柳宗元「黔之驢(黔の驢)」の書き下し文・現代語訳・解説です。作者の柳宗元(773~819年)は唐の文章家で、唐宋八大家の一人です。政治改革に加わって失敗し、地方に左遷されました。この文章は、世の人の愚かさをいましめた「三戒」という三編の寓話のうちの一編です。
書き下し文・現代語訳・解説
虎が驢馬を恐れる
白文黔無驢。
書き下し黔に驢無し。
現代語訳黔州には驢馬がいなかった。
- 黔
- 黔州。今の中国の貴州省のあたり。
- 驢
- 驢馬(ろば)。
白文有好事者、船載以入。
書き下し好事者有り、船に載せて以て入る。
現代語訳物好きな人がいて、(驢馬を)船に乗せて(黔州に)運び入れた。
- 好事者
- 物好きな人。変わったものを好む人。
白文至則無可用、放之山下。
書き下し至れば則ち用ゐるべき無く、之を山下に放つ。
現代語訳(黔州に)着いてみると使い道がないので、驢馬を山のふもとに放した。
- 至
- (黔州に)着く。
- 則
- 「すなはチ」。~すると。前の条件を受ける語で、特に訳さなくてもよい。
- 無可用
- 使い道がない。役に立たない。
- 之
- 驢馬を指す。
白文虎見之、尨然大物也。
書き下し虎之を見るに、尨然として大なる物なり。
現代語訳虎がその驢馬を見ると、とても大きな生き物であった。
- 尨然
- 大きいさま。
白文以為神、蔽林間窺之。
書き下し以て神と為し、林間に蔽れて之を窺ふ。
現代語訳(虎は驢馬を)神のような不思議なものかと思い、林の中に隠れて様子をうかがった。
- 神
- ここでは、正体のわからない不思議な力をもつもの。
- 蔽
- 「かくル」。隠れる。
- 窺
- 「うかがフ」。こっそり様子を見る。
白文稍出近之、憖憖然莫相知。
書き下し稍く出でて之に近づくに、憖憖然として相知る莫し。
現代語訳(虎は)少しずつ出て行って驢馬に近づいたが、用心しながら見ても、相手が何ものなのかよくわからなかった。
- 稍
- 「やうやク」。しだいに、少しずつ。
- 憖憖然
- 用心深く、おそるおそる見るようす。
- 相
- ここでは「相手を」の意味。
- 莫
- 「無」と同じ。
「相」は「互いに」の意味でよく使われますが、ここは「相手(驢馬)を」という意味です。虎が一方的に驢馬のことを知ろうとしているので、「互いに」ではありません。
虎が驢馬に慣れていく
白文他日、驢一鳴。
書き下し他日、驢一たび鳴く。
現代語訳ある日、驢馬が一声鳴いた。
- 他日
- ある日。
白文虎大駭遠遁、以為且噬己也、甚恐。
書き下し虎大いに駭き遠く遁れ、以て且に己を噬まんとすと為し、甚だ恐る。
現代語訳虎はひどく驚いて遠くへ逃げ、(驢馬が)自分にかみつこうとしていると思って、たいそう恐れた。
- 駭
- 「おどろク」。驚く。
- 遁
- 「のがル」。逃げる。
- 噬
- かむ、かみつく。
- 甚
- 「はなはダ」。たいそう、非常に。
白文然往来視之、覚無異能者。
書き下し然れども往来して之を視るに、異能無き者に覚ゆ。
現代語訳しかし、近づいたり離れたりしながら様子を見ているうちに、特に変わった能力はないもののように思えてきた。
- 然
- 「しかレドモ」。しかし。
- 往来
- 行ったり来たりする。
- 異能
- ふつうとは違う、特別な能力。
- 覚
- 「おぼユ」。~のように思われる、感じられる。
白文益習其声、又近出前後、終不敢搏。
書き下し益其の声に習れ、又近づきて前後に出づれども、終に敢へて搏たず。
現代語訳(虎は)驢馬の鳴き声にもますます慣れ、さらに近寄って前や後ろに出てみたが、それでもまだ思い切ってつかみかかろうとはしなかった。
- 益
- 「ますます」。
- 習
- 慣れる。
- 終
- 「つひニ」。最後まで、結局。
- 搏
- つかみかかる、打ちかかる。
白文稍近益狎、蕩倚衝冒。
書き下し稍く近づきて益狎れ、蕩倚衝冒す。
現代語訳(虎は)だんだん近づいて、ますますなれなれしくなり、体をこすりつけたり、ぶつかったりした。
- 狎
- なれなれしくする。
- 蕩倚衝冒
- 「蕩」は好き放題にする、「倚」は寄りかかる、「衝」はぶつかる、「冒」はおかす。虎が遠慮なく驢馬にからむようす。
白文驢不勝怒、蹄之。
書き下し驢怒りに勝へず、之を蹄る。
現代語訳驢馬は腹が立ってこらえきれず、虎を蹴った。
- 不勝~
- 「~に勝へず」。~にたえられない、~をこらえきれない。
- 蹄
- ひづめで蹴る。
- 之
- 虎を指す。
虎が驢馬を食べる
白文虎因喜、計之曰、「技止此耳。」
書き下し虎因りて喜び、之を計りて曰はく、「技止だ此れのみ。」と。
現代語訳そこで虎は喜び、驢馬の力を見積もって、「こいつの技はたったこれだけか。」と言った。
- 因
- 「よリテ」。そこで、それで。
- 計
- 推し量る、見積もる。
虎が喜んだのは、驢馬の技が「蹴る」ことだけだとわかり、恐れる必要はない、自分なら勝てると思ったからです。
白文因跳踉大闞、断其喉、尽其肉、乃去。
書き下し因りて跳踉して大いに闞え、其の喉を断ち、其の肉を尽くして、乃ち去る。
現代語訳そこで躍りかかって大きな声でほえ、驢馬の喉をかみ切り、その肉を食べ尽くして、ようやく立ち去った。
- 跳踉
- 跳びかかる、躍り上がる。
- 闞
- (虎が)ほえる。教科書によっては別の字体で書かれている。
- 乃
- 「すなはチ」。そうしてやっと。
作者の感想
白文噫、形之尨也、類有徳、声之宏也、類有能。
書き下し噫、形の尨なるや、徳有るに類し、声の宏なるや、能有るに類す。
現代語訳ああ、図体が大きいと立派な徳をそなえているかのようであり、声が大きいとすぐれた力をもっているかのように見える。
- 噫
- 「ああ」。嘆きの声。
- 尨
- 大きい。
- 類
- 似ている。~のように見える。
- 宏
- 大きい。
「形の尨なるや、徳有るに類し」は、驢馬と虎の話でいえば、虎が初めて驢馬を見て「以為神」(神だと思った)ところにあたります。
白文向不出其技、虎雖猛、疑畏卒不敢取。
書き下し向に其の技を出ださざれば、虎猛なりと雖も、疑ひ畏れて卒に敢へて取らざらん。
現代語訳あのとき、もし驢馬が自分の技を見せなかったら、虎がいかにどう猛でも、疑い恐れて最後まで襲いかかろうとはしなかっただろう。
- 向
- 「さきニ」。以前、あのとき。
- 其技
- 驢馬の技。蹴ること(本文の「蹄」)。
- 猛
- どう猛だ。
- 卒
- 「つひニ」。最後まで、とうとう。
- 取
- (獲物として)襲う、捕らえる。
白文今若是焉。悲夫。
書き下し今是くのごとし。悲しいかな。
現代語訳ところが、今このようなことになってしまった。悲しいことだなあ。
- 若是
- 「是くのごとし」。このようである。
- 是
- 驢馬が虎に食い殺されてしまったことを指す。
テスト予想問題
A 語句
次の漢字の読みを、送り仮名を含めて現代仮名遣いのひらがなで答えよ。①則(至則)
②稍
③益
④因(虎因喜)
⑤向
⑥卒解答を見る
①すなわち
②ようやく
③ますます
④よりて
⑤さきに
⑥ついに「好事者」「他日」「蕩倚衝冒」の意味をそれぞれ答えよ。
解答を見る
好事者=物好きな人。他日=ある日。蕩倚衝冒=(遠慮なく)体をこすりつけたり、ぶつかったりすること。
「憖憖然莫相知」の「相」は、ここではどのような意味か。
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相手を(驢馬のことを)。「互いに」の意味ではない。
B 書き下し文・現代語訳
「以為且噬己也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:以て且に己を噬まんとすと為し
現代語訳:(驢馬が)今にも自分にかみつこうとしていると思って「終不敢搏」を書き下し文にし、主語を補って現代語訳せよ。
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書き下し文:終に敢へて搏たず。
現代語訳:(虎は)それでも最後まで進んで驢馬につかみかかろうとはしなかった。「技止此耳」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:技止だ此れのみ。
現代語訳:(驢馬の)技はたったこれだけだ。「向不出其技、虎雖猛、疑畏卒不敢取」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:向に其の技を出ださざれば、虎猛なりと雖も、疑ひ畏れて卒に敢へて取らざらん。
現代語訳:あのとき技を見せなかったら、虎がどんなにどう猛でも、疑い恐れて最後まで襲いかかろうとはしなかっただろう。
C 内容の読み取り
「虎因喜」とあるが、虎が喜んだのはなぜか。
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驢馬を怒らせてみて、その技が蹴ることだけだとわかり、恐れる必要はない、自分なら勝てると思ったから。
「形之尨也、類有徳、声之宏也、類有能」は、話の中のどのような場面にあてはまるか。
解答を見る
虎が、大きな驢馬を初めて見て神のようなものだと思ったり、鳴き声を聞いて自分にかみつこうとしていると恐れたりした場面。
「今若是焉」の「是」は、どのようなことを指すか。
解答を見る
驢馬が自分の技(蹴ること)を見せてしまったために、虎に食い殺されてしまったこと。
この文章から読み取れる教訓を説明せよ。また、似た内容のことわざを一つ挙げよ。
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教訓:力のある強い相手に対しては、腹を立てて自分の正体(実力のなさ)を見せてはならず、慎重にふるまうべきだということ。
ことわざ:「雉も鳴かずば打たれまい」など。