陳玄祐『離魂記(りこんき)』③「翕然として合して一体と為る」の書き下し文・現代語訳・解説です。『離魂記』は唐代の伝奇小説で、本文は『太平広記』の「王宙」の条によります。
②では、王宙を追いかけてきた倩娘と王宙が蜀で五年暮らし、父母を思う倩娘のために、二人で衡州へ帰りました。
書き下し文・現代語訳・解説
王宙が張鎰に謝る
白文既至、宙独身先至鎰家、首謝其事。
書き下し既に至り、宙独り身づから先づ鎰の家に至り、首めに其の事を謝す。
現代語訳(衡州に)着くと、王宙は一人でまず鎰の家へ行き、最初にこれまでのことを謝った。
- 既
- 「すでニ」。~してしまうと。
- 独身
- 一人で。自分だけで。
- 首
- 「はじメニ」。最初に。
- 謝
- あやまる。わびる。「謝罪」の「謝」。
- 其事
- 倩娘を連れて逃げ、五年もの間、何の連絡もしなかったこと。
白文鎰曰、「倩娘病在閨中数年、何其詭説也。」
書き下し鎰曰はく、「倩娘病みて閨中に在ること数年、何ぞ其れ詭説するや。」と。
現代語訳鎰は言った、「倩娘は病気で何年も部屋で寝ているのだ。なんとでたらめを言うことよ。」と。
- 閨中
- 女性の部屋。寝室。
- 詭説
- でたらめを言う。うそを言う。
- ○鎰は、倩娘は家で病気で寝ているのだから、王宙といっしょにいたはずがないと考えている。
白文宙曰、「見在舟中。」
書き下し宙曰はく、「見に舟中に在り。」と。
現代語訳王宙は言った、「現に今、舟の中にいます。」と。
- 見
- 「げんニ」。「現」と同じ。現に。実際に。
二人の倩娘
白文鎰大驚、促使人験之。
書き下し鎰大いに驚き、促やかに人をして之を験せしむ。
現代語訳鎰はたいそう驚き、すぐに使いの者にそれを確かめさせた。
- 促
- 「すみやカニ」。急いで。すぐに。
- 人
- 使いの者。
- 験
- 調べる。確かめる。
- 之
- 倩娘が舟の中にいるという王宙の言葉の内容(見在舟中)。
白文果見倩娘在船中。
書き下し果たして倩娘の船中に在るを見る。
現代語訳(使いの者は)王宙の言ったとおり、倩娘が船の中にいるのを見た。
- 果
- 「はたシテ」。思ったとおり。ここは、王宙の言ったとおり。
白文顔色怡暢、訊使者曰、「大人安否。」
書き下し顔色怡暢、使者に訊ねて曰はく、「大人安きや否や。」と。
現代語訳(倩娘は)顔つきもうれしそうでのびやかで、使いの者に、「お父さまはお元気ですか。」と尋ねた。
- 顔色
- 顔つき。
- 怡暢
- 喜んで、のびのびとしているさま。
- 訊
- 「たづヌ」。尋ねる。
- 大人
- ここは父の敬称。張鎰のこと。
- 安否
- 「やすキヤいなヤ」。元気かどうか。
白文家人異之、疾走報鎰。
書き下し家人之を異しみ、疾く走りて鎰に報ず。
現代語訳使いの者は不思議に思い、大急ぎで走って鎰に知らせた。
- 家人
- ここは、鎰の家の使用人。調べに行った使いの者。
- 異
- 「あやしム」。不思議に思う。
- 疾
- 「とク」。急いで。
白文室中女聞、喜而起、飾粧更衣、笑而不語。
書き下し室中の女聞き、喜びて起ち、飾粧更衣し、笑ひて語らず。
現代語訳部屋の中にいた娘はそれを聞くと、喜んで起き上がり、化粧をして着物を着替え、ほほえむばかりで何も言わなかった。
- 室中女
- 家の部屋で病気で寝ていた倩娘。
- 起
- 「たツ」。起き上がる。
- 飾粧更衣
- 化粧をして着物を着替える。
- 而
- 置き字。
白文出与相迎、翕然而合為一体、其衣裳皆重。
書き下し出でて与に相迎へ、翕然として合して一体と為り、其の衣裳も皆重なる。
現代語訳(部屋の倩娘が)出て行くと、(二人の倩娘は)互いに迎え合い、ぴったりと合わさって一つの体となり、着物まですっかり重なった。
- 与
- 「ともニ」。いっしょに。互いに。
- 相迎
- (家の倩娘と、船から来た倩娘とが)互いに迎え合う。
- 翕然
- ぴったりと合わさるさま。
- 衣裳
- 着物。
その後のこと
白文其家以事不正秘之。
書き下し其の家事の不正なるを以て之を秘す。
現代語訳鎰の家では、ふつうではないできごとだったので、このことを秘密にした。
- 事不正
- ふつうではないできごと。ここの「不正」は「よこしまだ」の意味ではなく、常識では考えられない、異常だということ。
- 秘
- 「かくス」。秘密にする。
白文惟親戚間、有潜知之者。
書き下し惟だ親戚の間、潜かに之を知る者有り。
現代語訳ただ、親戚のうちには、こっそりこのことを知る者もいた。
- 惟
- 「たダ」。ただ。
- 潜
- 「ひそカニ」。人に知られないように。
白文後四十年間、夫妻皆喪。
書き下し後四十年の間に、夫妻皆喪ぶ。
現代語訳その後四十年のうちに、夫婦はともに亡くなった。
- 夫妻
- 王宙と倩娘。
- 喪
- ここは、死ぬ。
白文二男並孝廉擢第、至丞尉。
書き下し二男並びに孝廉に擢第し、丞尉に至る。
現代語訳二人の息子はそろって孝廉の試験に合格し、県丞と県尉になった。
- 二男
- 王宙と倩娘の二人の息子。
- 孝廉
- 役人を選ぶ科目の一つ。親孝行で行いが清らかな人を推薦して役人にする。
- 擢第
- 選ばれて合格する。
- 丞尉
- 県丞と県尉。どちらも県の長官(県令)のもとで働く役人。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と意味を答えよ。
①首
②見
③促
④果
⑤与
⑥惟解答を見る
①はじめに/最初に
②げんに/現に・実際に
③すみやかに/急いで・すぐに
④はたして/思ったとおり
⑤ともに/いっしょに・互いに
⑥ただ/ただ次の語の意味を答えよ。
①閨中
②詭説
③大人
④翕然
⑤擢第解答を見る
①女性の部屋(寝室)
②でたらめを言うこと
③(ここでは)父の敬称
④ぴったりと合わさるさま
⑤選ばれて合格すること
B 書き下し文・現代語訳
「何其詭説也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:何ぞ其れ詭説するや。
現代語訳:なんとでたらめを言うことよ。(よくもそんなでたらめが言えるものだ。)「促使人験之」を書き下し文にし、「之」が何を指すかがわかるように現代語訳せよ。
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書き下し文:促やかに人をして之を験せしむ。
現代語訳:すぐに使いの者に、倩娘が本当に舟の中にいるかどうかを調べさせた。「其家以事不正秘之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:其の家事の不正なるを以て之を秘す。
現代語訳:鎰の家では、ふつうではない(異常な)できごとだったので、このことを秘密にした。
C 内容の読み取り
「首謝其事」の「其事」とは、どのようなことか。説明せよ。
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王宙が倩娘を連れて蜀へ逃げ、五年もの間、鎰に何の連絡もせずに暮らしていたこと。
「家人異之」とあるが、家の者が不思議に思ったのはなぜか。「閨中」「船中」の二語を使って説明せよ。
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病気で何年も閨中に寝ているはずの倩娘が、王宙の言ったとおり船中にもいて、父の様子を尋ねたから。
「出与相迎」とあるが、互いに迎え合ったのは、誰と誰か。
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家の部屋で病気で寝ていた倩娘(魂の抜けた体)と、王宙と船で帰ってきた倩娘(体から抜け出した魂)。
題名「離魂記」は、この話のどのようなできごとを表しているか。本文に即して説明せよ。
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王宙を慕う倩娘の魂が体から離れて王宙のもとへ行き、五年後に家に残っていた体と再び一つになった、という不思議なできごとを記した話。