『蛇足(だそく)』の書き下し文・現代語訳・句法・故事成語の意味を解説します。出典は、前漢の劉向(りゅうきょう)が編集した『戦国策(せんごくさく)』(斉策)です。『戦国策』は、戦国時代の遊説家たちが諸国の王に説いた策略や議論を、国ごとにまとめた書物です。
書き下し文・現代語訳・解説
蛇を描く競争
白文楚有祠者、賜其舎人卮酒。
書き下し楚に祠者有り、其の舎人に卮酒を賜ふ。
現代語訳楚の国に祭りをつかさどる人がいて、自分の召し使いたちに、大杯についだ酒をふるまった。
- 楚
- 春秋・戦国時代の国の名。長江の中流域を治めた。
- 祠者
- 祭祀(神や祖先のまつり)をつかさどる人。
- 舎人
- 身分の高い人に仕えて、雑用をする者。召し使い。
- 卮酒
- 大杯についだ酒。「卮」は大きなさかずき。
- 賜
- 「たまフ」。目上の者が目下の者に与える。お与えになる。
白文舎人相謂曰、「数人飲之不足、一人飲之有余。
書き下し舎人相謂ひて曰はく、「数人之を飲まば足らず、一人之を飲まば余り有り。
現代語訳召し使いたちは話し合って言った、「この酒は、何人かで飲むには足りないが、一人で飲むなら余るくらいある。
- 相
- 「あひ」。互いに。
- 謂
- 話しかける。ここは、互いに話し合う。
- 之
- 卮酒(大杯の酒)を指す。
- 飲マバ
- 「飲まば」。もし飲むならば(仮定)。
- 不足
- 「足らず」。足りない。
白文請画地為蛇、先成者飲酒。」
書き下し請ふ地に画きて蛇を為り、先づ成る者酒を飲まん。」と。
現代語訳地面に蛇の絵を描いて、最初に描きあげた者が酒を飲むことにしようではないか。」と。
- 請
- 「こフ」。ここは仲間どうしで「どうだ、~しようではないか」と持ちかける言い方。
- 画地
- 地面に絵を描く。
- 為
- 「つくル」。ここは、(絵を)描きあげる。
- 先
- 「まヅ」。最初に。真っ先に。
- 成
- できあがる。完成する。
蛇に足を描く
白文一人蛇先成。
書き下し一人の蛇先づ成る。
現代語訳ある一人の蛇が、最初にできあがった。
- 一人蛇
- ある一人(の召し使い)が描いた蛇。
白文引酒且飲之。
書き下し酒を引きて且に之を飲まんとす。
現代語訳(その男は)酒を手もとに引き寄せて、今にも飲もうとした。
- 引酒
- 酒(大杯)を手もとに引き寄せる。
- 且
- 再読文字。「まさニ~(セント)す」。今にも~しようとする。
- 之
- 卮酒を指す。
白文乃左手持卮、右手画蛇曰、「吾能為之足。」
書き下し乃ち左手もて卮を持ち、右手もて蛇を画きて曰はく、「吾能く之が足を為らん。」と。
現代語訳そうして、大杯を左手に持ったまま、右手でなおも蛇を描きながら言った、「おれはこいつに足を描き足すことだってできるぞ。」と。
- 乃
- 「すなはチ」。そこで。
- 左手もて
- 左手で。
- 能
- 「よク」。~できる。
- 之
- 蛇を指す。「之が」の「が」は「の」の意味。
- 為
- 「つくル」。描く。
- 「吾能く之が足を為る」と読むこともある。
酒を飲みそこなう
白文未成、一人之蛇成。
書き下し未だ成らざるに、一人の蛇成る。
現代語訳まだ(蛇の足が)描き終わらないうちに、もう一人の蛇ができあがった。
- 未
- 再読文字。「いまダ~ず」。まだ~しない。
- 未成
- まだできあがらない。できていないのは蛇の足。
- 一人之蛇
- 別の一人の蛇。「之」は「の」と読む(書き下し文ではひらがな)。
白文奪其卮曰、「蛇固無足。
書き下し其の卮を奪ひて曰はく、「蛇固より足無し。
現代語訳(あとの男は)先の男から大杯を取り上げて言った、「蛇には、はじめから足などない。
- 奪其卮
- (あとから描きあげた男が)最初の男の持つ大杯を奪い取る。
- 固
- 「もとヨリ」。もともと。はじめから。
白文子安能為之足。」
書き下し子安くんぞ能く之が足を為らん。」と。
現代語訳おまえにどうしてその足が描けるものか、いや、描けはしない。」と。
- 子
- 「し」。あなた。おまえ。ここでは、最初に蛇を描きあげた男。
- 安
- 「いづクンゾ」。どうして~か、いや~ない(反語)。
- 之
- 蛇を指す。
白文遂飲其酒。
書き下し遂に其の酒を飲む。
現代語訳そのまま、その酒を飲んでしまった。
- 遂
- 「つひニ」。そのまま。その流れで。
白文為蛇足者、終亡其酒。
書き下し蛇の足を為る者、終に其の酒を亡ふ。
現代語訳蛇に足を描いた男は、結局、その酒を飲みそこねてしまった。
- 為蛇足者
- 蛇の足を描いた者。最初に蛇を描きあげた男。
- 終
- 「つひニ」。とうとう。結局。
- 亡
- 「うしなフ」。なくす。ここは、飲めるはずの酒を手に入れそこなう。
テスト予想問題
A 語句
次の語の読み(送り仮名を含め、現代仮名遣いのひらがな)と、ここでの意味を答えよ。
①請ふ
②先づ
③乃ち
④固より
⑤遂に
⑥終に解答を見る
①こう/さあ~しよう(どうか~したい)
②まず/最初に
③すなわち/そこで
④もとより/もともと
⑤ついに/そのまま
⑥ついに/とうとう、結局次の「之」は何を指すか。本文中の語で答えよ。
①「数人飲之不足」の「之」
②「吾能為之足」の「之」解答を見る
①卮酒(大杯の酒)
②蛇
B 書き下し文・現代語訳
「引酒且飲之」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:酒を引きて且に之を飲まんとす。
現代語訳:酒を手もとに引き寄せて、今にも飲もうとした。「吾能為之足」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:吾能く之が足を為らん。
現代語訳:私はこの蛇に足を描くこともできるぞ。「蛇固無足。子安能為之足」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:蛇固より足無し。子安くんぞ能く之が足を為らん。
現代語訳:蛇にはもともと足がない。おまえにどうしてその足が描けようか、いや、描けはしない。「為蛇足者、終亡其酒」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
解答を見る
書き下し文:蛇の足を為る者、終に其の酒を亡ふ。
現代語訳:蛇に足を描いた男は、結局その酒を飲みそこねた。
C 内容の読み取り
召し使いたちは、だれが酒を飲むかを、どのような方法で決めることにしたか。
解答を見る
地面に蛇の絵を描き、いちばん早く描きあげた者が酒を飲むことにした。
「吾能為之足」と言ったとき、この男はどのような気持ちだったと考えられるか。
解答を見る
だれよりも先に蛇を描きあげたので、もう勝ったという余裕があり、足まで描ける自分の腕前を自慢したい気持ち。
最初に蛇を描きあげた男が、結局酒を飲めなかったのはなぜか。
解答を見る
描く必要もない足を蛇に付け加えている間に、ほかの男が蛇を仕上げ、「蛇に足はない」と言って大杯を取り上げてしまったから。
陳軫はこの話を、楚の将軍昭陽に何を伝えるために用いたか。
解答を見る
すでに大きな手柄を立てた昭陽が、さらに斉を攻めても、今以上の地位は得られず、かえって身を滅ぼしかねない。だから、斉を攻めるのはやめたほうがよいということ。
故事成語「蛇足」の意味を答えよ。
解答を見る
よけいな付け足し。あっても役に立たない、むだなもの。