司馬遷『史記』廉頗藺相如列伝のうち、「完璧帰趙(かんぺききちょう)」の前半の書き下し文・現代語訳・解説です。
「完璧」という言葉は、この話から生まれました。もともとは、借りたものを傷つけずに無事に返すことを言いました。どんな話から、どのようにして今の「欠けたところがなく、完全である」という意味になったのでしょうか。
続きは完璧帰趙②です。
書き下し文・現代語訳・解説
白文趙恵文王時、得楚和氏璧。
書き下し趙の恵文王の時、楚の和氏の璧を得たり。
現代語訳趙の恵文王の時代に、(趙は)楚の「和氏の璧」を手に入れた。
- 恵文王
- 趙の王。
- 和氏の璧
- 楚の卞和が見つけた宝玉。天下の宝として知られた。
- 璧
- 中央に穴のあいた、円形で平たい宝玉。
白文秦昭王聞之、使人遺趙王書、願以十五城請易璧。
書き下し秦の昭王之を聞き、人をして趙王に書を遺らしめ、願はくは十五城を以て璧に易へんことを請ふと。
現代語訳秦の昭王はこのことを聞いて、使いの者を趙王のもとに送って手紙を届けさせ、「どうか十五の城と璧を交換してほしい」と求めた。
- 之
- 和氏の璧を趙が手に入れたこと。
- 遺る
- 贈り届ける。
- 願はくは~(せ)ん
- どうか~したい。
- 請ふ
- 求める、頼む。
- 易ふ
- 交換する。この意味のときの音読みは「エキ」(交易)。「たやすい」の意味のときは「イ」(容易)。
白文趙王与大将軍廉頗諸大臣謀、欲予秦、秦城恐不可得、徒見欺。
書き下し趙王大将軍廉頗・諸大臣と謀り、秦に予へんと欲せば、秦の城恐らくは得べからずして、徒らに欺かれん。
現代語訳趙王は大将軍の廉頗や大臣たちと相談した。(璧を)秦に渡そうとしても、秦の城はおそらく手に入らず、むざむざだまされるだけだろう。
- 与
- 「と」と読む。~とともに。
- 予ふ
- あたえる。
- 徒らに
- むだに。
- 欺く
- ここは「見欺」で受け身を表し、「欺かる」と読む。だまされる。
- 徒らに欺かれる
- 代償の城がもらえないだけでなく、趙の面目がつぶれ、他の国からも軽んじられることになる。
白文欲勿予、即患秦兵之来。
書き下し予ふること勿からんと欲せば、即ち秦兵の来たらんことを患ふ。
現代語訳(反対に)渡さないでおこうとすれば、すぐに秦の軍が攻めてくることが心配だ。
- 勿し
- 禁止を表す。ここでは「予ふること勿からん」で、「あたえないでおこう」の意。
- 即ち
- そうなると、すぐに。
- 秦兵
- この「兵」は兵士ではなく、軍隊の意味。
白文計未定、求人可使報秦者、未得。
書き下し計未だ定まらず。人の秦に報ぜしむべき者を求むるに、未だ得ず。
現代語訳方針はまだ定まらない。秦への返答の使者にふさわしい人物を探したものの、見つからなかった。
- 報ず
- 返事をする。
- 未ダ~ズ
- まだ~ない。(再読文字「未」)
- 人の秦に報ぜしむ可き者
- 秦に返事をする役を任せるのにふさわしい人。「者」は人を表す。
白文宦者令繆賢曰、「臣舎人藺相如可使。」
書き下し宦者令繆賢曰はく、「臣の舎人藺相如使ひす可し。」と。
現代語訳宦者令の繆賢が言うことには、「私の家来の藺相如なら、使者にふさわしいでしょう。」と。
- 宦者令
- 宦官(去勢された役人)の長官。
- 舎人
- 家来。側近として仕える者。
- 臣
- 「わたくし」。臣下の謙称。ここは繆賢自身をさす。
- 使ひす
- 使者として行く。
- 可し
- ~するのがよい、~できる。
白文於是王召見、問藺相如曰、「秦王以十五城請易寡人之璧。可予不。」
書き下し是に於いて、王召見し、藺相如に問ひて曰はく、「秦王、十五城を以て寡人の璧に易へんことを請ふ。予ふべきや不や。」と。
現代語訳そこで王は相如を召し寄せて会い、尋ねて言った、「秦王は十五の城を私の璧と交換したいと言ってきた。(璧を)与えてよいものだろうか、どうだろうか。」と。
- 於是
- 「ここにおいて」。そこで。
- 寡人
- 諸侯の謙称。「徳の少ない人」の意。ここは趙王自身。
- 可予不
- 「予ふべきや不や」と読む。与えてよいか、いけないか。
白文相如曰、「秦彊而趙弱。不可不許。」
書き下し相如曰はく、「秦は彊くして趙は弱し。許さざるべからず。」と。
現代語訳相如は言った、「秦は強く、趙は弱いのです。(申し出を)承知しないわけにはいきません。」と。
- 彊し
- 強い。
- 許す
- 聞き入れる。承知する。
白文王曰、「取吾璧、不予我城、奈何。」
書き下し王曰はく、「吾が璧を取りて、我に城を予へずんば、奈何せん。」と。
現代語訳王は言った、「(秦が)私の璧を取り上げて、私に城をくれなかったら、どうするのか。」と。
- 奈何
- どうしようか。方法や処置をたずねる。
白文相如曰、「秦以城求璧、而趙不許、曲在趙。趙予璧、而秦不予趙城、曲在秦。均之二策、寧許以負秦曲。」
書き下し相如曰はく、「秦城を以て璧を求むるに、趙許さずんば、曲は趙に在り。趙璧を予ふるに、秦趙に城を予へずんば、曲は秦に在り。之の二策を均るに、寧ろ許して以て秦に曲を負はしめん。」と。
現代語訳相如は言った、「秦が城を差し出すと言って璧を求めたのに趙が断れば、悪いのは趙です。趙が璧を渡したのに秦が城をくれなければ、悪いのは秦です。この二つを比べれば、いっそ承知して秦に落ち度を負わせるのがよいと存じます。」と。
- 曲
- 正しくないこと。非。「直」の反対。
- 均る
- くらべる。
- 寧ろA
- どちらかといえばA。(選択)
- 負はしむ
- 背負わせる。
白文王曰、「誰可使者。」
書き下し王曰はく、「誰か使ひす可き者ぞ。」と。
現代語訳王は言った、「誰が使者にふさわしいか。」と。
- 使ひす可き者
- 使者にふさわしい人。「者」は人を表す。
白文相如曰、「王必無人、臣願奉璧往使。城入趙而璧留秦。城不入、臣請完璧帰趙。」
書き下し相如曰はく、「王必ず人無くんば、臣願はくは璧を奉じて往きて使ひせん。城趙に入らば璧は秦に留めん。城入らずんば、臣請ふ璧を完うして趙に帰らん。」と。
現代語訳相如は言った、「王様にどうしても適当な人がいないのでしたら、私が璧を捧げ持って、使者として行きましょう。城が趙の手に入ったなら、璧は秦に置いてまいります。城が手に入らなければ、私は璧を傷つけずに、趙に持ち帰ります。」と。
- 無くんば
- いなければ。
- 奉ず
- 両手でささげ持つ。
- 完うす
- 傷つけずに守り通す。
白文趙王於是遂遣相如奉璧西入秦。
書き下し趙王是に於いて、遂に相如をして璧を奉じて西して秦に入らしむ。
現代語訳趙王はそこで、ついに相如に璧を捧げ持たせて、西の秦に向かわせた。
- 遣
- 使役の助字。「~をして…しむ」。
- 西す
- 西へ向かう。秦は趙の西にある。
テストで問われるポイント
- 趙の恵文王が手に入れた宝=楚の和氏の璧。秦の昭王は十五城との交換を申し出た。
- 趙王の悩み=渡さなければ秦が攻めてくる。渡せば城をもらえずだまされる。
- 「見欺」=だまされる(受身)。
- 「不可不許」=承知しなければならない(二重否定)。
- 「曲」=非、正しくないこと。相如の考え=受け入れて、秦に非を負わせる。
- 「寧許以負秦曲」=むしろ承知して、秦に非を負わせよう。
- 「臣請完璧帰趙」=城が手に入らなければ、私が璧を無傷のまま趙に持ち帰る。→ 「完璧」の語源。
テスト予想問題
A 語句・読み
次の語の読みを、送り仮名を含めて現代仮名遣いで答えよ。
「請ふ」「願はくは」「完うす」「寡人」解答を見る
こう・ねがわくは・まっとうす・かじん
「恐見欺」と同じ受身の働きをする助字を、本文の中から抜き出し、読み方と意味も答えよ。
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「見」。「欺かる」と読み、「だまされる」の意味。
「易」「遺」「奉」のここでの意味を、それぞれ答えよ。また、「易」がこの意味のときの音読みを答えよ。
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易=交換する 遺=おくる、届ける 奉=両手でささげ持つ
「易」の音読み=エキ(交易の「易」)「秦兵之来」の「兵」は、ここでは何をさしているか。
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兵士ではなく、秦の軍隊。
B 書き下し文・現代語訳
「欲予秦、秦城恐不可得、徒見欺。欲勿予、即患秦兵之来。」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:秦に予へんと欲すれば、秦の城は恐らくは得べからず、徒らに欺かれん。予ふること勿からんと欲すれば、即ち秦兵の来たるを患ふ。
現代語訳:秦に璧を渡そうとすれば、おそらく城は手に入らず、むざむざだまされるだろう。渡さないでおこうとすれば、すぐに秦の軍が攻めてくるのが心配だ。「可予不」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:予ふべきや不や
現代語訳:(璧を)与えてよいだろうか、どうだろうか。「不可不許」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:許さざるべからず
現代語訳:承知しなければならない。(承知しないわけにはいかない。)「寧許以負秦曲」を書き下し文にし、「許」の具体的な内容を明らかにして現代語訳せよ。
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書き下し文:寧ろ許して以て秦に曲を負はしめん
現代語訳:むしろ、十五城と璧を交換するという秦の申し出を承知して、秦に非を負わせよう。「王必無人、臣願奉璧往使」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:王必ず人無くんば、臣願はくは璧を奉じて往きて使ひせん
現代語訳:王様にどうしても適当な人がいないのでしたら、私が璧を捧げ持って、使者として行きましょう。「臣請完璧帰趙」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:臣請ふ璧を完うして趙に帰らん
現代語訳:私は、璧を傷つけずに無事に趙に持ち帰りましょう。
C 内容の読み取り
「恐見欺」とあるが、趙王は誰に、何をされることを心配したのか。
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秦に、璧だけを取り上げられて、約束の十五城をもらえないこと(秦にだまされること)。
「計未定」とあるが、趙王が方針を決められなかったのはなぜか。
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璧を渡せば城をもらえずにだまされるおそれがあり、渡さなければ秦が攻めてくるおそれがあって、どちらも危険だったから。(そのうえ、使者にふさわしい人も見つからなかった。)
繆賢が藺相如を使者に推薦したのは、なぜか。
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以前、罪を犯して逃げようとした自分を、相如が的確な助言で止めてくれたことがあり、相如を勇気も知恵もある人物だと考えていたから。
このとき、廉頗と藺相如の身分には、どのような差があったか。
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廉頗は上卿という臣下の最高位にある将軍で、藺相如は宦者令繆賢の家来にすぎなかった。
藺相如は、秦の申し出を受け入れるほうがよいと考えた。その理由を説明せよ。
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断れば非は趙にあることになり、秦に攻める口実を与えてしまう。受け入れて璧を差し出し、それでも秦が城を渡さなければ、非は秦にあることになるから。
「完璧」という故事成語の、もともとの意味と、現在の意味を答えよ。
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もとの意味:借りたものを傷つけずに無事に返すこと(璧を無傷のまま持ち帰ること)。現在の意味:欠けたところがなく、完全であること。