『雨月物語(うげつものがたり)』「浅茅が宿(あさじがやど)」①(この時、日ははや西に沈みて〜ともに臥しぬ)の現代語訳・品詞分解・解説です。
戦乱の中、七年ぶりに故郷へ帰った勝四郎が、荒れ果てた里の中でわが家を見つけ、待ち続けていた妻宮木と再会する場面です。妻の言葉にこめられた思いと、掛詞や古歌をふまえた表現に注意して読みましょう。
原文の読み方
原文の一語一語に、活用や助動詞・助詞の意味を示しています。緑の下線は敬語です。下のボタンで、用言・助動詞・助詞・敬語の種類と向きを別々に出したり消したりできます。ラベルを押すと古典文法一覧の説明に飛びます。
現代語訳・品詞分解・解説
荒れ果てた故郷
現代語訳このとき、日はもう西に沈んで、雨雲は今にも落ちてきそうなほどに暗かったが、
- はや
- もう。すでに。
故郷に着いたのは、日が暮れて雨雲が垂れこめる、暗い夏の夕方。
現代語訳長い間住み慣れた里なので、迷うはずもあるまいと思って、夏草の茂る野を分けて行くと、
- べうもあらじ
- 「べくもあらじ」の音便。〜はずもあるまい。
現代語訳昔から名高い継橋も川の瀬に落ちてしまっていたので、なるほど古歌のとおり馬の足音もしないうえに、
- いにしへの
- 昔から名高い。
- 継橋(つぎはし)
- 真間にあった橋。古歌に詠まれた名所。
- 駒(こま)
- 馬。
「げに」は「なるほど」。真間の継橋を詠んだ『万葉集』の東歌(足音のしない馬がほしい、という歌)のとおり、馬の足音もしない、ということ。
現代語訳田畑は荒れ放題に荒れて、もとの道もわからず、以前あった家もない。
- 荒れたきままに
- 荒れ放題に。
- すさむ
- 荒れる。
- ありつる
- 以前の。もとの。
- 家居(いえい)
- 住まい。家。
現代語訳まれにあちこちに残っている家に、人が住んでいると見えるものもあるが、昔の面影には似ても似つかないので、
- たまたま
- まれに。
「昔には似つつもあらね」は、昔の様子にはまったく似ていない、ということ。
- 立ち惑ふ
- 立ちつくしてうろうろする。
勝四郎が迷ったのは、道も家もなくなり、残っている家も昔とはまるで違っていて、どれが自分の家かわからなかったから。
わが家と妻
現代語訳そこから二十歩ほど離れたところに、雷に裂かれた松がそびえ立っているのが、雲の切れ間の星の光に見えたので、
- 雷(いかずち)
- かみなり。
わが家の目印になったのは、雷に砕かれた松。
現代語訳「なるほど、わが家の目印が見えたぞ。」と、まずうれしい気持ちになって歩いていくと、家はもとのまま変わらずに建っている。
- しるし
- 目印。
「げに」は、古歌(『源氏物語』の、松こそ家の目印だという歌)のとおりだ、という気持ち。
「こそ」の結びが已然形ではなく連体形「つる」になっている。江戸時代の文章に見られる形。
現代語訳人も住んでいるように見えて、古い戸のすき間から灯火の光が漏れてきらきらとしているので、
- 古戸(ふるど)
- 古くなった戸。
- 隙(すき)
- すき間。
現代語訳「ほかの人が住んでいるのか、もしかしてあの人(妻)がいらっしゃるのか。」と胸騒ぎがして、門に近寄って咳ばらいをすると、
- 他人(ことひと)
- ほかの人。
- います
- いらっしゃる。
- しはぶき
- 咳ばらい。来たことを知らせる合図。
「その人」は妻(宮木)。「や」はどちらも疑問で、結びは「住む」「います」(連体形)。
- 誰(た)そ
- だれか。
- とがむ
- 問いただす。
現代語訳ひどく年をとった声ではあるが、まさしく妻の声であるのを聞いて、夢ではないかと胸がひたすらどきどきして、
- ねぶ
- 年をとる。老ける。
「騒がれ」の「れ」は自発。「胸のみ騒がれ」は、胸がどきどきするばかりで、ということ。
現代語訳「私こそ帰ってまいりました。昔と変わらず、一人でこの荒れ野原に住んでいたとは、なんと不思議なことか。」と言うのを、
- 浅茅が原
- ちがやが生い茂った荒れ野。
「不思議さ」なのは、橋も道も家もなくなって里がすっかり荒れ果てた中で、わが家だけが昔のまま残り、妻が一人で住み続けていたから。
- やがて
- すぐに。
「聞き知りたれば」「開くる」の主語は妻。夫の声だとわかったので、すぐに戸を開けた。
現代語訳妻はたいそうひどく黒く垢じみて、目は落ちくぼんだようになり、結い上げた髪もほどけて背にかかって、もとの妻とも思えない姿で、
- 垢(あか)づく
- 垢じみる。
- 眼(まみ)
- 目つき。目もと。
七年間ひとりで苦労して待ち続けた妻の、ひどくやつれ果てた姿。「思はれず」の「れ」は可能。
- さめざめと
- しきりに涙を流して。
妻の語る七年
現代語訳妻は涙をおさえて、「一度お別れ申し上げてから、お帰りを頼みにしていた秋よりも前に、恐ろしい戦乱の世となって、
「参らせ」は謙譲語。妻(宮木)から勝四郎への敬意。
「たのむ」は「田の実(稲の実)」と「頼む」の掛詞。「たのむの秋」は、稲の実る秋であり、夫の帰りを頼みにしていた秋でもある。
「恐ろしき世の中」は、関東一帯で起こった戦乱のこと。
「海に漂ひ」と「山に隠れ」が対になっている(対句)。
現代語訳まれに残っている人は、多くが虎や狼のような欲深い心を持っていて、このように私が夫のいない身となったのを好都合と思ったのか、言葉巧みに言い寄ってきたけれども、
- 寡婦(やもめ)
- 夫のいない女。
- たより
- 都合。よい機会。
- いざなふ
- 誘う。
「虎狼の心」は、夫のいない宮木を手に入れようとねらう、男たちの欲深く残忍な心。
「たよりよしとや」のあとには「思ひけん」などが省略されている。
現代語訳たとえ玉のように砕け散っても、瓦のように無事に生きながらえるまねはするまいものをと思って、何度つらい目をこらえたことでしょう。
- 全し(またし)
- 完全だ。無事だ。
- 忍ぶ
- こらえる。我慢する。
「玉と砕けても瓦の全きにはならはじ」は、玉のように潔く砕け散っても、瓦のように価値のないまま無事に生きのびることはしない、ということ。身を汚すくらいなら死を選ぶという強い決意で、夫以外の男を退けた。
「か」の結びは「ぬる」(連体形)。
現代語訳天の川が秋になったと知らせても、あなたは帰っていらっしゃらない。冬が来るのを待ち、春になっても、何の便りもない。
- 消息(おとずれ)
- 便り。手紙。
「銀河秋を告ぐれども」は、牽牛と織女が年に一度会う七夕の言い伝えをふまえ、秋が来ても夫は帰らなかったことをいう。
現代語訳いっそ京へ上ってあなたを捜し申し上げようと考えましたが、強い男でさえ通してもらえない関所の守りを、女の身でどうして越えられる道があるでしょう、あるはずがないと思いとどまり、
- ますらを
- 立派な男子。
- 閉ざし(とざし)
- 守り。関所の警固。
「いかで〜あらじ」は、どうして女が越えられる道があろうか、いや、ない、ということ。
現代語訳軒端の松ではないが、待っていてもその甲斐もない家で、狐やふくろうだけを話し相手に、今日まで暮らしてまいりました。
- かひなし
- 効き目がない。むだだ。
「まつ」は「松」と「待つ」の掛詞。軒端の松を眺めながら、待っても甲斐のない家で、ということ。
「狐・ふくろふを友として」は、頼る人もなく、荒れた家でひとり寂しく暮らしてきた様子。
現代語訳今はこうしてお会いできて、長い間の恨みもすっかり晴れたことがうれしゅうございます。
「長き恨み」は、便りもないまま夫に放っておかれた、長い間のつらい思い。それが夫に会えて晴れた、ということ。
現代語訳逢える日を待つうちに恋しさのあまり死んでしまったなら、それはあなたにも知ってもらえない恨みとなったことでしょう。」と言って、またおいおいと泣くのを、
- よよと
- 声をあげて泣くさま。
「人知らぬ恨み」は、待ち続けた自分の気持ちを、相手(夫)にわかってもらえないままになる恨み。
現代語訳勝四郎は「夏の夜は短いのだから。」と言って慰めて、ともに床についた。
- 臥す(ふす)
- 横になる。寝る。
「夜こそ短きに」は、夏の夜は短いのだから(もう寝よう)、と勝四郎が妻をなぐさめた言葉。
続き:『雨月物語』浅茅が宿②
テスト予想問題
A 読み・語句
次の語の読みを現代仮名遣いで答えよ。
①家居
②灯火
③他人
④寡婦
⑤虎狼
⑥消息
⑦軒端解答を見る
①いえい
②ともしび
③ことひと
④やもめ
⑤こ(ろ)う
⑥おとずれ
⑦のきば次の語の本文中での意味を答えよ。
①ありつる
②しはぶき
③ねび
④やがて
⑤いざなへ
⑥ますらを
⑦かひなき解答を見る
①以前の・もとの
②咳ばらい
③年をとっ・老け
④すぐに
⑤誘う(誘っ)
⑥立派な男子
⑦甲斐のない・むだな
B 文法
次の助動詞の意味を答えよ。
①迷ふべうもあらじ の「べう」と「じ」
②そびえて立てるが の「る」
③胸のみ騒がれて の「れ」
④もとの人とも思はれず の「れ」解答を見る
①べう=当然、じ=打消推量
②存続
③自発
④可能「げに、わが軒のしるしこそ見えつる」について、①勝四郎がわが家の目印としたものは何か。本文中から抜き出せ。②この文の係り結びは、平安時代の文法とどう違うか。
解答を見る
①雷に砕かれし松
②「こそ」の結びは已然形になるはずだが、連体形「つる」で結んでいる。
C 現代語訳・内容
「『いづれかわが住みし家ぞ。』と立ち惑ふ」を現代語訳し、勝四郎がこのように迷ったのはなぜか説明せよ。
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訳=「どれが自分の住んでいた家だろうか。」と立ちつくして迷う。 理由=橋は落ち、田畑は荒れて道も家もなくなり、残っている家も昔とはまるで違っていて、自分の家がわからなかったから。
「変はらで、独り浅茅が原に住みつることの不思議さよ」とあるが、なぜ「不思議」なのか。説明せよ。
解答を見る
里はすっかり荒れ果てて昔の家もなくなっているのに、わが家だけはもとのまま残っていて、妻が一人で住み続けていたから。
「聞き知りたれば、やがて戸を開くるに」の主語はだれか。
解答を見る
妻(宮木)
「たのむの秋」の「たのむ」に掛けられている二つの意味を答えよ。
解答を見る
「田の実(稲の実)」と「頼む」
「虎狼の心」とは、どのような心か。具体的に説明せよ。
解答を見る
夫が留守で一人になった宮木を、言葉巧みに誘って手に入れようとする、男たちの欲深く残忍な心。
「玉と砕けても瓦の全きにはならはじものを」という言葉から、宮木のどんな決意が読み取れるか。
解答を見る
たとえ死ぬことになっても、ほかの男になびいて身を汚し、無事に生きのびるようなことはしないという、夫への操を守ろうとする強い決意。
「軒端の松にかひなき宿に」について、①ここに用いられている掛詞と、掛けられている二つの語を答えよ。②二つの意味が伝わるように現代語訳せよ。
解答を見る
①「まつ」に「松」と「待つ」が掛けられている。
②軒端の松を眺めて待っていても、その甲斐のない家で「逢ふを待つ間に恋ひ死なんは、人知らぬ恨みなるべし」を現代語訳せよ。
解答を見る
逢える日を待っているうちに恋しさのあまり死んでしまったなら、それは相手(あなた)にも知ってもらえない恨みとなることでしょう。