『戦国策(せんごくさく)』「趙太后(ちょうたいこう)」②の書き下し文・現代語訳・解説です。
①では、秦に攻められた趙が斉に救援を求めたところ、太后の末っ子長安君(ちょうあんくん)を人質に出すことを条件とされ、太后はこれをかたくなに拒みました。面会に来た老臣の触竜(しょくりゅう。「触龍」とも書く)は、体調の話で太后の心をほぐし、自分の末っ子舒祺(じょき)を王宮の護衛兵に加えてほしいと頼みました。
書き下し文・現代語訳・解説
男親も末っ子をかわいがる
白文太后曰、「丈夫亦愛憐其少子乎。」
書き下し太后曰はく、「丈夫も亦其の少子を愛憐するか。」と。
現代語訳太后は、「男の人でも、やはり末っ子をかわいく思うものなのか。」と言った。
- 丈夫
- 一人前の男子。ここは、女の人(婦人)に対して、男の人。
- 亦
- 「まタ」。~もやはり。
- 少子
- 末っ子。
- 乎
- 「か」。疑問を表す。
白文対曰、「甚於婦人。」
書き下し対へて曰はく、「婦人よりも甚だし。」と。
現代語訳(触竜は)答えて、「女の人以上でございます。」と言った。
- 甚於婦人
- 末っ子をかわいく思う気持ちは、婦人よりも強い、ということ。「於」は比較(~よりも)を表す。
白文太后笑曰、「婦人異甚。」
書き下し太后笑ひて曰はく、「婦人異に甚だし。」と。
現代語訳太后は笑って、「女のほうが、とりわけ強いものだ。」と言った。
- 異
- 「ことニ」。特別に。とりわけ。
白文対曰、「老臣窃以為、媼之愛燕后、賢於長安君。」
書き下し対へて曰はく、「老臣窃かに以為へらく、媼の燕后を愛すること、長安君に賢れり。」と。
現代語訳(触竜は)答えて言った、「わたくしは、おそれながら、お母上さまが燕后をかわいがられるお気持ちは、長安君へのお気持ちよりもまさっていると思っておりました。」と。
- 以為
- 「おもヘラク」。思うことには。
- 媼
- 年老いた女性を敬って言う語。ここは太后を指す。お母上さま。
- 燕后
- 太后の娘。燕の国に嫁いで、燕の王の后となった。
- 賢
- 「まさル」。すぐれている。上回る。
- 賢於長安君
- 長安君(を愛すること)よりもまさっている。
白文曰、「君過矣。不若長安君之甚。」
書き下し曰はく、「君過てり。長安君の甚だしきに若かず。」と。
現代語訳(太后は)言った、「あなたは間違っている。(燕后をかわいく思う気持ちは)長安君をかわいく思う気持ちの強さには及ばない。」と。
- 君
- あなた。太后が触竜を指して言う。
- 過
- 「あやまツ」。間違える。
- 不若
- 「しかず」。及ばない。
燕后を送り出したとき
白文左師公曰、「父母之愛子、則為之計深遠。
書き下し左師公曰はく、「父母の子を愛するや、則ち之が為に計ること深遠なり。
現代語訳左師公は言った、「父母が子を愛するときには、その子のために、遠い先のことまで考えてやるものです。
- 左師公
- 触竜のこと。
- 為之
- 「之が為に」。その子のために。
- 計
- はかる。あれこれと考える。
- 深遠
- 深く遠い。ここは、子の遠い将来のことまで考えること。
白文媼之送燕后也、持其踵為之泣、念悲其遠也、亦哀之矣。
書き下し媼の燕后を送るや、其の踵を持して之が為に泣き、其の遠きを念ひ悲しむや、亦之を哀れめり。
現代語訳お母上さまが燕后を(嫁に)送り出されたときには、燕后のかかとにすがってお泣きになり、遠くへ行ってしまうことを思ってお悲しみになって、本当にふびんに思われたことでしょう。
- 踵
- 「くびす」。かかと。「きびす」とも読む。
- 持其踵
- 燕后のかかとをつかむ。引き止めたい、別れたくないという気持ちを表す。
- 其遠
- 燕后が遠い燕の国へ行ってしまうこと。
- 哀
- あわれむ。ふびんに思う。
白文已行、非弗思也。
書き下し已に行くや、思はざるに非ざるなり。
現代語訳(燕后が)嫁いでしまったあとも、燕后のことを思わないわけではありません。
- 已行
- すでに行ってしまうと。燕后が燕へ嫁いだあと。
- 非弗A
- 「Aせざるに非ず」。二重否定。
白文祭祀必祝之。
書き下し祭祀には必ず之を祝る。
現代語訳お祭りのときには、必ず燕后のために祈られます。
- 祭祀
- 神や祖先をまつること。
- 祝
- 「いのル」。幸いを祈る。
- 之
- 燕后を指す。
白文祝曰、『必勿使反。』
書き下し祝りて曰はく、『必ず反らしむる勿かれ。』と。
現代語訳(そして)祈って、『どうか(燕后が)帰されることがありませんように。』とおっしゃいます。
- 勿
- 「なカレ」。禁止を表す。~してはならない。
- 使
- ここは使役の「しむ」。書き下し文では平仮名にする。
- 反
- 「かへル」。帰る。「返」と同じ。
- 必勿使反
- 世継ぎを生まないまま、嫁ぎ先の燕から実家の趙へ帰されることがないように、という祈り。
白文豈非計久長有子孫相継為王也哉。」
書き下し豈に久長に子孫有りて相継ぎて王と為るを計るに非ずや。」と。
現代語訳それは、末長く燕后に子孫が生まれ、代々続いて燕の王となるようにと考えてのことではありませんか。」と。
- 豈非A也哉
- 「豈にAに非ずや」。Aではないか。
- 久長
- 末長く。
- 相継
- 次々に受け継ぐ。
- 為王
- 燕の王となる。燕后の子孫が燕の王位を継ぐこと。
白文太后曰、「然。」
書き下し太后曰はく、「然り。」と。
現代語訳太后は、「そのとおりだ。」と言った。
- 然
- 「しかリ」。そのとおりだ。
王族の子孫が続かないわけ
白文左師公曰、「今、三世以前、至於趙之為趙、趙主之子孫侯者、其継有在者乎。」
書き下し左師公曰はく、「今、三世以前より、趙の趙たるに至るまで、趙主の子孫の侯たる者、其の継在る者有るか。」と。
現代語訳左師公は言った、「今から三代前より、さかのぼって趙が諸侯の国となったときまでの間に、趙の君主の子孫で侯に取り立てられた者のうち、その跡継ぎが今も続いている者がおりましょうか。」と。
- 三世以前
- 今から三代前。
- 趙之為趙
- 趙が(諸侯の国である)趙となったとき。趙は晋から分かれて独立し、紀元前四〇三年に諸侯の国となった。
- 趙主
- 趙の君主。
- 侯者
- 侯(領地を与えられた諸侯)となった者。
- 継
- 跡継ぎ。
- 在
- ある。今も続いている。
白文曰、「無有。」
書き下し曰はく、「有る無し。」と。
現代語訳(太后は)言った、「いない。」と。
- 無有
- そのような者はいない。
白文曰、「微独趙。
書き下し曰はく、「独り趙のみに微ず。
現代語訳(触竜は)言った、「趙だけのことではございません。
- 微
- 「あらズ」。「非」と同じ。
- 独
- 「ひとリ」。ただ~だけ。
白文諸侯有在者乎。」
書き下し諸侯に在る者有るか。」と。
現代語訳(ほかの)諸侯の国で、(跡継ぎが)続いている者がおりましょうか。」と。
- 諸侯
- ここは、趙以外の諸国の君主の一族。
白文曰、「老婦不聞也。」
書き下し曰はく、「老婦聞かざるなり。」と。
現代語訳(太后は)言った、「わたしは聞いたことがない。」と。
白文曰、「此其近者、禍及身、遠者及其子孫。
書き下し曰はく、「此れ其の近き者は、禍身に及び、遠き者は其の子孫に及べばなり。
現代語訳(触竜は)言った、「それは、(禍が)近い場合には、禍がその人自身に及び、遠い場合には、その子孫にまで及んだからです。
- 近者
- (禍が)近い場合は。「遠者」とともに、「禍」について言っている。
- 身
- その人自身。
白文豈人主之子孫、則必不善哉。
書き下し豈に人主の子孫は、則ち必ず不善ならんや。
現代語訳どうして君主の子孫だからといって、必ず善くない者だと決まっておりましょうか、いや、そうではありません。
- 人主
- 君主。
- 不善
- 善くないこと。悪い者。
白文位尊而無功、奉厚而無労、而挟重器多也。
書き下し位尊けれども功無く、奉厚けれども労無く、而も重器を挟むこと多ければなり。
現代語訳地位は高いのに手柄がなく、俸禄は多いのに骨折りがなく、そのうえ、貴重な宝物をたくさん抱えこんでいたからです。
- 位尊而無功
- 地位は高いのに、国に対する功績がない。「而」は逆接。
- 奉
- 俸禄。給料。
- 労
- 骨折り。国のための働き。
- 重器
- 貴重な宝物。
- 挟
- 「さしはさム」。抱えこむ。自分のものとして持つ。
長安君の将来
白文今媼尊長安君之位、而封以膏腴之地、多予之重器、而不及今令有功於国。
書き下し今媼長安君の位を尊くして、封ずるに膏腴の地を以つてし、多く之に重器を予ふれども、而も今に及ぶまで国に功有らしめず。
現代語訳今、お母上さまは、長安君の地位を高くし、肥えた豊かな土地を領地として与え、貴重な宝物をたくさん与えておられますが、それなのに、今になるまで、国のために手柄を立てさせておられません。
- 封
- 領地を与えて、その土地を治めさせる。
- 膏腴
- 土地が肥えていて豊かなこと。
- 予
- 「あたフ」。与える。
- 之
- 長安君を指す。
- 不及今令有功於国
- 今のうちに、(長安君に)国のための手柄を立てさせておかない。
白文一旦山陵崩、長安君何以自託於趙。
書き下し一旦山陵崩れば、長安君何を以つて自ら趙に託せん。
現代語訳ひとたびお母上さまがお亡くなりになったら、長安君は何を頼りにして、趙の国で身を立てていかれるのでしょうか。
- 一旦
- ひとたび。いったん。
- 山陵崩
- 山や丘が崩れる。王や太后などの死を、遠回しに言う表現。ここは太后が亡くなること。
- 何以
- 「何を以つて」。何によって。
- 自託於趙
- 趙の国に自分の身をゆだねる。趙で地位を保って生きていく。
白文老臣以、媼為長安君計短也。
書き下し老臣以へらく、媼長安君の為に計ること短なりと。
現代語訳わたくしは、お母上さまが長安君のためにお考えになっていることは、目先のことにすぎないと思います。
- 以
- ここは「おもヘラク」と読む。思うことには。
- 短
- 考えが短い。将来を考えず、目先のことしか考えていない。前の「深遠」と対になる。
白文故以為、其愛不若燕后。」
書き下し故に以為へらく、其の愛燕后に若かず。」と。
現代語訳それで、(長安君への)愛情は燕后への愛情に及ばないと思ったのです。」と。
- 其愛
- 太后の長安君に対する愛情。
- 不若燕后
- 燕后(に対する愛情)に及ばない。
長安君、人質となる
白文太后曰、「諾。恣君之所使之。」
書き下し太后曰はく、「諾。君の之を使ふ所を恣にせよ。」と。
現代語訳太后は言った、「わかった。あなたの思いどおりに、長安君を使いなさい。」と。
- 諾
- 「だく」。承知した。
- 恣
- 「ほしいままニス」。思いのままにする。
- 君
- 触竜を指す。
- 之
- 長安君を指す。
- 恣君之所使之
- 長安君の扱いは触竜に任せる、つまり人質に出すことを認めたということ。
白文於是為長安君約車百乗、質於斉。
書き下し是に於いて長安君の為に車百乗を約へ、斉に質とす。
現代語訳そこで、長安君のために車を百台用意して、斉に人質として送った。
- 於是
- 「ここニおイテ」。そこで。
- 約
- 「ととのフ」。用意する。
- 乗
- 車を数える語。
白文斉兵乃出。
書き下し斉の兵乃ち出づ。
現代語訳斉の軍は、そこではじめて出動した。
- 乃
- 「すなはチ」。そこではじめて。やっと。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①以為
②媼
③踵
④微(微独趙)
⑤予
⑥恣解答を見る
①おもえらく
②おう
③くびす(きびす)
④あらず
⑤あたう
⑥ほしいままにせよ次の語の、本文中での意味を答えよ。
①丈夫
②少子
③山陵崩
④短解答を見る
①一人前の男子(男の人)
②末っ子
③太后が亡くなること
④目先のことしか考えていないこと
B 書き下し文・現代語訳
「已行、非弗思也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:已に行くや、思はざるに非ざるなり。
現代語訳:燕后が嫁いでしまったあとも、燕后のことを思わないわけではない(いつも思っている)。「豈人主之子孫、則必不善哉」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:豈に人主の子孫は、則ち必ず不善ならんや。
現代語訳:どうして君主の子孫が、必ず善くない者だと決まっていようか、いや、そうではない。「而不及今令有功於国」を書き下し文にし、だれがだれに何をさせていないのかがわかるように現代語訳せよ。
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書き下し文:而も今に及ぶまで国に功有らしめず。
現代語訳:それなのに、今になるまで、太后は長安君に国のための功績を立てさせていない。
C 内容の読み取り
「甚於婦人」とあるが、触竜は、何が婦人(母親)よりも強いと言っているのか。本文の語句を用いて説明せよ。
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末っ子をかわいがる気持ち(「愛憐其少子」)が、母親よりも強いと言っている。
「媼之愛燕后、賢於長安君」という触竜の言葉に対し、太后はどう答えたか。太后自身は、燕后と長安君のどちらをより愛していると考えているかを明らかにして説明せよ。
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「君過矣。不若長安君之甚」と答え、触竜の考えは間違いで、燕后への愛情は長安君への愛情に及ばないと言った。太后は、長安君のほうをより愛していると考えている。
太后が「必勿使反」と祈るのは、燕后のどのようなことを願っているからか。
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燕后が嫁ぎ先の燕から帰されることなく、末長く子孫を残し、その子孫が代々燕の王となること。
触竜は、趙や諸侯の国で、君主の子孫で侯となった者の家が続いていない理由を、どのように説明しているか。
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地位が高く、俸禄も多く、宝物も多く持っているのに、国に対する功績や働きがなかったから。
触竜は、太后の長安君への愛し方をどのように批判し、太后を納得させたのか。「深遠」「短」の二語を用いて説明せよ。
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親が子を愛するなら、子の将来を深遠に考えてやるべきであり、地位や財宝を与えるだけの愛情は短(目先だけ)である。長安君に人質として国のための功績を立てさせることが、太后の死後も長安君が趙で地位を保つことにつながる、という考え。