『人面桃花(じんめんとうか)』の書き下し文・現代語訳・解説です。出典は、唐の孟棨(もうけい)が編んだ『本事詩(ほんじし)』です。『本事詩』は、詩が作られたいきさつにまつわる話を集めた書物で、この話は「情感」の部に収められています。
科挙に落第した青年の崔護(さいご)は、清明節の日に都の南で一人の娘と出会います。一年後、娘を思い出して訪ねると門は閉ざされていて、崔護は門の扉に一首の詩を書きつけます。その詩が、思いもよらないできごとを引き起こします。
書き下し文・現代語訳・解説
崔護と娘の出会い
白文博陵崔護、姿質甚美、而孤潔寡合。挙進士下第。
書き下し博陵の崔護、姿質甚だ美なるも、孤潔にして合ふもの寡なし。進士に挙げらるるも下第す。
現代語訳博陵の崔護は、見た目も生まれ持った才もとても優れていたが、ひとり身を清く保つ人柄で、世間の人と打ち解けることがめったになかった。進士の試験を受ける資格を得て推挙されたが、落第してしまった。
- 博陵
- 崔護の本籍地。今の河北省。
- 姿質
- 容姿と生まれつきの資質。
- 孤潔
- ひとり孤高を守り、潔癖であること。
- 寡合
- 「合ふもの寡なし」。人と気が合うことが少ない。友人が少ない。「寡」は「少」と同じ。
- 挙進士
- 進士科(科挙の中心となる試験)の受験者として推挙される。合格したという意味ではない。
- 下第
- 試験に落第する。
白文清明日、独遊都城南、得居人荘。一畝之宮、而花木叢萃、寂若無人。
書き下し清明の日、独り都城の南に遊び、居人の荘を得たり。一畝の宮にして、花木叢萃し、寂として人無きがごとし。
現代語訳清明節の日、一人で都の南のあたりをぶらぶらと歩き、人の住む屋敷にたどり着いた。小さな屋敷で、花の咲く木々がむらがって茂り、ひっそりとしてまるで人がいないかのようであった。
- 清明日
- 清明節の日。二十四節気の一つで、春分から十五日目。陰暦の三月で、今の暦では四月ごろ。春の盛りにあたり、墓参りをしたり野に出て遊んだりする習慣があった。
- 都城
- 都の町。ここでは長安。
- 居人荘
- 人の住んでいる屋敷。
- 一畝之宮
- 小さな屋敷。「一畝」は広さの単位で、屋敷としては広くない。「宮」は家・屋敷。
- 叢萃
- むらがって茂る。
- 寂若無人
- 「寂として人無きがごとし」。ひっそりとして人がいないようだ。
白文扣門久之。有女子、自門隙窺之、問曰、「誰耶。」
書き下し門を扣くこと之を久しうす。女子有り、門隙より之を窺ひ、問ひて曰はく、「誰ぞや。」と。
現代語訳長いこと門をたたき続けた。すると一人の娘が、門のすき間からこちらをうかがって、「どちら様ですか。」とたずねた。
- 扣
- 「たたク」。たたく。
- 久之
- 「之を久しうす」。しばらくの間そうしていた。「之」は語調を整える字で、特に指すものはない。
- 自
- 「より」。~から。
- 門隙
- 門のすき間。
- 誰耶
- 「誰ぞや」。どなたですか。「耶」は疑問を表す。
白文以姓字対曰、「尋春独行、酒渇求飲。」
書き下し姓字を以て対へて曰はく、「春を尋ねて独り行き、酒渇して飲を求む。」と。
現代語訳(崔護は)姓と字を名乗って答えるには、「春の景色を訪ねて一人で歩いていたのですが、酒を飲んでのどが渇いたので、飲み水をいただきたいのです。」と。
- 姓字
- 姓と字(あざな)。字は、成人したときにつける呼び名。
- 対
- 「こたフ」。答える。
- 酒渇
- 酒を飲んで、のどが渇く。
- 飲
- 飲み水。
白文女入以杯水至、開門設牀命坐、独倚小桃斜柯佇立、而意属殊厚。
書き下し女入りて杯水を以て至り、門を開き牀を設けて坐を命じ、独り小桃の斜柯に倚りて佇立し、意属殊に厚し。
現代語訳娘は奥へ入り、水を一杯持って戻ってくると、門を開けて腰かけを出し、(崔護に)座るよう勧めた。そして自分は、斜めに伸びた小さな桃の枝にもたれてひとりたたずんでいたが、(崔護に)ひどく心を寄せている様子だった。
- 杯水
- 一杯の水。
- 牀
- 腰かけ。
- 命坐
- 「坐を命じ」。座るように勧める。
- 斜柯
- 斜めに伸びた枝。
- 倚
- 「よル」。寄りかかる。
- 佇立
- たたずむ。
- 意属
- 相手に心を寄せること。娘が崔護に心を寄せている。
- 殊
- 「ことニ」。とりわけ。
白文妖姿媚態、綽有余姸。崔以言挑之、不対。目注者久之。
書き下し妖姿媚態、綽として余姸有り。崔言を以て之に挑むも、対へず。目注する者之を久しうす。
現代語訳なまめかしい姿としぐさは、しなやかで、あふれるほどの美しさがあった。崔護が言葉をかけて娘の気を引こうとしたが、(娘は)答えなかった。(二人は)しばらくの間、じっと見つめ合っていた。
- 妖姿媚態
- なまめかしい姿としぐさ。
- 綽
- しとやかで、しなやかな様子。
- 余姸
- あふれるような美しさ。
- 以言挑之
- 言葉をかけて、娘の気を引こうとする。「之」は娘。
- 不対
- 答えない。
- 目注者
- じっと見つめること。互いに見つめ合ったとする読み方と、崔護が娘を見つめたとする読み方がある。
白文崔辞去、送至門、如不勝情而入。崔亦睠盼而帰。嗣後絶不復至。
書き下し崔辞去するや、送りて門に至り、情に勝へざるがごとくして入る。崔も亦睠盼して帰る。嗣後絶えて復た至らず。
現代語訳崔護が別れを告げて帰ろうとすると、(娘は)門まで見送りに来て、思いを抑えきれない様子で中に入っていった。崔護もまた(娘を)振り返り振り返りして帰った。その後、二度と(その屋敷を)訪れることはなかった。
- 辞去
- 別れを告げて去る。
- 如不勝情
- 思いを抑えきれない様子で。「情」は、娘が崔護を慕う気持ち。「勝」は「たフ」で、こらえる。
- 亦
- 同様に。娘と同じように、崔護も名残を惜しんだ。
- 睠盼
- 振り返って見る。
- 嗣後
- その後。
- 絶不復至
- 二度と訪れなかった。部分否定。
一年後、門に書きつけた詩
白文及来歳清明日、忽思之、情不可抑。
書き下し来歳の清明の日に及び、忽ち之を思ひ、情抑ふべからず。
現代語訳翌年の清明節の日になって、急に娘のことを思い出し、会いたい気持ちを抑えることができなくなった。
- 来歳
- 翌年。
- 忽
- 「たちまチ」。急に。ふと。
- 之
- 去年の娘のこと。
- 情不可抑
- 娘に会いたいという思いを抑えることができない。
白文逕往尋之、門牆如故、而已鎖扃之。因題詩於左扉曰、
書き下し逕ちに往きて之を尋ぬれば、門牆故のごとくなるも、已に之を鎖扃せり。因りて詩を左扉に題して曰はく、
現代語訳すぐに出かけて行って屋敷を訪ねると、門も土塀も以前のままだったが、すでにかんぬきがかけられて閉ざされていた。そこで、門の左の扉に詩を書きつけて言うには、
- 逕
- 「ただチニ」。すぐに。まっすぐに。
- 門牆
- 門と土塀。
- 如故
- 「故のごとし」。以前のままである。
- 鎖扃
- かんぬきをかけて閉ざす。「扃」はかんぬき。
- 因
- 「よリテ」。そこで。
- 題
- 書きつける。
白文去年今日此門中
書き下し去年の今日此の門の中
現代語訳去年の今日、この門の中では、
- 去年今日
- 去年の今日。一年前の清明節の日。
白文人面桃花相映紅
書き下し人面桃花相映じて紅なり
現代語訳あなたの顔と桃の花とが、互いに映え合って紅に輝いていた。
- 人面
- 去年会った娘の顔。
- 桃花
- 娘が寄りかかっていた小さな桃の木の花。
- 相映
- 互いに照り映える。
- 紅
- 紅色。娘の顔と桃の花の、どちらの美しさも表す。
白文人面祇今何処去
書き下し人面は祇だ今何れの処にか去る
現代語訳あなたは今、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。
- 祇今
- ちょうど今。今この時。
- 何処去
- 「何れの処にか去る」。どこへ行ってしまったのか。疑問。
白文桃花依旧笑春風
書き下し桃花は旧に依りて春風に笑む
現代語訳桃の花だけは昔のままに、春風に吹かれてほほえむように咲いているのに。
- 依旧
- 「旧に依りて」。昔のままに。
- 笑
- 花が咲くことを、ほほえむことにたとえている。
老父の嘆き
白文後数日、偶至都城南、復往尋之。聞其中有哭声、扣門問之。
書き下し後数日、偶都城の南に至り、復た往きて之を尋ぬ。其の中に哭声有るを聞き、門を扣きて之を問ふ。
現代語訳それから数日して、たまたま都の南に行ったので、もう一度出かけて屋敷を訪ねた。家の中から大声で泣く声が聞こえたので、門をたたいてわけを尋ねた。
- 偶
- 「たまたま」。偶然に。
- 復
- 「また」。再び。もう一度。
- 哭声
- 死者を悼んで、大声をあげて泣く声。
白文有老父、出曰、「君非崔護耶。」曰、「是也。」又哭曰、「君殺吾女。」護驚起、莫知所答。
書き下し老父有り、出でて曰はく、「君は崔護に非ずや。」と。曰はく、「是れなり。」と。又哭して曰はく、「君吾が女を殺せり。」と。護驚き起ちて、答ふる所を知る莫し。
現代語訳年老いた男が出てきて言うには、「あなたは崔護ではありませんか。」と。(崔護が)言うには、「そうです。」と。(老人は)さらに大声で泣いて言うには、「あなたが私の娘を殺したのだ。」と。崔護は驚いて立ち上がり、どう答えたらよいのかわからなかった。
- 老父
- 年老いた男。ここではまだ娘の父とはわかっていないので、「老人」と訳す。
- 君非崔護耶
- 「君は崔護に非ずや」。あなたは崔護ではないか。崔護であることを確かめる言い方。
- 是也
- 「是れなり」。そうです。
- 又
- さらに。その上。
- 莫知所答
- 「答ふる所を知る莫し」。答える言葉がわからない。
白文老父曰、「吾女笄年知書、未適人。自去年以来、常恍惚若有所失。
書き下し老父曰はく、「吾が女は笄年にして書を知り、未だ人に適がず。去年より以来、常に恍惚として失ふ所有るがごとし。
現代語訳老人が言うには、「私の娘は十五の年に学問を身につけましたが、まだ誰にも嫁いでいませんでした。去年からというもの、いつもぼうっとして、何かをなくしたかのような様子でした。
- 笄年
- 女子が初めてかんざし(笄)をさす年。十五歳。
- 知書
- 読み書きができる。学問を身につけている。
- 未適人
- 「未だ人に適がず」。まだ嫁いでいない。「適」は嫁ぐ。
- 恍惚
- ぼんやりとして我を忘れている様子。
- 若有所失
- 何かを失ったかのようである。
白文比日与之出。及帰、見左扉有字、読之入門而病。遂絶食数日而死。
書き下し比日之と出づ。帰るに及び、左扉に字有るを見、之を読み門に入りて病む。遂に食を絶つこと数日にして死せり。
現代語訳近ごろ、娘を連れて出かけました。帰ってきたとき、娘は門の左の扉に字が書かれているのを見て、それを読み、門を入ると寝込んでしまいました。とうとう何日も物を食べずに、死んでしまったのです。
- 比日
- 「このごろ」。最近。先日。
- 与之
- 「之と」。娘と一緒に。
- 字
- 崔護が左の扉に書きつけた詩。
- 遂
- そのまま。とうとう。
- 絶食
- 食事をとらない。
白文吾老矣。此女所以不嫁者、将求君子以託吾身。今不幸而殞。得非君殺之耶。」
書き下し吾老いたり。此の女の嫁がざりし所以の者は、将に君子を求めて以て吾が身を託せんとすればなり。今不幸にして殞す。君之を殺すに非ざるを得んや。」と。
現代語訳私はもう年寄りです。この娘を嫁にやらなかったのは、徳のある立派な人を見つけて、その人に私の身を預けようと考えていたからです。それなのに今、不幸にも娘は死んでしまいました。あなたが娘の命を奪ったのではないなどと、どうして言えましょうか(いや、あなたのせいで娘は死んだのです)。」と。
- 所以
- 「ゆゑん」。理由。わけ。
- 将
- 再読文字。「まさニ~セントす」。~しようとする。
- 君子
- 徳のある立派な人物。
- 託吾身
- 私(父)の身を託す。娘を立派な人に嫁がせて、自分の老後も頼ろうとしていた。
- 殞
- 命を落とす。
- 得非君殺之耶
- あなたが娘を殺したのでないということが、ありえようか(ありえない)。反語。「之」は娘。
白文又特大哭。
書き下し又特に大いに哭す。
現代語訳(老人は)さらにひときわ大きな声をあげて泣いた。
- 特
- とりわけ。ひときわ。
娘のよみがえり
白文崔亦感慟、請入哭之、尚儼然在牀。
書き下し崔も亦感慟し、請ひ入りて之に哭すれば、尚ほ儼然として牀に在り。
現代語訳崔護もまた深く心を動かされて悲しみ、頼んで家に入れてもらい、娘のために声をあげて泣くと、(娘の亡骸は)生きていたときのまま、おごそかな様子で寝台に横たわっていた。
- 亦
- 同様に。老父と同じように、崔護も。
- 感慟
- 深く心を動かされて悲しむ。
- 請入
- 頼んで中に入れてもらう。
- 儼然
- おごそかで、きちんとした様子。
- 牀
- ここでは寝台。
白文崔挙其首、枕其股、哭而祝曰、「某在斯、某在斯。」
書き下し崔其の首を挙げ、其の股に枕せしめ、哭して祝りて曰はく、「某斯に在り、某斯に在り。」と。
現代語訳崔護は娘の頭を持ち上げ、自分のももを枕にさせて、声をあげて泣きながら祈って言うには、「私はここにいます、私はここにいます。」と。
- 其首
- 娘の頭。
- 其股
- 崔護のもも。前の「其」は娘、後の「其」は崔護を指す。
- 祝
- 「いのル」。祈る。
- 某
- 「それがし」。私。自分をへりくだって言う。
- 斯
- 「ここ」。
白文須臾開目、半日復活矣。父大喜、遂以女帰之。
書き下し須臾にして目を開き、半日にして復た活きたり。父大いに喜び、遂に女を以て之に帰がしむ。
現代語訳しばらくすると(娘は)目を開け、半日ほどで息を吹き返した。父は大喜びして、そのまま娘を崔護の妻にした。
- 須臾
- 「しゆゆ」。しばらくして。まもなく。
- 復活
- 再び生き返る。
- 以女帰之
- 娘を崔護に嫁がせる。「帰」は嫁ぐ。「之」は崔護。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読みを、現代仮名遣いのひらがなで書け(送り仮名も読みに含める)。
①甚だ(甚)
②寡なし(寡)
③忽ち(忽)
④逕ちに(逕)
⑤須臾解答を見る
①はなはだ
②すくなし
③たちまち
④ただちに
⑤しゅゆ次の語の意味を答えよ。
①下第
②哭
③笄年
④比日解答を見る
①試験に落第すること
②死者を悼んで大声をあげて泣くこと
③(女子の)十五歳
④最近。先日。次の傍線部の「また」の意味の違いがわかるように、それぞれ現代語訳せよ。
①復往尋之
②又哭曰
③崔亦感慟解答を見る
①もう一度出かけて行って(屋敷を)訪ねた。
②さらに大声で泣いて言った。
③崔護も同じように深く心を動かされて悲しんだ。
B 書き下し文・現代語訳
「如不勝情而入」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:情に勝へざるがごとくして入る。
現代語訳:思いを抑えきれない様子で中に入っていった。「嗣後絶不復至」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:嗣後絶えて復た至らず。
現代語訳:その後、二度と訪れることはなかった。「君非崔護耶」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:君は崔護に非ずや。
現代語訳:あなたは崔護ではありませんか。「得非君殺之耶」を書き下し文にし、「之」が誰であるかがわかるように現代語訳せよ。
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書き下し文:君之を殺すに非ざるを得んや。
現代語訳:あなたが私の娘の命を奪ったのではないなどと、どうして言えようか、いや、あなたのせいで娘は死んだのだ。
C 内容の読み取り
「孤潔寡合」とは、崔護のどのような人柄か。
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孤高を守る潔癖な性格のため、世間の人とあまり気が合わず、付き合いが少ない人柄。
娘が崔護に心を寄せていることを最もよく表している四字を、第一段落から抜き出せ。
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意属殊厚
崔護が門の左の扉に書いた詩について、①押韻している字をすべて抜き出し、②詩の中で対比されているものを二組答えよ。
解答を見る
①中・紅・風
②去年と今年(一年前と今)。人面(娘)と桃花(桃の花)。老父が「君殺吾女」と言ったのはなぜか。
解答を見る
娘が、崔護が左の扉に書きつけた詩を読んで病気になり、食事をとらずに死んでしまったから。
「其首」「其股」の「其」は、それぞれ誰を指すか。
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其首=娘 其股=崔護