陳玄祐『離魂記(りこんき)』②「亡命して来奔す」の書き下し文・現代語訳・解説です。『離魂記』は唐代の伝奇小説で、本文は『太平広記』の「王宙」の条によります。
①では、思い合っていた倩娘と王宙が、倩娘の縁談によって引き離され、王宙が都へ向かう船に乗りました。
書き下し文・現代語訳・解説
倩娘が追いかけてくる
白文日暮、至山郭数里。
書き下し日暮れ、山郭に至ること数里なり。
現代語訳夕暮れに、数里先の山あいの村に着いた。
- 日暮
- 夕暮れ。
- 山郭
- 山あいの村。
白文夜方半、宙不寐。
書き下し夜方に半ばなれども、宙寐ねられず。
現代語訳夜もちょうど半ばになったが、王宙は寝つけなかった。
- 方
- 「まさニ」。ちょうど。
- 寐
- 「いヌ」。眠る。
白文忽聞岸上有一人。
書き下し忽ち岸上に一人有るを聞く。
現代語訳突然、川岸のあたりに誰かがいる気配が聞こえた。
- 忽
- 「たちまチ」。突然。
- 岸上
- 川岸のあたり。
白文行声甚速、須臾至船。
書き下し行声甚だ速く、須臾にして船に至る。
現代語訳その足音はたいへん速く、まもなく船のところまでやって来た。
- 行声
- 足音。
- 須臾
- ほんのしばらくの間。「須臾にして」で、まもなく。
白文問之、乃倩娘徒行跣足而至。
書き下し之を問へば、乃ち倩娘の徒行跣足して至るなり。
現代語訳「誰か」と問うと、驚いたことにそれは倩娘で、はだしのまま歩いて来たのだった。
- 乃
- 「すなはチ」。なんと。驚きを表す。
- 徒行
- (車や馬に乗らず)歩いて行く。
- 跣足
- はだし。
- ○身分のある家の娘が、はだしで歩いて追いかけて来るのは、ふつうではありえないこと。倩娘の魂が体から抜け出して来たことを暗示していると考えられる。
白文宙驚喜発狂、執手問其従来。
書き下し宙驚喜発狂して、手を執りて其の従りて来たるを問ふ。
現代語訳王宙はわれを忘れるほど驚き喜んで、倩娘の手を取り、どうしてここへ来たのかを尋ねた。
- 驚喜
- 驚き喜ぶ。
- 発狂
- ここは、気が狂う意味ではなく、喜びなどの感情が激しくわき起こること。
- 執手
- 手を握る。
- 其従来
- どうやってここへ来たのか。いきさつ。
倩娘の言葉
白文泣曰、「君厚意如此、寝食相感。
書き下し泣きて曰はく、「君の厚意此くのごときは、寝食にも相感ず。
現代語訳(倩娘は)泣きながら言った、「あなたが私をこれほどまでに思ってくださるお気持ちは、寝ても食べても、いつも感じておりました。
- 厚意
- 深い思いやりの心。
- 如此
- 「かクノごとシ」。このようである。
- 寝食
- 寝るときも食べるときも。いつも。
- 相感
- (王宙の気持ちを)心に感じる。
白文今将奪我此志、又知君深情不易、思将殺身奉報。
書き下し今将に我が此の志を奪はんとするも、又君が深情の易はらざるを知り、将に身を殺して奉報せんとするを思ふ。
現代語訳今、(親が)私のこの思いを奪おうとしていますが、その上、あなたの深いお気持ちが変わらないことを知って、死んでもあなたにお報いしようと思ったのです。
- 将
- 「まさニ~ントす」と読む再読文字。今にも~しようとする。
- 奪
- 主語は倩娘の親(張鎰)。
- 此志
- 王宙を慕う倩娘の思い。
- 又
- その上。さらに。
- 深情
- 深い愛情。
- 易
- 「かはル」。変わる。
- 殺身
- わが身を犠牲にする。
- 奉報
- (相手の気持ちに)お報いする。
白文是以亡命来奔。」
書き下し是を以て亡命して来奔す。」と。
現代語訳こういうわけで、家を捨てて、あなたのもとへ逃げてきたのです。」と。
- 是以
- 「ここヲもつテ」。こういうわけで。だから。
- 亡命
- ここは、故郷(生まれた家)を捨てて逃げること。
- 来奔
- 逃げて来る。
蜀へ逃げる
白文宙非意所望、欣躍特甚。
書き下し宙意の望む所に非ざれば、欣躍すること特に甚だし。
現代語訳王宙にとっては思いもよらないことだったので、躍りあがって大喜びした。
- 非意所望
- 思ってもみなかったこと。予想外のこと。倩娘とはもういっしょになれないと思っていたから。
- 欣躍
- 躍りあがって喜ぶ。
- 特
- 「ことニ」。とりわけ。
白文遂匿倩娘于船、連夜遁去。
書き下し遂に倩娘を船に匿し、連夜遁れ去る。
現代語訳そのまま倩娘を船の中に隠し、夜通し逃げた。
- 匿
- 「かくス」。隠す。
- 于
- 置き字。
- 連夜
- 夜通し。
- 遁
- 「のがル」。逃げる。
白文倍道兼行、数月至蜀。
書き下し道を倍し行を兼ね、数月にして蜀に至る。
現代語訳ふだんの倍の道のりを、昼夜を問わず急いで進み、数か月かかって蜀に着いた。
- 倍道兼行
- 道を急ぐこと。「倍道」は倍の道のりを行く、「兼行」は昼も夜も進む。
- 蜀
- 今の四川省のあたり。
衡州へ帰る
白文凡五年、生両子、与鎰絶信。
書き下し凡そ五年、両子を生むも、鎰と信を絶つ。
現代語訳かれこれ五年がたち、二人の男の子が生まれたが、鎰とは連絡を絶ったままだった。
- 凡
- 「およソ」。かれこれ。全部で。
- 両子
- 二人の子。
- 与
- 「と」。
- 信
- たより。音信。
白文其妻常思父母、涕泣言曰、
書き下し其の妻常に父母を思ひ、涕泣して言ひて曰はく、
現代語訳妻(の倩娘)はいつも父母のことを思っていたが、(ある時)涙を流して泣きながら言った、
- 其妻
- 王宙の妻となった倩娘。
- 涕泣
- 涙を流して泣く。
白文「吾曩日不能相負、棄大義而来奔君。
書き下し「吾曩の日相負くこと能はず、大義を棄てて君に来奔せり。
現代語訳「私は以前、あなたの思いを裏切ることができず、父母に尽くすべき道を捨てて、あなたのところへ逃げて来ました。
- 曩日
- 以前。昔。
- 相負
- (王宙の気持ちに)背く。
- 不能A
- 「A(する)能はず」。Aできない。
- 大義
- 人として守るべき道。ここは、子として父母に尽くす道。
- 而
- 置き字。
白文向今五年、恩慈間阻。
書き下し今に向りて五年、恩慈間阻す。
現代語訳今まで五年もの間、父母の恵みといつくしみから隔たっています。
- 向今
- 今に至るまで。
- 恩慈
- 父母の恵みといつくしみ。
- 間阻
- 隔たる。
白文覆載之下、胡顔独存也。」
書き下し覆載の下、胡の顔ありて独り存せんや。」と。
現代語訳天地の間で、どの面さげて私ひとり生きていけるでしょうか、とても生きてはいけません。」と。
- 覆載
- 天と地。「覆」は万物をおおう天、「載」は万物をのせる地。
- 覆載之下
- この世の中で。
- 胡
- 「なんノ」。何と同じ。
- 顔
- 「かんばせ」。顔つき。面目。
- 存
- 生きる。
白文宙哀之曰、「将帰。無苦。」
書き下し宙之を哀れみて曰はく、「将に帰らんとす。苦しむこと無かれ。」と。
現代語訳王宙は倩娘をかわいそうに思って言った、「帰ろう。苦しむことはない。」と。
- 哀
- 「あはレム」。かわいそうに思う。
- 之
- 倩娘を指す。
- 将帰
- 帰ろうとする。帰ることにしよう。
白文遂俱帰衡州。
書き下し遂に俱に衡州に帰る。
現代語訳こうして二人はいっしょに衡州へ帰った。
- 俱
- 「ともニ」。いっしょに。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①方
②忽
③乃
④是以
⑤凡解答を見る
①まさに/ちょうど
②たちまち/突然
③すなわち/なんと(驚きを表す)
④ここをもって/こういうわけで
⑤およそ/かれこれ・全部で次の語の意味を答えよ。
①須臾
②徒行跣足
③倍道兼行
④絶信
⑤覆載之下解答を見る
①ほんのしばらくの間(「須臾にして」で、まもなく)
②はだしで歩いて行くこと
③昼も夜も道を急いで進むこと
④音信を絶つこと
⑤この世の中で
B 書き下し文・現代語訳
「又知君深情不易、思将殺身奉報」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:又君が深情の易はらざるを知り、将に身を殺して奉報せんとするを思ふ。
現代語訳:その上、あなたの深い愛情が変わらないことを知って、死んでもあなたにお報いしようと思ったのです。「宙非意所望、欣躍特甚」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:宙意の望む所に非ざれば、欣躍すること特に甚だし。
現代語訳:王宙は思いもよらないことだったので、躍りあがって大喜びした。「覆載之下、胡顔独存也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:覆載の下、胡の顔ありて独り存せんや。
現代語訳:この世で、どんな顔をして私一人生きていられましょうか、いや、とても生きてはいられません。「将帰。無苦」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:将に帰らんとす。苦しむこと無かれ。
現代語訳:帰ることにしよう。苦しむことはないよ。
C 内容の読み取り
「今将奪我此志」について、「奪」の主語と、「此志」の内容をそれぞれ答えよ。
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主語:倩娘の親(張鎰)
此志:王宙を慕う倩娘の思い。「不能相負」とは、誰の何に背くことができなかったというのか。
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王宙の、倩娘に対する愛情(気持ち)に背くことができなかった、ということ。
「棄大義」の「大義」とは何か。また、五年前の倩娘の行動のうち、「棄大義」にあたるものを、倩娘の言葉の中から二字で抜き出せ。
解答を見る
大義:子として父母に尽くす道(孝行の道)。
抜き出し:亡命王宙が衡州へ帰ることにしたのはなぜか。説明せよ。
解答を見る
倩娘が、五年も父母と離れたままで親に合わせる顔がないと泣いて苦しんでいるのを、かわいそうに思ったから。
続き(③)
衡州に帰った王宙が張鎰に謝ると、鎰は「倩娘は何年も病気で寝ている」と言います。船の倩娘と家の倩娘、二人の倩娘が出会います。