沈既済『枕中記』②書き下し文・現代語訳・解説

目次
  1. 夢の中で盧生は栄華を極める
  2. 盧生、謀反の疑いで捕らえられる
  3. 再び栄華を極め、夢の中で一生を終える
  4. 盧生、夢から覚める
  5. 「人生之適、亦如是矣」
  6. 盧生は夢を見て何を悟ったのか
  7. 「邯鄲の夢」「一炊の夢」
  8. 『枕中記』②テスト予想問題

呂翁の不思議な枕によって夢の世界へ入った盧生の一生と、夢から覚めた後の「悟り」を扱います。

前半で盧生は、出世して地位・名声・富を手に入れることこそが「適」――満ち足りた人生だと主張していた。夢の中では、その願いが現実になるが、成功や栄華だけではなく、失脚、投獄、死の恐怖、流罪、復権、老い、そして死まで、人生の浮き沈みをすべて経験する。

夢の中で盧生は栄華を極める

盧生は夢の中で名門・崔氏の娘と結婚し、翌年には官吏登用試験である進士科に合格します。

その後も昇進を続け、地方行政や軍事で功績を上げ、朝廷でも重要な官職を歴任します。

一度は宰相にねたまれて地方へ左遷されますが、再び都へ呼び戻され、ついには宰相となって長く国政を担いました。

盧生が思い描いていた地位・名声・功績を、夢の中では実際にすべて手に入れていきます。

盧生、謀反の疑いで捕らえられる

府吏引従至其門、而急収之。

府吏(ふり)従(じゆう)を引きて其の門に至り、而(しか)して急に之を収(とら)へんとす。

役人たちは従者を引き連れて盧生の屋敷までやって来ると、ただちに彼を捕らえようとした。

・府吏…役人。

・収…ここでは「捕らえる」。

生惶駭不測、謂妻子曰、「吾家山東、有良田五頃、足以禦寒餒、何苦求禄。

生惶駭(くわうがい)して測(はか)られず、妻子に謂(い)ひて曰はく、「吾が家山東に、良田五頃(けい)有り、以て寒餒(かんだい)を禦(ふせ)ぐに足りしに、何を苦しみて禄(ろく)を求めしや。

盧生は思いもよらない事態にひどく動揺し、妻や子供たちに言った。「故郷の山東には、寒さや飢えをしのぐには十分な田畑があった。それなのに、私はどうして官職と俸禄を求めたりしたのだろう。

・惶駭…驚き恐れ、うろたえること。

・五頃…土地の広さを表す。

・寒餒…寒さと飢え。

・禄…官職について得る給与。ここでは、官職や出世を求めることにもつながる。

盧生は、田畑で働く生活を「困」と考えていた。

ところが命を奪われるかもしれない状況になると、故郷には暮らしていけるだけの田畑があったことを思い出す。かつて不満に思っていた平凡な暮らしが、実は安全で穏やかな生活だったと気づき始める。

而今及此、思衣短褐、乗青駒、行邯鄲道中、不可得也。」

而(しか)るに今此に及び、短褐(たんかつ)を衣(き)、青駒(せいく)に乗り、邯鄲の道中を行かんと思ふも、得べからざるなり。」と。

「今、このような事態になってみれば、あの粗末な服を着て黒い子馬に乗り、邯鄲への道を歩いていたころへ戻りたいと思っても、もう戻ることはできないのだ。」と。

引刃自刎。其妻救之、獲免。

刃を引きて自刎(じふん)せんとす。其の妻之を救ひ、免るるを獲(え)たり。

盧生は刃物を取り出して自ら首を切ろうとした。しかし妻が止めたため、命を失わずにすんだ。

・自刎…自分で首を切って死のうとすること。

其罹者皆死、独生為中官保之、減死罪、投驩州。

其の罹(かか)る者皆死せるに、独(ひと)り生のみ中官(ちゆうくわん)の之を保(ほ)するが為に、死罪を減ぜられ、驩州(くわんしう)に投ぜらる。

この事件に巻き込まれた者たちは皆処刑されたが、盧生だけは宮中の役人が弁護したため死刑を免れ、驩州へ流されることになった。

・罹者…事件に巻き込まれた者。

・中官…宦官。

・驩州…現在のベトナム方面にあった土地。

数年、帝知冤、復追為中書令、封燕国公、恩旨殊異。

数年にして、帝冤(ゑん)なるを知り、復(ま)た追ひて中書令(ちゆうしよれい)と為し、燕国公(えんこくこう)に封じ、恩旨(おんし)殊(こと)に異なり。

数年がたつと、皇帝は盧生が無実だったことを知った。そこで再び都へ呼び戻して中書令に任命し、燕国公の位を与えるなど、特別に手厚く取り立てた。

・冤…無実の罪。

・中書令…当時、宰相に相当する重要な官職。

再び栄華を極め、夢の中で一生を終える

復権した盧生は再び権力を握り、一族も大きく栄えます。

子供たちもそれぞれ官職に就き、名門の家々と縁を結び、盧生の家は非常に大きな勢力を持つようになります。

盧生自身も長い年月にわたって高い地位にあり、土地や邸宅など多くのものを与えられました。

しかし年老いると病気になり、ついには夢の中でその長い人生を終えます。

盧生、夢から覚める

盧生欠伸而悟、見其身方偃於邸舎、呂翁坐其傍、主人蒸黍未熟、触類如故。

盧生欠伸(けんしん)して悟(さ)むるに、其の身方(まさ)に邸舎(ていしや)に偃(ふ)し、呂翁は其の傍(かたは)らに坐し、主人は黍を蒸して未だ熟せず、触類(しよくるい)故(もと)のごときを見る。

盧生があくびをして目を覚ますと、自分はまだ宿屋に横になっていた。呂翁もすぐそばに座っている。そして、宿の主人が蒸していた黍さえまだ出来上がっておらず、周囲の様子は眠る前と何一つ変わっていなかった。

・欠伸…あくびをして背伸びをすること。

・偃…横になる。

・触類…周囲のもの。

・如故…以前のままである。

眠る直前に宿の主人が蒸していた黍さえ、まだ出来上がっていなかった。

数十年にも感じられた一生が、現実ではほんの短い時間だった。

生蹶然而興曰、「豈其夢寐也。」

生蹶然(けつぜん)として興(お)きて曰はく、「豈(あ)に其れ夢寐(むび)なるか。」と。

盧生は驚いて勢いよく起き上がり、「あの長い人生は、すべて夢だったのですか。」と言った。

・蹶然…驚いて急に立ち上がるさま。

・夢寐…眠って夢を見ること。ここでは「夢」。

翁謂生曰、「人生之適、亦如是矣。」

翁生に謂(い)ひて曰はく、「人生の適(てき)も、亦(また)是(か)くのごとし。」と。

呂翁は盧生に言った。「人が求める幸福や栄華というものも、結局は今の夢のようなものなのだ。」と。

「人生之適、亦如是矣」

生憮然良久、謝曰、「夫寵辱之道、窮達之運、得喪之理、死生之情、尽知之矣。

生憮然(ぶぜん)たること良(やや)久しくして、謝して曰はく、「夫(そ)れ寵辱(ちようじよく)の道、窮達(きゆうたつ)の運、得喪(とくさう)の理、死生(しせい)の情、尽く之を知れり。

盧生は深い感慨に沈んだまま、しばらく何も言わなかった。そして礼を述べて言った。「人から重んじられることと辱められること、困窮と栄達、得ることと失うこと、そして生と死――人生で起こるこれらすべてを、私は身をもって知ることができました。

・憮然…深い感慨に沈むさま。

・寵辱…人から重んじられることと、辱められること。

・窮達…困窮することと、出世して栄えること。

・得喪…得ることと失うこと。成功と失敗。

盧生が夢の中で経験した四つの対立

  • 寵 ↔ 辱…重んじられること ↔ 屈辱
  • 窮 ↔ 達…困窮 ↔ 栄達
  • 得 ↔ 喪…得ること ↔ 失うこと
  • 死 ↔ 生…死 ↔ 生

盧生は夢の中で、単に「成功」だけではなく、人生の正反対の局面をすべて経験したことになります。

此先生所以窒吾欲也。敢不受教。」

此れ先生の吾が欲を窒(ふさ)ぐ所以(ゆゑん)なり。敢(あ)へて教へを受けざらんや。」と。

「このことを私に悟らせ、出世や栄華を追い求める欲望を抑えさせるために、先生はあの夢を見せてくださったのですね。どうしてその教えを受け入れずにいられるでしょうか。もちろん、ありがたく受け入れます。」と。

・所以…~する理由、わけ。

・窒…ふさぐ。ここでは欲望を抑えること。

敢不~…「敢へて~ざらんや」=どうして~しないだろうか、いや、~する。(反語)

稽首再拝而去。

稽首(けいしゆ)再拝(さいはい)して去る。

盧生は地面に頭をつけるほど丁重に礼をし、さらに深く拝礼して、その場を立ち去った。

・稽首…頭を地面につける、非常に丁重な礼。

・再拝…繰り返し丁寧に礼をすること。

盧生は夢を見て何を悟ったのか

盧生が最初に求めていたのは、出世・富・名声・権力でした。

夢の中でそれらを実際に手に入れますが、栄華の裏には失脚や死の恐怖があり、手に入れたものも永遠には続きません。

そして、夢の中では何十年にも感じられた人生そのものが、目覚めればほんの短い時間の出来事でした。

盧生はこの経験によって、自分が絶対的な価値があると信じていた栄達も、はかなく移り変わるものにすぎないと悟ります。

「邯鄲の夢」「一炊の夢」

邯鄲の夢

人の世の栄華や人生そのものが、夢のようにはかないこと。

一炊の夢

人の一生や栄華が、非常に短く、はかないものであること。

『枕中記』②テスト予想問題

問1 盧生が「何苦求禄」と後悔したのはなぜか。
故郷には生活するのに十分な田畑があったのに、出世を求めたために謀反の疑いをかけられ、命まで失いかねない状況になったから。
問2 「人生之適、亦如是矣」を書き下し文にし、現代語訳しなさい。
書き下し文:人生の適も、亦是くのごとし。
現代語訳:人が求める幸福や栄華も、結局はこの夢のようなものだ。
問3 「邯鄲の夢」「一炊の夢」は、現在どのような意味で使われるか。
人生の栄華や人の一生が、夢のようにはかなく短いものであること。