『正徹物語(しょうてつものがたり)』「為秀の秀歌」の現代語訳・品詞分解・解説です。教科書によっては「独り雨聞く秋の夜すがら」という題で載っています。
了俊は、為秀の「あはれ知る友こそかたき世なりけれ独り雨聞く秋の夜すがら」という歌を聞いて、為秀の弟子になりました。筆者の正徹は、この歌のすぐれた点を、「夜半かな」と言い切らずに「夜すがら」と言いさして、思いを余情として残したところにあると説きます。「上の句」の意味と、歌の言葉の順序に注意して読みましょう。
この文章には続きがあり、杜甫の漢詩の読み方の話をへて「歌もただ一字で別のものに聞こえる」と結ばれます(→『正徹物語』一字の違ひ)。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞・敬語の種類と向きを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
為秀の歌と了俊
現代語訳為秀の、しみじみとした情趣のわかる友というものは、なかなか得られない世の中であるなあ。独りで雨の音を聞いて過ごす、この秋の夜通し(思うことには)。
- あはれ
- しみじみとした情趣。
- かたし(難し)
- めったにない。得がたい。
- 夜すがら
- 一晩中。夜通し。
「こそ」の結びは「けれ」(已然形)。ここで意味が切れる三句切れの歌。
意味のうえでは「独り雨聞く秋の夜すがら」→「あはれ知る友こそかたき世なりけれ」の順になる。それを入れかえた倒置の形で、「夜すがら」という体言で終わっている(体言止め)。
現代語訳という歌を耳にして、了俊は為秀に弟子入りなさったのである。
「弟子に」の「に」は変化の結果を表す格助詞。
「なられ」の「れ」は尊敬の助動詞。作者(正徹)から了俊への敬意。了俊は正徹の和歌の師にあたる。
了俊が弟子入りを決めたのは、この歌の言葉の使い方に感動したから。歌のすばらしさを、筆者の説明とは別の面から示すエピソードになっている。
意味のうえでの上の句
現代語訳「独り雨聞く秋の夜すがら」の句は、(意味のうえでは)上の句にあたるのである。
歌の形では最後(下の句)にある「独り雨聞く秋の夜すがら」が、意味のうえでは上の句にあたる、ということ。
「上の句にて」の「に」は断定の助動詞「なり」の連用形。
現代語訳秋の夜にただ一人、雨音に耳を傾けながら、「情趣のわかる友はなかなか得られない世の中だなあ」と思ったのだ。
秋の夜に独りで雨の音を聞きながら思ったのが、「あはれ知る友こそかたき世なりけれ」ということ。倒置をもとに戻した、意味の順序を説明している。
現代語訳もし情趣のわかる友がいるのなら、(その友に)誘われて、どこへでも出かけて行き、語り明かしでもするとしたら、
- いづち
- どこ。どちら。
誘うのは「あはれ知る友」。
「語りも明かさ」は、「語り明かす」の間に係助詞「も」が入った形。
「かく」は、独りで(一晩中しみじみと)雨の音を聞いていることを指す。
「をば」は格助詞「を」+係助詞「は」が濁ったもの。
現代語訳(どこへも)行こうともしないところが、格別にすぐれていると思われるのです。
- 殊勝なり(しゆしようなり)
- 格別にすぐれている。
「いかん」は「行かん」と読む。どこへも行こうとせず、独りで雨を聞いているところを、筆者は格別にすぐれているとほめている。
「いかん」を「如何(いかん)」と見て、「どうしようもない(孤独な)ところが、しみじみと心ひかれる」と解する読み方もある。
「侍る」は丁寧の補助動詞で、作者(正徹)から読み手への敬意。
「夜半かな」と「夜すがら」
現代語訳もし「独り雨聞く秋の夜半かな(独りで雨の音を聞いている秋の夜更けだなあ)」とでもあったなら、(歌の意味は)そこで切れて終わってしまうだろうが、
- 夜半(よは)
- 夜中。夜更け。
- 果つ(はつ)
- 終わる。
「果つ」は、「秋の夜半かな」のように終助詞「かな」で結んで言い切り、歌の意味が切れて終わること。
現代語訳「秋の夜すがら」と言いっぱなしにして、(意味が)切れて終わらないところが大切なのだ。
- 言ひ捨つ
- 言いっぱなしにする。言いさす。
- 肝要なり(かんえうなり)
- 非常に大切だ。
「言ひ捨て」は、「夜すがら」で言いさして、すべてを言い切らないこと。
「果てざるところが肝要」なのは、意味が切れないことで、一人で思う余韻(余情)が生まれるから。
現代語訳「独りで雨の音を聞いて、秋の夜通し思ったことは」という気持ちを(言葉の外に)残して、「夜すがら」と言ったのである。
「心を残して」は、言いたいことを言い切らずに残すこと、つまり余情。
「夜すがら思ひたるは」のあとに、思った内容である「あはれ知る友こそかたき世なりけれ」が言葉の外で続いて響く。
現代語訳だから、「独り雨聞く秋の夜すがら」が(意味のうえでは)上の句にあたるのである。
- されば
- だから。そういうわけで。
「されば」は、前の「「独り雨聞く秋の夜半かな」とも…「夜すがら」とは言へるなり」までの説明を受けて、結論を述べている。
現代語訳もし「独り雨聞く」が(意味のうえでも)下の句であったなら、これといってすぐれた所もない歌になるにちがいない。
- させる
- (下に打消の語を伴って)これといった。たいした。
- 節(ふし)
- きわだった点。すぐれたところ。
「『独り雨聞く』が下の句ならば」とは、倒置がなく、意味のうえでも「独り雨聞く」が下の句になるということ。たとえば「あはれ知る友こそかたき世なりけれ独り雨聞く秋の夜半かな」のように、そこで言い切る形をいう。
そうなると余情が残らないので、「させる節もなき歌」になってしまう。
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①為秀
②了俊
③夜半
④殊勝
⑤肝要
⑥節解答を見る
①ためひで
②りょうしゅん
③よわ
④しゅしょう
⑤かんよう
⑥ふし次の語の本文中での意味を答えよ。
①かたき
②あはれ
③夜すがら
④いづち
⑤殊勝に
⑥肝要なり
⑦させる節もなき解答を見る
①めったにない・得がたい
②しみじみとした情趣
③一晩中・夜通し
④どこ
⑤格別にすぐれて
⑥非常に大切だ
⑦これといってすぐれた点もない
B 文法
次の助動詞の意味と活用形を答えよ。
①弟子になられたるなりの「れ」
②誘はれての「れ」
③かく雨をば聞くべからずの「べから」
④果つべきがの「べき」
⑤「夜すがら」とは言へるなりの「る」解答を見る
①尊敬・連用形(作者から了俊への敬意)
②受身・連用形
③当然・未然形
④推量・連体形
⑤完了・連体形次の「なら」「に」を文法的に説明せよ。
①弟子になられたるなりの「なら」
②友のあるならばの「なら」
③上の句にてあるなりの「に」解答を見る
①ラ行四段活用の動詞「なる」の未然形
②断定の助動詞「なり」の未然形
③断定の助動詞「なり」の連用形「あるならば」の「ば」と同じく、順接の仮定条件を表す「ば」を含む部分を、本文中から三つ抜き出せ。
解答を見る
語りも明かさば/「独り雨聞く秋の夜半かな」ともあらば(あらば)/下の句ならば
C 現代語訳・内容
「あはれ知る友こそかたき世なりけれ独り雨聞く秋の夜すがら」の歌について、①何句切れか。②使われている表現技法を二つ答えよ。③歌全体を現代語訳せよ。
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①三句切れ
②倒置法・体言止め
③しみじみとした情趣のわかる友というものは、なかなか得られない世の中であるなあ。独りで雨の音を聞いて過ごす、この秋の夜通し(思うことは)。「かく雨をば聞くべからず」を、「かく」の内容を補って現代語訳せよ。また、どのような状況であればこうなると言っているか。
解答を見る
訳=このように独りで雨の音を聞くはずがない。 状況=情趣のわかる友がいて、その友に誘われてどこかへ出かけ、語り明かしている状況。
「いかんともせぬところが殊勝におぼえ侍るなり」を現代語訳せよ。
解答を見る
(どこへも)行こうともしないところが、格別にすぐれていると思われるのです。(「いかん」を「如何」と見て、「どうしようもない(孤独な)ところが、しみじみと心ひかれるのです」と訳す読み方もある。)
「『秋の夜すがら』と言ひ捨てて、果てざるところが肝要なり」について、①「果つ」「言ひ捨て」とは、それぞれ具体的にどうすることか。②「果てざるところが肝要」なのはなぜか。
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①果つ=「夜半かな」のように終助詞「かな」などで結んで言い切り、歌の意味が切れて終わること。 言ひ捨て=「夜すがら」で言いさして、すべてを言い切らないこと。
②意味が切れないことで、独りで思う余情(余韻)が残るから。「『独り雨聞く秋の夜すがら思ひたるは』といふ心を残して」について、①「心を残して」とはどういうことか、漢字二字の語を使って説明せよ。②「思ひたる」内容は何か。歌の中から抜き出せ。
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①言いたいことを言い切らずに、余情として残すこと。
②あはれ知る友こそかたき世なりけれ「『独り雨聞く』が下の句ならば、させる節もなき歌にてあるべきなり」について、①「『独り雨聞く』が下の句」とはどういうことか。②全体を現代語訳せよ。
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①倒置がなく、意味のうえでも「独り雨聞く」が下の句になっている(「秋の夜半かな」などで言い切る)ということ。
②もし「独り雨聞く」が下の句であったら、これといってすぐれた点もない歌になるにちがいない。筆者は「あはれ知る…」の歌のどのような点がすぐれていると言っているか。説明せよ。
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意味のうえでは先にくるはずの「独り雨聞く秋の夜すがら」を後に置き、「夜すがら」と言いさして意味を切らないことで、「独りで夜通し思ったことは」という気持ちを余情として残している点。