『侵官之害(しんかんのがい)』(官を侵すの害)の書き下し文・現代語訳・句法を解説します。出典は、戦国時代末期の韓非(かんぴ)の著とされる法家の思想書『韓非子』(二柄篇)です。
書き下し文・現代語訳・解説
冠係が衣をかける
白文昔者、韓昭侯酔而寝。
書き下し昔者、韓の昭侯酔ひて寝ねたり。
現代語訳昔、韓の昭侯が酒に酔って寝てしまった。
- 昔者
- 二字で「むかし」と読む。「者」は時を表す語に添えて語調を整える助字。
- 韓
- 戦国時代の国の名。
- 昭侯
- 韓の君主。法家の申不害を宰相に用いて国を治めた。
- 寝
- 「いヌ」。横になって眠る。「寝ぬ」と読むこともある。
- 而
- 置き字。「~て」と読む順接。
白文典冠者見君之寒也。
書き下し典冠の者、君の寒きを見るなり。
現代語訳冠係の役人が、主君が寒そうにしているのを見た。
- 典冠
- 君主の冠を管理する役人。冠係。「典」は「つかさどる」の意。
- 君之寒
- 主君(昭侯)が寒そうにしている様子。
- 見君之寒也
- 「君の寒きを見るや、」と読み、次の「故に」に続けることもある。
白文故加衣於君之上。
書き下し故に衣を君の上に加ふ。
現代語訳そこで、衣を主君の体の上にかけた。
- 故
- 「ゆゑニ」。だから。そこで。
- 加
- 「くはフ」。上にのせる。かける。
- 於
- 置き字。「君の上に」と、場所を表す。
昭侯が二人を罰する
白文覚寝而説、問左右曰、「誰加衣者。」
書き下し寝より覚めて説び、左右に問ひて曰はく、「誰か衣を加ふる者ぞ。」と。
現代語訳(昭侯は)眠りから覚めると喜んで、そばに仕える者に尋ねて言った、「誰が衣をかけてくれたのか。」と。
- 覚寝
- 「寝より覚む」。眠りから覚める。
- 説
- 「よろこブ」。「悦」と同じ意味。
- 左右
- 君主のそば近くに仕える者。側近。
- 誰~者
- 「誰か~者ぞ」。誰が~したのか。(疑問)
白文左右対曰、「典冠。」
書き下し左右対へて曰はく、「典冠なり。」と。
現代語訳側近はお答えして、「冠係です。」と言った。
- 対
- 「こたフ」。目上の人の問いにお答えする。
白文君因兼罪典衣与典冠。
書き下し君因りて典衣と典冠とを兼ね罪せり。
現代語訳昭侯はそこで、衣服係と冠係を二人とも罰した。
- 因
- 「よリテ」。そこで。それによって。
- 典衣
- 君主の衣服を管理する役人。衣服係。
- 与
- 「と」。「A与B」で「AとBと」と並べる。
- 兼罪
- 両方とも罰する。
- 罪
- 「つみス」。罰する。
罰した理由
白文其罪典衣、以為失其事也。
書き下し其の典衣を罪せるは、以て其の事を失ふと為せばなり。
現代語訳衣服係を罰したのは、自分の役目を果たさなかったと考えたからである。
- 以為A
- 「以てAと為す」。Aと考える。Aと判断する。
- 失其事
- 自分の職務を怠る。衣服係なのに、主君に衣をかけなかったこと。
- ~也
- 「~ばなり」。~からである。
白文其罪典冠、以為越其職也。
書き下し其の典冠を罪せるは、以て其の職を越ゆと為せばなり。
現代語訳冠係を罰したのは、自分の受け持ちを越えて手を出したと判断したからである。
- 越其職
- 自分の職分を越える。冠係なのに、衣服係の仕事である「衣をかける」ことをしたこと。
白文非不悪寒也。
書き下し寒きを悪まざるに非ざるなり。
現代語訳(昭侯も)寒いのをいやがらないわけではない。
- 悪
- 「にくム」。いやがる。きらう。
- 非不A
- 「Aざるに非ず」。Aしないわけではない。(二重否定)
白文以為、侵官之害、甚於寒。
書き下し以為らく、官を侵すの害は、寒きよりも甚だしと。
現代語訳他人の職分に踏み込むことの害は、寒さ(による害)よりも大きいと考えたのである。
- 以為
- 「おもヘラク」。思うことには。考えたことには。
- 侵官
- 他人の職務を侵すこと。ここでは、冠係が衣服係の仕事をしたこと。
- 甚
- 「はなはだシ」。ひどい。
- 於
- 置き字。「寒きよりも」と、比較を表す。
明主の臣下の扱い方
白文故明主之畜臣、
書き下し故に明主の臣を畜ふや、
現代語訳だから、賢明な君主が臣下を召し抱えるときは、
- 明主
- 賢明な君主。
- 畜
- 「やしなフ」。召し抱える。
- ~や
- 「~するときは」と、話題を示す。
白文臣不得越官而有功、不得陳言而不当。
書き下し臣は官を越えて功有るを得ず、言を陳べて当たらざるを得ず。
現代語訳臣下は、自分の官職を越えて手柄を立てることはできず、意見を述べたからには、その言葉と実際の仕事が一致しないことは許されない。
- 越官
- 自分の官職(職分)を越える。
- 功
- 手柄。功績。
- 陳
- 「のブ」。述べる。
- 言
- 意見。君主に申し述べたこと。
- 当
- 「あたル」。一致する。ぴったり合う。
- 不当
- 述べた意見と実際の仕事(実績)が一致しないこと。
白文越官則死、不当則罪。
書き下し官を越ゆれば則ち死され、当たらざれば則ち罪せらる。
現代語訳職分を越えれば死刑にされ、言ったことと実際が一致しなければ罰せられる。
- 則
- 「すなはチ」。~すれば、そのときは。
- 死
- 「ころス」。ここは「死さる」で、殺される。死刑にされる。
- 罪せらる
- 罰せられる。「らる」は受身。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①昔者
②説(覚寝而説)
③対(左右対曰)
④因(君因)
⑤畜(明主之畜臣)解答を見る
①むかし
②よろこび
③こたえて
④よりて
⑤やしなう(やしなうや)次の語の、本文中での意味を答えよ。
①典冠
②左右
③明主解答を見る
①君主の冠を管理する役人(冠係)
②君主のそばに仕える者(側近)
③賢明な君主
B 書き下し文・現代語訳
「誰加衣者」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:誰か衣を加ふる者ぞ。
現代語訳:誰が衣をかけてくれたのか。「非不悪寒也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:寒きを悪まざるに非ざるなり。
現代語訳:寒いのをいやがらないわけではない。「以為侵官之害甚於寒」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:以為へらく、官を侵すの害は、寒きよりも甚だしと。
現代語訳:他人の職分に踏み込むことによる害は、寒さよりも大きいと考えた。「臣不得越官而有功、不得陳言而不当」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:臣は官を越えて功有るを得ず、言を陳べて当たらざるを得ず。
現代語訳:臣下は自分の官職を越えて手柄を立てることはできず、意見を述べたら、それと実際の仕事が一致しないことは許されない。
C 内容の読み取り
昭侯が典衣と典冠を罰した理由を、それぞれ本文中から三字で抜き出し、その意味を説明せよ。
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典衣:失其事(自分の職務である衣服の管理を怠ったから)
典冠:越其職(自分の職分を越えて、衣服係の仕事をしたから)「侵官」とあるが、ここではだれの、どのような行為を指すか。
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冠係(典冠)が、衣服係(典衣)の職務に手を出して、昭侯に衣をかけた行為。
「越官」「不当」とは、それぞれどういうことか。
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越官:自分の職分を越えて、出すぎたことをすること。
不当:述べた意見と、実際の仕事(実績)とが一致しないこと。この文章に表れている、法と刑罰によって国を治めようとする考え方を何というか。また、韓非の属する学派を答えよ。
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法治主義(法治政治)。学派は法家。