『源氏物語玉の小櫛(げんじものがたりたまのおぐし)』「もののあはれ」の現代語訳・品詞分解・解説です。
本居宣長が、物語は何のために読むのか、物語のよしあしは何で決まるのかを述べた文章です。物語を読む意義(世の中や人の心を知り、もののあはれを知ること)と、光源氏の恋を例にした物語のよしあしと儒教・仏教の善悪の違いをおさえましょう。「これ」「その筋」「そ」などの指示語もよく問われます。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞・敬語の種類と向きを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
物語を読む意義
現代語訳物語というものはおしなべて、世間で起こることや、人の様子や心を、いろいろと書き表したものなので、
- すべて
- 総じて。
- ありさま
- 様子。
現代語訳読むと、自然と世の中のありさまをよく理解し、人のすることや、心のありようを、よく見分けて知る、
- おのづから
- 自然と。
- 心得
- 理解する。
- しわざ
- 行い。
- 情(こころ)
- 人の心。感情。
- わきまふ
- 見分ける。よく理解する。
物語を読んで「わきまへ知る」のは、世の中のありさま、人の行い、心のありよう。
現代語訳これこそが、物語を読むような人が第一に心がけるべきことなのだなあ。
- 旨と
- 第一に。もっぱら。
「これ」は、前の「おのづから…よくわきまへ知る」の部分。物語を読めば、世の中のことや人の行い・心が自然とよくわかるということ。
「ぞ」の結びは「ける」(連体形)。
- おほかた
- だいたい。
- 心ばへ
- 心のありよう。
「かくのごとし」の内容は、あとの「昔のことを…思ひ慰むるわざなり」に述べられている。
現代語訳昔のできごとを今の自分の身に引き当ててなぞらえて、昔の人のもののあはれにも思いをはせ、
- なずらふ
- なぞらえる。
- 思ひやる
- 思いをはせる。想像する。
「昔のこと」は、物語の中のできごと。「昔の人」は物語の登場人物。
「昔の人のもののあはれをも思ひやり」は、作中の人物が感じたことを思い浮かべてみること。
現代語訳自分の身の上も昔と比べてみて、もののあはれを知り、つらいことも心の中で慰めるものなのである。
- 憂し
- つらい。
- 思ひ慰む
- 心を慰める。
- わざ
- こと。もの。
物語を読むことで、もののあはれを知り、自分のつらさも慰められる、ということ。
物語のよしあしと儒仏の教え
現代語訳さて物語は、もののあはれを知ることを第一としているが、その点(もののあはれを知ること)に関しては、儒教や仏教の教えには背いていることも多いのだよ。
- 旨
- いちばん大切なこと。
- 儒仏
- 儒教と仏教。
「その筋」は、もののあはれを知ること。
物語はもののあはれを知ることを第一とするので、その点で儒教・仏教の教えに背くことが多い、ということ。
現代語訳それはまず、人の心が物事に感じて動くことには、善悪・正邪いろいろある中で、道理に反していることには感じてはならないものだけれども、
- 善悪邪正
- 善と悪、よこしまと正しさ。
- 理(ことわり)
- 道理。
- 違ふ(たがふ)
- 背く。反する。
「そ」は、前の「物語には儒仏の教えに背くことも多い」こと。
「人の情の」の「の」は主格。人の心が物事に感じて動くこと。
現代語訳人の心は、自分のものなのに自分の意のままにはならないところがあり、ついこらえきれない点もあって、(道理に反することにも)感じて動いてしまうことがあるものなのだ。
- 我ながら
- 自分のことでありながら。
- 忍びがたし
- こらえきれない。
- 節
- 点。ところ。
「情は我ながらわが心にも任せぬ」は、自分の感情を自分では抑えられないということ。道理に反することでも、心が動いてしまうことがある。
現代語訳光源氏の身の上で言うならば、(光源氏が)空蟬の君・朧月夜の君・藤壺の中宮などに思いを寄せて、お逢いになったことは、
- 心をかく
- 思いを寄せる。
- 逢ふ
- (男女が)結ばれる。
ここからが、前の「情は我ながらわが心にも任せぬ」の例。
「給へ」は尊敬語で、作者から光源氏への敬意。
現代語訳儒教や仏教などの教えで言うとすれば、この上もないひどい不義悪行であるので、
- 世に上もなし
- この上ない。
- いみじ
- (ここは悪い意味で)ひどい。
空蟬・朧月夜・藤壺は、いずれも夫や定まった相手のいる女性なので、光源氏の恋は儒教・仏教の教えでは不義悪行になる。
現代語訳ほかにどれほどよいことがあったとしても、よい人とは言いにくいはずなのに、
- いかばかり
- どれほど。
- 言ひがたし
- 言いにくい。
「よき人とは言ひがたかるべき」は、光源氏のこと。
現代語訳(物語は)その不義悪行であることを、それほど取り立てては言わないで、ただその間の、もののあはれの深いところを、くり返しくり返し書き記して、
- 由(よし)
- こと。
- さしも
- (下に打消を伴って)それほど(〜ない)。
- かへすがへす
- くり返し。
物語は、光源氏の恋が不義悪行であることを取り立てて言わず、恋の中のもののあはれの深さ(感情の深さ)を細やかに書いている。
現代語訳光源氏をもっぱらよい人の手本として、よいことのすべてをこの君の身の上に集めている、
- 本
- 手本。
物語が光源氏をよい人の手本としているのは、物語の主眼が道徳の善悪ではなく、もののあはれの深さにあるから。
現代語訳これが物語の本旨であって、その(物語の)よしあしは、儒教や仏教などの書物の善悪とは異なる違いなのである。
- 大旨(おほむね)
- 本旨。いちばん大切な趣旨。
- けぢめ
- 違い。区別。
物語のよしあしは、もののあはれを知っているかどうかで決まり、儒教・仏教の書物の善悪(道理や道徳による判断)とは基準が違う、ということ。
現代語訳そうかといって、あのような不義をよいとするのではない。
- さりとて
- そうかといって。
「かのたぐひの不義」は、光源氏が空蟬・朧月夜・藤壺などに思いを寄せ、関係を持ったこと。物語は、それをよいこととしているわけではない、と念を押している。
現代語訳ただ世の中(の人の心)を書いた物語であるから、そういう方面の善悪の議論はしばらくわきに置いて、それほどこだわらず、
- 差し置く
- わきに置く。
- かかはる
- こだわる。
「さる筋の善悪の論」は、儒教・仏教の教えによる善悪の議論。
現代語訳ただもののあはれを知っている点のよさを、取り上げてよいとしているのである。
- 取り立つ
- 特に取り上げる。
物語がよいとしているのは、もののあはれを知っていることのよさである。
本居宣長のほかの文章:『石上私淑言』もののあはれを知る・『玉勝間』師の説になづまざること
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①情(情のあるやう)
②旨
③理
④儒仏
⑤空蟬
⑥朧月夜
⑦由(不義悪行なる由)
⑧大旨解答を見る
①こころ
②むね
③ことわり
④じゅぶつ
⑤うつせみ
⑥おぼろづきよ(おぼろづくよ)
⑦よし
⑧おおむね次の語の本文中での意味を答えよ。
①おのづから
②なずらふ
③憂し
④心をかく
⑤いみじ(いみじき不義悪行)
⑥さしも(〜ず)
⑦けぢめ解答を見る
①自然と
②なぞらえる
③つらい
④思いを寄せる
⑤ひどい
⑥それほど(〜ない)
⑦違い・区別
B 文法
次の助動詞の意味を答えよ。
①「物語を読まむ人」の「む」
②「旨と思ふべきこと」の「べき」
③「理に違へることには感ずまじきわざ」の「まじき」
④「いかばかりのよきことあらむにても」の「む」
⑤「さまざま書けるもの」の「る」解答を見る
①婉曲
②当然
③打消当然
④仮定
⑤完了次の接続助詞の用法を答えよ。
①「読めば」の「ば」
②「旨とはしたるに」の「に」
③「感ずまじきわざなれども」の「ども」
④「源氏の君の上にて言はば」の「ば」解答を見る
①順接の確定条件
②逆接の確定条件
③逆接の確定条件
④順接の仮定条件
C 現代語訳・内容
「これぞ物語を読まむ人の旨と思ふべきことなりける」について、①「これ」の指す部分の初めと終わりの五字を抜き出せ。②係り結びの結びの語と活用形を答えよ。③全体を現代語訳せよ。
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①おのづから〜きまへ知る
②ける・連体形
③これこそが、物語を読むような人が第一に心がけるべきことなのだなあ。「昔のことを今のわが身にひきあてなずらへて、昔の人のもののあはれをも思ひやり」について、①「昔のこと」「昔の人」とはそれぞれ何か。②「昔の人のもののあはれをも思ひやり」とはどういうことか、説明せよ。
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①昔のこと=物語の中のできごと、昔の人=物語の登場人物
②作中の人物が感じたことを、読む人が思い浮かべてみること。「その筋に至りては、儒仏の教へには背けることも多きぞかし」について、①「その筋」の指す内容を答えよ。②物語が儒仏の教えに背くことが多いのはなぜか。次の「情は我ながらわが心にも任せぬ」の意味にふれて説明せよ。
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①もののあはれを知ること
②人の心は自分のものでありながら自分では抑えきれず、道理に反することにも感じて動いてしまうことがあり、物語はそうした心の動き(もののあはれ)を大切にして書くから。「儒仏などの道にて言はむには、世に上もなきいみじき不義悪行なれば」について、①現代語訳せよ。②光源氏の恋が「不義悪行」とされるのはなぜか。説明せよ。
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①儒教や仏教などの教えで言うとすれば、この上もないひどい不義悪行であるので
②空蟬・朧月夜・藤壺は、いずれも夫や定まった相手のいる女性だから。「源氏の君をば旨とよき人の本として」とあるが、物語が光源氏を「よき人の本」として描いているのはなぜか。物語の主眼にふれて説明せよ。
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物語の主眼は、道徳による善悪ではなく、人の心の深さ(もののあはれの深さ)を書くことにあり、光源氏はもののあはれを深く知る人として描かれているから。
「そのよき悪しきは、儒仏などの書の善悪と変はりあるけぢめなり」について、物語の「よき悪しき」と儒仏の書の「善悪」とでは、判断の基準がどう違うのか、説明せよ。
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物語は、もののあはれを知っているかどうかをよしあしの基準とし、儒教・仏教の書物は、道理や道徳にかなっているかどうかを善悪の基準とする。
「かのたぐひの不義」が何を指すかを補いながら、「さりとて、かのたぐひの不義をよしとするにはあらず」を訳せ。
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そうかといって、(光源氏が空蟬・朧月夜・藤壺などに思いを寄せ、関係を持ったような)あのたぐいの不義を、よいとしているのではない。