李景亮『人虎伝(じんこでん)』⑤「再び此の途に遊ぶこと無かれ」の書き下し文・現代語訳・解説です。中島敦「山月記」の原典となった唐代の伝奇小説で、本文は『唐人説薈』によります。
④では、李徴が袁傪に妻子と詩文のことを託し、今の思いを詩に詠んで、虎になった原因を打ち明けました。
④「我将に託する所有らんとす」の書き下し文・現代語訳・解説を読む
書き下し文・現代語訳・解説
二度とこの道を通るな
白文虎又曰、「使回日、幸取道他郡、無再遊此途。
書き下し虎又曰はく、「使ひして回る日、幸ひに道を他郡に取り、再び此の途に遊ぶこと無かれ。
現代語訳虎はさらに言った、「使者の務めを終えて帰る日には、どうか別の郡の道を選び、二度とこの道を通らないでくれ。
- 使回日
- 使者としての務めを終えて帰る日。
- 回
- 「かへル」。帰る。
- 幸
- 「さいはヒニ」。どうか~してほしい。願いを表す。
- 取道他郡
- 別の郡を通る道を選ぶ。
- 遊
- ここは、通る・行く。
白文吾今日尚悟、一日都酔、則君過此、吾既不省、将砕足下於歯牙間、終成士林之笑焉。
書き下し吾今日尚ほ悟むるも、一日都て酔はば、則ち君此を過ぐるとき、吾既に省せず、将に足下を歯牙の間に砕かんとし、終に士林の笑ひを成さん。
現代語訳私は今日はまだ心がはっきりしているが、ある日心がすっかり麻痺してしまえば、君がここを通るとき、私はもう(君だと)わからず、君を牙でかみ砕こうとして、結局は教養ある人々の笑いものになってしまうだろう。
- 悟
- 「さム」。心がはっきりしている。
- 一日
- ある日。
- 都
- 「すべテ」。すっかり。
- 都酔
- 心がすっかり麻痺して、人間の心を失ってしまうこと。
- 不省
- わからない。「省」は、心にさとる。
- 将
- 「まさニ~(ント)ス」と読む再読文字。~しようとする。
- 歯牙間
- 歯と牙の間。
- 士林
- 教養ある人の仲間。
- 終
- 「つひニ」。結局。
- 焉
- 置き字。
白文此吾之切祝也。
書き下し此れ吾の切祝なり。
現代語訳これが私の切なる願いなのだ。
- 切祝
- 切実な願い。
- 此
- 別の道を通り、二度とこの道を通らないでほしい、ということ。
虎の姿を見せる
白文君前去百余歩、上小山下視尽見。
書き下し君前み去ること百余歩、小山に上り下視すれば尽く見えん。
現代語訳君がここから百歩あまり進んで、小山に登って見下ろせば、(このあたりが)すっかり見えるだろう。
- 前
- 「すすム」。進む。
- 下視
- 見下ろす。
- 尽
- 「ことごとク」。すべて。
白文此将令君見我焉。
書き下し此に将に君をして我を見しめんとす。
現代語訳そこで、君に私の姿を見せようと思う。
- 此
- 「ここニ」。そこで。
- 将
- ここは「~しようと思う」という意志。
- 令
- 「しム」。~させる。(使役)
- 焉
- 置き字。
白文非欲矜勇、令君見而不復再過此。
書き下し勇を矜らんと欲するに非ず、君をして見て復た再び此を過ぎざらしめんとすればなり。
現代語訳勇ましさを誇ろうとしてではない。君に(この姿を)見せて、二度とここを通らないようにさせようと思うからだ。
- 矜
- 「ほこル」。誇る。
- 勇
- 勇ましさ。
- 令君見而不復再過此
- 君に見せて、もう二度とここを通らないようにさせる。
- 而
- 置き字。
白文則知吾待故人之不薄也。」
書き下し則ち吾故人を待つことの薄からざるを知らん。」と。
現代語訳そうすれば、私の旧友に対する接し方が薄情ではないことが、(君にも)わかるだろう。」と。
- 待
- ここは「(人を)もてなす・あつかう」の意味。人が来るのを待つという意味ではない。
- 待故人
- 旧友をあつかう。旧友に接する。
- 不薄
- 薄情ではない。
白文叙別甚久。
書き下し別れを叙すること甚だ久し。
現代語訳(二人は)長い間、別れの言葉を述べ合った。
- 叙
- 述べる。
別れ
白文傪乃再拝上馬、回視草茅中、悲泣所不忍聞。
書き下し傪乃ち再拝して馬に上り、草茅の中を回視すれば、悲泣聞くに忍びざる所あり。
現代語訳袁傪はそこで二度礼をして馬に乗り、草むらの中を振り返ると、聞くにたえないほど悲しい泣き声が聞こえてきた。
- 再拝
- 二度礼をする。丁寧なおじぎ。
- 回視
- 振り返って見る。
- 草茅
- 草むら。
- 不忍聞
- 聞くに忍びない。聞いていられない。
白文傪亦大慟、行数里、登嶺看之、則虎自林中躍出咆哮、巌谷皆震。
書き下し傪も亦た大いに慟き、行くこと数里、嶺に登りて之を看れば、則ち虎林中より躍り出でて咆哮し、巌谷皆震へり。
現代語訳袁傪もまた声をあげて泣き悲しみ、数里進んで、嶺に登って振り返ると、虎が林の中から躍り出てほえたけり、あたりの岩山や谷がみな震えた。
- 慟
- 「なげク」。声をあげて泣き悲しむ。
- 嶺
- みね。山の頂。
- 之
- 李徴がいた草むらのあたり。
- 咆哮
- ほえたける。
- 巌谷
- 岩山と谷。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①回
②幸
③都
④終
⑤前解答を見る
①かえる/帰る
②さいわいに/どうか(~してほしい)
③すべて/すっかり
④ついに/結局
⑤すすみ/進む次の語の意味を答えよ。
①士林
②切祝
③再拝
④咆哮解答を見る
①教養ある人の仲間
②切実な願い
③二度礼をする(丁寧なおじぎ)
④ほえたける
B 書き下し文・現代語訳
「幸取道他郡、無再遊此途」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:幸ひに道を他郡に取り、再び此の途に遊ぶこと無かれ。
現代語訳:どうか別の郡の道を選び、二度とこの道を通らないでくれ。「此将令君見我焉」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:此に将に君をして我を見しめんとす。
現代語訳:そこで、君に私の姿を見せようと思う。「則知吾待故人之不薄也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:則ち吾故人を待つことの薄からざるを知らん。
現代語訳:そうすれば、私の旧友に対する接し方が薄情ではないことが、君にもわかるだろう。
C 内容の読み取り
「一日都酔」とは、どのようなことをいうのか。
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ある日、心がすっかり麻痺して、人間としての心を失ってしまうこと。
「終成士林之笑焉」とは、どういうことか。
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(旧友を食い殺してしまい、)結局は教養ある人々の仲間から笑いものにされてしまうだろう、ということ。
「此吾之切祝也」の「此」が指す内容を、本文から探し、最初と最後の三字を抜き出せ(返り点・送り仮名は不要)。
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使回日~遊此途
李徴が、小山から自分の姿を袁傪に見せようとしたのはなぜか。
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恐ろしい虎の姿を見せて、袁傪がもう二度とこの道を通らないようにさせるため。(いつか人の心を失って、旧友を襲ってしまうことを恐れたから。)