『直躬(ちょっきゅう)』の書き下し文・現代語訳・句法を解説します。「直躬」という人物の話は、儒家の孔子の言行を記した『論語』(子路)と、法家の思想書『韓非子(かんぴし)』(五蠹)の両方に出てきます。同じ話題に対する二つの立場を読み比べましょう。
書き下し文・現代語訳・解説
『論語』の直躬
白文葉公語孔子曰、「吾党有直躬者。
書き下し葉公孔子に語りて曰はく、「吾が党に直躬なる者有り。
現代語訳葉公が孔子に語って言うことには、「私の村には、正直者の躬という者がおります。
- 葉公
- 楚の国の大夫(重臣)。葉という土地の長官。
- 党
- 村里。
- 直躬
- 正直者の躬。「直」は正直なこと。
- 有~者
- 「~者有り」。~という者がいる。
白文其父攘羊、而子証之。」
書き下し其の父羊を攘みて、子之を証せり。」と。
現代語訳その父が(迷い込んできた)羊を自分のものにしてしまったとき、子である彼はそのことを証言しました。」と。
- 攘
- 「ぬすム」。迷い込んできたものを、そのまま自分のものにしてしまう。
- 証
- 証言する。証人となって訴える。
- 之
- 父が羊を盗んだこと。
- 而
- 置き字。
白文孔子曰、「吾党之直者、異於是、父為子隠、子為父隠。
書き下し孔子曰はく、「吾が党の直き者は、是に異なり、父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。
現代語訳孔子が言うことには、「私の村の正直な者は、そういう者とは違います。父は子のためにその罪を隠してやり、子は父のためにその罪を隠してやります。
- 是
- 葉公の言う正直者(父の罪を証言した直躬)のこと。
- 異於是
- 「是に異なり」。これとは違う。「於」は置き字で、比べる対象を表す。
- 為
- 「ためニ」。~のために。
- 隠
- 父や子の罪を隠す。かばう。
白文直在其中矣。」
書き下し直きこと其の中に在り。」と。
現代語訳正直さというものは、その(互いにかばい合う)中にあるのです。」と。
- 直
- 正直さ。
- 其中
- 「父為子隠、子為父隠」(父と子が互いにかばい合うこと)を指す。
- 矣
- 置き字。断定を表す。
『韓非子』の直躬
白文楚人有直躬。
書き下し楚人に直躬といふもの有り。
現代語訳楚の国の人に、直躬という者がいた。
- 楚
- 春秋・戦国時代の国の名。
白文其父窃羊、而謁之吏。
書き下し其の父羊を窃みて、之を吏に謁ぐ。
現代語訳その父が(他人の)羊を盗んだので、(直躬は)そのことを役人に申し出た。
- 窃
- 「ぬすム」。こっそり盗む。
- 謁
- 「つグ」。申し上げる。告げる。
- 之
- 父が羊を盗んだこと。
- 吏
- 役人。
- 而
- 置き字。ここで動作の主語が父から直躬に変わる。
白文令尹曰、「殺之。」
書き下し令尹曰はく、「之を殺せ。」と。
現代語訳宰相が言うことには、「その者(直躬)を殺せ。」と。
- 令尹
- 楚の国の宰相の呼び名。
- 之
- 直躬を指す。羊を盗んだ父ではないことに注意。
白文以為直於君而曲於父。
書き下し以為らく、君に直なれども父に曲なりと。
現代語訳(宰相が)思うには、(直躬は)君主に対しては正直だが、父に対しては背いている、と。
- 以為
- 「おもへらク」。思うことには。
- 直
- 正直である。
- 曲
- 「直」の反対。正しくない。道に背いている。
- 而
- 逆接を表す。「~けれども」。
白文報而罪之。
書き下し報じて之を罪す。
現代語訳(そこで)判決を下して、直躬を罰した。
- 報
- 裁判の判決を下す。
- 罪
- 罰する。処刑する。
- 之
- 直躬を指す。
白文以是観之、夫君之直臣、父之暴子也。
書き下し是を以て之を観れば、夫の君の直臣は、父の暴子なり。
現代語訳このように見てくると、君主から見て正直な家臣は、父から見れば背く子だということになる。
- 以是観之
- 「是を以て之を観れば」。このことから考えると。
- 夫
- 「かノ」。あの。
- 直臣
- 正直な家臣。
- 暴子
- 父に背く子。親不孝な子。
『韓非子』の魯人
白文魯人従君戦、三戦三北。
書き下し魯人君に従ひて戦ひ、三たび戦ひて三たび北ぐ。
現代語訳魯の国の人が、君主に従って戦に出たが、三度戦って三度とも逃げた。
- 魯
- 春秋時代の国の名。孔子の生まれた国。
- 北
- 「にグ」。敵に背を向けて逃げる。「敗北」の「北」。
白文仲尼問其故。
書き下し仲尼其の故を問ふ。
現代語訳孔子がその理由を尋ねた。
- 仲尼
- 孔子の字(あざな)。
- 故
- 「ゆゑ」。理由。三度とも逃げた理由。
白文対曰、「吾有老父、身死莫之養也。」
書き下し対へて曰はく、「吾に老父有り、身死せば之を養ふもの莫きなり。」と。
現代語訳(魯の人が)答えて言うことには、「私には年老いた父がおります。私が死んだら、父を養う者がいなくなるのです。」と。
- 対
- 「こたフ」。目上の人に答える。
- 身
- 自分自身。
- 身死
- 「身死せば」。自分が死んだならば。
- 莫
- 「なシ」。いない。
- 之
- 老父を指す。
白文仲尼以為孝、挙而上之。
書き下し仲尼以て孝と為し、挙げて之を上す。
現代語訳孔子はそれを孝行だと考え、(その人を)推挙して地位を上げた。
- 以為孝
- 「以て孝と為し」。(そのことを)孝行だと考える。
- 挙
- 推挙する。取り立てる。
- 上
- 「のぼス」。地位を上げる。
白文以是観之、夫父之孝子、君之背臣也。
書き下し是を以て之を観れば、夫の父の孝子は、君の背臣なり。
現代語訳このことから考えると、あの父にとっての孝行息子は、君主にとっては背く臣下なのである。
- 孝子
- 親孝行な子。
- 背臣
- 君主に背く臣下。不忠者。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①党
②攘(攘みて)
③令尹
④北(北ぐ)
⑤対(対へて)解答を見る
①とう
②ぬすみて
③れいいん
④にぐ
⑤こたえて次の語の本文中での意味を答えよ。
①吏
②暴子
③背臣解答を見る
①役人
②父に背く子(親不孝な子)
③君主に背く臣下(不忠者)
B 書き下し文・現代語訳
「父為子隠、子為父隠」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。
現代語訳:父は子のためにその罪を隠してやり、子は父のためにその罪を隠してやる。「直在其中矣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:直きこと其の中に在り。
現代語訳:正直さというものは、その(父と子が互いにかばい合う)中にある。「以為直於君而曲於父」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:以為らく、君に直なれども父に曲なりと。(以て君に直なれども父に曲なりと為す。)
現代語訳:(直躬は)君主に対しては正直だが、父に対しては背いていると思った。「吾有老父、身死莫之養也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:吾に老父有り、身死せば之を養ふもの莫きなり。
現代語訳:私には年老いた父がいて、私が死んだら父を養う者がいなくなる。
C 内容の読み取り
葉公と孔子とでは、「直(正直)」についての考え方がどのように違うか。
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葉公は、父の罪であっても隠さずに証言することを正直と考えている。孔子は、父と子が互いの罪をかばい合う、親子の自然な情の中にこそ正直さがあると考えている。
「令尹曰、殺之」とあるが、宰相が直躬を罰したのはなぜか。
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直躬は、君主に対しては正直だが、父に対しては背いている(正しくない)と考えたから。
「仲尼以為孝、挙而上之」とあるが、孔子が魯の人を取り立てたのはなぜか。
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魯の人が三度とも戦場から逃げたのは、自分が死ぬと年老いた父を養う者がいなくなるからだと聞き、孝行者だと考えたから。
「夫君之直臣、父之暴子也」「夫父之孝子、君之背臣也」の二文から、韓非子のどのような考えが読み取れるか。
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君主(国家)にとってよいことと、父(家)にとってよいことは一致せず、一方に忠実であれば、もう一方には背くことになるということ。