『非攻(ひこう)』の書き下し文・現代語訳・語句・句法を解説します。出典は『墨子(ぼくし)』の「非攻上」です。「非攻」とは、他国を攻めること(侵略戦争)を非難する、という意味です。
書き下し文・現代語訳・解説
一 桃や李を盗む
白文今有一人、入人園圃、窃其桃李。
書き下し今一人有り、人の園圃に入りて、其の桃李を窃む。
現代語訳かりに今ここに一人の者がいて、他人の畑に入りこみ、そこの桃や李(すもも)を盗んだとする。
- 今
- ここでは仮定の意味。かりに。
- 園圃
- 畑。「園」は果樹を、「圃」は野菜を植える畑。
- 窃
- 「ぬすム」。盗む。
- 桃李
- 桃と李(すもも)。
白文衆聞則非之、上為政者、得則罰之。
書き下し衆聞かば則ち之を非とし、上の政を為す者、得ば則ち之を罰せん。
現代語訳人々がそれを聞けば非難するだろうし、上に立って政治をとる者は、(その人を)捕らえれば処罰するだろう。
- 衆
- 多くの人々。
- 非
- よくないこととして非難する。
- 上為政者
- 上に立って政治を行う者。為政者。
- 得
- 捕らえる。
- 罰
- 処罰する。
白文此何也。以虧人自利也。
書き下し此れ何ぞや。人を虧きて自ら利するを以てなり。
現代語訳これはなぜか。他人に損害を与えて、自分の利益をはかるからである。
- 何也
- 「なんゾや」。どうしてか。理由をたずねる。
- 虧
- 「かク」。損なう。損害を与える。
- 自利
- 自分の利益をはかる。
- 以~也
- 「~を以てなり」。~だからである。理由を表す。
二 家畜を盗む
白文至攘人犬豕鶏豚者、其不義又甚入人園圃窃桃李。
書き下し人の犬豕鶏豚を攘む者に至りては、其の不義又人の園圃に入りて桃李を窃むより甚だし。
現代語訳他人の犬や豚や鶏を盗む者となると、その不義は、他人の畑に入って桃や李を盗むことよりもさらにひどい。
- 至~
- 「~に至りては」。~となると。~の場合は。
- 攘
- 「ぬすム」。(迷いこんできたものを)盗む。
- 犬豕鶏豚
- 犬・豚・鶏・子豚。家畜。
- 不義
- 正しい道にはずれていること。
- 甚
- 「はなはダシ」。ひどい。
- 甚A
- Aよりもひどい。
白文是何故也。以虧人愈多。
書き下し是れ何の故ぞや。人を虧くこと愈多きを以てなり。
現代語訳これはなぜか。他人に損害を与えることが、前よりもいっそう大きいからである。
- 何故也
- 「なんノゆゑゾや」。どういうわけか。
- 愈
- 「いよいよ」。ますます。前よりもいっそう。
白文苟虧人愈多、其不仁茲甚、罪益厚。
書き下し苟しくも人を虧くこと愈多ければ、其の不仁茲甚だしく、罪益厚し。
現代語訳かりにも他人に損害を与えることがいっそう大きければ、その不仁はますますひどくなり、罪もますます重くなる。
- 苟
- 「いやシクモ」。かりにも。もしも。
- 不仁
- 思いやりの心に欠けること。
- 茲
- 「ますます」。
- 益
- 「ますます」。
- 厚
- 重い。
三 馬や牛を盗む
白文至入人欄厩、取人馬牛者、其不義又甚攘人犬豕鶏豚。
書き下し人の欄厩に入りて、人の馬牛を取る者に至りては、其の不義又人の犬豕鶏豚を攘むより甚だし。
現代語訳他人の家畜小屋に入って、他人の馬や牛を盗む者となると、その不義は、他人の犬や豚や鶏を盗むことよりもさらにひどい。
- 欄厩
- 牛馬を飼う囲いや小屋。「欄」は牛を入れておく柵、「厩」は馬小屋。
- 取
- ここでは、盗み取る。
白文此何故也。以其虧人愈多。
書き下し此れ何の故ぞや。其の人を虧くこと愈多きを以てなり。
現代語訳これはなぜか。その(行為が)他人に与える損害が、前よりもいっそう大きいからである。
白文苟虧人愈多、其不仁茲甚、罪益厚。
書き下し苟しくも人を虧くこと愈多ければ、其の不仁茲甚だしく、罪益厚し。
現代語訳かりにも他人に損害を与えることがいっそう大きければ、その不仁はますますひどく、罪もますます重い。
四 罪のない人を殺す
白文至殺不辜人、扡其衣裘、取戈剣者、其不義又甚入人欄厩、取人馬牛。
書き下し不辜の人を殺し、其の衣裘を扡ひ、戈剣を取る者に至りては、其の不義又人の欄厩に入りて、人の馬牛を取るより甚だし。
現代語訳罪のない人を殺し、その衣服をはぎ取り、ほこや剣を奪い取る者となると、その不義は、他人の家畜小屋に入って馬や牛を盗むことよりもさらにひどい。
- 不辜
- 罪がないこと。「辜」は罪。
- 扡
- 「うばフ」。奪い取る。
- 衣裘
- 衣服。「裘」は皮ごろも。
- 戈剣
- ほこと剣。武器。
白文此何故也。以其虧人愈多。
書き下し此れ何の故ぞや。其の人を虧くこと愈多きを以てなり。
現代語訳これはなぜか。その(行為が)他人に与える損害が、いっそう大きいからである。
白文苟虧人愈多、其不仁茲甚、罪益厚。
書き下し苟しくも人を虧くこと愈多ければ、其の不仁茲甚だしく、罪益厚し。
現代語訳かりにも他人に損害を与えることがいっそう大きければ、その不仁はますますひどく、罪もますます重い。
白文当此、天下之君子、皆知而非之、謂之不義。
書き下し此くの当きは、天下の君子、皆知りて之を非とし、之を不義と謂ふ。
現代語訳このような(盗みや人殺しの)ことについては、世の君子たちは、みなよくわかっていて非難し、不義だと言う。
- 当此
- 「かクノごとキハ」。このようなことは。「当」は「如」と同じ意味で、ここは再読文字ではない。
- 此
- 第一段落で挙げた、桃李・家畜・馬牛を盗むことや、罪のない人を殺して衣服や武器を奪うことを指す。
- 君子
- 徳のある立派な人。ここでは、世の中で指導的な立場にある人々。
- 非之
- これを非難する。
五 他国を攻めることは「義」とされる
白文今至大為不義攻国、則弗知非、従而誉之、謂之義。
書き下し今大いに不義を為して国を攻むるに至りては、則ち非とするを知らず、従ひて之を誉めて、之を義と謂ふ。
現代語訳ところが今、大いに不義をはたらいて他国を攻めることとなると、非難することを知らず、そのうえそれをほめたたえて、正しいこと(義)だと言う。
- 大為不義
- 大いに不義を行う。
- 攻国
- 他国を攻める。
- 弗
- 「ず」。「不」と同じく打消を表す。
- 弗知非
- 非難すべきことだとわからない。
- 従而
- そうして。そのうえ。
- 誉
- ほめたたえる。
- 之
- 他国を攻めることを指す。
白文此可謂知義与不義之別乎。
書き下し此れ義と不義との別を知ると謂ふべけんや。
現代語訳これで、義と不義との区別をわきまえていると言えるだろうか、いや、言えはしない。
- 与
- 「と」。「A与B」で「AとBと」。並列を表す。
- 別
- 区別。違い。
- 可謂~乎
- 「~と謂ふべけんや」。~と言えるだろうか、いや言えない。
六 一人を殺せば一つの死罪
白文殺一人、謂之不義、必有一死罪矣。
書き下し一人を殺さば、之を不義と謂ひ、必ず一死罪有り。
現代語訳一人を殺せば、それを不義だと言い、必ず一つの死罪にあたる。
- 死罪
- 死刑にあたる罪。
- 矣
- 置き字。断定の意を表す。
白文若以此説往、殺十人、十重不義、必有十死罪矣。
書き下し若し此の説を以て往かば、十人を殺さば、不義を十重し、必ず十死罪有り。
現代語訳もしこの考え方で推し進めていくならば、十人を殺せば、不義を十倍重ねたことになり、必ず十の死罪にあたる。
- 若
- 「もシ」。もし~ならば。仮定。
- 此説
- 一人を殺せば不義であり、一つの死罪にあたる、という考え方。
- 往
- 推し進めていく。
- 十重不義
- 不義を十倍重ねる。
白文殺百人、百重不義、必有百死罪矣。
書き下し百人を殺さば、不義を百重し、必ず百死罪有り。
現代語訳百人を殺せば、不義を百倍重ねたことになり、必ず百の死罪にあたる。
- 百重不義
- 不義を百倍重ねる。
七 君子は不義を知らない
白文当此、天下之君子、皆知而非之、謂之不義。
書き下し此くの当きは、天下の君子、皆知りて之を非とし、之を不義と謂ふ。
現代語訳このような(人を殺す)ことについては、世の君子たちは、みなよくわかっていて非難し、不義だと言う。
- 此
- 一人・十人・百人を殺すことを指す。
白文今至大為不義攻国、則弗知非、従而誉之、謂之義。
書き下し今大いに不義を為し国を攻むるに至りては、則ち非とするを知らず、従ひて之を誉め、之を義と謂ふ。
現代語訳ところが今、大いに不義をはたらいて他国を攻めることとなると、非難すべきこととは思わず、そのうえほめたたえて、義だと言う。
白文情不知其不義也。
書き下し情に其の不義なるを知らざるなり。
現代語訳(君子たちは)本当に、それが不義であることがわかっていないのである。
- 情
- 「まことニ」。本当に。実に。
- 其
- 他国を攻めることを指す。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)を答えよ。
①園圃
②窃む
③愈
④茲
⑤苟しくも
⑥情に解答を見る
①えんぽ
②ぬすむ
③いよいよ
④ますます
⑤いやしくも
⑥まことに次の語の意味を答えよ。
①不辜
②衣裘
③欄厩
④君子解答を見る
①罪がないこと
②衣服
③牛や馬を飼う囲い・小屋
④徳のある立派な人
B 書き下し文・現代語訳
「此何也。以虧人自利也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:此れ何ぞや。人を虧きて自ら利するを以てなり。
現代語訳:これはなぜか。他人に損害を与えて、自分の利益をはかるからである。「苟虧人愈多、其不仁茲甚、罪益厚」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:苟しくも人を虧くこと愈多ければ、其の不仁茲甚だしく、罪益厚し。
現代語訳:かりにも他人に損害を与えることがいっそう大きければ、その不仁はますますひどく、罪もますます重い。「今至大為不義攻国、則弗知非」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:今大いに不義を為して国を攻むるに至りては、則ち非とするを知らず、
現代語訳:ところが今、大いに不義をはたらいて他国を攻めることとなると、非難することを知らず、「此可謂知義与不義之別乎」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:此れ義と不義との別を知ると謂ふべけんや。
現代語訳:これで、義と不義との区別をわきまえていると言えるだろうか、いや、言えない。「若以此説往」を書き下し文にし、「此説」の内容を明らかにして現代語訳せよ。
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書き下し文:若し此の説を以て往かば、
現代語訳:もし、一人を殺せば不義であり必ず一つの死罪にあたるというこの考え方で推し進めていくならば、
C 内容の読み取り
第一段落で墨子が不義として挙げている四つの行為を、不義が軽いものから順に、それぞれ簡潔に答えよ。
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①他人の畑に入って、桃や李を盗むこと。
②他人の犬や豚や鶏を盗むこと。
③他人の家畜小屋に入って、馬や牛を盗むこと。
④罪のない人を殺して、衣服をはぎ取り、ほこや剣を奪うこと。墨子は、不義の重さを何によって判断しているか。本文中から四字で抜き出し、その意味を答えよ。
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虧人愈多(他人に損害を与えることがいっそう大きいこと)
天下の君子たちは、①人を殺すことと、②他国を攻めることを、それぞれどのように扱っているか。
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①不義だとわかっていて非難する。
②非難すべきことだとわからず、ほめたたえて義だと言う。この文章で墨子が最も言いたいことは何か。説明せよ。
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多くの人を殺し、他人に最も大きな損害を与える他国への侵略こそ最大の不義であるのに、天下の君子たちはそれを義だとほめており、義と不義の区別をわかっていないということ。