思ふ心」とはどういう心か。②この歌から読み取れる宮木の思いを説明せよ。
解答を見る
①そうはいっても、いつかは夫が帰ってくるだろうと思う心。
②夫の約束を信じて待ち続けたが、ついに会えないまま死んでいく無念さと、自分の心にだまされて生きてきたという自嘲の思い。「ここにはじめて妻の死したるをさとりて」とあるが、勝四郎は何によって妻の死を悟ったのか。
解答を見る
墓に残された、妻の筆跡による辞世の和歌。
「人は知りもやせん」を、何を知っているのかを補って現代語訳せよ。
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ほかの人なら、妻がいつどのように死んだのかを知っているだろうか。