『売柑者言(ばいかんしゃのげん)』の書き下し文・現代語訳・句法を解説します。作者は元末・明初の劉基(りゅうき)、出典は『誠意伯文集』です。
書き下し文・現代語訳・解説
見た目の美しい柑子
白文杭有売果者。
書き下し杭に果を売る者有り。
現代語訳杭州に、果物を売る者がいた。
- 杭
- 杭州。今の浙江省杭州市。
- 果
- 果物。
白文善蔵柑。
書き下し善く柑を蔵す。
現代語訳(その者は)柑子を貯蔵するのが上手だった。
- 善
- 「よク」。~するのが上手だ。
- 柑
- 柑子(こうじ)。みかんの一種。
- 蔵
- たくわえる。貯蔵する。
白文渉寒暑不潰、出之燁然玉質而金色。
書き下し寒暑に渉りて潰えず、之を出だせば燁然たる玉質にして金色なり。
現代語訳冬から夏を越しても形がくずれず、それを(しまっておいた所から)出すと、つやつやと美しく、玉のようにうるおいのある肌で、黄金色をしていた。
- 渉寒暑
- 冬から夏までを経る。長い期間がたつこと。
- 潰
- 「つひユ」。形がくずれる。
- 燁然
- つやがあって美しいさま。
- 玉質
- 玉のようにうるおいのある肌。
白文置于市賈十倍、人争鬻之。
書き下し市に置けば賈十倍すれども、人争ひて之を鬻ふ。
現代語訳市場に出すと値段は(ほかの)十倍もしたが、人々は争ってそれを買った。
- 于
- 置き字。場所を示す。読まない。
- 賈
- 「あたひ」。値段。
- 鬻
- ここは「かフ」と読み、買うの意味。
中身は古い綿のよう
白文予貿得其一。
書き下し予貿ひて其の一を得たり。
現代語訳私も(その柑子を)一つ買い求めた。
- 予
- 私。作者の劉基。
- 貿
- 「かフ」。買う。
- 其一
- その柑子の一つ。
白文剖之如有烟、撲口鼻。
書き下し之を剖くに烟有るがごとく、口鼻を撲つ。
現代語訳それを割ってみると、煙が立ったようになり、(いやなにおいが)口や鼻をつんとついた。
- 剖
- 「さク」。割る。
- 如有烟
- 煙が出たかのようだ。「如し」は「~のようだ」(比況)。
- 撲
- 「うツ」。つく。打ちつける。
白文視其中、則乾若敗絮。
書き下し其の中を視れば、則ち乾きて敗絮のごとし。
現代語訳その中身を見ると、干からびていて古い綿のようだった。
- 敗絮
- 古くなってぼろぼろの綿。ふるわた。
- 若
- 「ごとシ」。「如」と同じく「~のようだ」。
白文予怪而問之。
書き下し予怪しみて之を問ふ。
現代語訳私は不審に思って、このことを(売る者に)問いただした。
- 怪
- 「あやシム」。不思議に思う。不審に思う。
- 而
- 置き字。読まない。
売る者の言い分
白文売者笑曰、「吾業是有年矣。
書き下し売る者笑ひて曰はく、「吾が業は是れ年有り。
現代語訳売る者は笑って言うことには、「私はこの商売を長年やっております。
- 業
- 仕事。商売。
- 有年
- 長い年月がたっている。
- 矣
- 置き字。断定の気持ちを表す。
白文吾頼是以食吾軀。
書き下し吾是れに頼りて以つて吾が軀を食ふ。
現代語訳私はこの商売に頼って、暮らしを立てているのです。
- 是
- この商売。前の「吾業」を指す。
- 食吾軀
- 「吾が軀を食ふ」。自分の体を養う。生計を立てる。
白文吾售之、人取之、未嘗有言。
書き下し吾之を售り、人之を取り、未だ嘗て言有らず。
現代語訳私が柑子を売り、人がそれを買って、これまで一度も苦情を言われたことはありません。
- 售
- 「うル」。売る。
- 取
- ここは「買う」の意味。
- 之
- どちらも柑子を指す。
- 言
- ここは苦情・文句。
白文而独不足子所乎。
書き下し而るに独り子の所に足らざるか。
現代語訳それなのに、あなたの所にだけ満足できないものが渡ったのでしょうか。
- 而
- 「しかルニ」。それなのに。逆接。
- 独
- 「ひとリ」。ただ~だけ。
- 子
- あなた。作者を指す。
- 不足
- 満足できない。不十分だ。
白文世之為欺者不寡矣。
書き下し世の欺を為す者寡からず。
現代語訳世の中に、人をだますことをする者は少なくありません。
- 為欺
- 人をだます。
- 寡
- 「すくなシ」。少ない。
白文而独我也乎。
書き下し而して独り我のみならんや。
現代語訳それなのに、どうして私だけ(がだましている)でしょうか、いや、私だけではありません。
- 而
- 「しかシテ」。ここは「それなのに」の意。
- 也乎
- 二字で「や」と読み、反語を表す。
白文吾子未之思也。
書き下し吾子未だ之を思はざるなり。
現代語訳あなたはまだ、このことをよく考えていないのです。
- 吾子
- あなた。作者を指す。
- 之
- 世の中に人をだます者は少なくない、ということ。
- 未
- 再読文字。「いまダ~ず」。
外見だけ立派な高官たち
白文今夫佩虎符坐皋比者、洸洸乎干城之具也。
書き下し今、夫れ虎符を佩び皋比に坐する者は、洸洸乎として干城の具なり。
現代語訳さて、虎の形の割り符を身につけ、虎の皮の上に座っている者(=将軍)は、勇ましくて、君主の盾や城となって国を守る人材であるように見えます。
- 夫
- 「そレ」。さて。そもそも。話を切り出す語。
- 虎符
- 虎の形をした割り符。将軍のしるし。
- 佩
- 「おブ」。身につける。
- 皋比
- 虎の皮。
- 洸洸乎
- 勇ましいさま。
- 干城之具
- 君主の盾(干)や城となって国を守る資質。
白文果能授孫・呉之略耶。
書き下し果たして能く孫・呉の略を授くるか。
現代語訳(しかし)本当に孫子や呉子のような戦略を授けることができるでしょうか。
- 孫・呉
- 孫子(孫武)と呉子(呉起)。ともに兵法家。
- 略
- 戦略。
- 耶
- 「か」。疑問。
白文峨大冠拖長紳者、昂昂乎廟堂之器也。
書き下し大冠を峨くし長紳を拖く者は、昂昂乎として廟堂の器なり。
現代語訳大きな冠を高々とかぶり、礼服の長い帯を引いている者(=高官)は、意気揚々として、大臣の器量があるように見えます。
- 峨
- 「たかクス」。高くする。
- 拖
- 「ひク」。引く。
- 大冠・長紳
- 大きな冠と、礼服の長い帯。高官の服装。
- 昂昂乎
- 意気揚々としたさま。
- 廟堂
- 朝廷。
- 廟堂之器
- 大臣となる器量。
白文果能建伊・皋之業耶。
書き下し果たして能く伊・皋の業を建つるか。
現代語訳(しかし)本当に伊尹や皋陶のような功績をあげることができるでしょうか。
- 伊・皋
- 伊尹(殷の名臣)と皋陶(舜の名臣)。
- 業
- 功業。りっぱな仕事・業績。
白文盗起而不知禦、民困而不知救、吏姦而不知禁、法斁而不知理。
書き下し盗起こりて而も禦ぐを知らず、民困しみて而も救ふを知らず、吏姦にして而も禁ずるを知らず、法斁れて而も理むるを知らず。
現代語訳盗賊が出てもそれを防ぐ方法を知らず、民衆が苦しんでも救う方法を知らず、役人が不正をはたらいてもやめさせる方法を知らず、法が崩れても立て直す方法を知りません。
- 而
- 「しかモ」。それなのに。
- 禦
- 「ふせグ」。防ぐ。
- 吏
- 役人。
- 姦
- 不正。悪事。
- 斁
- 「やぶル」。こわれる。
- 理
- 「をさム」。正しく直す。
- 不知~
- 主語は、前に出た「佩虎符坐皋比者」と「峨大冠拖長紳者」。
白文坐縻廩粟、而不知恥。
書き下し坐ながら廩粟を縻やして、而も恥づるを知らず。
現代語訳何もしないまま俸禄(給料)をむだに受け取って、それを恥ずかしいとも思いません。
- 坐
- 「ゐながら」。何もしないで。
- 縻
- 「つひやス」。むだに使う。
- 廩粟
- 倉の穀物。ここは役人の給料(俸禄)。
ぜいたくに暮らす者
白文観其坐高堂騎大馬、酔醇醲而飫肥鮮者、孰不巍巍乎可畏、赫赫乎可象也。
書き下し其の高堂に坐し大馬に騎り、醇醲に酔ひて肥鮮に飫く者を観るに、孰か巍巍乎として畏るべく、赫赫乎として象るべからざらんや。
現代語訳立派な御殿に住み、大きな馬に乗り、うまい酒に酔い、ごちそうを食べ飽きている者を見ると、誰が、その堂々とした姿に敬服し、光り輝く手本としてまねるべきだと思わないでしょうか、いや、誰もがそう思うのです。
- 高堂
- 立派な御殿。
- 醇醲
- 味のこい上等な酒。
- 飫
- 「あク」。飽きるほど食べる。
- 肥鮮
- おいしい料理。
- 巍巍乎
- 高く大きいさま。
- 畏
- 敬服する。
- 赫赫乎
- 光り輝くさま。
- 象
- 「かたどル」。手本とする。
外は金玉、中は敗絮
白文又何往而不金玉其外敗絮其中也哉。
書き下し又何くに往くとして、其の外を金玉にして其の中を敗絮にせざらんや。
現代語訳また、どこへ行ったとしても、外側を金や玉のように飾りながら、中身を古い綿のようにしていない者がいるでしょうか、いや、そんな者ばかりです。
- 何往
- どこへ行っても。
- 金玉其外
- 外側を金や玉のように(立派に)する。
- 敗絮其中
- 中身を古い綿のように(中身のないものに)する。
- 也哉
- 二字で「や」と読み、反語を表す。
白文今子是之不察、而以察吾柑。」
書き下し今、子是れを之れ察せずして、以つて吾が柑を察す。」と。
現代語訳今、あなたはこのことを見抜かないで、私の柑子のことばかりあれこれ言っておられるのです。」と。
- 察
- 見抜く。よく調べる。
- 是
- 世の中の人が、外見だけ立派で中身がないこと。
- 之
- 「是」(目的語)を前に出したことを示す字。「これ」と読む。
白文予黙然無以応。
書き下し予黙然として以つて応ずる無し。
現代語訳私は黙ったまま、返す言葉がなかった。
- 黙然
- 黙っているさま。
- 無以応
- 答える手だてがない。返答できない。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①賈
②潰(えず)
③食(う)
④售(り)
⑤困(しみて)解答を見る
①あたい/値段
②ついえ/形がくずれる
③やしなう/養う(生計を立てる)
④うり/売る
⑤くるしみて/苦しむ「吾子未之思也」の「吾子」と、「今子是之不察」の「子」は、それぞれ誰を指すか。
解答を見る
どちらも作者(劉基)。本文中の「予」。
B 書き下し文・現代語訳
「吾售之、人取之、未嘗有言」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:吾之を售り、人之を取り、未だ嘗て言有らず。
現代語訳:私が柑子を売り、人がそれを買って、これまで一度も苦情を言われたことはない。「世之為欺者不寡矣。而独我也乎」を書き下し文にし、言葉を補って現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:世の欺を為す者寡なからず。而して独り我のみならんや。
現代語訳:世の中に人をだます者は少なくない。どうして私だけがだましているだろうか、いや、私だけではない。「孰不巍巍乎可畏、赫赫乎可象也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:孰か巍巍乎として畏るべく、赫赫乎として象るべからざらんや。
現代語訳:誰が、その堂々とした姿に敬服し、光り輝く手本としてまねるべきだと思わないだろうか、いや、誰もがそう思う。「又何往而不金玉其外敗絮其中也哉」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:又何くに往くとして、其の外を金玉にして其の中を敗絮にせざらんや。
現代語訳:また、どこへ行っても、外側を金や玉のように飾り、中身を古い綿のようにしていない者がいるだろうか、いや、そういう者ばかりだ。
C 内容の読み取り
「予怪而問之」とあるが、作者は何を不審に思ったのか。
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見た目は美しく、高い値でも人が争って買う柑子なのに、割ってみると中身が干からびて、古い綿のようだったこと。
「吾子未之思也」の「之」は、どのようなことを指すか。
解答を見る
世の中には、人をだます者が少なくないということ。
「不知禦」「不知救」「不知禁」「不知理」「不知恥」と言われているのは、どのような人々か。本文中から二つ抜き出して答えよ。
解答を見る
佩虎符坐皋比者・峨大冠拖長紳者
「金玉其外敗絮其中」は、何をたとえたものか。
解答を見る
当時の為政者(高官)たちが、外見は立派に飾っているが、中身は何の能力も実績もないこと。
「予黙然無以応」とあるが、作者が答えられなかったのはなぜか。
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外見と中身がちがうのは柑子に限らず、世の中の為政者たちがみなそうだと、売る者に筋道立てて言われ、反論できなかったから。