『兼愛(けんあい)』の書き下し文・現代語訳・語句・句法を解説します。出典は『墨子(ぼくし)』の「兼愛中」です。「兼相愛(兼ねて相愛す)」とも呼ばれます。
書き下し文・現代語訳・解説
一 争いの原因と、その代わりになる方法
白文凡天下禍簒怨恨、其所以起者、以不相愛生也。
書き下し凡そ天下の禍簒怨恨、其の起こる所以の者は、相愛せざるを以て生ずるなり。
現代語訳そもそも世の中のわざわいや奪い合いやうらみが起こる原因は、(人々が)互いに愛し合わないことから生じるのである。
- 凡
- 「およソ」。そもそも。総じて。
- 禍簒怨恨
- わざわい・奪い合い・うらみ。「簒」は奪い取ること。
- 所以
- 「ゆゑん」。原因。理由。
- 相愛
- 互いに愛し合う。
- 以不相愛生
- 「相愛せざるを以て生ず」。互いに愛し合わないことによって生じる。
白文是以仁者非之。
書き下し是を以て仁者は之を非とす。
現代語訳だから、仁徳のある人は、これ(互いに愛し合わないこと)をよくないこととする。
- 是以
- 「ここヲもつテ」。だから。こういうわけで。
- 仁者
- 仁徳のある人。ここでは兼愛を実践する人。
- 非
- よくないこととして非難する。
- 之
- 前の「不相愛(互いに愛し合わないこと)」を指す。
白文既以非之、何以易之。
書き下し既以に之を非とすれば、何を以て之に易へん。
現代語訳こうして、これをよくないこととするからには、何をもってこれに代えたらよいだろうか。
- 既以
- 「すでニ」。二字で「すでに」と読む。「以」は「已」と同じ。
- 何以
- 「なにヲもつテ」。何によって。何で。
- 易
- 「かフ」。取りかえる。代える。
白文子墨子言曰、「以兼相愛交相利之法易之。」
書き下し子墨子言ひて曰はく、「兼ねて相愛し、交相利するの法を以て之に易へん。」と。
現代語訳墨先生がおっしゃるには、「分けへだてなく互いに愛し合い、ともに互いの利益をはかるという方法で、これに代えるのがよい。」と。
- 子墨子
- わが師である墨先生。上の「子」は、先生に対する敬意を表す。
- 兼
- あわせて。分けへだてなく、ひろく。
- 交
- 「こもごも」。ともに。そろって。
- 相利
- 互いに利益をはかる。
- 法
- 方法。
二 「兼ねて相愛する」方法とその効果
白文然則兼相愛交相利之法、将奈何哉。
書き下し然らば則ち兼ねて相愛し、交相利するの法は、将に奈何せんとするや。
現代語訳それでは、分けへだてなく互いに愛し合い、ともに互いの利益をはかる方法とは、(具体的には)どのようにしたらよいのだろうか。
- 然則
- 「しからバすなはチ」。そうだとすると。それでは。
- 将奈何哉
- どのようにしたらよいのか。「将たいかんぞや」と読み、「いったいどのようであるか」と訳すこともある。
白文子墨子言、「視人之国、若視其国、視人之家、若視其家、視人之身、若視其身。
書き下し子墨子言ふ、「人の国を視ること、其の国を視るが若くし、人の家を視ること、其の家を視るが若くし、人の身を視ること、其の身を視るが若くす。
現代語訳墨先生がおっしゃるには、「他人の国は自分の国と同じように見て、他人の家は自分の家と同じように見て、他人の身は自分の身と同じように見るのだ。
- 人
- 他人。
- 其
- 自分の。
- 若
- 「ごとクス」。~と同じようにする。
- 家
- 卿・大夫の治める領地。
白文是故諸侯相愛則不野戦、家主相愛則不相簒、人与人相愛則不相賊。
書き下し是の故に諸侯相愛すれば則ち野戦せず、家主相愛すれば則ち相簒はず、人と人と相愛すれば則ち相賊はず。
現代語訳こうして、諸侯が互いに愛し合えば野で戦うことはなく、卿・大夫が互いに愛し合えば(領地を)奪い合うことはなく、一般の人どうしが愛し合えば、相手を傷つけることもない。
- 是故
- 「このゆゑニ」。こうして。だから。
- 野戦
- 野で戦う。戦争をする。
- 家主
- 家(領地)の主。卿・大夫のこと。
- 簒
- 「うばフ」。奪い取る。
- 与
- 「と」。「人与人」で「人と人と」。
- 賊
- 「そこなフ」。傷つける。
白文君臣相愛則恵忠、父子相愛則慈孝、兄弟相愛則和調。
書き下し君臣相愛すれば則ち恵忠、父子相愛すれば則ち慈孝、兄弟相愛すれば則ち和調す。
現代語訳君主と臣下が互いに愛し合えば、君主は情けをかけ、臣下は真心を尽くす。父と子が互いに愛し合えば、父は子をいつくしみ、子は父に孝行する。兄と弟が互いに愛し合えば、仲よくなごやかになる。
- 恵忠
- 君主が臣下に情けをかけることと、臣下が君主に真心を尽くすこと。
- 慈孝
- 父が子をいつくしむことと、子が父に孝行すること。
- 和調
- 仲よくなごやかにすること。
白文天下之人皆相愛、強不執弱、衆不劫寡、富不侮貧、貴不敖賤、詐不欺愚。
書き下し天下の人皆相愛すれば、強は弱を執らへず、衆は寡を劫かさず、富は貧を侮らず、貴は賤に敖らず、詐は愚を欺かず。
現代語訳世の中の人々がみな互いに愛し合えば、強い者は弱い者を押さえつけず、多数の者は少数の者をおどさず、富める者は貧しい者を見くだすことがなく、身分の高い者は身分の低い者におごりたかぶらず、ずるがしこい者は愚直な者をだますことがない。
- 強
- 強い者。「弱」の対。
- 執
- 「とらフ」。とらえて押さえつける。
- 衆
- 多数の者。
- 寡
- 少数の者。
- 劫
- おびやかす。おどす。
- 貴
- 身分の高い者。「賤」は身分の低い者。
- 敖
- おごりたかぶる。
- 詐
- ずるがしこい者。うそつき。
- 愚
- 愚直な者。
三 仁者は「相愛」をほめる
白文凡天下禍簒怨恨、可使毋起者、以相愛生也。
書き下し凡そ天下の禍簒怨恨、起こること毋からしむべき者は、相愛するを以て生ずるなり。
現代語訳そもそも世の中のわざわい・奪い合い・うらみを起こらないようにできるものは、互いに愛し合うことから生まれるのである。
- 毋
- 「なシ」。「無」と同じ。「母(はは)」とは別の字。
- 可
- 「べシ」。~できる。可能。
- 使
- 「しム」。~させる。使役。
- 以相愛生
- 「相愛するを以て生ず」。互いに愛し合うことによって生じる。
白文是以仁者誉之。」
書き下し是を以て仁者は之を誉む。」と。
現代語訳だから、仁徳のある人は、これ(互いに愛し合うこと)をほめたたえるのだ。」と。
- 誉
- ほめたたえる。最初の段落の「非(よくないとする)」と対になる。
- 之
- 「相愛(互いに愛し合うこと)」を指す。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①凡そ
②所以
③是を以て
④既以に
⑤交解答を見る
①およそ
②ゆえん
③ここをもって
④すでに
⑤こもごも次の語の、本文中での意味を答えよ。
①家主
②衆
③寡
④詐解答を見る
①卿・大夫(家=領地の主)
②多数の者
③少数の者
④ずるがしこい者
B 書き下し文・現代語訳
「既以非之、何以易之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:既以に之を非とすれば、何を以て之に易へん。
現代語訳:これをよくないこととするからには、何をもってこれに代えたらよいだろうか。「兼相愛交相利之法、将奈何哉」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:兼ねて相愛し、交相利するの法は、将に奈何せんとするや。
現代語訳:分けへだてなく互いに愛し合い、ともに互いの利益をはかる方法とは、どのようにしたらよいのだろうか。「視人之身、若視其身」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:人の身を視ること、其の身を視るが若くす。
現代語訳:他人の身は、自分の身と同じように見るのだ。「凡天下禍簒怨恨、可使毋起者、以相愛生也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:凡そ天下の禍簒怨恨、起こること毋からしむべき者は、相愛するを以て生ずるなり。
現代語訳:そもそも世の中のわざわい・奪い合い・うらみを起こらないようにできるものは、互いに愛し合うことから生まれるのである。
C 内容の読み取り
「是以仁者非之」と「是以仁者誉之」の「之」は、それぞれ何を指すか。本文中の語で答えよ。
解答を見る
非之の「之」=不相愛(互いに愛し合わないこと)
誉之の「之」=相愛(互いに愛し合うこと)諸侯・家主・人と人が互いに愛し合うと、それぞれどうなると述べているか。
解答を見る
諸侯=野で戦わない(戦争をしない)。
家主=互いに奪い合わない。
人と人=互いに傷つけ合わない。「強不執弱」から「詐不欺愚」までの五つの句に共通しているのは、どのような内容か。
解答を見る
力・数・財産・身分・知恵などで上に立つ者が、下の者をおびやかしたり見くだしたりしないということ。
墨子のいう「兼愛」とはどのようなことか。本文の具体例をふまえて説明せよ。
解答を見る
他人の国・家・身を自分の国・家・身と同じように見て、自分と他人を区別せず、すべての人を分けへだてなく愛すること。