『戦国策』「戦勝於朝廷(戦ひ朝廷に勝つ)」の書き下し文・現代語訳・解説です。戦国時代の斉の国で、宰相の鄒忌が、自分の身近な体験をたとえにして、威王に政治の心得を説いた話です。
前半――鄒忌の気づき
白文鄒忌修八尺有余、身体昳麗。
書き下し鄒忌修八尺有余にして、身体昳麗なり。
現代語訳鄒忌は背丈が八尺あまり(約百八十センチ)もある大男で、容姿が美しかった。
- 鄒忌
- 斉の宰相。
- 修
- 身長、背丈。
- 有余
- あまり。
- 昳麗
- 容姿が美しいこと。
白文朝服衣冠窺鏡、謂其妻曰、
書き下し朝服衣冠して鏡を窺ひ、其の妻に謂ひて曰はく、
現代語訳朝廷に出仕するときの正式な服装と冠を身につけ、鏡をのぞき込んで、妻に向かって言った。
- 朝服衣冠
- 「朝服」は朝廷に出るときの礼服。「衣冠」は衣服と冠で、ここは「衣冠して」と動詞のように、礼服を着て冠をつけること。「朝」を朝の時刻の意味に読んでいるわけではない。
- 窺
- のぞく。
白文「我孰与城北徐公美。」
書き下し「我は城北の徐公の美に孰与れぞ。」と。
現代語訳「私は城北の徐公の美しさと比べてどうだろうか(どちらが美しいだろうか)。」と。
- 城北
- (斉の都の)城壁の北のほう。
白文其妻曰、「君美甚。徐公何能及君也。」
書き下し其の妻曰はく、「君の美なること甚だし。徐公何ぞ能く君に及ばんや。」と。
現代語訳妻は言った。「あなたはとても美しいわ。徐公なんか、あなたに及ぶはずがありませんよ。」と。
- 甚
- はなはだしい、程度がひどい。
- 何ぞ~んや
- どうして~だろうか、いや~ない(反語)。
- 能
- 「よク」。~できる。
白文城北徐公、斉国之美麗者也。
書き下し城北の徐公は、斉国の美麗なる者なり。
現代語訳城北の徐公というのは、斉の国で評判の美男子であった。
白文忌不自信、而復問其妾曰、「吾孰与徐公美。」妾曰、「徐公何能及君也。」
書き下し忌自ら信ぜずして、復た其の妾に問ひて曰はく、「吾は徐公の美に孰与れぞ。」と。妾曰はく、「徐公何ぞ能く君に及ばんや。」と。
現代語訳鄒忌は(妻の答えを)自分でも信じられなかったので、今度は側室に尋ねた。「私は徐公と比べてどうだろうか。」と。側室は言った。「徐公がどうしてあなたさまにかないましょう。」と。
- 自
- ここでは「みづかラ」。自分で。(ほかに「よリ」「おのづかラ」などの読みもある)
- 妾
- 側室。
白文旦日客従外来、与坐談。
書き下し旦日客外より来たり、与に坐談す。
現代語訳翌朝、客が外から訪ねて来たので、一緒に座って話をした。
- 旦日
- 翌朝。
- 従
- 「よリ」。~から。
- 与
- ここでは「ともニ」。一緒に。
白文問之客曰、「吾与徐公孰美。」
書き下し之を客に問ひて曰はく、「吾と徐公と孰れか美なる。」と。
現代語訳(鄒忌は)客にそのことを尋ねて言った。「私と徐公とでは、どちらが美しいか。」と。
- 与
- ここでは「と」。
- 孰
- 「いづレカ」。どちらが。
「孰」は、「たれか」(だれが)、「たれをか」(だれを)、「いづれか」(どちらが)などの読み方があります。ここは二つのうちどちらかを問うので「いづれか」です。
白文客曰、「徐公不若君之美也。」
書き下し客曰はく、「徐公は君の美なるに若かざるなり。」と。
現代語訳客は言った。「徐公はあなたの美しさには及びません。」と。
白文明日徐公来。
書き下し明日徐公来たる。
現代語訳その翌日、徐公がやって来た。
白文孰視之、自以為不如。
書き下し之を孰視し、自ら以為へらく如かずと。
現代語訳(鄒忌は)徐公をじっくり見て、自分は及ばないと思った。
- 孰視
- じっくりと見る。(「熟視」と同じ)
- 之
- 徐公を指す。
- 以為「おもへらク」
- 思うことには。「以て~と為す」と読む場合もある。
「不如」の後ろには「徐公」が省かれています。つまり、自分(鄒忌)は徐公の美しさにかなわない、と認めているのです。
白文窺鏡而自視、又弗如遠甚。
書き下し鏡を窺ひて自ら視るに、又如かざること遠く甚だし。
現代語訳鏡をのぞいて自分の姿を見てみると、やはり(徐公には)とても及ばなかった。
- 弗
- 「ず」。「不」と同じ。
- 遠甚
- はるかに、はなはだしく。
白文暮寝而思之曰、
書き下し暮れに寝ねて之を思ひて曰はく、
現代語訳夕方、床について、このことを考えて言った。
白文「吾妻之美我者、私我也。
書き下し「吾が妻の我を美とするは、我に私すればなり。
現代語訳「妻が私のほうが美しいと言ったのは、私をひいきしているからだ。
- 者
- ここでは「は」と読み、「~のは」の意味。「もの」と読む場合もある。
- 私
- えこひいきする。
白文妾之美我者、畏我也。
書き下し妾の我を美とするは、我を畏るればなり。
現代語訳妾が私を美しいと言ったのは、私を恐れているからだ。
白文客之美我者、欲有求於我也。」
書き下し客の我を美とするは、我に求むる有らんと欲すればなり。」と。
現代語訳客が私を美しいと言ったのは、私に何か頼みごとをしたいからだ。」と。
後半――威王への進言
白文於是入朝見威王曰、
書き下し是に於いて入朝して、威王に見えて曰はく、
現代語訳そこで鄒忌は朝廷に参内して、威王にお目にかかって言った。
- 於是
- 「是に於いて」。そこで。
- 入朝
- 朝廷に参内する。
- 威王
- 戦国時代の斉の王。
- 見
- 「まみユ」。身分の高い人にお目にかかる。
鄒忌は、自分が家族や客にほめられてだまされかけた体験から、王はもっと真実が見えにくい立場にいると気づき、それを威王に知らせるために参内しました。
白文「臣誠知不如徐公美。
書き下し「臣は誠に徐公の美に如かざるを知れり。
現代語訳「私は、自分が徐公の美しさに及ばないことを、本当によくわかりました。
- 臣
- 私。君主に対して臣下が自分をいう語。
白文臣之妻私臣、臣之妾畏臣、臣之客欲有求於臣、皆以美於徐公。
書き下し臣の妻は臣に私し、臣の妾は臣を畏れ、臣の客は臣に求むる有らんと欲し、皆以て徐公よりも美なりとす。
現代語訳ところが、私の妻は私をひいきし、側室は私を恐れ、客は私に頼みごとがあるので、みな私のことを徐公よりも美しいと言いました。
白文今斉地方千里、百二十城。
書き下し今斉の地方千里、百二十城あり。
現代語訳今、斉の領土は千里四方もあり、城壁に囲まれた町が百二十もあります。
- 方千里
- 千里四方。
- 城
- 城壁に囲まれた町。日本の「城」とは異なる。
白文宮婦・左右、莫不私王、朝廷之臣、莫不畏王、四境之内、莫不有求於王。
書き下し宮婦・左右は、王に私せざる莫く、朝廷の臣は、王を畏れざる莫く、四境の内は、王に求むる有らざる莫し。
現代語訳後宮の女性や側近で王をひいきしない者はなく、朝廷の家臣で王を恐れない者はなく、国じゅうの者で王に頼みごとをしない者はいません。
- 宮婦
- 後宮に仕える女性たち。
- 左右
- 王のそばに仕える側近。
- 四境之内
- 国境の内側、国じゅう。
白文由此観之、王之蔽甚矣。」
書き下し此れに由りて之を観れば、王の蔽はるること甚だし。」と。
現代語訳このことから考えますと、王の目はひどくふさがれております。」と。
- 由此観之
- これによって考えると。
- 蔽
- おおう、ふさぐ。「蔽はる」は受身。
「王之蔽甚矣」とは、王の周りの人々が、ひいき・恐れ・頼みごとのために本当のことを告げないので、王は国の実情がわからなくなっている、ということです。
白文王曰、「善。」乃下令。
書き下し王曰はく、「善し。」と。乃ち令を下す。
現代語訳威王は「よろしい。」と言った。そこで、国じゅうに命令を出した。
- 善
- よろしい、もっともだ。
- 令
- 命令、法令。
白文「群臣・吏民能面刺寡人之過者、受上賞。
書き下し「群臣・吏民の能く面えて寡人の過ちを刺る者は、上賞を受けん。
現代語訳「家臣・役人・人民で、面と向かって私の過ちを批判することのできた者には、最上の賞を与えよう。
- 吏民
- 役人と人民。
- 面
- 面と向かって。
- 刺
- そしる、批判する。
- 過
- 間違い、過失。
- 寡人
- 私。君主が自分をへりくだっていう語。
白文上書諫寡人者、受中賞。
書き下し上書して寡人を諫むる者は、中賞を受けん。
現代語訳書面を差し出して私を諫めた者には、中等の賞を与えよう。
- 上書
- (君主に)文書を差し出す。
- 諫
- 目上の人の過ちを指摘し、改めるよう意見する。
白文能謗譏於市朝、聞寡人之耳者、受下賞。」
書き下し能く市朝に謗譏して、寡人の耳に聞こえしむる者は、下賞を受けん。」と。
現代語訳人の集まる市場や役所で私を批判して、それが私の耳に届くようにした者には、下等の賞を与えよう。」と。
- 謗譏
- そしる、非難する。
- 市朝
- 市場や役所など、人の集まる所。
賞の等級は、直接言うほど高く、遠回しになるほど低くなっています。王は、臣下に本当のことを語らせるために、このような法令を出したのです。
白文令初下。群臣進諫、門庭若市。
書き下し令初めて下る。群臣進み諫めて、門庭市のごとし。
現代語訳命令が出された当初は、家臣たちが次々と進み出て諫めたので、宮殿の門や庭はまるで市場のようににぎわった。
- 門庭
- 宮門と庭。
- 若市
- 市場のようだ。人がたくさん集まっている様子。
白文数月之後、時時而間進、期年之後、雖欲言、無可進者。
書き下し数月の後、時時にして間に進み、期年の後、言はんと欲すと雖も、進むべき者無し。
現代語訳数か月たつと、ときどき進言する者がいるくらいになり、一年後には、何か言おうとしても、進言すべきことがなくなった。
- 時時
- ときどき。
- 間
- 「まま」。ときおり。
- 期年
- まる一年。
- 雖~
- ~しても、~けれども。
- 者
- ここでは「こと」と読むこともある。進言すべきこと。
「無可進者」となったのは、王の過ちがすっかり指摘され、改められたので、もう進言すべきことが残っていなかったからです。
白文燕・趙・韓・魏、聞之皆朝於斉。
書き下し燕・趙・韓・魏、之を聞きて皆斉に朝す。
現代語訳燕・趙・韓・魏の国々は、このことを聞いて、みな斉の朝廷に参上してきた。
- 朝
- (臣下として)参上する、従う。
白文此所謂戦勝於朝廷。
書き下し此れ所謂戦ひ朝廷に勝てるなり。
現代語訳これこそ、いわゆる「朝廷にいながらにして戦いに勝つ」ということである。
- 所謂「いはゆる」
- いわゆる。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読みを、送り仮名も含めて現代仮名遣いで答えよ。
①孰与れぞ
②以為へらく
③所謂
④期年解答を見る
①いずれぞ
②おもえらく
③いわゆる
④きねん次の語の意味を答えよ。
①旦日
②寡人
③左右
④城解答を見る
①翌朝
②私(君主が自分をへりくだっていう語)
③王のそばに仕える側近
④城壁に囲まれた町
B 書き下し文・現代語訳
「我孰与城北徐公美」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:我は城北の徐公の美に孰与れぞ。
現代語訳:私は城北の徐公の美しさと比べてどうだろうか。「徐公何能及君也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:徐公何ぞ能く君に及ばんや。
現代語訳:徐公がどうしてあなたに及ぶことができましょうか、いや、とても及びません。「徐公不若君之美也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:徐公は君の美なるに若かざるなり。
現代語訳:徐公はあなたの美しさには及びません。「莫不私王」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:王に私せざる莫し。
現代語訳:王をひいきしない者はいない(みな王をひいきしている)。「雖欲言、無可進者」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:言はんと欲すと雖も、進むべき者無し。
現代語訳:何か言おうとしても、進言すべきことがなくなった。
C 内容の読み取り
妻・妾・客が、それぞれ鄒忌のほうが美しいと答えたのはなぜだと、鄒忌は考えたか。
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妻…鄒忌をえこひいきしているから。
妾…鄒忌を恐れているから。
客…鄒忌に頼みごとがあるから。鄒忌の話の「臣之妻」「臣之妾」「臣之客」は、王の周りではそれぞれ何にあたるか。本文中の語で答えよ。
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臣之妻=宮婦・左右 臣之妾=朝廷之臣 臣之客=四境之内
「王之蔽甚矣」とはどういうことか。
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王の周りの者がみな、ひいき・恐れ・頼みごとのために本当のことを告げないので、王は国の実情がわからなくなっているということ。
「門庭若市」は、どのような様子を表しているか。
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王を諫めようとする人が次々にやって来て、宮殿の門や庭が市場のようににぎわっている様子。
「戦勝於朝廷」とはどういうことか。
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実際に戦うのではなく、朝廷でよい政治を行って国を強くし、他国に対して優位に立つということ。