『売鬼(ばいき)』(定伯鬼を売る)の書き下し文・現代語訳・語句・句法を解説します。出典は、東晋の干宝(かんぽう)が編んだ志怪小説集『捜神記(そうじんき)』です。「鬼」は、日本でいう「おに」ではなく、死んだ人の霊、つまり幽霊のことです。
書き下し文・現代語訳・解説
夜道で幽霊に出会う
白文南陽宋定伯、年少時、夜行逢鬼。
書き下し南陽の宋定伯、年少き時、夜行きて鬼に逢ふ。
現代語訳南陽の宋定伯が若かったころ、夜道を歩いていて幽霊に出会った。
- 南陽
- 郡の名。今の河南省南陽市のあたり。
- 少
- 「わかシ」。年が若い。
- 夜行
- 夜に道を歩くこと。
- 逢
- 思いがけず出会う。
- 鬼
- 死者の霊。幽霊。日本でいう「おに」ではない。
白文問之、鬼言、「我是鬼。」
書き下し之に問ふに、鬼言ふ、「我は是れ鬼なり。」と。
現代語訳(定伯が)その者に(誰かと)たずねると、幽霊は「おれは幽霊だ。」と言った。
- 問之
- 定伯が、出会った相手に何者かとたずねた。「之」は出会った幽霊を指す。
- 是
- 「A是B」で「AはBである」。
白文鬼問、「汝復誰。」
書き下し鬼問ふ、「汝は復た誰ぞ。」と。
現代語訳幽霊のほうからも、「ところで、おまえは誰なんだ。」とたずねてきた。
- 汝
- おまえ。
- 復
- ここでは「ところで、いったい」のような軽い意味。
- 誰
- 「たれ」。誰か。
白文定伯誑之言、「我亦鬼。」
書き下し定伯之を誑きて言ふ、「我も亦鬼なり。」と。
現代語訳定伯は幽霊をだまして、「おれも幽霊だ。」と言った。
- 誑
- 「あざむク」。だます。
- 之
- 幽霊を指す。
- 亦
- 「また」。~もまた(同じく)。
白文鬼問、「欲至何所。」
書き下し鬼問ふ、「何れの所にか至らんと欲する。」と。
現代語訳幽霊が、「どこへ行くつもりだ。」とたずねた。
- 何所
- 「いづレノところ」。どこ。
- 欲
- 「ほっス」。~しようとする。~したいと思う。
- 至
- 行き着く。
白文答曰、「欲至宛市。」
書き下し答へて曰はく、「宛の市に至らんと欲す。」と。
現代語訳(定伯が)答えて言うには、「宛の町の市場に行くところだ。」と。
- 宛
- 南陽郡の役所が置かれた県。
- 市
- 市場。
白文鬼言、「我亦欲至宛市。」
書き下し鬼言ふ、「我も亦宛の市に至らんと欲す。」と。
現代語訳幽霊は、「おれも宛の市場に行くところだ。」と言った。
白文遂行数里。
書き下し遂に行くこと数里。
現代語訳そのまま(二人で)数里ほど歩いた。
- 遂
- 「つひニ」。そのまま。
- 数里
- 数里ほど。
交代で背負い合う
白文鬼言、「歩行太遅。可共逓相担。何如。」
書き下し鬼言ふ、「歩行すること太だ遅し。共に逓ひに相担ふべし。何如。」と。
現代語訳幽霊が言った、「歩いていくのはひどく遅い。交代でおたがいを背負っていこう。どうだ。」と。
- 太
- 「はなはダ」。非常に。とても。
- 可
- 「べシ」。~するのがよい。
- 逓
- 「たがヒニ」。かわるがわる。
- 相担
- おたがいに背負う。
- 何如
- 「いかん」。どうか。相手の考えをたずねる。
白文定伯曰、「大善。」
書き下し定伯曰はく、「大いに善し。」と。
現代語訳定伯は、「それはいい。」と答えた。
- 大善
- 大いに結構だ。
白文鬼便先担定伯数里。
書き下し鬼便ち先づ定伯を担ふこと数里。
現代語訳幽霊はすぐに、まず定伯を背負って数里ほど行った。
- 便
- 「すなはチ」。すぐに。そこで。
- 先
- 「まヅ」。最初に。
白文鬼言、「卿太重。将非鬼也。」
書き下し鬼言ふ、「卿太だ重し。将た鬼に非ずや。」と。
現代語訳幽霊が言った、「きみはずいぶん重い。もしかすると、幽霊ではないのではないか。」と。
- 卿
- 「けい」。きみ。親しい相手や同輩を呼ぶ言い方。
- 将
- 「はタ」。もしかすると。あるいは。
- 也
- ここでは文末で疑問を表し、「や」と読む。
- 将非鬼也
- もしや幽霊ではないのか、と半信半疑で疑う言い方。
白文定伯言、「我新鬼。故身重耳。」
書き下し定伯言ふ、「我は新鬼なり。故に身重きのみ。」と。
現代語訳定伯は、「おれは幽霊になったばかりだ。だから体が重いのさ。」と言った。
- 新鬼
- 死んで間もない、なりたての幽霊。
- 故
- 「ゆゑニ」。だから。
- 耳
- 「のみ」。~だけだ。断定・限定を表す。書き下し文では平仮名にする。
白文定伯因復担鬼、鬼略無重。
書き下し定伯因りて復た鬼を担ふに、鬼略重さ無し。
現代語訳そこで今度は定伯が幽霊を背負ったが、幽霊にはほとんど重さがなかった。
- 因
- 「よリテ」。そこで。
- 復
- ここでは「今度は」の意。
- 略
- 「ほぼ」。ほとんど。
白文如是再三。
書き下し是くのごとくすること再三なり。
現代語訳このように(交代で背負い合うことを)何度もくり返した。
- 如是
- 「かクノごとシ」。このようである。ここでは、定伯と幽霊がかわるがわる相手を背負うこと。
- 再三
- 何度も。
幽霊の弱点を聞き出す
白文定伯復言、「我新鬼。不知有何所畏忌。」
書き下し定伯復た言ふ、「我は新鬼なり。何の畏忌する所有るかを知らず。」と。
現代語訳定伯がまた言った、「おれは幽霊になったばかりだ。(幽霊には)どんなこわいもの、苦手なものがあるのか知らないんだ。」と。
- 畏忌
- おそれきらう。
- 所畏忌
- おそれきらうもの。「所」は下の動詞と結びついて「~するもの・こと」の意味になる。
- 不知有何所畏忌
- 何をおそれきらうのかを知らない。
白文鬼答言、「惟不喜人唾。」
書き下し鬼答へて言ふ、「惟だ人の唾を喜ばざるのみ。」と。
現代語訳幽霊は、「ただ人間の唾だけが苦手だ。」と答えた。
- 惟
- 「ただ」。文末の「のみ」と呼応して限定を表す。
- 喜
- 好む。
- 不喜
- 好まない。いやがる。
白文於是共行、道遇水。
書き下し是に於いて共に行き、道に水に遇ふ。
現代語訳そうして一緒に歩いて行くと、途中で川に行きあたった。
- 於是
- 「ここニおイテ」。そこで。そうして。
- 水
- 川。
- 遇
- 出会う。行きあたる。
川を渡る
白文定伯令鬼先渡、聴之、了然無声音。
書き下し定伯鬼をして先に渡らしめ、之を聴くに、了然として声音無し。
現代語訳定伯は幽霊を先に渡らせ、耳をすませて聞いてみたが、まったく音がしなかった。
- 令
- 使役。「AをしてBしむ」で「AにBさせる」。
- 聴
- 注意して聞く。耳をすます。
- 了然
- はっきりしたさま。ここでは下の「無」を強めて「まったく(~ない)」。
- 声音
- 物音。
白文定伯自渡、漕漼作声。
書き下し定伯自ら渡れば、漕漼として声を作す。
現代語訳定伯が自分で渡ると、ざぶざぶと水音が立った。
- 自
- 「みづかラ」。自分で。
- 漕漼
- 水音を表す語。ざぶざぶ。じゃぶじゃぶ。
- 作声
- 音を立てる。
白文鬼復言、「何以有声。」
書き下し鬼復た言ふ、「何を以て声有るや。」と。
現代語訳幽霊がまた言った、「どうして音がするのだ。」と。
- 何以
- 「なにヲもつテ」。どうして。理由をたずねる。
白文定伯曰、「新死、不習渡水故耳。勿怪吾也。」
書き下し定伯曰はく、「新たに死して、水を渡るに習はざるが故のみ。吾を怪しむこと勿かれ。」と。
現代語訳定伯は言った、「死んで間もないので、川を渡るのにまだ慣れていないだけだ。おれのことを怪しむな。」と。
- 新死
- 死んだばかりで。
- 習
- 慣れる。
- 故
- わけ。理由。
- 故耳
- ~だからにすぎない。
- 勿
- 「なカレ」。~するな。禁止。
- 怪
- 怪しむ。不思議に思う。
- 吾
- 私。
幽霊を売る
白文行欲至宛市、定伯便担鬼著肩上、急執之。
書き下し行宛の市に至らんと欲し、定伯便ち鬼を担ひて肩の上に著け、急に之を執らふ。
現代語訳そのうち宛の市場に着こうとするころ、定伯はすかさず幽霊を背負って肩にのせ、急にがっちりとつかまえた。
- 行
- 「ゆくゆく」。そのうち。まもなく。
- 欲
- ここでは「~しそうになる」。今にも~しようとする状態を表す。
- 著
- 「つク」。置く。のせる。
- 急
- しっかりと。きつく。
- 執
- 「とらフ」。つかまえる。
- 之
- 幽霊を指す。
白文鬼大呼、声咋咋然。
書き下し鬼大いに呼び、声咋咋然たり。
現代語訳幽霊は大声で叫び、ぎゃあぎゃあと騒いだ。
- 呼
- 叫ぶ。大声を出す。
- 咋咋然
- 叫び声を表す語。ぎゃあぎゃあ。
白文索下、不復聴之。
書き下し下ろさんことを索むるも、復た之を聴かず。
現代語訳(幽霊は)下ろしてくれと頼んだが、(定伯は)もう聞き入れなかった。
- 索
- 「もとム」。求める。頼む。
- 下
- 下ろす。
- 聴
- 聞き入れる。
- 之
- 下ろしてくれという幽霊の願いを指す。
- 不復聴之
- 主語は定伯。
白文径至宛市中、下著地、化為一羊。
書き下し径ちに宛の市中に至り、下ろして地に著くれば、化して一羊と為る。
現代語訳まっすぐ宛の市場の中に入り、(幽霊を)地面に下ろすと、(幽霊は)一匹の羊に姿を変えた。
- 径
- 「ただチニ」。まっすぐに。すぐに。
- 著地
- 地面に置く。
- 化
- 姿を変える。化ける。
白文便売之。
書き下し便ち之を売る。
現代語訳(定伯は)すぐにその羊を売った。
- 之
- 幽霊が化けた羊を指す。
白文恐其変化、唾之。
書き下し其の変化せんことを恐れて、之に唾す。
現代語訳また姿を変えるといけないと心配して、それに唾を吐きかけた。
- 恐
- 心配する。気づかう。
- 其
- 幽霊が化けた羊を指す。
- 変化
- 姿を変えること。
- 唾之
- 羊に唾をかけた。幽霊は人の唾をきらう(唾をかけられると化ける力を失う)と考えられていた。
白文得銭千五百乃去。
書き下し銭千五百を得て乃ち去る。
現代語訳銭千五百を手に入れて、そのまま立ち去った。
- 乃
- 「すなはチ」。そこで。そのまま。
- 去
- 立ち去る。
白文当時石崇有言、「定伯売鬼、得銭千五。」
書き下し当時石崇言へる有り、「定伯鬼を売り、銭千五を得たり。」と。
現代語訳当時、石崇がこう言った、「定伯は幽霊を売って、銭千五百をもうけた。」と。
- 石崇
- 西晋の人。大富豪として知られた。
- 千五
- 千五百のこと。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と、ここでの意味を答えよ。
①少き
②誑きて
③太だ
④卿
⑤略
⑥径ちに解答を見る
①わかき/年が若い
②あざむきて/だまして
③はなはだ/非常に
④けい/きみ(親しい相手を呼ぶ語)
⑤ほぼ/ほとんど
⑥ただちに/まっすぐに・すぐに「欲至宛市」の「欲」と、「行欲至宛市」の「欲」は、それぞれどのような意味を表しているか。
解答を見る
「欲至宛市」の「欲」=~しようと思う(動作をする人の意志・希望)。
「行欲至宛市」の「欲」=~しそうになる(まもなく宛の市場に着きそうだという状況)。
B 書き下し文・現代語訳
「将非鬼也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:将た鬼に非ずや。
現代語訳:ひょっとすると、(おまえは)幽霊ではないのではないか。「不知有何所畏忌」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:何の畏忌する所有るかを知らず。
現代語訳:(幽霊には)どんなおそれきらうものがあるのか知らない。「定伯令鬼先渡」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:定伯鬼をして先に渡らしめ、
現代語訳:定伯は幽霊を先に(川を)渡らせ、「新死、不習渡水故耳。勿怪吾也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:新たに死して、水を渡るに習はざるが故のみ。吾を怪しむこと勿かれ。
現代語訳:死んで間もないので、川を渡るのにまだ慣れていないだけだ。私のことを怪しむな。「索下、不復聴之」を書き下し文にし、主語を補って現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:下ろさんことを索むるも、復た之を聴かず。
現代語訳:幽霊は下ろしてくれと頼んだが、定伯はもう聞き入れなかった。
C 内容の読み取り
「問之」とあるが、誰が誰に何をたずねたのか。
解答を見る
宋定伯が、出会った幽霊に、何者であるかをたずねた。
「如是再三」とは、何をどうすることか。
解答を見る
定伯と幽霊が、かわるがわる相手を背負って行くことを、何度もくり返すこと。
定伯が幽霊ではないと疑われた場面を二つ挙げ、それぞれ定伯がどのように言いわけしたかを答えよ。
解答を見る
①幽霊が定伯を背負ったとき、重すぎると言われた場面。→幽霊になったばかりだから体が重いのだと言った。
②川を渡るとき、定伯だけが水音を立てた場面。→死んで間もないので、まだ川の渡り方に慣れていないからだと言った。定伯が羊に唾を吐きかけたのはなぜか。説明せよ。
解答を見る
羊に化けた幽霊が、また別の姿に変わって逃げるのを心配したから。幽霊は人の唾をきらうと、前もって幽霊自身から聞き出していた。