『説苑』「江南橘為江北枳(江南の橘、江北の枳となる)」の書き下し文・現代語訳・句法・内容を解説します。晏子が橘と枳のたとえを使い、自分を辱めようとした荊王を逆にやりこめる故事です。
あらすじ
斉の賢人である晏子が荊に使者としてやって来ることになりました。荊王は晏子に恥をかかせようと考え、側近たちと計略を立てます。
荊王は、晏子の前に「盗みの罪で捕らえられた斉人」をわざと通らせ、「斉の人はもともと盗みをするのか」と晏子を辱めようとしました。
すると晏子は、江南の橘を江北に植えると枳になるという話を出し、斉では盗みをしなかった人が荊に来ると盗みをするのなら、それは荊の土地柄がそうさせたのではないかと反論します。
荊王は、晏子をやりこめようとして、かえって自分自身がやりこめられたことを認めました。
書き下し文・現代語訳・解説
晏子将使荊。
晏子将に荊に使ひせんとす。
晏子が荊に使者として行こうとしていた。
将~「将に~んとす」…再読文字。~しようとする。
荊王聞之、謂左右曰、「晏子賢人也。今方来。欲辱之。何以也。」
荊王之を聞きて、左右に謂ひて曰はく、「晏子は賢人なり。今方に来たらんとす。之を辱めんと欲す。何を以てせんや。」と。
荊王がこれを聞いて、側近たちに告げて言うことには、「晏子は立派な人物である。今ちょうど来ようとしている。晏子に恥をかかせようと思う。どうやって行おうか。」と。
・左右…側近たち。
・方「まさニ」…ちょうど、今まさに。
・欲~…~しようと思う。
何以也「何を以てせんや」
意味:どのようにして行おうか、どうやって行おうか。
○荊王が側近に相談した内容は、「賢人として知られる晏子に、どうすれば恥をかかせることができるか」ということ。
左右対曰、「為其来也、臣請縛一人、過王而行。」
左右対へて曰はく、「為し其れ来たらば、臣請ふ一人を縛し、王を過ぎて行かん。」と。
側近が答えて言うことには、「もし晏子が来たら、どうか私に一人の者を縛り上げ、王のそばを通りかからせてください。」と。
請~「請ふ~(せ)ん」
意味:どうか~させてください。
○側近は、晏子の目の前で捕らえた男を通らせ、その男が「斉人」で「盗みの罪を犯した」という芝居をすることで、晏子と斉の国に恥をかかせようと計画した。
於是荊王与晏子立語。有縛一人、過王而行。
是に於いて荊王晏子と立ちて語る。一人を縛し、王を過ぎて行くもの有り。
そこで荊王は晏子と立って話をした。一人の者を縛り上げ、王のそばを通りかかる者がいた。
・於是「是に於いて」…そこで。
・与晏子…「晏子と」。
王曰、「何為者也。」対曰、「斉人也。」王曰、「何坐。」曰、「坐盗。」
王曰はく、「何為る者ぞや。」と。対へて曰はく、「斉人なり。」と。王曰はく、「何にか坐せる。」と。曰はく、「盗に坐せり。」と。
王が言うことには、「その者はどういう者か。」と。側近が答えて言うことには、「斉の人です。」と。王が言うことには、「何の罪に問われているのか。」と。側近が言うことには、「盗みの罪に問われています。」と。
何為~「何為る~ぞや」…疑問。どういう~か、何者か。
・坐…罪に問われる。
○「盗に坐せり」=盗みの罪に問われている。
王曰、「斉人固盗乎。」
王曰はく、「斉人固より盗するか。」と。
王が言うことには、「斉の人はもともと盗みをするのか。」と。
・固「もとヨリ」…もともと。
○斉人が盗みをしたという芝居を利用して、「斉の人間はもともと盗人なのか」と晏子を辱めようとしている。
晏子反顧之曰、「江南有橘、斉王使人取之而樹之於江北、生不為橘、乃為枳。
晏子之を反顧して曰はく、「江南に橘有り、斉王人をして之を取らしめて之を江北に樹うるに、生じて橘と為らずして、乃ち枳と為る。
晏子がこれを振り返って見て言うことには、「江南に橘という木があります。斉王が人にこれを取らせて江北に植えたところ、生長して橘にはならず、意外にも枳となりました。
A使B C「A BをしてCしむ」
意味:AはBにCさせる。
「斉王使人取之」=斉王が人に橘を取らせる。
・乃「すなはチ」…ここでは「意外にも、なんと」。
所以然者何。其土地使之然也。
然る所以の者は何ぞ。其の土地之をして然らしむるなり。
そうなった原因は何でしょうか。その土地柄が橘をそのように、つまり枳に変えさせるのです。
・所以…原因、理由。
「然」の内容
ここでの「然」は、江北に植えた橘が生長して枳になったことを指す。
今斉人居斉不盗来之荊而盗。得無土地使之然乎。」
今斉人斉に居りては盗せず、之を荊に来たせば盗す。土地の之をして然らしむる無きを得んや。」と。
今、斉の人は斉にいれば盗みをしないのに、荊に連れてくると盗みをします。どうして、荊の土地柄がその斉人に盗みをさせるのではないと言えるでしょうか。いや、言えません。」と。
得無~乎「~無きを得んや」
反語:~ではないと言えるだろうか、いや言えない。
○晏子は、荊王の「斉人はもともと盗みをするのか」という攻撃を逆手に取り、「斉では盗みをしなかった人が荊では盗みをするのなら、悪いのは斉人ではなく荊の環境なのではないか」と切り返した。
荊王曰、「吾欲傷子而反自中也。」
荊王曰はく、「吾子を傷なはんと欲して反つて自ら中つるなり。」と。
荊王が言うことには、「私はあなたをやりこめようとして、反対に自分自身がやりこめられる目にあったようだ。」と。
・子…ここでは二人称で「あなた」。晏子を指す。
・中「あツ」…当たる。
「反自中也」の意味
晏子をやりこめようとした荊王が、晏子の巧みな反論によって、反対に自分自身がやりこめられてしまったということ。
晏子の「橘と枳」のたとえ
| たとえ | 表しているもの |
|---|---|
| 江南 | 斉=良い環境 |
| 橘 | 盗みをしない斉人 |
| 江北 | 荊=悪い環境 |
| 枳 | 盗みをした斉人 |
晏子の反論の論理
① 江南で育つ橘を江北へ移すと、枳に変わる。
② その原因は、土地・環境が違うからである。
③ 同じように、斉では盗みをしなかった人が荊で盗みをした。
④ ならば、その斉人を盗人にしたのは荊の土地柄・環境ではないか。
このたとえによって晏子は、荊王が斉人に向けた批判を、そのまま荊の国への批判にひっくり返した。
「江南橘為江北枳」の意味・主題
江南の橘、江北の枳となる=人は周囲の環境によって性質が変わるということ。
この文章では、晏子の巧みな比喩と、相手の策略を逆手に取る弁舌が中心になっています。荊王は斉人を悪く言うことで晏子を辱めようとしましたが、晏子はその斉人が荊で盗みをしたという事実を利用して、逆に荊の環境を批判しました。
テスト予想問題
問1 「左右」「於是」「乃」の本文中での意味を答えよ。
問2 「方」「於是」の読みを答えよ。
問3 「晏子将使荊。」を書き下し、現代語訳せよ。
現代語訳:晏子が荊に使者として行こうとしていた。
問4 「欲辱之。何以也。」を書き下し、現代語訳せよ。
現代語訳:晏子に恥をかかせようと思う。どうやって行おうか。
問5 「何為者也」「斉人固盗乎」をそれぞれ現代語訳せよ。
問6 「江南」「橘」「江北」「枳」は、それぞれ何をたとえているか。
問7 「得無土地使之然乎。」を書き下し、どのようなことを言っているのか説明せよ。
荊の土地柄が斉人に盗みを行わせるのではないと言えるだろうか、いや言えない、つまり荊の環境が斉人を盗人にしたのだということ。
問8 「吾欲傷子而反自中也。」を書き下し、現代語訳せよ。
現代語訳:私はあなたをやりこめようとして、反対に自分自身がやりこめられる目にあったようだ。